製薬企業や医師にも見放された後遺症、女性の術後生活を救う大学発ベンチャー

今年1月に開催されたジャパンヘルスケアビジネスコンテスト2021(経産省)で、女性特有がんの後遺症に着目した大学発ベンチャーが優秀賞を受賞した。プロダクトを開発したのは千葉大学の研究チーム「チームトモクラウド」で、リーダーの小川氏はファイナリストによる最終プレゼン審査の中で、この後遺症を「見放された後遺症」と表現した。この言葉の通り後遺症の領域には取り残されている健康問題が多く、医療・ヘルスケア業界は積極的に参入を試みない。その一つが、女性特有がんの後遺症であるリンパ浮腫。彼らの着眼点は3次予防領域のビジネスの可能性を考える上で参考になる点が多い。チームリーダーの小川良磨氏に話を聞いた。 

女性特有がん、術後の後遺症リスクはリンパ浮腫

女性に多いリンパ浮腫

がん治療の後遺症の一つにリンパ浮腫がある。乳がん、子宮がん、卵巣がんといった女性特有がんや、男性特有の前立腺がんの治療により3人に1人がかかると言われていて、女性の発症が圧倒的に多い。国内には10〜15万人の患者がいるという。

リンパ浮腫とは、リンパ管内に回収されなかったリンパ液が皮膚の下に溜まってむくんだ状態のこと。治療直後に生じることもあれば数年後に生じる人もいて、発症リスクは生涯続く。

命は助かるも代償は大きく…

リンパ浮腫を発症すると治りづらい上に進行しやすく、重症化すると日常生活に支障が出る。身体的にも精神的にも苦痛が生じるため、手術を無事終えて症状が落ち着いてくると、それまではがんそのものに向かっていた不安や恐怖のベクトルが、徐々に後遺症であるリンパ浮腫の方へ向かっていくという。

関節は曲がりにくくなり、腕・脚は重く感じられるように。また皮膚が脆弱になるため、細菌感染や炎症が起こりやすくなる。

見た目も大きく変わり、むくみにより腕・脚は徐々に太くなる。外見が著しく変化するため、特に女性にとって精神的ショックは大きい。ファッションにも大幅に制限がかかり、脚に発症すれば、周囲に見られないよう丈の短いスカートを履かなくなる。かと言ってパンツスタイルであっても細いものは履けず、好きなファッションを楽しむことはできない。リンパ浮腫の社会的認知が進んでいないことも相まって、ボディイメージの大幅な変化から羞恥心を強く感じ、自己肯定感は低下。中には自宅に引きこもって外出をしなくなる女性もいるという。

外見の変化を受け入れることができたとしても、重症化すれば日常的な家事や外出が困難になり、不自由な生活を強いられる。

以下は、リンパ浮腫を患っている女性によるTwitter投稿。

予防法は未確立

リンパ浮腫は早期発見・早期治療が重要だが、発症予測も早期発見も難しく、予防方法が未確立。さらには診断方法もアナログで、周径計測・触診・視診を通して、腕・脚の太さの左右差や、皮膚の色・硬さの変化を確認する。患者自身で発症の有無を確認する場合も同様で、両腕あるいは両脚の太さを同じ時間帯に同じ姿勢で計測する。

発症した場合は早期治療で進行を阻止することが重視され、用手的リンパドレナージ(手で行う医療的マッサージ)や、弾性包帯・弾性着衣による圧迫療法が行われる。

ストッキングを始めたとした弾性着衣や包帯を使った圧迫療法は日常的にケアできる手軽な方法だが、一日中体に圧をかけ続ける生活を強いられるため、身体的負担は大きい。包帯であれば体に巻きつけるのも一苦労で、手間も時間もコストもかかる。汗をかきやすい夏場は皮膚トラブルも起きやすい。

リンパ浮腫は、ADLもQOLも著しく低下させるのだ。(以下動画はリンパ浮腫を発症した女性の日常生活。身体的変化、精神的苦痛、日常生活の不便、一般的な治療法などがわかる)

見放された後遺症に着目

予防法が未確立、かつ業界が積極的に参入しない領域に着目して小川氏らが開発したのが、電気を使った診断機器。自分たちのコア技術であるEIT(電気インピーダンストモグラフィー)を用いてリンパ浮腫の早期発見や日々のモニタリングができないかと考えた。開発しているのは、患者向けのセルフケア用と医療機関向けの2種。

患者向け:自宅での自己管理を可能に

患者向けの「LTモニタライト」は体の中を画像で簡単に確認できるもので、腕や脚にセンサーを巻くだけ。浮腫の状況を高精度で計測し、その結果をスマホやタブレット上にリアルタイムで可視化する。

医療機関に出向かずに自宅で自己管理できることが、患者側の最大のベネフィット。早期発見の見逃しや早期治療の遅れを防止できる。また、日々の記録を続けることでどんな時に浮腫が悪化するのかがわかるようになるので、弾性着衣を着用すべきタイミングを患者自身が判断できるようにもなる。浮腫は日内変動があるため、本来は弾性着衣を1日中着用する必要はない。自分でタイミングを判断できれば必要以上に着用することがなくなるため、体の負担のみならず、精神的負担も軽減される。

 

女性のリンパ浮腫

出典:チームトモクラウド

この浮腫の計測機能は患者の強い要望から生まれたもので、患者インタビューで話しを聞くたびに「浮腫の状況を把握したい」というニーズを強く感じてきたという。

その他、着圧や弾性着衣を着用するタイミングを患者にアドバイスする「お知らせ機能」の開発も目指しているとのこと。

医療機関向け:客観的判断を可能に

医療機関向けの「LTモニタプロ」はさらに専門的な判断やアウトプットが可能で、リンパ浮腫のステージの判断、浮腫の原因特定、将来の発症リスクの予測ができる。従来の診断方法である触診・視診・周径計測だけに頼るのではなく、客観的な判断が可能になる。    

女性のリンパ浮腫

出典:チームトモクラウド                    

個人向け・医療機関向け、ともに臨床試験を経て実用化を目指す。  

誰にも目を向けられていない人たちを助けたい

命は助かったものの、体の一部を失ったり後遺症に苦しむなど、がんをはじめとした重い病気は治療とトレードオフの関係であることが多い。「命が助かったのだから、後遺症や生活の制限・不便は我慢しよう」と、QOL・ADLの低下を仕方なく受け入れている患者の方が普通だろう。そんな”普通”を疑問視し、見放された領域に着目した彼らのLTモニタは、実に社会的貢献度が高いプロダクトだ。

取材中に小川氏が語った言葉がとても印象に残ったので、最後に共有したい。業界の課題を突き、自分たちのミッションを語る小川氏の言葉はとても頼もしかった。「がんは誰もが知っているメジャーな領域で、医者も製薬企業も積極的に取り組んでいる。でも、その後の生活には誰も目を向けていない。自分たちのプロダクトを通じて、リンパ浮腫という見放された病気で苦しむ女性たちを助けたい」。

 

 

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