働く女性の健康課題も「DEI」、健康経営の職場で広がる新たなトレンド概念
働く女性の健康を取り巻く企業風土が大きく前進する。これまで職場における女性の健康課題は性・生殖領域に集中していたが、仕事と両立を図る上で配慮が必要な属性として、ビジネスケアラー、ダブルケアラー、医療的ケア児の親、認知症の人、病気で治療している人など多様な存在が社会的に認識されるようになったことで、健康課題の多様性について職場内・男女間・女性間で理解が進み、互いに受け入れる風潮が生まれ始めている。少子高齢化で労働力が減少する中、さまざまな人が働きやすい環境づくりは急務で、今後目指されるのは、個々の多様な健康状態や健康事情に合わせた働き方ができるストレスフリーな職場。特定の属性だけが支えられるのではなく、誰もが互いに支え合い、真に公平な働き方ができる職場環境の整備に向け、ワーカー向けの多様な健康課題を解決する多様なソリューションが生まれている。
※本稿は2024年5月に発行した「女性ヘルスケア白書2024」のp.29〜40でご紹介している内容を一部編集してお届けします。本稿に掲載の情報は公開時点に基づくものです。
目次
数値化で社会が再認識、働く女性を取り巻く健康課題
人口減少社会で労働力人口が減少する中、働く女性の健康課題解決は急務。社会全体に及ぶ課題であり緊急性が高いことから、その重要性について社会的認識を高め投資を促進しようと、さまざまな角度から健康課題がもたらす経済インパクトが試算されている。職場における健康課題の多様性を社会全体で考える契機となっている。
女性ワーカー特有の健康課題、経済損失額は3.4兆円
経産省は’24年4月、女性特有の健康課題による社会全体の経済損失が年間3.4兆円程度に上ると試算した。性差に基づく多数の健康課題のうち、規模が大きく職場での対応が期待される4項目(月経随伴症、更年期症状、婦人科がん、不妊治療)が対象で、何らかの症状があるにも関わらず対策を取っていない層の人数に、欠勤・パフォーマンス低下・離職・休職の要素と平均賃金を掛け合わせた。最も影響が大きいのは更年期症状による損失で、1.9兆円に上ると推計した。
- 更年期症状…1.9兆円
- 月経随伴症…0.6兆円
- 婦人科がん(乳がん・子宮がん・卵巣がん)…0.6兆円
- 不妊治療…0.3兆円
だが、この数字が示しているのは実態のうちほんの一部に過ぎない。これは働き盛り世代である20〜50代の女性が抱えやすい健康課題に焦点をあてており、また婦人科系領域をメインとした試算であるため、高齢の女性ワーカー特有の健康課題(一例)や男女共通疾患も含めれば経済損失はさらに大きくなる。
女性のがん罹患・死亡、経済的負担は1.4兆円
’23年には、女性のがん罹患・死亡による経済的負担が試算された。国立がん研究センターなどの研究グループが、’15年に国内でがん治療を受けた延べ400万人の情報を元に「医療費」や、罹患・死亡に伴う「労働損失」から推計したもので、経済的負担の総額は年間約2兆8,597億円。女性は約1兆3,651億円、男性は約1兆4,946億円で、男女間で大差はなかった。国内全体の就業者数は女性より男性が多いため経済的負担は男性の方が大きくなるが大差が見られなかったのは、女性の乳がんや子宮頸がんは働き盛りの世代での罹患が多いためで、「医療費」だけでなく女性の「労働損失」が経済的負担に大きな影響を与えていると研究グループはみている。
経済的負担の総額のうち、女性のワクチン接種や生活習慣改善などで予防ができる“予防可能ながん”の経済的負担は約3,502億円で、1位:胃がん(約728億円)、2位:子宮頸がん(約640億円)、3位:乳がん(約607億円)。研究グループはこの試算を通じ、子宮頸がんワクチン接種や定期的な健診・検診など、適切な対策でがんを予防することで、経済的負担を削減できると指摘している。
ビジネスケアラーの発生、経済損失額は9.1兆円
’23年には、仕事をしながら家族の介護をする「ビジネスケアラー」発生による経済損失額(男女計)も試算された。’25年以降の介護離職者は年間で推計10万人を超え、’30年にはケアラー全体の4割にあたる318万人がビジネスケアラーになるとみられる。経済損失額は約9.1兆円に上る見込みで、内訳を見ると「仕事と介護の両立困難による労働生産性損失額」が占める割合が極めて大きい。
- 仕事と介護の両立困難による労働生産性損失額…79,163億円
- 介護離職による労働損失額…10,178億円
- 介護離職による育成費用損失額…1,289億円
- 介護離職による代替人員採用に係るコスト…1,162億円
ビジネスケアラーになることで、当事者と企業それぞれにはどのような影響が出るのか?突発的な介護が発生したり介護と仕事の両立が困難になることで、当事者には身体的・精神的負担がかかり、業務効率の低下や目標の未達、従業員満足度が低下するといった影響が出てくる。これにより企業側では、労働生産性の低下、業績目標の未達リスク増、事故・労災のリスク増、離職の発生、代替人員の補充にかかるコストなどが発生する。こういった仕事と介護の両立における課題はこれまでにも認識されてきたが、ここ10年ほどの社会トレンドとして「女性の仕事と育児の両立」「男性の育児参加」が注力されていたため、関心は薄かった。だが少子高齢化による労働力不足に加え、’25年に団塊世代(1947年〜1949年生まれ)である800万人が後期高齢者となり要介護者が増加するのを目前に、企業の両立支援が進んでいない現状に国は危機感を強めており、オープンケアプロジェクトの発足や企業向けのガイドライン策定など、取り組みが加速することとなった。
なおビジネスケアラーは男女ともに発生するが、両立における課題は特に女性が急務だ。単身世帯や共働き世帯の増加で男性が介護を担うケースは増えているものの、介護者は女性に多いからだ。令和5年版男女共同参画白書 (内閣府)によると、’21年の介護者は女性396.9万人、男性256.5万人で、女性の方が140万人多い。そのうち女性介護者の有業率は20〜50代で75%、60代48.7%、70代以上で17.8%で、育児・子育ての時期と被りやすい20〜50代は特に両立困難者が多いとみられる。女性管理職も両立に困難を感じており、民間調査では、管理職におけるビジネスケアラー発生率は全年代において女性の方が高く、また、両立における悩みも、男性管理職より女性管理職の方が強いことを明らかにしている(図13,14)。
ビジネスケアラー発生による経済損失額がNHKなどマスメディアで大きく報じられると、ネット上では「やっとこの問題について報道してもらえた」「ビジネスケアラーにもっと注目してほしい」など、当事者から共感の声が投稿され、社会課題としての認識が一気に高まるきっかけとなった。
健康経営市場は有望市場、女性が働きやすい環境整備は加速
経産省が’23年に公表したレポートによれば、ヘルスケア市場は24兆円(’20年)から77兆円(’50年)へと拡大する見込みで、中でも健康経営市場は期待されている有望市場の一つとされ、0.6兆円(’20年)から3.7兆円(’50年)へと拡大する(図17)。成長率は617%だ。実際に健康経営の浸透により、福利厚生サービスとしての健康づくりの充実化は各社で広がっており、法定外福利費のうち「医療・健康」関連が増加傾向にあることが経団連の調査でわかっている。中でも女性の健康を支援する動きはフェムテックの盛り上がりも後押しとなり積極的な進展が見られ、健康経営銘柄2024に選定された各社の取り組み内容からも、女性がより働きやすい環境の整備が着実に前進していることを読み取れる。
例えば今回で7回目の選定となった丸井グループは、女性の健康について知識面だけでなく行動面も後押しするため、オンライン婦人科診療と処方薬の自宅郵送プログラムを導入。プログラム参加者のプレゼンティーズム指標は半年間で10.3ポイント向上したという。野村不動産ホールディングスも女性従業員の健康サポートに力を入れており、女性の健康課題についてまとめた「女性の健康応援ブック」を配布している他、’23年には、女性特有の体調不良の際に月1回取得できる特別休暇「エフ休暇」を新設。取得理由を生理に限定せず、不妊治療や更年期による体調不良にまで拡充し、休暇名称を従来の「生理休暇」から、Femaleの「F」を取った「エフ休暇」へと改称したことで、女性が取得しやすい環境へと整備した。
課題は、職場内の不公平感(女性の声)
女性の健康経営市場は今後確実に伸びるとみられるが、一方で属性間に横たわる“不公平感”が課題として表面化している。子のいる親が職場でも社会的にも優遇されることに対し、子のいない人が不満を漏らしたり非難をするという構図で社会的議論にまで発展した「子持ち様論争(’24年4月)」がわかりやすい例で、同様に職場内の健康づくりにおいても、支援対象の偏りから不公平を感じている人が増えている。
健康経営推進にあたり女性の健康づくりに関心が集まった当初は、男女間における不公平感が各社で壁となり、女性の健康支援はなかなか進まないといった課題が散見されたが、その不平・不満はやがて女性間でも起きるようになった。社会も職場も、注視する女性の健康支援が生理・妊娠・更年期に集中していることで、それ以外の不調・病気と仕事を両立している女性たちにとって不満の種となり始めたのだ。働く女性を対象に当社で行ったインタビュー形式の健康調査では、次の声が聞かれた(調査実施は2022年)。声を大にしては言えないものの、女性たちが職場内で健康関連における不公平を感じていることがわかった。
最近のニュースや社内の様子を見ていると、私はまだ30代だが、生理も更年期も終わったら社会や会社は私の健康を気にかけてくれないのだろうか…?という不安が頭をよぎった。高齢になっても私は働くつもりなので、高齢期の健康づくりも社会的に整えてほしい(持病なし,30代女性)
社会的に差別されやすい持病があり、絶対に職場では話せない。私の持病に比べれば、なんだかんだ言って生理・妊娠・更年期は話しやすいし、そもそも私はタブー視したことない。生理とかなんかよりもっとひどい病気を抱えている場合は、どうすればいい?(指定難病※,20代女性)※本人の意向から病名は不詳
妊活中や子育て中の女性は社会的にも会社内でも支援面で優遇されている。職場には私も含めて親の介護をしている女性もいるが、配慮のレベルが全く違う(義親を遠距離で介護中/50代女性)
以前に比べて自分自身も周囲も更年期をタブー視しなくなったとは確かに感じているが、話しづらい病気って、もっとたくさんあるのでは?(持病なし/40代女性)
退院後、薬の副作用で顔や体の外見が変わったため人に会うのが嫌になり、営業職から事務職の異動を希望したが、「外見変化は理由にならない」と認めてもらえなかった。治療後の配慮が全くないと思った(慢性腎臓病で通院中/50代女性)
私自身は健康だが、夫がうつ病で仕事をやめた。子どもはまだ小さいし夫の健康状態も心配で、仕事の途中で帰らなくてはいけないことはしばしば。子どもを理由に欠勤はまだ何とか許される空気があるけど、夫が理由で、かつ何度もだとそうもいかない。育児中の人だけでなく、個々の状況に配慮した制度や雰囲気があればいいのに(子育てと夫のケア/30代女性)
女性はいろんな不調・病気があるのに、社内で議論されるのは妊娠・生理・更年期ばかり。生活習慣病にももっと会社全体で支援をしてほしい(糖尿病で通院中/30代女性)
このように一人ひとりがそれぞれ多様な健康事情を抱えているが、自身の複雑な健康問題や家族の介護に関する問題の場合、企業は個人の問題として見る側面があることから、制度整備のみならずスタンダードな対応が各社で明確化されていないことが、根本的な課題として指摘されている。
進むDEI、女性の多様な健康課題・健康事情を認め合う職場に
健康状態は人によって異なるため、抱え込んでいる事情も人それぞれだ。個々の多様な健康状態に配慮した制度と、個々の意欲や能力を存分に発揮できる環境の整備。そしてそれを互いに認め合う職場の風土づくり。実効性も含めこういった環境が完全に浸透するまではまだ長い時間を要すると思われるが、昨今は社会や職場でのDEIが進んでいるのに加え、働く女性の健康課題による社会への影響度が可視化されたことで、「子持ち様論争」のような社会的議論が巻き起こされながらも、個々の多様な健康課題に配慮した公平感ある健康施策が徐々に各社で広がっていくだろう。そもそも人手不足が深刻化する中、人材獲得競争の意味でも、個々の健康状態やその家族の健康事情に合わせた仕事スタイルを企業側が用意するといった柔軟さは、もはや必須だ。
職場内の多様な属性を配慮した製品・サービス事例
不調・病気と仕事を両立するための多様な製品・サービスが、健康経営の浸透とともに増えている。領域としては、重症化予防や社会復帰をサポートする3次予防領域。これまで職場向けの製品・サービスは1次・2次予防領域がメインだったが、今後は3次予防領域も活況となりそうだ。骨粗鬆症やビジネスケアラーなど、国が施策として強化するカテゴリーは、今年度は特に要注目。女性の3大不調に入る腰痛や高血圧などは、慢性的に需要が大きいものの、職場での対応という視点ではまだまだ。充実化はこれからだ。
高血圧の重症化予防に特化した法人向けアプリ「ascure 重症化予防(血圧コース) 」
健診で血圧が基準値を超えた人を対象に提供する、生活習慣の改善に取り組む3ヶ月間プログラム。高血圧は脳卒中や心疾患など重大な病気のリスク因子であるにもかかわらず「大したことない」という意識から、健診で指摘されても受診しない人が多いという課題に着目。医療スタッフによるオンライン面談、LINE、動画コンテンツを組み合わせて徹底サポート。自宅での血圧測定を習慣化するため、ユーザーへ血圧計も提供。治療アプリの開発経験を活かした、医師による開発(CureApp)。
医療機器メーカーが提供、職場の腰痛課題を改善「企業向け腰痛対策サービス」
整形外科領域の医療機器メーカーが、腰痛対策に特化した法人向けサービスを展開。腰専門のコンディショニング施設(SCS/東京)を運営している知見も活かし、最新の医学研究に基づいた腰痛予防セミナーや個別のケアを実施。腰痛を予防する職場環境づくりも重視しており、現場視察やヒアリングから職場内に潜む腰痛課題を明らかにし、解決策を提案する。デスクワーカーや医療・介護スタッフなど、腰痛が発生しやすい企業からの問い合わせが多いという(日本シグマックス)。
がんの治療と仕事の両立に関する教育用ポータルサイト「アリルジュ」
病気にかかった当事者だけでなく、上司や同僚など職場全体で「がんなどの治療」と「仕事」の両立について学べるオンライン型コンテンツ。当事者が仕事継続時のポイントや支援制度を知ることで不安を軽減でき、上司や同僚は両立支援の必要性や治療の知識を学ぶことで適切なサポートができる(大鵬薬品工業)。
女性ヘルスケアビジネスの戦略ハンドブック2025
女性ヘルスケアビジネスのマーケティング設計にあたり必須の基礎知識を多角的な視点から解説する、大人気の業界入門書。初めて女性ヘルスケアビジネスに従事する業界初心者、改めて理解を深めたい中級者、自社製品・サービス・戦略のどこに課題があるのか分からず対策に悩んでる担当者におすすめ!貴社事業の発展に、ぜひ本レポートをご活用ください。詳細・レポートのお申し込みはこちら。
【編集部おすすめ記事】
■社内で停滞する女性の健康推進、どう突破する? ケーススタディに学ぶ打開策
■女性のための健康経営、各社は何してる? 初の取り組み事例集を公開
■日本初、「健康経営専門医」の認定制度スタート
■花粉症対策で生産性低下を防止、健康経営を実践する2,522法人の取り組み
■「健康経営優良法人2025」の認定数、大幅に増加