婦人科疾患の世界ランキング、204カ国・地域の大規模データから女性特有の傾向を分析(15〜49歳)
本稿は、たちばな台クリニックの秋谷進医師による連載記事です。前回の「妊娠が老化を加速させることが明らかに、DNA解析で生物学的年齢の進み方を確認」に続き、今回のテーマは「婦人科疾患」。婦人科疾患を抱える女性は、世界で12億人に上ることがわかりました。世界規模での傾向を明らかにした、貴重な研究論文を解説します。
目次
女性特有の不調・疾患、世界全体の傾向は?
月経前のイライラや腹痛。ズキズキする頭痛発作。人に言いにくい部分のかぶれなど。女性なら誰しも「女性特有の体調不調」を経験したこと、ありますよね。もちろん、こうした悩みは決してあなた一人だけのものではありませんが、個人個人によって「女性特有の体調不調」の内容は違います。では、世界中の同世代の女性は、具体的にどのような婦人科系の疾患に悩んでいるのでしょうか。最新の研究で、どういった婦人科疾患で悩んでいるのか、その実態が明らかになりました。早速見てみましょう。中国、長治医学院附属和平病院のXiaofeng He氏らによる、2025年8月PLoS One誌への報告です。(Xiaofeng He, Jiao Su, Kunbo Wang,et al.Global, regional, and national prevalence and trends of gynecological diseases among women of childbearing age from 1990 to 2021: An analysis of the global burden of disease study 2021.Xiaofeng He et al. PLoS One.2025.Aug 1;20(8):e0329336.)
GBDから世界の婦人科疾患をランキング
研究背景:世界全体の傾向はよくわかっていない
子宮内膜症や子宮筋腫といった婦人科疾患は、世界中の女性の健康を守る上で大きな問題ですが、その多くが見過ごされがちです。特に、15歳から49歳の女性に限定して、世界全体でどのような疾患が広がっているのか、その全体像はこれまでよくわかっていませんでした。そこで、1990年から2021年までの長期間にわたり、世界、地域、国レベルで婦人科疾患の有病数・有病率がどのように変化してきたのかを明らかにすることを目的に研究が行われました。
研究方法:204の国・地域の15〜49歳の女性を分析
分析には「世界疾病負担研究(Global Burden of Disease Study, GBD)2021」のデータのうち、15〜49歳までの女性の健康データを用いました。世界疾病負担研究とは、204の国と地域における369の疾病、87のリスク要因に関する死亡率と障害を世界的な推定値として評価する、地域的・国際的な包括的な疾病負荷研究プログラムです。米国ワシントン大学保健指標・保健評価研究所(IHME)が中心となって、世界中の多数の大学や研究所、政府機関が参加して行われているもので、WHOも、政策策定にGBD研究の結果を参考にしている、非常に信頼性の高い大規模なデータです。
研究結果:婦人科疾患を抱える女性は約12億人
2021年時点で、世界中で婦人科疾患を抱える15~49歳の女性は約12.1億人にのぼることが推定されました。そして、疾患ごとの有病者数ランキングは以下の通りです(数字は概数)。
■第1位:月経前症候群(PMS)
・有病者数:約8.9億人
・人口10万人あたり:約4.6万人
■第2位:女性不妊症
・有病者数:約1.1億人
・人口10万人あたり:約5,600人
■第3位:子宮筋腫
・有病者数:約8,500万人
・人口10万人あたり:約4,400人
■第4位:多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)
・有病者数:約6,600万人
・人口10万人あたり:約3,400人
■第5位:性器脱
・有病者数:約3,200万人
・人口10万人あたり:約1,600人
■第6位:子宮内膜症
・有病者数:約2,100万人
・人口10万人あたり:約1,100人
※その他、原因が特定されない「その他の婦人科疾患」も約4億人いると報告されています。
こう見ると、1位のPMSが圧倒的に多いことがわかりますね。なお「PMS」「女性不妊症」「子宮筋腫」「PCOS」の4項目は、20〜29歳の女性で最も多く見られました。中でも1990年から2021年にかけて、「女性不妊症」「子宮筋腫」「PCOS」の3つの疾患は、人口構成の影響を調整した割合(ASPR:年齢標準化有病率)でも有意に増加していました。4項目について、状況をもう少し詳しく見てみましょう。
■PMS
PMSの有病者数は1990年から2021年にかけてほぼ倍増しましたが、ASPRはほぼ変わっていませんでした。過去数十年にわたるライフスタイルや環境の急速な変化が、PMSの全体的な有病率ではなく、PMS症状の重症度に影響を与えた可能性があります。
■子宮筋腫
子宮筋腫のASPRの増減は、地域によって非常に異なっていました。子宮筋腫の危険因子としては、長時間の座位姿勢、加工食、肥満の増加などのライフスタイルの変化がありますが、医療技術の進歩している地域では、高度診断機器の普及、低侵襲治療、ホルモン療法および子宮内避妊器具による診療技術の高さがASPRの減少に寄与している可能性が考えられます。そしてこの傾向は、子宮内膜症および性器脱にも同様の傾向を示す可能性があります。しかし、高度な診療技術があっても、東ヨーロッパ諸国の文化のように月経痛などを軽視する背景があると、医療機関へのアクセスは悪いかもしれません。
■PCOS
PCOSのASPRは、特に東アジア、南アジア、東南アジア地域での上昇が認められました。この増加は、加工食品を多く含む食事、身体活動の減少、ストレスの増加など、都市化に伴うライフスタイルの変化および出産の遅れを理由とする可能性があります。
なお、「女性不妊症」の増加については、卵巣で男性ホルモン産生が増加するPCOSが増加していること、ストレスの増加等によるホルモンバランスの乱れ、およびライフスタイルの変化など、複数因子が関連しており、今後のさらなる検討の余地があると筆者(秋谷)は考えます。
研究で得られた知見:時代によって女性の健康問題が変化、婦人科疾患の負担は若い世代へ
今回の研究から、2021年時点で世界の15~49歳の女性に最も多い婦人科疾患は「月経前症候群(PMS)」であることが明らかになりました。また、1990年からの約30年間で、「子宮筋腫」「PCOS」「女性不妊症」の有病率が世界的に増加傾向にあることも指摘されました。今回の結果からは、単に患者数が多いだけでなく、時代とともに女性が直面する健康問題が変化していることがうかがえます。特に研究チームが警鐘を鳴らしているのが、婦人科疾患の負担が若い世代へシフトしているという点です。これは、食生活の変化や都市化に伴うライフスタイルの変化、晩婚化といった社会的背景が影響していると言われています。
分かりやすい変化として、現代女性は以前の女性に比べて、生涯で経験する生理の回数が大幅に増加していることが挙げられます。以前の女性は、平均して16歳で初経を迎え、40代後半で閉経していました。また、出産回数が多く、妊娠中や授乳中は生理が消失する期間が長かったため、生涯の生理回数は約50回程度でした。一方、現代女性は、初経が平均12歳と早まり、閉経は50代前半と生理期間が長くなっています。さらに、出産回数が減少したことで、生涯の生理回数は約450回から500回と、以前の約9〜10倍に増加していると推測されています。生理回数の増加は、子宮が休む間もなく働き続けることを意味し、月経困難症や子宮内膜症などの婦人科系疾患のリスクを高める可能性が示唆されています。総じて、「若い世代から女性特有の悩みを抱えやすくなっている」ということです。
婦人科の受診で人生が劇的に変わった女性
私の身近に、こんなことを言っている女性がいます。「月の半分はなんだかんだ調子が悪い。それが普通だと思っていたけれど婦人科を受診し、漢方薬を飲み始めたら、調子が悪い日が月に5日ぐらいになった。それ以外の日も質が上がった。婦人科受診前と後とで人生が劇的に変わった。私にとって婦人科の○○先生は神のような存在だよ」と。彼女は私が嫉妬してしまうくらいその婦人科医を尊敬していて、飲み会の度に、その話を聞かされています。それほどまでに、彼女を始め婦人科疾患で悩んでいる方は周りには多いのです。ぜひ、男性の方は生理痛や頭痛で悩んでいる女性がいたら、労ってあげてください。そのような配慮がある社会づくりが必要です。女性の方は女性特有の悩みは医療機関で解決できることもしばしばあります。「我慢すればいい」などと思わず、婦人科や内科にも相談してみてください。
【執筆】秋谷進
小児科医・児童精神科医・救命救急士。たちばな台クリニック小児科勤務。1973年東京都足立区生まれ、神奈川県横浜市育ち。1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。金沢医科大学研修医、国立小児病院小児神経科、獨協医科大学越谷病院小児科、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科、東京西徳洲会病院小児医療センターを経て現職。過去の記事一覧はこちら。
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