【対談】ジェンダード・イノベーション、商機はどこ?(矢野経済研究所×ウーマンズ)

矢野経済研究所とウーマンズによる、ヘルスケア業界に向けた「ジェンダード・イノベーション」の提言。前回の第一回目はシンポジウム形式でオンラインとオフラインのハイブリッドで開催し、「現状と国内事例」について、2社それぞれの知見とデータをベースに話を展開した。開催中はリアルタイムで聴講者に向けたアンケートも実施し、業界人のフェムテックへの市場参入の状況やジェンダード・イノベーション視点の商品開発の関心について回答を集めた。(当日の開催レポートはこちら。その時に寄せられた声を反映し、今回の対談テーマは「ヘルスケア業界のジェンダード・イノベーション、商機はどこにある?」。

対談概要

開催背景

ジェンダード・イノベーションは特に、医学、工学、情報学分野での牽引が期待されていることから、女性ヘルスケア業界でも今年に入ってから関心が高まっており、特に新規開発やイノベーションを商機に繋げる仕事に就くビジネスパーソンの間で話題に。

そこで、「この新潮流を女性ヘルスケア業界ではどのように咀嚼して商機へと繋げられるのか?」について業界全体で模索していこうと、フェムテックの市場レポートを発刊する矢野経済研究所と、来年2月にジェンダード・イノベーションEXPO(※)を企画・開催する当社ウーマンズの2社で、全3回にわたり業界に向けて情報発信をすることとした。なお、ジェンダード・イノベーションをテーマにしたシンポジウム等は特にアカデミアの世界で活発になっているが、2社が発信するのは、ジェンダード・イノベーションの定義や、性差分析・交差分析の研究デザインへの組み込み方や事例報告等ではなく、性差分析の視点を持つことで見出せる商機や、市場予測といったビジネス視点の情報である。

対談メンバー

清水由起(矢野経済研究所)
ブランディング&イノベーションサービスグループ部長、主席研究員。2001年、矢野経済研究所入社。ジュエリー、アパレル、ギフト分野を中心にファッション関連の消費財分野、複合商業施設などのマーケティングを担当。海外ブランドの出店戦略調査や特定施設の集客力調査、国内ブランドの中国市場進出サポートなどの実績を多数持つ。2021年、自主企画調査資料「フェムケア&フェムテックマーケット2021(消費財・サービス)」を統括。2022年9月30日に「2022 フェムケア&フェムテックマーケット」をリリース。

矢野初美(矢野経済研究所)
コンシューマー・マーケティングユニット、ブランディング&イノベーションサービスグループ、上級研究員。2008年、矢野経済研究所入社。機能性フィルム、素材を対象にした市場調査に従事。2012年より新規事業開発チームに所属し、採用支援のWebマッチングサービス立ち上げ、また、アイデア発想支援サイトの企画開発、運営に携わる。現在はHR関連のクラウドサービスやフェムケア&フェムテック関連調査を担当。企業の新規事業支援や大学キャリアセンター支援事業にも従事。2022年9月30日に「2022 フェムケア&フェムテックマーケット」をリリース。

阿部エリナ(ウーマンズ)
女性ヘルスケア市場専門の業界動向分析、生活者分析を行うウーマンズ(東京・江東)の代表取締役。事業は女性ヘルスケア市場に特化した「コンサルティング」「ビジネスメディア運営」「イベント企画」。2022年3月に開始した女性ヘルスケア領域に特化したイベント事業では朝日新聞、大丸松坂屋百貨店、蔦屋書店、イオンモールなどとイベントを実施。2023年2月には東京ビッグサイトにて「ジェンダード・イノベーションEXPO」を開催(主催:健康博覧会/企画:ウーマンズ)

 

ウーマンズのオフィスにて対談を実施(2022年10月18日)

 

業界人の関心と実態 〜アンケート結果から業界動向を考察〜

編集部
前回のシンポジウムでは、開催前・開催中・開催後と、複数回のアンケートを実施しました。特に開催中に聴講者に向けて実施したアンケートは、業界のリアルな動向をつかむ上で大変興味深かったと思います。聴講者の回答結果をご覧になって、どのような感想を持ちましたか?

阿部
ジェンダード・イノベーションの概念は、国内ではまだ広まり始めたばかり。アカデミアの世界で特に盛り上がっていて、政府が女性版骨太方針2022の中で「ジェンダード・イノベーションの重要性」を盛り込んだことで、国内でも関心が高まり始めたところ。このような状況の中で、ジェンダード・イノベーションをテーマにしたシンポジウムに業界人がどれだけ集まるのか?は正直読めませんでしたが、900名近いお申し込みがあったのは想定以上でした。

昨年10月にフェムテックをテーマにしたオンラインイベントを開催した時は800名のお申込みがあったので、それに匹敵する関心がジェンダード・イノベーションにも向けられていると感じています。

驚いたのは、企業各社の実態。シンポジウム開催中に聴講者に「フェムテック市場参入の有無と状況」を聞きましたが、回答の最多が「参入したいが、まだ検討中」で約7割でした。日頃から検討企業が多いことは理解していましたが、想定以上だなと。業界全体の関心はとても高いもののまだ足踏み状態であるという状況が、フェムテック元年の2020年からさほど変化していないことに驚きました。

 

聴講者アンケート「あなたの会社のフェムテック市場への参入有無と状況は?」の結果

 

清水
前回のシンポジウムの冒頭で、私からは「フェムテック市場の伸長率」についてお話しさせていただきました。市場の伸長率は前年比6.5%増で、他市場と比べると盛り上がりの割には伸長率が小さいのがこの市場の特徴です。聴講者の7割が「参入したいが、まだ検討中」という結果が出たことで、市場が伸びそうで伸びない一因が「検討段階の企業が多いから」であることを、聴講者の方々も肌で強く感じたのではと思います。

フェムテックの市場規模推移

 

矢野
シンポジウムの申込時に聴講者の皆さんにお書きいただいたアンケートでは、「市場動向を知りたい」「今後の未来予測を教えてほしい」「成功事例を知りたい」という声が多くありましたよね。フェムテック元年の2020年から2年が経ちましたが、この期間ずっと、各社の情報収集に対する熱量はすごいと感じます。ですがそろそろ、本格的に始動してほしいなって思います。

阿部
情報収集においては、確かに企業の皆さんはとても熱心。とかくフェムテックの領域となると、熱狂的にハマる人が多い印象です。弊社は女性ヘルスケア市場を専門に10年以上動向を分析していますが、これほどまでに業界人を虜にするトレンドは初めて見ます。一部上場企業の社長自らが、フェムテック企業に問い合わせをして商機を探ったりイベントの視察に回っている姿を度々見てきましたが、フェムテックは本当にものすごい吸引力だなって思います。

ですがそろそろ各社に本格的に動き出してほしい、私も矢野さんに同感です。国内のフェムテック市場は、情報収集と他社の様子見だけで時が経過していくのではないか?と感じざるを得ません。このままでは頭でっかちの業界になってしまいます。事業化に挑む企業がもっと増えてほしいですね。

清水
終了後のアンケートの中には、「聴講中のアンケート結果を見て、まだ他社も様子見だと知って、少し安心した」という声もありましたよね。驚きと共にちょっと落胆してしまいました。「他社がまだ足踏み状態の今、一足先に上市しよう」という気概を持ってほしい。その時は、前回のシンポジウムで皆さんにお伝えした市場の課題(以下)を踏まえてビジネスを推進していただければ。

<業界の課題>

  • 売れそうなもの、訴求しやすいものばかりへの市場参入
  • 特に、新規参入企業の低いヘルスリテラシー
  • 消費者の受け取り方に対する理解

<消費者の課題>

  • 女性のヘルスリテラシーは引き続き課題
  • 男性の、女性の健康課題への理解不足

<業界と消費者、両方の課題>

  • 女性の健康課題の捉え方がまだまだ限定的

阿部
ではそもそも論、なぜ「参入したくてもまだ検討段階」の企業が多いのか?これについて考えた時、やはり理由として大きいのは、マネタイズの難しさはもちろんありますが、それ以外だと、社内でのフェムテック事業の立ち上げ方、チームの男女構成、男性の無理解など、社内事情の部分が大きいと、日頃いろんな企業さんと話していると感じています。

清水
そうですね。フェムテックは女性特有の健康課題にフォーカスしていますし、「女性による女性のための…」という盛り上がり方が起点になっていることもあり、女性だけのチームを結成して企画開発が始まるケースが多い。けれども稟議に通す先は男性。この”あるある”のフローは、やはり課題だと思います。女性だけのチームで、うまく言語化できていない場面は多々あると思うんですよね。チームの勢いはあるけれど、勢いだけではビジネスは進めがたいのが現実です。フェムテック事業の企画は、男性から見ると感情的に見られがちなのもよく聞く話で、そこに、上市までに至れない難しさがあるのかなと思います。

矢野
加えて、男性は女性の健康課題を体感できないので、市場の需要をいまいちイメージできない。だからビジネスになるのか判断し難い。こういった健康課題の理解に対する男女間の乖離も、参入を決断できない企業が多い一因ではないかなと思います。「女性が女性自身のために頑張る」では限界があり、やはり、男性を巻き込んで男性の理解も促進させなくてはいけない。男女の相互理解の必要性に業界全体で気づけるようになったのは、この1年のポジティブな変化ではないでしょうか。実際に、女性の健康課題に対する男性理解を促進する取り組みを進める企業は増えています。企業の健康経営支援や福利厚生のサービスを提供する企業が率先しています。

阿部
女性の健康課題とセットで男性の健康課題にも焦点を当てるフェムテック企業も出てきてますよね。特に更年期や妊活領域で活発化しています。男性特有の健康課題があることを男性自身が理解することも、男女の相互理解に繋がり、企業単位で、ひいては社会全体でフェムテック事業を推進しやすくなる土壌ができていくのかなと思います。

また、男性特有の健康課題に焦点が当てられるようになったことは、ジェンダード・イノベーションの概念の理解や市場創出にも繋がっていくと思います。「妊活」「更年期」という事象を性差分析することで、女性側の課題と男性側の課題を分けて捉えることができるようになる。そうすることで、女性向けソリューションと男性向けソリューション、それぞれの商機が見えてくる。ジェンダード・イノベーションのあり方を理解するのにとてもわかりやすい先行事例だと思います。

矢野
シンポジウムの中で発表したジェンダード・イノベーションの商品・サービス事例(※)では、女性向けソリューションだけでなく、意識して男性向けソリューションの事例も取り上げました。一つの事象を性差の視点で見つめ直すことで、これまでは発想できなかったアイディアが2方向(女性向けと男性向け)に生まれ新たな商機に繋がっていくことを伝えられたと思います。この気づきを得ることで、「女性向け商品を何か開発してみよう」という機運が社内でも高まるでしょうし、同時に「男性向けにこんな商品も作れるのではないか?」という新しい可能性も見えてくるでしょう。ジェンダード・イノベーションの視点を持つことは、フェムテック市場の拡大推進にあたりとても重要な概念だと思います。まだまだ事例として足りないので、今後、もっと皆さんに紹介していきたいです。(※)体の性差に着目した製品・サービス、価値観の性差に着目した製品・サービス、働き方の性差に着目した製品・サービス、社会課題に着目した製品・サービスについて発表した

清水
ジェンダード・イノベーションは、性差に着目した男女両性に向けた商品開発やマーケティングであり、女性だけのものではない、という理解に落とし込めます。そういう捉え方ができるという意味では、フェムテックよりもジェンダード・イノベーションのワードの方が、各社内でも理解してもらいやすいのではないでしょうか。

阿部
事業をうまく社内で推進していくには理念だけでは難しくて、戦略や土台作りは絶対に必要。ジェンダード・イノベーションの概念を企画やプレゼンの場でうまく使うことで、フェムテック事業を社内で推進しすくしてほしいですね。フェムテックは、フェミニズムや女性エンパワーメントの要素が強い印象があるため、男性が入りづらかったり、女性でもアレルギーを示す人も中にはいますが、ジェンダード・イノベーションであれば「研究・分析・エビデンス」の意味合いが連想されやすいため、しっかりとしたビジネスの印象を相手に与えられるというメリットもあります。抵抗なくすんなりと聞き入れることができる人が増えるのではないかなと思います。

 

女性ヘルスケア業界、ジェンダード・イノベーションの商機はどこ?

編集部
「フェムテックよりもジェンダード・イノベーションの文脈で商品開発を始める方が社内で推進しやすいのでは?」という見解は、2社ともに一致していると感じました。特にジェンダーギャップが他先進国と比べて大きい日本の場合は、社内でも戦略的に動くことは重要だと思います。

続いてここからは、ジェンダード・イノベーションの商機についてご意見をお聞かせください。ジェンダード・イノベーション市場の創出におけるポイントは、「性差が見られる課題を見つけること」と「性差を配慮したマーケティング」が重要とのことですよね。それぞれについてお聞かせください。

性差が見られる課題を探す

清水
ジェンダード・イノベーションはあらゆる業界で進んでいくと思われますが、ヘルスケア業界と医療界は特に起きやすいと思っています。この2領域では、疾患・症状・不調といった具体的な課題が数多く存在するので、課題そのものを見つけやすいですから。

阿部
「女性だけに起こる病気・不調」「男性だけに起こる病気・不調」に着目するのが手っ取り早いですし、消費者に向けて訴求する際にもわかりやすいですが、業界人には、男女共通疾患における性差にも積極的に注目してほしいです。例えば、発症率、症状、リスク、要因、予後などにおいて有意に性差が見られる事例は多くあります。例えば、がんの発症リスクや認知症の症状には性差があることがわかっています。こういった男女共通疾患の性差に着目しているヘルスケア企業は、なかなか見当たらない。医療の世界ですらようやくこの20年で進展したところですから、ヘルスケア業界ではまだ完全にブルーオーシャン。ヘルスケア企業にできることはたくさんあるはずです。取り残されている課題に、ぜひ着目してほしいです。

清水
ヘルスケアの領域であっても、かなり意識しなければ、課題発見は難しい場合もあります。企業の人も消費者も、不便・不快・不満を「こんなものだ」と受容してしまっているケースが少なくないからです。当初は不便・不快・不満と感じていても、「そういうものだ」と折り合いをつけてしまうため、課題として気づけないんですよね。

矢野
例えば乳がん検査。乳房を挟んで検査するのが一般的な方法で、女性たちは「痛いものだ」と思って我慢していますが、最近では挟まなくても検査できる”痛くない機器”が開発されています。裸にならずに検査できる機器もあります。「乳がん検査は痛い」「脱がなくてはいけない。恥ずかしい」というこれまでの当たり前を覆したわかりやすい事例です。

阿部
乳がん検診に伴う痛みや恥ずかしさはまさに女性特有。痛みを伴わない乳がん検診はいくつか日本でも開発事例が登場していて、各開発者に話を聞くと、皆さん口を揃えて「乳がんの検診受診率を上げたい」と仰るんですよね。これも性差に着目した故の発言だと思うんです。乳がんの未受診者の声で多いのは「痛そうだから、怖いから」「恥ずかしいから」。これは女性ならではの苦痛で、ここに着目ができなければ、痛みを伴わない検診や服を脱がなくていい検診は思いつくことはできません。

「検診受診率」という定量的性差や、「検診を受診しない理由」という定性的性差という視点で性差分析をすることで新しいペインが見つかり、これまでは思いつけなかったアイディアを発想できる。とてもわかりやすい性差分析の事例ですね。

抗がん剤治療の副作用で毛髪が抜けたり、ステロイド治療の副作用でムーンフェイスになることなども、「当たり前のこと」「仕方ない」と受容されていますが、特に女性が苦痛を感じています。こういった悩みやニーズにフォーカスすることで、ケア商品の開発につながるのではないでしょうか?

治療に伴う副作用は、「命が助かるのだから外見が変化しても仕方ない」との考えを持つ医師が多いですが、人生100年時代、病気と共生する人は増えています。どうせならQOLを維持しながら病気と共生する人生の方が良い。ですから、治療中の健康の悩みやニーズを性差で分析することも、これから市場で求められていくと思います。

矢野
ヘルスケア・医療領域は、特にそういった「我慢をして当たり前」というケースがとても多い。だからこそ、ジェンダード・イノベーションの可能性を秘めていると思っています。

とは言え、清水も指摘した通り、当たり前になってしまっている不便・不満・不快を課題として改めて掘り起こすのは、簡単ではない。だから、消費者に聞き取りなどをしても見つけ出すのは限界もある。消費者から拾い上げるだけでなく、業界人も率先して、これまで当たり前だったことに疑問を持ったり、視点を変えてみることが大切なんだと思います。ただし業界人も当たり前と思ってしまっていることを疑問視するにも限界があるかもしれない。他の業界から意見をもらうなど、多様なバックグラウンドを持った人との意見交換が有効かもしれませんね。

阿部
ユーザーインタビューやアンケート調査で対象者を多様にすることも必要。例えば、健常者のみを調査対象にするのではなく、一般的なニーズ調査であっても、治療中・寛解・完治した女性を含めるとか。そういった女性たちに聞き取りをすると、女性特有かつ多様な課題を見つけられる=これまでには気づけなかった商機を見つけられると思います。

ただし、課題を的確に見極めるためには、企業側のヘルスリテラシーがとにかく必須。フェムテック業界は異業種参入が多く、ヘルスリテラシーのない企業の参入が目立っていると感じます。そうすると、女性特有の健康課題を多面的に捉えることができ図、発想や企画の時に持つ視点が偏りやすくなります。結果的に、どこの企業も似たり寄ったりのものしか開発できない。性差視点で健康課題を見つけられるようになるためには、これまで以上に企業側のヘルスリテラシーが求められるのではないでしょうか。

マーケティングにも性差分析を

阿部
性差に着目した商品開発というと、研究段階に必要な概念と捉えられがちですが、市場調査や消費者調査を始め、商品のパッケージデザイン、キャッチコピー、cmや動画広告の配信先など、商品を消費者に届ける場面まで、あらゆる過程で性差分析を取り入れることで、より的確なビジネスができるのではないかと思います。

矢野
消費者調査では属性を男性と女性に分けるのは当たり前ですが、市場調査はtoB市場もあるため性差分析を取り入れることは一般的ではありません。私たち市場調査の会社が、あえて性差に分けて市場を分析してみることも、ジェンダード・イノベーション市場を創出していくためには必要なのかもしれないと、前回のシンポジウムや今回の対談で感じました。

一つの市場が性差で二分された事例としては、化粧品市場があります。当初は性差に分けた市場調査はしていませんでしたが、企業への取材を毎年続けていく中で、男性市場が形成されつつあることに気づき、その後、「男性向け化粧品の市場」を切り出して調査するようになりました。

反対の事例も起きつつあります。AVやプレジャーアイテムなどセクシャルウェルネス市場では男性向けが主流でしたが、最近は女性の愛好者も増えていて、女性を対象にした市場も形成されつつあります。このような事例はきっと今後も生まれてくるでしょうし、あるいは、私たち市場調査の会社が、目に見える市場形成を待たずに市場を性差分析して各業界に向けて発信していく、ということも考えています。

清水
一般的な消費者調査では、例えば女性向けの商品の場合なら女性だけをサンプルにして調査するケースが多いですが、新たな発見を得たいなら、男性もあえて同時に調査するのが好ましいかもしれませんね。性差を見比べることで、女性に関する新たな発見があるかもしれないし、反対に、男性向け商品の開発につながるケースもあるかもしれません。

阿部
商品を届ける場面においても、性差視点を取り入れてほしいと思います。例えばパッケージデザイン。性差に着目した興味深い記事がありました参考。開発の時だけでなく、商品を「消費者に伝える」場面においても、性差への着目を必要とする事例です。

当社ウーマンズで運営しているビジネスメディア「ウーマンズラボ」の人気記事が「男女の違いシリーズ」なんですが、ここでは、消費行動、思考、ヘルスケア意識、健康データなどの性差を紹介しています。例えば、「配偶者に介護をしてほしいと思うか?」「ストレスを感じやすいのは?」「妊活意識が高いのは?」「通院者率トップ5」「独居高齢者の近所付き合い」などには明らかな性差があることが示されています。まずは、こういうマーケティング視点で性差分析を始めてはいかがでしょうか。

ジェンダード・イノベーションが進む業界・領域は?

編集部
最後に、対談テーマでもある「商機」について聞かせてください。全産業界で見た場合、ジェンダード・イノベーションが特に進むのはどこだと思いますか?

清水
やはりヘルスケア領域は進むのが早いと思います。課題が多い領域ですからね。だた、そこだけでとどまっていると市場は広がらない=ジェンダード・イノベーションの概念は広まらないので、ヘルスケア以外にもジェンダード・イノベーションが広がってもらいたいと思っています。

矢野
ヘルスケア以外だと、働きやすさをサポートする商品・サービスの領域でジェンダード・イノベーションが進むと見ています。女性活躍推進法の施行で、働く女性のサポートが広く認知されるようになったきたことが背景にあります。

阿部
働く女性の増加と合わせ、最近では育児休暇をとる男性が徐々にではありますが増えていることも踏まえると、育児・家事・介護といったケアワークの領域でもジェンダード・イノベーションが進むのではないかと思います。

編集部
ヘルスケア業界だけを見ると、ジェンダード・イノベーションが進むのはどの領域だと予測しますか?

清水
ヘルスケア業界に絞った場合は、まず、更年期ケアの領域で性差分析に基づいた商品開発が進んでいくかなと思います。実際に更年期の性差に着目した調査やサービス開発に取り組むスタートアップが出てきています。男性を巻き込むと言う意味でも、更年期ケアの領域からジェンダード・イノベーションが進んでいくのはとても良いと思います。

矢野
逆に今は、女性更年期よりも男性更年期の方が口にしづらい空気があるように感じます。新たな課題としての認識がこれから急速に高まっていくでしょうね。

清水
同時に、男性特有の健康課題として尿漏れ・便漏れも注目されていくと思います。

阿部
私は、「高齢者」「要介護者・要支援者」「患者のQOL向上」の領域でジェンダード・イノベーションが進むと見ています。超高齢社会が進展していく中で、高齢者・要介護者・要支援者・患者のヘルスケアニーズは今以上に高まるのは必至ですし、そもそも、平均寿命や健康寿命、ロコモのリスクなどにおいても性差があることが知られています。これ以外にも性差視点で各クラスターを分析すると発見は色々あるはずで、今後、研究が進むと同時に、商品開発も増えていくと思います。前談でも触れたように、病気と共生する人が増えていく中で患者向け商品のニーズも高まってきていますしね。

今年初めに、20〜90代女性2000名を対象に実施した調査の中で「社会に必要だと思う、性差に配慮したヘルスケア商品のカテゴリーは?」と聞いたところ、次の結果となりました。

  • 1位:要介護・要支援者向けの商品・サービス(29.2%)
  • 2位:健康に役立つ衣類関連の商品・サービス(29.1%)
  • 3位:患者向けの商品・サービス(28.0%)
  • 4位:体の機能低下を補う商品・サービス(22.7%)
  • 5位:健康状態の計測・検査関連の商品・サービス(21.3%)

編集部
まとめると、ヘルスケア業界でジェンダード・イノベーションが進みそうな領域は以下の4つですね。

  •  更年期課題を含め、中高年の健康課題
  •  高齢者向け
  •  要介護者・要支援者向け
  •  患者のQOL向上系

 

性差分析とパーソナライズ、どちらがベター?

今回の対談や前回のシンポジウム以外の場でも、矢野経済研究所とウーマンズは度々、双方の知見を情報交換しつつジェンダード・イノベーションの行方について議論を重ねてきた。性差分析に基づいた国内の開発事例が限られている中での議論は容易ではなかったが、そのような黎明期の中で「性差分析が今後のヘルスケア市場の新スタンダードになる」と双方で確信できた理由は3つ。

  1. フェムテックの一大ブームの影響で「女性特有の健康課題」が注目され、それに後続する形で「男性の健康課題」への着目も徐々に始まってきたから
  2. ヘルスケア業界に隣接する医療界で20年前にジェンダード・イノベーションが起きて広がった「性差医療」の歴史(※)と同じ道をフェムテック業界も辿っているから(※)ビキニ医療領域に特化した女性医療が注目され、やがて男女共通疾患の性差研究や医療へと進展
  3. 市場が飽和している今、ジェンダード・イノベーション視点=性差分析を取り入れることが各社にとってビジネスの新しい打開策になるから

最後に、ヘルスケア業界におけるパーソナライズ商品の捉え方について触れておきたい。業界人とジェンダード・イノベーションに関する話をしていると、よく尋ねられるのがこんなこと。

「今の時代はパーソナライズが注目されているし、実際に化粧品やヘルスケア業界でも導入事例がある。化粧品メーカーの中には『性差よりも個々の違いに着目している』と言っているところもある。それにジェンダーは多様なので、男と女の2区分で括るのはどうかと思う。2区分の性差分析から始めることを提言する理由は?」

この回答になる話が対談中に上がったので、ご紹介したい。

清水
ヘルスケア業界の理想はパーソナライズだとは思うが、その実現には、資金的にも技術的にも難しい企業がほとんど。まずは取っ掛かりとして性差分析をして、ゆくゆくはパーソナライズに持っていければいいのではと思います。GI視点の商品・サービスは、ヘルスケア業界全体が商品・サービスをパーソナライズ提供できるようになるまでの過渡期と言えるのではないでしょうか。

阿部
そうですね、もちろん理想はパーソナライズ。特にヘルスケア領域でのニーズは強いと思います。ですが今はまだ、ユーザーベネフィットとビジネス、どちらの視点から見ても、単純に生物学的性差に着目することから始めるだけで十分だと思います。性差医療がわかりやすい好事例で、個々に合わせた診療の前段階として、女性と男性を単純に2区分して患者を診るようになっただけでも、正しい診断と的確な治療に繋げられるようになりました。ヘルスケア業界も、まずはここを目指してほしいですね。女性・男性それぞれが生物学的性差に適したヘルスケアができるように、性差分析に基づいた商品を開発してほしい。そこの分野は十分にブルーオーシャンなので大きな商機ですよ。マネタイズの視点から見ても、パーソナライズよりも性差分析の方が、今の時代ははるかに現実的。一足飛びに皆が皆、ハードルの高いパーソナライズを目指す必要は今はまだなくて、まずは、そこに行き着くまでの過程として性差分析に取り組んでほしいと思います。

 

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