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妊娠が老化を加速させること明らかに、DNA解析で生物学的年齢の進み方を確認

本稿は、たちばな台クリニックの秋谷進医師による連載記事です。今回のテーマは「妊娠と老化の関係」。妊娠が女性の老化スピードに影響する可能性を示した研究論文を紹介します。女性にとっては受け止めがたい内容ですが、研究結果を踏まえ秋谷氏は、”だからこそ”の産後ケアの重要性を説いています。

妊娠・出産は命懸けのイベント

子どもを産むのは命懸けのイベントと言われます。出産時の痛みは「鼻からスイカが出てくるかのような痛み」などと言われたりするなど、出産経験がないと想像がつかないような表現がされます。また、出産に至るまでの間にも、体の中に新たな命ができ、それを守っていくという大きな役割を担います。妊娠をきっかけに体質が変わったという人も散見され、体にとって妊娠は大きな影響を与えることが知られています。今回はそんな妊娠による変化に焦点を当て、「妊娠」と「老化」の関係を研究した論文を紹介します。米コロンビア大学エイジングセンターのCalen Ryan氏らが、2024年4月に「Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)」に報告した論文です。
Calen P Ryan, Nanette R Lee, Delia B Carba,et al. Pregnancy is linked to faster epigenetic aging in young women.Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. 2024 Apr 16;121(16);e2317290121. pii: e2317290121.

 

妊娠と老化の関係とは?

研究背景:若年期の妊娠が老化を早める可能性を研究

進化生物学の理論では「妊娠や子育てといった生殖活動にはコストがかかる」とされています。それが体の老化に影響を及ぼす可能性があり、これまでに「出産回数が多いことと、寿命や症例の健康には関係がある」という報告はありましたが、若いうちの妊娠が老化を早めるのかどうかについて十分に調べた研究はありませんでした。そこで、若年期(20〜22歳)の女性を対象に、妊娠が生物学的な老化にどのような影響を与えるのかを調べるために今回の研究が行われました。

 

研究方法:セブ島の男女の血液サンプルを解析

この研究はフィリピンのセブ島で長年続いている調査である「Cebu Longitudinal Health and Nutrition Survey」のデータを用いて行われました。2005年に20〜22歳であった825名の女性と910名の男性の血液サンプルを用いて以下のような解析を行いました。

  1. サンプル採取と遺伝子解析
    参加者の血液を採取して、そこから得られたDNAを解析することで、エピジェネティック・クロックと呼ばれる老化指標を解析しました。それにより、そのDNAの持ち主がどの程度老化しているかを推測することができます。
  2. 女性の妊娠歴の収集
    女性では妊娠経験の有無や妊娠回数を記録しました。
  3. 男性の”父親になった回数”を確認
    男性910名は「子どもの父親になった回数」のみを記録しました。これにより、子育てなどによる体力の消耗などの影響を除いた、パートナーの妊娠が男性にもたらす影響を確認しました。
  4. 交絡因子の調整
    交絡因子(妊娠以外に老化に影響する因子)、例えば年齢・社会経済的状況・遺伝的な違い・居住環境などを統計学的に取り除いた解析を行いました。

 

研究結果:妊娠回数が多いほどエピジェネティック時計を有意に早める

妊娠の経験がある女性とない女性を比較したところ、妊娠経験がある女性は妊娠経験がない女性よりも生物学的年齢が明らかに高いことがわかりました。6種類のDNAメチル化時計(DNAの状態から細胞レベルで推測した生物学的年齢)を測定したところ、妊娠回数が多いほど生物学的年齢の進み方が有意に速くなることが示唆されたのです。また、妊娠回数が増えると老化の進みも加速していました。妊娠や授乳などの生理的負荷が、生物学的な老化を加速させる可能性があると研究チームは推論しています。一方、男性では子どもの有無と老化には関係がありませんでした。このことは、「育児」ではなく「妊娠・出産」が老化に影響を与えているということを示唆する結果と言えるでしょう。

 

研究で得られた知見:妊娠によって老化を早める可能性

今回の研究では、若いうちの妊娠でも体の老化が加速することがわかりました。この影響は男性には見られず、「妊娠・出産」固有の女性への影響であることがわかりました。また、遺伝や環境の要因、経済の影響を統計処理で差し引いても妊娠の影響はしっかりと残っており、生物学的に妊娠が老化を早める可能性が示唆されました。

 

児童精神科医から、4人の子どもを出産した7歳年下の妻への配慮

今回の研究では「妊娠は体が老化するイベント」であり、若い女性であっても、それがDNAレベルで現れることを示しました。ですが、これまでに報告された論文では妊娠出産によるメリット(家庭を形成することによる心理的効果、コミュニティーへの参加機会の増加)などもあり、シンプルに妊娠がその人に悪影響を与えるとまでは言えないでしょう。児童精神科医であり4人の子育てをする筆者は、子どもやその周囲の人との関わりに支えられながら、いつも新たな刺激を受けています。それが生きるモチベーションとなり、くじけそうになる自分を後押ししてくれていると、日々感じています。しかし今回の論文から、私の7歳年下の妻への配慮は、より一層必要なのだと気づかされました。妊娠はやはり体に負担がかかると理解して、若くても産後ケアをしっかりすることは重要であると言えます。将来の健康を守る上でも、妊娠というライフイベントの負荷を意識し、産後に十分な休息期間を設けることが大切なのです。

【執筆】秋谷進

 

小児科医・児童精神科医・救命救急士。たちばな台クリニック小児科勤務。1973年東京都足立区生まれ、神奈川県横浜市育ち。1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。金沢医科大学研修医、国立小児病院小児神経科、獨協医科大学越谷病院小児科、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科、東京西徳洲会病院小児医療センターを経て現職。過去の記事一覧はこちら

 

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