性・年代・人種・体型別の開発がなぜ必要だった? 医療教育用のシミュレータ・トレーニングモデル、開発背景

フェムテック、メンテック、ジェンダード・イノベーション。こういった性差に着目したヘルスケアの概念が社会トレンドになるずっと前から、生物学的な男女差を考慮した製品開発に取り組む業界がある。その代表が、医療・看護・介護業界だ。今回は医療業界に注目し、30年前から性差に着目した医療教育ソリューションを提供する、レールダルメディカル(東京・千代田)の日本法人社長のスヴェンホーコン・クリステンセン氏と、営業部長の勝見啓氏に話を聞いた。

ミッションは「救命率の向上」

ノルウェーに本社を置き世界22カ国で展開する同社は、救急医療を柱とした医療機器製造と医療教育ソリューションを提供するグローバル企業。1960年代に心肺蘇生トレーニング機器を開発したのが始まりで、「救命率の向上」をミッションに、病院、大学、救急隊員など、医療現場の人材を育成する施設や教育機関向けに、救急救命医療に必要な医療機器や、医療・看護トレーニングに用いるシミュレータを開発・販売している(以下動画はシミュレータを用いたトレーニングの様子)

 

 

例えば大学では、医学部生や看護学生が同社のシミュレータを使用してトレーニングを受けている。実際の現場で的確な医療・看護ができるようになるには、人間の体の構造や見た目・感触に近いシミュレータを用いたシミュレーショントレーニングを行う必要があり、こういったリアルなトレーニングを求める教育現場のニーズに応える。

 

医療・看護シーンに合わせ、多様なシミュレータを開発

シミュレータは、まるで本物の人間だ。シミュレータによって特徴は異なるが、目は瞬きし、皮膚は実際の肌のように柔らかく、膣・肛門・鼻・口・耳には穴があり、食道や胃袋、心臓もある。言葉も発するため、生きている患者と本当に向き合っている体感もできる。学習者はこのシミュレータを用いて血圧測定、聴診、導尿、胃や膣の洗浄、心肺蘇生などのトレーニングを重ねる、というわけだ。さまざまなタイプや状況の患者に対応できるよう、シミュレータは性別・年代別・人種別・体型別に用意している。加えて、乳がんによる乳房の切除後や褥瘡など、傷病別に想定したパーツも。

上:分娩を想定したトレーニングでは、妊婦のシミュレータを使用する。左下:産道から赤ちゃんを取り出すトレーニングで用いるシミュレータ。逆子を想定したトレーニングも可能。右下:早産児への適切な治療や蘇生法をトレーニングしている様子

 

成人女性モデルは、カツラ・スキン等を変えることで人種・年代別のトレーニングができる。高齢女性を想定したモデル(白髪のカツラを着用したモデル)の場合は、成人女性よりも筋肉は細く、目は白内障により白濁している。皮膚にはシワやシミがあり、身体的特徴を正確に表現している。 右は成人男性モデル

 

左:分娩後の女性腹部を解剖的に再現したもの。子宮底のアセスメントやマッサージのトレーニングに用いる。中央:乳房切除後のケア実習に用いる。右:褥創、切開痕、切断肢などの創傷ケアに用いる

 

開発背景は、90年代に医療現場で広がった人種差別・格差問題

今でこそ成人女性・成人男性・赤ちゃん・高齢者・肥満・白人・黒人・傷病別と、さまざまなタイプのモデルやパーツを取り揃えているが、開発当初は1種類だけだった。女性でも男性でもない中性的な体型を採用し、性器など性別特有の違いもなかったため、リアルなトレーニングからは遠かった。そんな中、90年代に米国で人種差別や男女格差に関する問題意識が現場から上がるようになり、医療におけるダイバーシティとインクルージョンが求められるようになった。

そこで同社は医療機器メーカーとしてできることを考え、医療者が多様な人に対応できるよう多様なタイプのモデルを揃えることにした。人種や性のみならず、文化・宗教・社会的地位・身体的能力・民族・性的指向・教育水準などの違いによる健康格差や、属性の違いを背景にした特有の健康問題にも同社は目を向けており、あらゆる人に医療を届けるために、多様なモデルと同時に、多様なシナリオをベースにしたトレーニングプログラムを開発している。例えばこんなシナリオだ。

 

34歳の黒人女性が、血栓症や高血圧と闘うハイリスク妊娠の後、産後3週間で病院に戻ってきた。帝王切開で出産後、切開部に痛みを伴う血腫ができ、頭痛、目のかすみ、足の浮腫にも悩まされているsource

 

このシナリオをベースにしたトレーニングでは黒人女性のモデルを使用し、学習者は「黒人の妊産婦特有の健康問題(※)」を意識しながら、適切な質問や医療を判断しながらトレーニングを進める。人種別のトレーニングは、「人種特有の健康格差を意識した診療の実施や、医療者側の思い込みを払拭するのに役立つ」という。※黒人の妊産婦は痛みの治療が十分にされていないという複数の研究報告がある

この例からわかる通り、性・年齢・人種・体型によってモデルを使い分ける効果は、学習者に ”よりリアルなイメージを持たせる”点にある。実はモデルそのものに機能的な違いはなく、単純に「肌の色や体のサイズ・形など見た目が違うだけ」だという。例えば赤ちゃんと高齢者では、体のサイズや見た目が違う。だがそれだけで、配慮すべきことや適切なコミュニケーションを探る思考が生まれ、学習者の判断や行動も自ずと変わってくる。高齢者であれば、耳が遠い可能性を意識して大きな声で、あるいは耳の近くで話しかけるという行動に至るし、赤ちゃんであれば、成人や高齢者に触れるよりもより慎重になり、抱き方や力の入れ方に配慮する。成人女性・成人男性のモデルも同様だ。女性であれば、診療前に妊娠・生理の有無や女性特有の病気を確認したり、膣洗浄や胸の触診もできる。女性と男性それぞれの導尿のトレーニングも可能だ。

このように、リアルなモデルを用いることで現実的かつ実践的なトレーニングを提供できるのが、同社が製品開発において徹底重視していることであり、強みだという。

 

性別で開発した製品が海外で売れるワケ、日本の今後の需要予測

性別・年代別・人種別・体型別などさまざまなタイプのモデルは徐々にその種類を増やし、特に海外での売れ行きが好調とのこと。日本では2017年に成人女性・成人男性のモデルを性別で発売したが、海外ほどの需要は感じないという。それについて同社は、「海外はもともと人種の違いによる問題意識が強いため、性差への問題意識も強い。一方で日本は欧米ほど多民族化が進んでいないこともあり、属性間の格差がもたらす弊害に対して認識が弱い」ことが一因と見ている。だが、今後のポテンシャルは十分に感じており、「日本でもようやく最近になり、ジェンダーギャップや健康問題の男女差に関心が寄せられるようになったので、性差を意識したトレーニング需要はこれから伸びると感じている」とのこと。

また、今後は訪問看護領域でのトレーニング需要も予測しており、「日本の訪問看護領域ではそもそもシミュレーショントレーニングの意識が薄いが、海外では需要が伸びている。日本は世界一の高齢社会なので可能性はあると考えている。今後注力していきたい」と意気込む。

 

 

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