女性ヘルスケアトレンド
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【レポート】医療と介護の“隙間”をつなぐ温泉の新たな役割とは? 回復期リハの現場から見えた「境界領域」の課題

2025年12月19日、都内にてNPO法人健康と温泉フォーラム第126回月例研究会が開催された。テーマは「回復期リハビリテーション病院の実務から見た医療と介護の『境界領域』の問題点」。講師は塩原温泉病院院長 森山俊男氏(栃木県医師会)。栃木県・那須塩原温泉の回復期リハビリテーション病院の現場で、長年にわたり温泉療法とリハビリテーションの実践に取り組んできた。講演では、医療・介護制度の構造的課題とともに、温泉が果たし得る新たな役割について、具体的な事例を交えて提示された。

分断された制度と、増え続ける“複合ニーズ”

日本では2000年の介護保険制度導入以降、医療と介護は明確に分けられてきた。医療は「治療」、介護は「生活支援」。この整理は制度としては合理的であり、効率化にも寄与してきたのかもしれない。しかし現在、現場ではその前提が成り立たなくなっているという。高齢化の進展に伴い、医療と介護の両方を必要とする「複合ニーズ」の高齢者が増加していることが一因として挙げられる。例えば、急性期を脱しても完全には回復せず、生活機能が低下した状態のまま地域へ戻るケースが増えている。森山氏は、「医療と介護を分けることで効率化は進んだが、その間にある領域への対応が遅れている」と指摘する。

医療と介護のはざまをつなぐ温泉の可能性

【撮影】J-wellness media(会場の様子)

 

講演の中で強調されたのが、若年層にもみられている「フレイル」期の介入の重要性である。健康な状態から徐々に身体機能が低下し、やがて要介護へと至るプロセス。その中間段階であるフレイルは、本来であれば回復可能な時期でもある。

現行制度では、「医療は治療中心」「介護は要介護認定後の支援」という構造のため、現実は「まだ介護ではないが、健康でもない」層への支援が十分ではない。「この段階で適切な介入ができれば、多くの人が要介護に至らずに済む可能性がある」と語る。

 

温泉を活用した回復期リハビリの実践

塩原温泉病院では、この境界領域に対する取り組みとして、温泉を活用したリハビリテーションが行われている。温泉入浴には、温熱作用(血流促進・筋緊張緩和)、水圧作用(循環機能改善)、浮力作用(関節負担軽減)といった特性がある。これにより、運動機能が低下した高齢者でも安全に身体を動かすことが可能となり、リハビリの質を高めることができる。さらに同氏が強調したのは、温泉環境がもたらす心理的・社会的効果である。温泉地では、医療機関とは異なり、自然な形で人との交流が生まれる。外出機会が増え、活動量が増し、結果として行動変容が促される。「リハビリを“やらされるもの”ではなく、“自然に続けられるもの”に変える環境が重要だ」とする。

一方で、こうした取り組みには制度上の課題がある。温泉を活用したリハビリは、医療保険や介護保険の枠組みでは十分に評価されないケースが多く、診療報酬にも反映されにくい。その結果、温泉設備の維持やプログラム運営の負担は現場側に委ねられる構造となっている。同氏は「予防や重症化防止という観点から見れば、社会全体の医療費抑制にもつながる可能性があるにもかかわらず、制度がその価値を評価していない」と指摘。ここには、短期的な治療成果を重視する制度と、長期的な回復を支える現場とのミスマッチが存在している。

本講演で提示された重要な視点は、温泉を「治療」としてではなく、「生活支援」として位置づける発想である。急性期医療の後、自宅復帰前のコンディショニング期間。あるいは介護予防段階における身体機能の維持・回復。この領域において、温泉は有効な役割を果たし得る。つまり温泉は、医療でも介護でもない第三の領域、“回復を支える生活環境”として機能する可能性を持っている。

 

JWM視点

講演は、温泉の価値を観光か医療かという枠組みで捉えることの限界を示している。温泉は本来、身体を整え、心を緩め、人と人をつなぐ場である。那須塩原の実践は、その機能が結果として、「回復を促し」、「孤立を防ぎ」、「行動変容を生む」 ことを示している。ここには「養生」「つながり」「生きがい」という日本的価値が具体的に表れている。医療と介護のはざまをつなぐという発想は、制度の隙間を埋めるだけではなく、日本が本来持っていた生活知を現代に再編集する試みでもある。温泉は観光資源にとどまらない。人が回復し続けるための社会的インフラとして、その役割があらためて問われている。

【執筆】 J-wellness media

 

JWM(J-wellness media)』は、世界のウェルネスの潮流、日本の養生文化、そして社会と産業の視点を結びながら、日本のウェルネスの姿を編集し、発信するWEBメディアです。内容は、世界(世界のウェルネス動向、海外市場、Longevityなどグローバルな潮流)、文化(温泉、養生、食など、日本の生活文化に根ざしたウェルネス)、ビジネス(美容、健康、スポーツなど、ウェルネス産業のビジネス動向を分析)、地域(温泉地や地域資を活かしたウェルネスツーリズムや地域実践)、未来(AI、データヘルスなど、これからのウェルネスの可能性)など(運営:JWM)。

 

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