【2022トレンド①】ジェンダード・イノベーション発想のヘルスケアソリューション
ウーマンズが毎年2月に発表する恒例の「女性ヘルスケア市場のトレンドキーワード」。2022年は7つのキーワードを発表した(下記)。本稿では「ジェンダード・イノベーション発想のヘルスケアソリューション」について解説。フェムテックの興隆により業界人の間で広まった”性差視点”が発展した概念がジェンダード・イノベーション、と捉えると理解しやすいかもしれない。国外で提唱されたのが始まりで、日本でもすでにアカデミアやヘルスケア以外の業界で使われるようになってきた。ここ2年ほど続いたフェムテックブームが火付け役となり、ヘルスケア業界でのジェンダード・イノベーションは、今年一気に花を咲かせそうだ。
- ジェンダード・イノベーション発想のヘルスケアソリューション(◀︎今回はココ)
- 関心層にも無関心層にも、意識させないヘルスケア
- 病気と共生する時代へ、商機は3次予防ソリューション
- 自宅で簡単・本格的に、2次予防ソリューション
- マジョリティは高齢者へ、エイジテックの急伸
- デジタルの“負”に商機、デジタルウェルビーイング
- 加速するアクティブ・エイジング
目次
性差視点の多様なヘルスケアソリューションの台頭
日本のヘルスケア業界では今、女性特有の健康課題への関心がかつてないほどに高まり、中でも特に生理・妊娠・出産・更年期・セクシャルなど生殖系ビジネスに商機を見出す動きが活発化。一方、フェムテックで先行する海外では、生殖系ビジネス以外の女性の健康課題に着目したソリューションの開発に乗りだす事例も増加傾向に。例えば骨粗鬆症、摂食障害、うつ病、生活習慣病関連など、男女共通の疾患における病態・予後・発症時期・発症率などの性差に着目したソリューションなどだ。
フェムテックという言葉がドイツで2012年に誕生してからこれまでは、「フェムテック=女性だけが持つ臓器や女性特有のライフステージや病気に着目したソリューション」というイメージで認知されてきたが、今は次のステージに移行しており、上述した事例のように、もっと広い視野でフェムテックを捉えて、多様な視点で性差分析に取り組む動きに注目が集まっている。
医療界から20年遅れ、ヘルスケア業界の性差視点
ここで改めて復習したいのが「性差医療」。性差分析に積極的に取り組んでいる最たる事例だ。性差医療とは、男女の違いに基づき発生する疾患・病態の違いを念頭に行う医療のことで、その差異を研究する学問を「性差医学」と呼ぶ。性差医療が誕生したのは米国で、1950年代。日本では2000年に入り医療の現場で導入が始まった。
- 1957年:【米】女性ジャーナリストが女性の健康を守る社会運動を起こす
- 1975年:【米】「全国女性の健康ネットワーク」が創設される
- 1994年:【米】FDAが「薬剤の治験の際には女性を半分含めることを推奨」と通達
- 2001年:【日本】鹿児島大学に日本初の「女性専用外来」が創設される
- 2004年:【日本】「性差医療・性差医学研究会」が創設される
- 2008年:【日本】「性差医療・性差医学研究会」が「日本性差医学・医療学会」へ発展
医療における性差というと、生理・妊娠・出産・更年期・女性特有がんなど、女性にのみ発生するものを思い浮かべがちだが、男女共通で発症する疾患における性差や薬力の性差、というものもある。例えばどんな性差があるのか?(参考:「性差医学・医療の進歩と臨床展開」医歯薬出版,2018)
<虚血性心疾患の自覚症状>
女性:顎や咽頭痛、腹部症状(嘔気・嘔吐・食欲不振・腹痛)、背部痛、肩痛
男性:胸痛<虚血性心疾患の予後>
女性は男性より発症率は低いが、一度発症すると予後は不良<がんの発症>
女性喫煙者は男性喫煙者よりも肺がんを発症しやすい<がんの治療>
薬剤の有効性・安全性は性差がある(具体的な報告内容は同書pp.119-123)<認知症の症状>
女性:妄想状態の頻度が高い
男性:介護者に対する攻撃や暴力が問題になりやすい<認知症の身体合併症>
女性:骨粗鬆症や関節炎などADLを低下させる合併症が多い
男性:心疾患、脳血管障害など生命を脅かす合併症が多い
このように男女共通疾患においても実は、病態・予後・発症時期などの性差というものがある。だが、ヘルスケア業界に身を置いていてもそれを知る人は多くなく、実際に業界人を対象にアンケートを取ったところ、性差医療を知らない人は73%にも及んだ(ウーマンズ調べ)。国内で性差医療が始まった20年前は、その画期的な医療が大きく注目されマスメディアも続々と取り上げたものの、そのトレンドがヘルスケア業界にまで及ばなかったことが背景として大きいだろう。
そこに風穴を開けたのが、フェムテックブーム。「フェムテック=女性特有の健康課題を解決する商品・サービス」という定義が浸透したことで、「女性ならではの健康課題」に商機を見出そうと、性差視点で人々の健康課題を捉え直そうとする動きが業界全体で急進。実に医療界から20年もの遅れをとる格好となって、ジェンダード・イノベーション旋風がヘルスケア業界にもやってきた。
ジェンダード・イノベーションとは?
日本の医療界では20年前にすでに起きたジェンダード・イノベーション。ようやくヘルスケア業界に波及すると見られているが、さて、この「ジェンダード・イノベーション」とは何なのか?
ジェンダード・イノベーション
ジェンダード・イノベーション(Gendered Innovation)とは、科学・技術・政策などの領域に性差分析を取り込むことで、新しい視点を見いだしイノベーションを創出すること。
世界最大の研究資金提供者の1つである欧州委員会は、資金提供する研究において性差分析を義務化することを目指していると述べている(2022年2月時点)。他、カナダやドイツなど様々な国で、科学技術イノベーションにおける性差分析の導入が進められており、国内では昨年あたりからジェンダード・イノベーションの考え方が広まり始めた。
ジェンダード・イノベーション発想で開発した商品
「ジェンダード・イノベーション発想で商品開発をする」とはどういうことか?例えば車のシートベルト。事例としてよく取り上げられるので、知っている人も多いかもしれない。
従来のシートベルトは、自動車事故が起きた際に妊婦の腹部を強く圧迫するため、胎児が傷つくリスクが高い。ある算定では、事故で母親が生き延びても3,200中800の胎児が死亡しているというから、一般的なシートベルトがいかに妊婦にとってリスクの高いものなのかがわかる。妊娠中の女性が安心してシートベルトを使えるようデザインを見直した。これにより、世界的規模で約9,400万人の妊婦や胎児が守られるという。
性差視点で課題を分析し新たな商品の開発につなげた、ジェンダード・イノベーション発想のわかりやすい事例だ。
ジェンダード・イノベーションは期待市場
シートベルトの事例が見せるように、ジェンダード・イノベーションは業界に関係なく取り入れられている。特に人間の心身にダイレクトに関わる医療界・ヘルスケア業界では、言うまでもなく必須の概念だ。ジェンダード・イノベーション発想のヘルスケアソリューションは、無論、性差分析に基づかない一般的なソリューションよりも説得力が高く、かつ、より高い効果も見込めるので、ユーザーの期待度、満足度、リピート率などの向上につなげられる。フェムテックブームの好影響で、性差視点に着目した商品・サービスに対する消費者の受容性は高まっているので、まさに今が、ジェンダード・イノベーション発想で開発に取り組む絶好の時だ。
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女性が求めるジェンダード・イノベーション発想のヘルスケアソリューション
ジェンダード・イノベーションの市場動向を踏まえ、ウーマンズラボを運営するウーマンズは、リサーチ会社のネオマーケティングと共同で、20~90代女性の2,000名を対象に、性差医療・性差ヘルスケアに関する意識調査を実施した。詳細は後述するリンク先で見ていただきたいのだが、本稿では、興味深いファインディングスを簡単にご紹介したい。
対象者に「性差医療」という言葉あるいは概念を知っているか質問したところ、「知っている」と回答したのは約3割ほどと少数だった。だが性差医療の意味を説明した後に「性差に着目した医療の必要性を感じるか?」と聞いたところ、80%もの女性が「必要性を感じた」と回答。加えて「性差医療の考え方と同様にヘルスケア商品も性差に配慮してほしい」と回答した女性も8割を超えた。
調査を通じて明らかになったのは、性差に着目した医療やヘルスケア商品の必要性を感じる女性がマジョリティであること。ジェンダード・イノベーション発想のソリューション開発を待ち望む女性の潜在ニーズが見えた。
なお調査では、具体的にどのようなカテゴリーでの性差視点を望んでいるかについても聞いた。詳細は以下の記事に掲載。
調査結果のダウンロード
ジェンダード・イノベーション?ジェンダーニュートラル?
最後に、性差に着目した「ジェンダード・イノベーション」と、性差に着目しない「ジェンダーニュートラル」、この2つの相反するトレンドについて補足しておきたい。
ジェンダーニュートラルは昨今、美容業界やファッション業界で特に顕著なトレンド。本稿を読んで、「性差視点を重視するジェンダード・イノベーションって、ジェンダーニュートラルのトレンドに逆行していない?」と疑問が湧いたかもしれない。どちらを取るべきか迷った時は、自社商品との相性を見極めた上でジェンダーニュートラルにするのか、あるいは性差に重きを置くのか、を決めると良いだろう。わかりやすい例で考えてみよう。例えばジェンダーニュートラルと相性が良いヘルスケア商品例は以下。
- 悩みがライトな人向けの商品
- パーソナル対応ができている商品
- 性差への着目が不要な領域の商品
反対にジェンダード・イノベーション発想を取り入れるべきヘルスケア商品は以下。
- 悩みが深刻な人向けの商品
- パーソナル対応ができていない商品
- 性差への着目が必要な領域の商品
ジェンダーニュートラルとヘルスケア商品の相性については、以下の連載で詳しくまとめているので、ぜひこちらも参考に。
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性差分析に基づいた商品開発を
医療界でジェンダード・イノベーションが起きてから20年、フェムテックブームに押されようやくヘルスケア業界でもビッグバンの予感だ。業界全体での知見が積み上げられていないため、研究・分析から始めなくてはならないのが各社にとって重荷にはなるが、女性たちの「性差に配慮したヘルスケア商品・サービス」のニーズは強い。大きなビジネスチャンスだ。今年新たにソリューション開発に取り掛かるなら、性差視点から企画してみては?