アニマルセラピーの健康効果 医療・介護・福祉分野で広がる活用
動物との触れ合いによってストレス軽減や精神疾患の回復、身体機能の改善を図る「アニマルセラピー」は、さまざまな現場で活用されている。長い歴史を持つアニマルセラピーは科学的な立証もされており、医療、介護、福祉の現場でその効果が期待される。しかしながら動物を扱う上での注意点や課題も存在し、一概にメリットばかりとは言い切れない。アニマルセラピーの昨今の活動領域の拡がりを、課題とメリットを交えながら解説。
目次
アニマルセラピーの基礎知識
動物を介して医療効果を高めるアニマルセラピーの歴史は古く、古代ローマ時代に行われた「乗馬療法」にまでさかのぼる。紀元前400年のギリシアで負傷した兵士は馬に乗ることでリハビリを行っていたという。心理学者ジームクント・フロイトも患者の診察時に愛犬の行動から相手の心理を推測。同じく心理学者のボリス・レビンソンは自閉症の子どもたちに犬を使ったアニマルセラピーによる症状の改善を報告している。「アニマルセラピー」と呼ばれる医療と動物の関係は、実は長い歴史を積み重ねていることがわかる。
アニマルセラピーとは?
アニマルセラピーとは人のストレスを緩和したり、気分を落ち着かせたり、精神的苦痛の緩和や身体機能回復を目的に動物と触れ合う医療行為である。他にも生活の質の向上を果たす効果もある。医療をはじめとし、今日では代替・補完医療の分野や獣医医療、介護・福祉の分野でも活用されている。
日本では、人の介護・福祉、治療、教育などを支援するために動物を利用する活動全般を指す言葉として「アニマルセラピー」が広く使われているが(アニマルセラピーは日本で生まれた造語)、その活動の内容がセラピー(治療)に限定されないことから「動物介在諸活動」とも呼ばれている。
また人と動物の関係に関する国際組織IAHAIOは、1977年から3年おきに世界各国で実施している国際会議で、アニマルセラピーにおけるガイドラインや、動物と人間双方の健康に関する指針を宣言している。
アニマルセラピーの健康効果 科学的検証で明らかに
アニマルセラピーの効果は科学的検証で明らかになっている。
- [紀元前]
戦争の負傷兵のリハビリに馬が用いられる「乗馬療法」が誕生 - [1856-1939年]
心理学者フロイトは愛犬であるチャウチャウ犬を治療に同席させ、その行動によって患者の心理を推測し診療を進めた - [1962年]
児童臨床心理学者レビンソンは「共同治療者としての犬」と題した論文を発表。論文内では精神障害を持つ子どもへの治療に対し飼い犬を同席させたことで、停滞していた治療が進んだことが報告されている。この後もレビンソンは動物が与える人々への影響に着目し、現在では動物介在療法の父と呼ばれている - [1970年代]
デルタ協会(Delta Society)、英国のSCAS、フランスの AFIRICなどの諸団体による科学的検証が行われる。動物との触れ合いが実際に人の心身の健康に与える影響について調査したこの検証では、血圧の低下やストレス時の鎮静効果が数値的に実証され、動物介在諸活動の科学的裏付けとなった - [1990年]
動物介在諸活動の科学的実証を得たデルタ協会、SCAS、AFIRIC 等の諸団体は、人と動物との相互作用の正しい理解を促進するための国際組織IAHAIOを設立する
アニマルセラピーの種類
アニマルセラピーはその目的や内容によってAAAとAATの二種類に分けられる。動物介在活動であるAAAは介護・福祉活動とされ、国内外問わずアニマルセラピーの大部分はこれに相当する。もう一方の動物介在療法であるAATは治療支援活動とされ、患者の治療活動に合わせたアニマルセラピーの介入を意味している。またそれとは別に近年注目されている、教育分野における動物介在諸活動をAAEと呼ぶ。
- AAA(Animal Assisted Activity)=動物介在活動
[目的] 患者のQOL向上
[内容] 高齢者福祉施設の訪問、病院訪問の一部、教育施設への訪問など - AAT(Animal Assisted Therapy)=動物介在療法
[目的] 患者の治療目的に合わせた補助や治療支援
[内容] 治療の目標設定に沿った介在、活動形態と起こった変化の記録 - AAE(Animal Assisted Education)=動物介在教育
[目的] 生物に対する興味と命への倫理観の育成
[内容] 学校における動物飼育
アニマルセラピーに適した動物
アニマルセラピーには適している動物と適さない動物がいる。適した動物は犬、猫、うさぎ、モルモットなど。これらの動物はコンパニオンアニマルと呼ばれ、人間とともに生活してきたという特徴がある。適性基準は「人と難なく接することができ他の動物や見知らぬ場所にも順応できるか」。さらに基本的なしつけはもちろん行動を制御できるかどうかも重視される。感染症予防の点から定期的な健康診断を行っているかどうかもチェックポイントとなる。
適さない動物はカメ、イグアナ、トカゲ、フェレットなど。適性基準に沿わない動物はアニマルセラピーには適さない。高度なしつけが難しく行動が予想できない動物は、危険も伴うため治療活動にはあてられない。また人との共通感染症の解明がまだ乏しい動物や、臭いが強い動物、インフルエンザなどの感染が疑われる動物もアニマルセラピーに活用するには難しいとされている。
AAAとAAT実施における条件
AAAとAATにおいて、安全面を考慮した実施条件は主に公衆衛生面と行動適性の二点。免疫力の弱い高齢者や子ども、病人を相手に行うアニマルセラピーは、徹底した動物の管理が必要とされる。また動物が過度なストレスを受けないためにも、性格やしつけを基準とした行動適性も問われる。
- 〈公衆衛生面における条件〉
予防注射の接種、 寄生虫の予防駆除、定期的な爪切り、シャンプー、ブラッシング、歯磨きなど - 〈行動適正における条件〉
性格面としつけの適性度、ハンドラーが動物をコントロールできているか
人と動物の橋渡しになるアニマルセラピスト
アニマルセラピーを実施するための専門家が「アニマルセラピスト」。認定資格となるアニマルセラピストの活動は、子どもへの情操教育から実質的な治療計画への介入など多岐にわたり、専門的な知識の活用やアニマルセラピーの実施はもちろん動物の管理も任される。
- 仕事内容
・教育や福祉、介護施設への訪問
・アニマルセラピーを通じたレクリエーションの実施
・セラピーアニマルの訓練や教育、健康管理 - 働き先
・老人ホームなどの高齢者福祉施設
・教育施設や児童施設
・病院などの医療施設
アニマルセラピーの事例
介護施設や病院では実際にどのようにアニマルセラピーが活用されているのか。以下で紹介する5事例からは、QOL向上から治療の達成補助まで、アニマルセラピーの幅広い可能性を確認できる。
介護施設での事例
事例1.ニチイによるドッグセラピー
総合生活支援事業として医療や介護、保育サービス事業を行うニチイはドッグセラピーを提供。在宅系介護サービス(訪問介護など)、居住系介護サービス(老人ホームなど)ではセラピー犬を定期的に派遣し、犬の世話や触れ合いを通して精神的な癒し効果や身体機能・言語機能の維持、向上を目指す。
事例2.日本動物協会による訪問型アニマルセラピー
日本動物病院協会は全国の高齢者施設や病院、学校などに訪問型のアニマルセラピーを提供している。「人と動物とのふれあい活動」と称されるこのアニマルセラピーでは、先述したAAA、AAT、AAE全てのプログラムをボランティア活動として行っている。
病院での実施事例
事例3.ファシリティドッグの常駐
神奈川県立こども医療センターでは正式な医療スタッフの一員としてファシリティドッグが存在する。ファシリティドッグとはセラピー犬の中でも特に高度な訓練を受けた上で、要望される機関に常駐勤務している犬のことを指す。同病院に勤務するファシリティドッグ「ベイリー」は、入院や手術が必要な子どものために派遣され、退屈な入院時間を一緒に遊んで過ごし、不安が襲う手術前に付き添うことで子どものストレスを軽減している。その様子はNHKでも放送された。
事例4.全国初のセラピー犬の導入
聖マリアンナ医科大学病院は、ある女の子の長期入院をきっかけに2015年に全国初となる大学病院での動物介在療法の導入に踏み切った。緩和ケアの一環として行われるアニマルセラピーの活動は現在も続いており、勤務する犬の様子はSNS上で確認できる。
事例5.精神科で行われるアニマルセラピー
青森県の松平病院では、まだ例の少ない精神科や神経科でのアニマルセラピーを行っている。主治医の判断で患者はアニマルセラピーのプログラムに参加し、社会性の改善やストレスの軽減を目指す。同病院ではアニマルセラピーの実施によってうつ病患者に表情の変化、活動性の改善、コミュニケーション能力の向上などが認められているという。
アニマルセラピーの課題
可能性が広がるアニマルセラピーだが課題もある。動物を介した諸活動において、接触は避けられないものであり衛生面のリスクは依然として存在する。また、人間への効果は報告が重ねられつつあるが、動物側に立った視点の研究は未だ少ない。
アニマルセラピーに携わる動物たちのストレス指数や寿命への影響、肉体的にも精神的にも疲労を蓄積させないための取り組みが行われるべきといえる。またアニマルセラピーで活躍する動物の多くはペットとして飼うことができるため、安易に動物飼育をアニマルセラピーと直結させてしまう危険性もある。アニマルセラピーの専門性を広く周知することも課題の一つといえるだろう。アニマルセラピーの主要課題は4つ。
- 動物へのストレスや負担
- 感染症リスクの不透明さ
- 動物視点での評価
- 医療関係者のアニマルセラピーへの理解度の差異
アニマルセラピー実施団体と資格
アニマルセラピーを実施している団体では、アニマルセラピストやセラピー犬の養成、認定資格までを提供しているところもある。ペットのしつけや受託サービスなど動物を専門とした団体ならではのさまざまなサービスを提供している。
アニマルセラピー協会(広島)
地域密着型で活動するアニマルセラピー協会は、アニマルセラピーの訪問サービス、セラピー犬の養成、ドッグトレーニングを提供。
日本アニマルセラピー協会(神奈川)
日本アニマルセラピー協会では出張型のアニマルセラピーや飼い犬のドッグトレーニングなどを行っている。「アニマルセラピスト認定資格」「セラピー犬認定資格」「ドッグトレーナー認定資格」の取得が可能。
ドッグセラピージャパン(福岡)
ドッグセラピージャパンはドッグセラピー活動の一環として各種福祉施設や教育施設への訪問を行っている。また気軽に動物の癒し体験を堪能できる「いぬカフェ」も経営。メディア掲載多数。
国際セラピードッグ協会(東京)
国際セラピードッグ協会の特徴は、殺処分されるはずだった犬や諸事情により保護された犬をセラピードッグとして再育成する「殺処分ゼロ」の精神のもとでアニマルセラピーの活動を行っていること。東日本大震災の際は、多くの保護犬がセラピー犬として生まれ変わった。
アニマルセラピーwithワン(千葉)
アニマルセラピーwithワンは、問い合わせに応じて高齢者施設や障がい者施設から個人宅まで訪問活動を行っている。またセラピードッグの体験活動として「街頭セラピー」も行っている。
アニマルセラピーの理解を深める研究論文
動物介在療法の研究は広く進められており、その数値的な結果はアニマルセラピーの有用性を確認できるものばかりだ。
アニマルセラピーに関する研究論文
人と犬、双方に幸せホルモン増加
アニマルセラピーを通じた高齢者とセラピー犬の双方に「オキシトシン」の分泌量の増加が確認された。オキシトシンとは幸せな状態を示すホルモンであり、アニマルセラピーが両者にとって幸福度を与えたことになる(ユニチャーム「産学連携で人と犬の触れ合いによる効果を研究し実証」)。
統合失調症とアニマルセラピー
統合失調症の患者に対して週三回の大型犬二匹によるアニマルセラピーを行ったところ、精神症状や生活機能障害の改善が見られ、またQOLの向上によるストレス対処能力の改善が認められた(日本精神神経学会「統合失調症とアニマルセラピー」)。
認知症高齢者に対する、犬による動物介在療法
認知症高齢者に対して犬による動物介在療法を行った結果、精神ストレスが低下しうつ状態に大きな改善が見られた。身体の活動量は対象者の約9割が上昇したが日常生活自由度やQOLの改善にまでは至らなかった(川崎医療福祉学会誌「認知症高齢者に対するイヌによる動物介在療法の有用」)。
小児精神・神経疾患に対する、イルカによる動物介在療法
イルカによる動物介在療法はDATと呼ばれる。発達障害や発達遅滞、脳性麻痺の子どもにDATを施したこの事例では、実施後の追跡調査において「感情表現」「アイコンタクト回数」「子どもから親へ話しかける回数」「発言回数」に半数以上増加が認められた。しかし一方で「注意持続時間」や「精神的不安定」には変化があまり見られなかった(小児保健研究:「小児精神・神経疾患に対する、イルカによる動物介在療法」)。
動物介在療法学研究所(東京農業大学)
東京農業大学では農学部のバイオセラピー学科において動物介在療法の専門研究所が存在する。福祉・教育・医療分野への動物利用の探究が行われており、特にまだ実用例の少ない馬の介在療法についての啓発運動と研究の促進を掲げている(東京農業大学「動物介在療法学研究所」)。
アニマルセラピーの可能性
本稿ではアニマルセラピーの事例と活動団体について取り上げたが、まだその輪は大きくない。しかし「医療・福祉・予防医療・健康維持増進の面で貢献度が高いこと」「エビデンスが蓄積され始めていること」「『治療=西洋医学一辺倒』ではなくなってきていること」などを背景に、アニマルセラピーの活躍の場は今後拡大していくことが予想される。アニマルセラピーのもつ可能性はまだまだ発展途上ではあるが、将来を支える社会福祉の柱の一つとなる日は近いかもしれない。
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