【2022年トレンド⑤】マジョリティは高齢者へ、エイジテックの急伸
ウーマンズが毎年2月に発表する恒例の「女性ヘルスケア市場のトレンドキーワード」。2022年は7つのキーワードを発表した(下記)。本稿では「マジョリティは高齢者へ、エイジテックの急伸」について解説。
国内の女性市場では、クロステックの中でも特にフェムテックに関心が集まっているが、世界に目を向けるとエイジテックが黎明期を迎え、ベンチャー企業を中心に盛り上がりを見せている。今後半世紀で急速に進む世界的な高齢化を背景に需要が拡大すると見られ、2025年には、2.7兆ドルの市場へ成長するとの試算も。高齢女性の健康課題に特化したフェムテックの登場も相次ぐだろう。世界で最も高齢化が進む日本、今後の人口のマジョリティは高齢者だ。エイジテック市場、乗り込むなら今がチャンス!
- ジェンダード・イノベーション発想のヘルスケアソリューション
- 関心層にも無関心層にも、意識させないヘルスケア
- 病気と共生する時代へ、商機は3次予防ソリューション
- 自宅で簡単・本格的に、2次予防ソリューション
- マジョリティは高齢者へ、エイジテックの急伸(◀︎今回はココ)
- デジタルの“負”に商機、デジタルウェルビーイング
- 加速するアクティブ・エイジング
目次
エイジテックとは?
エイジテックとは「高齢者(Age)×テクノロジー(Tech)」を掛け合わせた造語で、高齢者の生活や健康をサポートしたり、高齢化社会・高齢社会・超高齢社会における課題を解決するテクノロジーを搭載した商品・サービスを指す。
2019年にこの市場を「次のフロンティアだ」と称したForbesの記事では、エイジテック市場を次の4つのカテゴリーに分類している(以下はエイジテック市場で投資活動を行うベンチャーキャピタリストのドミニク・エンディコット氏による分類。’Age-Tech’: The Next Frontier Market For Technology Disruption,2019.4.1)。
①高齢者自身が購入する商品・サービス
- 【ターゲット】
自分自身で購入・利用する高齢者- 【商品・サービス例】
スマホ、タブレット、歩数計測などの運動アプリ、食事管理アプリ、血圧測定ができるスマートウォッチなどのウェアラブル、ビデオチャット、オンライン診療、家電製品の遠隔操作、ホームアシスタント、ホームセキュリティ、AI健康住宅、など②高齢者のために社会や企業が購入する商品・サービス
- 【ターゲット】
医療機関、介護施設、自治体など- 【商品・サービス例】
介護ロボット、AIによる認知サポート、遠隔見守り機器、治療データ、オンライン診療、など③高齢者と若年層の間で利用される商品・サービス
- 【ターゲット】
高齢者と、子・孫世代などの若年層- 【商品・サービス例】
ソーシャルギフト、ビデオチャット、ホームアシスタント、など④将来の高齢者(現時点での若年層)が購入する商品・サービス
- 【ターゲット】
若年層- 【商品・サービス例】
将来の健康リスクに備えた健康管理デバイス、遺伝子検査、など(参考:’Age-Tech’: The Next Frontier Market For Technology Disruption)
エイジテック市場、世界の動向
エイジテック市場を牽引しているのは欧米。エイジテックに特化した展示会やカンファレンスなどのイベントが活況で、多様なソリューションが注目を集めている。特筆すべきは、エンドユーザーとなる高齢者を巻き込んで市場成長を促進していること。この市場の拡大において必須と言われている「高齢者のデジタルリテラシー向上」と「開発者が高齢者と接しながら研究・開発を進める」ことが目的だ。
市場拡大の背景は世界的な高齢化
エイジテック市場に関心が集まっているのは世界的に進展する高齢化によるもので、国連のまとめによると、65歳以上人口比率は2015年の8.2%から2060年には17.8%にまで上昇し、先進地域、開発途上地域、ともに高齢化が急速に進む。世界の平均寿命も延伸し女性は73.31歳(2015年)から80.64歳(2060年)へ、男性は68.53歳(2015年)から76.29歳(2060年)にまで延びる。
この世界的な高齢化と寿命の延伸を背景に高齢者を支える医療・介護・ヘルスケアの需要が高まっており、加えて高齢者のデジタルユーザーが増えていることも、エイジテックの急成長を後押しすると見られている。
エイジテック特化のイベント(カナダ)
産業界、非営利団体、エンドユーザー、政府、学術パートナーなどと共にエイジテック領域の研究とイノベーションを推進するカナダの団体AGE-WELLは、業界人や高齢者を対象に様々なイベントを開催している。
その一つが昨年10月に開催された、業界人を対象としたオンラインイベント「AgeTech Innovation WEEK 」。パネルディスカッション、ワークショップ、ネットワーキングなどが行われた。他にも「デジタルデバイド問題」「経済的幸福」「モビリティ」など多様なテーマでウェビナーを開催している。
以下の動画は2019年に開催されたリアルイベントの様子。展示された各社のエイジテックを高齢者が体験している。同団体が開催するウェビナーでは、度々「エイジテックの研究・開発のあらゆる段階で高齢者を関与させるべき」ことを訴えており、それを体現したのがこのイベントだ。
エイジテック特化のBtoB・BtoCコミュニティ(米国)
米国最大の高齢者団体AARPは、エイジテック市場の促進を目指したコミュニティの運営・支援を行っている。エイジテックのスタートアップやベンチャーキャピタリスト、企業などをつなぐBtoBのコミュニティプラットフォーム「AgeTech Collaborative」と、エイジテックのエンドユーザーとなる高齢者にデジタルに関する学びや交流の機会を提供するBtoCコミュニティ「OATS(Older Adults Technology Serevices)」だ。スタートアップや企業の支援のみならず、高齢者のデジタルデバイド問題にも取り組むことで、健全なエコシステムの構築を目指している。
CES内で高まるエイジテックの存在感(米国)
各国から4,400社が出展し17万人が来場する(2020年)世界最大のテクノロジー見本市「CES」でも、エイジテックの存在感が徐々に高まっている。出展製品の中から特にデザインや技術が優れたものを顕彰する「CES イノベーションアワード」や、前出のAARPとCTA(全米民生技術協会)がCES内で開催する「CTA ファウンデーション・ ピッチ・コンペティション」においてエイジテックが受賞するようになったことで社会的に注目される機会が増えたからだと、AARPは語っている。早速、CES2022で注目されたエイジテックの事例を見てみよう。
■生活を支えるサービスロボット
高齢者や体が不自由な人の自立した生活を支えるサービスロボット「ラブラドール」は、前述したエイジテックの4カテゴリーのうち「①高齢者自身が購入する商品・サービス」にあたる製品事例。自宅内での荷物の移動を手伝ってくれる。物を置く棚やテーブルなどの高さに合わせてラブラドールの高さは自動調整され、ユーザーは、スマホやタブレットあるいはアレクサなどのスマートスピーカーを通じて指示を出すことができる。
最近国内でもホテルや飲食店でロボットを活用した配膳サービスの導入が増えているが、それよりさらに進化を遂げた自宅向けのサービスロボットというところだ。発売開始予定は2023年。
■祖父母と孫の交流をAIとARで実現
AIとARを搭載した「kinoo」は、エイジテック4カテゴリーのうち「③高齢者と若年層の間で利用される商品・サービス」で、祖父母と孫が交流することを目的に設計された。スマホやタブレットを通じて、祖父母と孫がインタラクティブなアクティビティやゲームができる学習システムで、以下動画に写っているブルーの”魔法の杖”を使って孫が様々な動きをすると、スマホやタプレットの画面内で祖父母と一緒に料理やゲーム、お絵かきなどを共同作業できる。
「祖父母と交流をさせたい」「自分が忙しい時に子どもの遊び相手をしてほしい」「遊びながら学習させたい」と考える親、「コロナ禍で、あるいは遠方に住んでいるためなかなか会うことができない孫と交流したい」と願う祖父母、「遊びたい、楽しいことをしたい」孫。3者のニーズを一気に叶えるエイジテックだ。
エイジテック市場、国内の動向
ウーマンズラボがエイジテックの記事を初めて取り上げた2021年5月時点では、エイジテックに関する記事やニュース番組はほぼ皆無だったが、昨年の秋以降はマスメディアや企業による発信が増えている。残念ながらフェムテックほどの強い伝播力はなく国外のような盛り上がりにはまだ達していないが、市場を成長させるだけの土台はすでに十分に整っている。
市場拡大を後押しする3つの要素
■国内の65歳以上の人口比率、40%へ
高齢化率が世界で最も高い日本。国内の65歳以上人口は年々増加しており、昭和25年は総人口の5%にも満たなかったが、令和3年には28.9%へ。今後も上昇を続け2065年には約40%にまで上昇する(令和4年版 高齢社会白書)。高齢者がマジョリティの時代はもう目前だ。
■2025年、高齢者市場は101兆円へ
高齢者の市場(※)は2025年に101.3兆円規模にまで拡大する(みずほコーポレート銀行の産業調査)。高齢者人口の増加により巨大市場へ成長すると期待されており、特に大きいのが以下3カテゴリーのうち「生活産業」で51.1兆円。(※)ここでは「高齢者」を65歳以上と定義。なお高齢者市場とは、家計支出における消費支出と社会保障給付を合わせた市場のこと
- 生活産業(51.1兆円):食料、家具・家事、被服・履物、交通・通信、教養・娯楽
- 介護産業(15.2兆円):在宅介護、居住系介護、介護施設
- 医療・医薬産業(35兆円):医療、サービス、器具、施設関連
■高齢者のデジタルユーザー、増加
高齢者市場のソリューションのうちICT・IoT・AI・XR・ロボットなどのデジタルテクノロジーを搭載したエイジテックのみに言及するのであれば、高齢者のデジタルユーザーが増えていることは、エイジテック市場の拡大を確信できる一番の要素と言える。わかりやすい指標としてネット利用率を見てみよう。情報通信白書(令和4年版,内閣府)を見ると60代・70代のネット利用はだいぶ浸透している。80歳以上についても、徐々にではあるが着実に利用率の上昇が見られる。
2018年 | 2020年 | |
60代 | 76.6% | 82.7% |
70代 | 51.0% | 59.6% |
80歳以上 | 21.5% | 25.6% |
国内のデジタルユーザーの増加は、近年頻発している災害やコロナ禍による生活変化の影響も大きく、家族などとのコミュニケーション不便や買い物不便の解消を入り口にネットやスマホを使い始めたケースは多い。
メディアの動向(NHK、テレビ朝日)
マスメディアもエイジテックに注目。NHKは昨年12月に「NHKニュース おはよう日本」の中で、エイジテックを使用している高齢者と開発企業を取り上げた(エイジテックってどんなテック?スマホが使えなくても大丈夫 超高齢社会で市場が注目)。テレビ朝日も昨年9月の「サンデーステーション」でエイジテックを紹介した。以下動画より視聴可(高齢社会の課題解決 エイジテックって?)。
企業の動向(Google、スタートアップ、凸版印刷)
企業各社もエイジテックに関する情報発信や製品開発に積極的に乗り出している。既に上市されている高齢者向けソリューションの中にも、エイジテックと呼べるものはもちろんたくさんあるが(例:見守りシステム、服薬指導アプリなど)、ここでは自社商品・サービスを「エイジテック」と定義している事例を取り上げる。
■エイジテックをテーマにスタートアップを支援(Google)
Googleは今年7月、超高齢社会を支えるスタートアップに向けた5日間のプログラム「スタートアップアカデミー エイジテック」を実施した。Googleは社会課題を解決するスタートアップをサポートすることを目的に、2019年にGoogle for Startup Japanを設立しており、今回はテーマをエイジテックに。スタートアップ8社が参加した。
- ai6株式会社
AI技術による見守りシステムで、センサー、カメラ、ウェアラブル不要 - AP TECH株式会社
アップルウォッチやアイフォンを活用した見守りサービス - 株式会社ベスプラ
認知症予防の健康維持アプリ - kanata株式会社
声をカルテ化するAIツール - 株式会社Rehab for JAPAN
デイサービスの機能訓練業務を簡単・安心・効果的に行えるクラウド機能訓練ソフト - 株式会社テックドクター
医療データ分析SaaS、メンタルヘルスソリューション - 株式会社テクリコ
MR(複合現実)による3D認知機能チェック - 株式会社トータルブレインケア
認知機能別に脳トレができる、エビデンスに基づいたクラウドサービス
■エイジテックデバイスを開発(凸版印刷)
凸版印刷がエイジテックデバイスとしてPRしているのが、認知症の人が見ている世界をVR映像で疑似体験できる「認知症体験VR」。認知症の理解を深めたり認知症の応対方法を学べるもので、2020年に開発した。
同社が有するもう一つのエイジテックは、見守りシステムの「あんしんライト」。台風や豪雨、地震などの自然災害時に流れる防災無線が聞こえず被災してしまうという社会課題に着目して開発した小型の戸別送受信機で、光・文字・音声で、住居内にいる人に災害情報を伝える。
スマホを持っていない高齢者、聴覚障害者、防災無線を聞き取れないエリアに住む住民などをターゲットにしている。
マジョリティは高齢者へ、エイジテックの女性ニーズはどこにある?
国内で高齢者市場に社会が関心を向けるようになったのは、高齢化率が7%を超えて高齢化社会に突入した1970年代以降。「シニアビジネス」という言葉が書籍タイトルとなり初めて世に送られたのは、1989年(編集部調べ,日刊工業新聞社「シニアビジネスー熟年を狙え」)。それから今日まで数多くの書籍、業界紙、シンクタンク、研究者などによって高齢者市場の可能性が言及されてきたが、高齢者向けの商品・サービスがメディアに華々しく取り上げられることはなく、どうもパッとしなかった。開発者サイドに話を聞いても、「高齢者向けのビジネスは地味でワクワクしないから、開発に前のめりになれない」「高齢者向けソリューションの前例・知見が社内にないから自信がない」と、及び腰。あまり表立って言われることはないが、これまでは市場の可能性に大きな期待を感じてはいたものの、開発者側にとってみれば、新規事業の立ち上げや新商品開発に情熱を傾けづらい領域でもあったのだ。
だが最近になりようやく、この市場をビジネス面でも心理面でも魅力的と捉える起業家や既存企業が増えてきた。主な理由は次に挙げる5つだろう。
- 「遠距離介護」「介護業界の人手不足」「健康寿命」「ヤングケアラー」「ダブルケアラー」「単身高齢者の増加」など、超高齢社会が及ぼす影響を社会全体で体感するようになった
- IoT、ウエアラブル、AI、ロボット、VRなどのテクノロジー領域が脚光を浴びるようになり、デジタル技術に強いスタートアップが起業しやすい環境になった
- 「SDGs」や「社会課題解決ビジネス」がトレンドとなり、超高齢社会の課題の解決に取り組もうとする機運が本格的に醸成されてきた
- 「エイジテック」というカッコいい言葉で高齢者市場・介護市場がくくられるようになったことで、開発者の起業意欲や新規事業立ち上げのモチベーションが上がった
- 高齢者のデジタルユーザーが増えていることで、自社のデジタル技術とユーザーの受容性における需給バランスが現実味を帯びてきた
日本は海外に比べると最先端のエイジテック事例が少なく多様性に乏しいが、才能溢れるスタートアップの技術力や今どきの感性で、今後は多様なエイジテックが登場し、高齢者市場が華やかに盛り上がっていくことを期待したい。なお高齢女性特有の健康問題と言えば、例えば子宮脱、萎縮生膣炎、骨粗鬆症、卵巣がん、肥満、生活習慣病、高齢うつ、低栄養などがある。この辺りのヘルスケアソリューションは圧倒的に不足しているので、ニーズは未だ取り残されたままだ。この領域でエイジテックの開発にチャレンジしてみてはどうだろう?
最後に、エイジテックの開発に着手する際に留意したいポイントを4つ。エイジテックのユーザーは基本的には高齢者なので、以下に挙げる課題は、研究・開発とセットで常に考えておきたい項目だ。
- デジタルデバイド問題の解消
- 最先端の技術は搭載しつつも、シンプルなUIと良質のUX
- デザインにおけるエイジズムの排除(高齢者向けの商品は概してデザインの追求力が見られずダサいものが多い。今の高齢者はオシャレ感度が高いので、デザインは無視すべきではない。「ターゲットが高齢者だからデザインは適当で良いだろう」「地味な色を好むだろう」と言ったステレオタイプや軽視はエイジズムにあたる)
ジェンダード・イノベーションEXPO開催(お知らせ)
フェムテックの一大ブーム、性差医療・性差ヘルスケアの急速な広がり、女性ヘルスケア市場へ新規参入する企業の急増などの業界動向を踏まえ、健康業界の展示会として国内最大規模の「健康博覧会」と、女性ヘルスケア市場の分析を専門に行う「ウーマンズ」は、性差を考慮した女性ヘルスケア製品が集まるBtoB展示会「ジェンダードイノベーションEXPO」を開催します。出展ご希望の企業様はお気軽にお問合せください。詳細はコチラ。
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