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予防医療ビジネスの最新動向、0次〜3次予防の段階別ベンチャー事例

予防医療という言葉が民間企業や生活者の間で認知されるようになってきたが、一般には「ヘルスケア」や「健康づくり・健康管理」といったライトな言葉で括られて理解されていることもあり、日常生活で聞くことはそうない。ヘルスケア業界に身を置いていても、ビジネスの現場で予防医療の概念を日常的に意識する機会は少ないのではないだろうか。活用できそうでしづらい概念だが、ヘルスケアマーケティングの視点ではとても重要。特に商品・サービスの企画・開発時に、予防医療の3段階(4段階)の理解が必要だ。開発後の販促まで一気通貫で施策を考えやすくなる。予防医療の定義と、0次〜3次までの各段階でのビジネス事例を見ていこう。

予防医療の定義と重点領域

予防医療とは?

予防医療とは「病気になってから治療をするのではなく、健康を害する要素を取り除いて発病を防ぎ健康を維持増進することを目的とした医療」を指す。なお、予防医療について学ぶ学問を「予防医学」と呼ぶ。

 

予防医療の段階

予防医療には段階があり、一般的には1次予防、2次予防、3次予防の3段階が知られている。予防医療の概念が広まっている近年は、1次予防よりも前の段階で病気を予防する「0次予防」の考え方も提唱されている。各段階の予防医療の定義と、予防方法の事例は以下の通り。

段階 定義
0次予防 遺伝子情報や生活環境に基づいた病気の発症予防(個人の健康努力は不要) 遺伝子情報を元に自分の体質を知り病気の発症を予防したり、健康増進を図る前に生活している環境(住んでいる場所・室内環境・家庭環境など)を改善することで発症を予防する(参考:LSIメディエンス「animus2016 VOL87」pp.3-8)
1次予防 健康増進、特殊な防護 食生活の改善、運動、禁煙、予防接種、ストレス解消などで病気を未然に防ぐ
2次予防 早期発見・早期治療 健康診断や人間ドックで病気を早期発見。病気が見つかったら早期治療で重症化を防ぐ
3次予防 障害を抑える、再発防止、社会復帰 適切な治療やリハビリにより障害を最小限に抑え、再発防止や社会復帰を目指す

【表1】予防医療の段階(参考:予防医学テキスト改訂第2版)

 

予防医療、3つの重点領域

予防医療において重点領域とされているのは、「生活習慣病」「感染症」「環境汚染」の3つ。

(1)生活習慣病

現代の日本人が特に取り組むべき予防医療が、生活習慣病の予防。生活習慣病とは生活習慣によって引き起こされる病気で、高血圧性疾患、脳血管疾患、糖尿病、がん、虚血性疾患などを指す。重点領域に生活習慣病予防が挙げられる理由には次のような背景がある。

  • 国民医療費の3割を生活習慣病が占めている
  • 死亡者数の6割を生活習慣病が占めている
  • 要支援者・要介護者の介護が必要となった主な原因は脳血管疾患などの生活習慣病が3割を占め、認知症や高齢による衰弱、関節疾患、骨折・転倒が5割を占めている

生活習慣病は、食生活改善・禁煙・運動などの生活習慣の改善次第で発病や死亡を回避できることから、予防が重要とされている。健康寿命の延伸を目的に厚労省が2000年に開始した国民健康づくり運動「健康日本21(第1次)」では、生活習慣病を重点分野とし1次予防を重視した取り組みが進められてきたが、「健康日本21(第2次)」では、生活習慣病の重症化予防の徹底に関する目標も加えられた。

 

(2)感染症

グローバル化に伴い近代は、感染症が国境を越えて拡散するリスクが増している。今現在流行しているCOVID-19を始め、近年では、鳥インフルエンザ、SARS(重症急性呼吸器症候群)、エボラ出血熱などが国際的に流行した。今後は感染症に関する国内対策の強化とともに、国際協力による感染症制御に関する取組みの推進が急務とされている。現在は、健康・医療戦略の下での各省連携プロジェクト「新興・再興感染症制御プロジェクト」によって、病原体の全ゲノムデータの構築、薬剤ターゲット部位の特定、新たな迅速診断法の開発・実用化などが進められている。

(3)環境汚染

日本は第二次世界大戦後に急速な成長を遂げて工業生産力を向上させたが、豊かさがもたらされた一方で、工場から排出されるばい煙や汚水などにより環境汚染が進み、公害による健康被害が引き起こされるなど重大な社会問題も発生した。現在、環境省や厚労省、経産省など複数の省庁で環境と健康に関する政策が進められ、また法律による規制だけでなく、事業者による自主的な排出削減への取り組みも行われている。特にこの1〜2年ほどは、SDGs推進の加速で各社の取組みが活発化している。

 

生活者の予防医療意識

次に、生活者自身の予防医療意識について見てみよう。マクロミルとキューサイが予防医療をテーマに調査を実施している。

言葉の認知率・取組み状況・きっかけ

マクロミルが「予防医療」の言葉の認知率・内容の理解度、予防医療の取組み状況・取組んでいる内容・取組み始めたきっかけなどを男女1,000人に聞いたところ、次の結果となった。言葉の認知はある程度あるものの、内容の理解までは進んでいない様子。とは言え、病気予防のために何かしら行動をしている人は一定数いる(対象:全国20~69歳の男女1,000名,「新しい医療の取組みに対する意識調査2018」)。

  • 予防医療の認知
    ・予防医療の内容までを理解している(16%)
    ・予防医療の言葉は、見聞きした程度(58%)
  • 予防医療の取り組み状況
    ・1年以内に予防医療に意識的に取り組んだ人(72%)
  • 具体的な取り組み内容
    ・人間ドック・健康診断(31%)
    ・運動(31%)
    ・食生活の見直し(30%)
    ・睡眠の改善(20%)
    ・予防歯科(19%)
    ・予防接種(18%)
    ・ダイエット(14%)
  • 予防医療に取り組んだきっかけ
    自身の病気や体調不良(37%)
    ・健康診断の結果(32%)
    ・テレビ番組の情報(19%)
    ・家族や友人のすすめ(18%)
    ・医師のすすめ(13%)
  • 今後の取り組み意向
    ・積極的に取り組みたい(27%)
    ・まあ取り組みたい(62%)

 

予防医療ニーズは、男性<女性

キューサイも予防医療に関する意識調査を実施している。20〜40代の男女600人を対象にした調査で、こちらは男女別に集計している。結果を見ると女性の方が予防医療に対するニーズが強いことがわかる。もともと女性の方が健康意識も行動者率も高いからだろう。

予防医療の実施率と意向(男女別)

次のグラフは予防医療の現在の実施率(黄)と今後の意向(緑)を表したもので、いずれも女性の割合の方が高い。

【出典】キューサイ

【出典】キューサイ

予防医療は社会に必要?(男女別)

「予防医療はこれからの社会に必要」と考える人の割合も、女性の方が高い。

【出典】キューサイ

【出典】キューサイ

 

予防医療ビジネスの動向と事例

予防医療の段階別にベンチャーのプロダクト事例を見ていこう。やはり目立つのはクロステック。ヘルステック、メドテック、フェムテックの事例をピックアップした。

0次予防の事例

遺伝子情報を元に自分の体質を知り、病気の発症を予防する「0次予防」の事例としては、「遺伝子検査サービス」が挙げられる。遺伝子検査(DNA検査)とは、DNAの情報を読み取りがんなどの病気のリスクや体質などの遺伝的傾向を知る検査のこと。DNAの解析技術が発展したことで分析費用が抑えられ、また唾液でも調べられることから、より身近な検査として広く知られるようになった。

DeNAライフサイエンスが提供する遺伝子検査「マイコード」もその一つ。自宅で唾液を採取するだけで簡単に遺伝子検査ができる。最小で21項目(10,780円)、最大で301項目(46,750円)のプランから選べ、がんや生活習慣病などのかかりやすさ、祖先のルーツ、性格、センス、体質などの遺伝的傾向を知ることができる。

 

1次予防の事例

生活習慣の改善で発病を未然に防ぐ「1次予防」として最も分かりやすい代表例は「ダイエットアプリ」だろう。体重、食事、運動、睡眠などを記録する機能が中心だが、最近は、ストレス、生理、血圧など様々な体の状態を記録・管理できる機能を備えたものが増えている。食事レシピをAIが自動解析してアドバイスをするなど、高機能化も進んでいる。

その他、禁煙アプリやメンタルヘルステックも、1次予防に入る事例。

 

2次予防の事例

早期発見・早期治療で重症化を防ぐ「2次予防」の事例はメディカル要素が強く、最近は検査関連のローンチが目立つ。事例を3つ紹介しよう。

① 便器に設置、自宅で尿検

小型デバイスを設置した便器で排尿するだけで、病気の兆候を素早く検知する。2015年に開催した医療カンファレンス「Health 2.0 Asia – Japan」のピッチコンテストで優勝したヘルスケアベンチャー「SYMAX」が手掛ける尿検査サービスだ。自宅や施設のトイレにセンサーを取り付けるだけで使える排尿モニタリングサービスで、スマホアプリに体調分析結果がリアルタイムに届く。疲労感や眠気、思考力低下、頭痛、低血圧など体調不良が起きやすい状態かがわかるので、日頃から体調チェックを行うことで病気のリスクを抑えることができる。

SYMAX

SYMAX

② フェムテック系、検査キット

郵送検査キットはここ1年ほどで増えており、特にフェムテック企業からの登場が相次いでいる。最近だと注目は、女性ホルモンの数値を調べて更年期の状態などを確認するcanvasや、自分の妊孕力を確認できる卵巣年齢検査キットのF checkなど。

卵巣年齢チェックキット

F check

前述のSYMAXもそうだが、こういった自宅用の検査デバイスは、いずれも自分の今の体の状態を知ることが目的。だがベネフィットは単純にそれだけではない。これまで時間的問題や心理的抵抗から医療機関での検査を遠ざけていた女性たちが、自ら検査をするようになったり、検査を機に医療機関の受診や治療を始めるといった健康行動を起こすようになっている。自宅にいながら本格的な検査ができることは、女性たちの健康行動に明らかな好影響をもたらしているのだ。

これらは、「早期発見」「早期治療を促す」という点で、2次予防として非常に大きな役割を果たしている。

 

③ 脳ドック

2次予防の事例としてもう一つ紹介したいのは、脳ドックサービスを提供するMCS東京銀座クリニックの「メディカルチェックスタジオ」。メニューの柱である「スマート脳ドック」は、頭部MRIやMRA、頸部MRAの診断を行うことで、主に脳血管の破裂リスクとなる脳動脈瘤、脳の血管がつまる脳梗塞、脳腫瘍などの自覚症状のない異常箇所などがわかる。専門医師2人によるダブルチェック体制とAIサポート(研究開発中)により見逃しを防ぐ。

3次予防の事例

障害を最小限に抑える・再発防止・社会復帰を目的とする「3次予防」は、ベンチャーが特に参入を得意とする領域だ。技術力はもちろんのこと、大手の参入が少なくブルーオーシャンであることも、参入しやすい理由だ。3次予防の事例を3つ紹介したい。

① 患者専用、再発防止の健康プラン

ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト(JHeC)2018優秀賞を受賞したPREVENTが手掛ける疾病マネジメントプログラム「Mystar」は、通院中の患者を対象にしており、脳梗塞や心筋梗塞などの再発防止に主眼を置いている。ユーザーがモニタリング端末を腕に巻くと、脈拍や歩数、塩分摂取量などのライフログがアプリに同期される。そのデータを医療専門者(理学療法士、管理栄養士、看護師など)が分析し、一人ひとりに最適化した健康プログラムを提案する。

Mystar

Mystar

② 術後の後遺症を予防

JHeC2021で優秀賞を受賞したチームクラウドが開発したのは、女性特有がんの手術後に後遺症として発症しやすいリンパ浮腫を予防するモニタリング装置「LTモニタ」(医療機関向けと患者向けの2種)。3次予防のうち「障害の制限を解消・軽減」と「社会復帰」の役割を担うデバイスだ。リンパ浮腫は、発症するとむくみにより腕・脚が徐々に太くなり外見が大きく変わるため、ADLが低下するばかりか、精神的負担も大きい。だが予防法は確立されておらず、医師も製薬企業も事実上見放した状態になっている。患者自身も「命が助かったのだから…」と我慢を強いられており、ここに着目したのが彼らだ。

女性のリンパ浮腫

LTモニタ

詳細は以下記事に掲載。

 

③声帯を失った人の声を取り戻す

同じくJHeC2021のファイナリストでグランプリを受賞した、東大院生の研究チームが開発したサイリンクス。こちらは喉頭ガンの治療で声を失った人向けのウェアラブルデバイスで、これは3次予防のうち「社会復帰」の役割を担う。

サイリンクス

詳細は以下の記事に掲載。

 

モバイルヘルス市場の拡大

予防医療の段階別に事例を見てきたが、モバイルヘルスの視点からも動向を確認しておきたい。今急速に拡大しているのが、モバイル端末を活用したモバイルヘルス市場。モバイルヘルスとは、スマホやタブレットなどのモバイル端末を活用して医療行為や診療サポートを行うことを指し、世界的に市場が拡大している。

COVID-19の感染拡大により世界的に増えた「オンライン診療」は、モバイルヘルスのわかりやすい例。他にも医療の現場では、血圧計や血糖値計、心電図・心拍計、神経系モニタリング装置などインターネットに接続されている医療機器が、モバイルヘルスとして活用されている。

ちなみに、個々が自身のヘルスケアや受診時の情報としてアプリで管理・記録するのも、モバイルヘルス。「お薬手帳アプリ」「ダイエットアプリ」「妊活アプリ」「血圧計スマートウォッチ」などが当てはまる。

「モバイルヘルスソリューションの世界市場予測2015-2022年(MarketsandMarkets,発行年:2017年8月)」によると、世界のモバイルヘルスの市場規模は2017年の211億ドルから2022年に904億ドルに達すると予想されており、平均年成長率33.7%の急成長が見込まれている。「遠隔モニタリングサービス」「治療サービス」「診断・コンサルサービス」「予防サービス」などが市場に登場している。

 

予防医療ビジネス、トレンド予測

予防医療ビジネスの事例として今回はデジタルテクノロジー系ベンチャーを取り上げたが、アナログな予防医療商品・サービスも世の中にはたくさんあることは、最後に記しておきたい。メディア映え・映像映えする華やかさがないためにマスメディアに取り上げられづらいだけで、密かに大人気の健康商品・サービスは数多い。青竹踏みなどの健康雑貨、薬膳を提供する専門飲食店、ヨガ教室、がん患者を対象にしている医療美容師、介護食など、これらも全て予防医療ビジネスの範疇だ。

それも踏まえて予防医療ビジネスの今後を展望するなら、これからくるのは、(デジタルテクノロジー搭載の有無は関係なく)「女性特有の健康問題」「高齢者」「3次予防」。この3領域の予防医療ビジネスが活況を呈するだろう。この領域は業界全体でまだ知見が十分とは言えず、商品・サービスも少ない。今ならブルーオーシャンだ。

 

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