女性における「カフェイン摂取」と「認知症・認知障害」の関連、5,060人のデータを解析

本稿は、たちばな台クリニックの秋谷進医師による寄稿記事です。今回のテーマは、これまで明らかにされてこなかった女性のカフェイン摂取と認知機能の関連について。秋谷氏が医師人生の中で直面したエピソードも交えながら、米国の研究論文を考察していきます。脳の健康を維持しながら女性が人生100年を生き抜くカギの一つはカフェインと言えそうですが、重大なリスクにも目を向ける必要があります。

現代の健康課題「認知症」と「カフェイン」の関係

眠気覚ましに効果的なイメージのあるカフェイン。勉強や仕事などで、眠い目をこすりながらコーヒーのお世話になったという思い出がある方は多いと思います。カフェインで気合いを入れて徹夜。そんな経験から漠然とカフェインは健康に悪いものというイメージもついてしまっているのですが、実は健康に対して良い働きをする成分であることもわかっています。実際、カフェインには抗酸化作用があり、細胞の老化を防ぐ効果や、脳の神経伝達物質の分泌を促進する効果があることが科学的に証明されています。そんなカフェインの健康効果の1つに認知症の予防があるかもしれない、そんな研究が行われています。認知症は現代社会における重要な健康課題の一つであり、その予防法の確立は急務となっています。今回はカフェインの摂取量と認知症の関係を調査した注目の研究について詳しく紹介します。米ウィスコンシン大学ミルウォーキー校のIra Driscoll氏らが、65歳以上の女性を対象に、カフェイン摂取と認知機能障害の発症率との関連を調査し、The journals of gerontology誌オンライン版2016年9月27日号に報告しました。(Ira Driscoll,Sally A Shumaker,Beverly M Snively,et al.Relationships Between Caffeine Intake and Risk for Probable Dementia or Global Cognitive Impairment: The Women’s Health Initiative Memory Study.J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2016 Dec;71(12):1596-1602. doi: 10.1093/gerona/glw078. Epub 2016 Sep 27.)

 

女性に焦点を当てた研究で、カフェインと認知症のリスクを明らかに

研究の背景:女性を対象とした研究が少なかった

もともとカフェインにはさまざまな作用があることが知られていて、カフェイン摂取と認知機能の関連性についてはこれまでの研究でも指摘はされていたものの、一貫性のある結果は得られていませんでした。特に、動物実験ではカフェインの認知機能への好影響が示唆されていましたが、人間を対象とした大規模な研究は限られていました。そんな背景から、カフェインと認知機能の関連を明らかにするための研究が必要と考えられ、中でも女性を対象とした研究が少なかったことに着目し、女性のカフェイン摂取量が認知機能にどのような影響を与えるのかについて研究が行われました。特に、日常的なカフェイン摂取が認知症や認知機能低下のリスクを軽減できるかどうかを検証することに焦点が当てられました。

 

研究の方法:女性5,060人のデータを解析

この研究は米国国民健康栄養調査(NHANES)という大規模な疫学調査のデータを使用して行われました。1999年〜2004年のデータを使用し、データを得ることができた65歳以上の女性5,060人を対象として詳細な解析を行いました。対象者について、カフェイン摂取量のベースラインでグループ化し、認知症のリスクを評価しました。この際、単にカフェイン摂取量だけでなく、生活習慣や健康状態なども考慮に入れました。カフェイン以外の危険因子が関与している可能性もあるので、それらの危険因子(ホルモン療法、年齢、人種、教育、BMI、睡眠の質、うつ病、高血圧、心血管疾患の既往、糖尿病、喫煙、アルコール摂取量)などの有無については影響が出ないように慎重に調整してから解析が行われました。

 

研究の結果:日常的な摂取が認知症・認知障害のリスクを低下

研究の対象になった人のカフェインの摂取量の中央値以上のカフェインを摂取した群(1日平均261mg、コーヒー約2-3杯分)では、中央値以下の群(1日平均64mg)と比較すると、認知症の発症リスクが26%低いことがわかりました。また、認知障害全般の発症リスクも26%低いことが明らかになり、この結果から、中央値を上回るカフェインを摂取している女性では認知症や認知障害のリスクが明らかに低下するということがわかります。これらの効果は、さまざまな交絡因子を調整した後でも統計的に有意でした。これは、カフェイン摂取と認知機能との関連が、他の生活習慣や健康状態とは独立した効果である可能性を示唆しています。

 

研究の限界:幅広い属性における研究が必要

この研究で注意すべき限界としてIra Driscoll氏らは、特定の対象者に限定した研究である点を挙げています。この研究の対象は65歳以上の女性で、カフェインの自己申告のデータがきちんとある集団でした。また、教育レベルが比較的高い集団でした。十分な教育などを受けられなかった集団や、男女関係なく集まった集団など、今回とは異なる環境の研究も、別途実施が必要だと考えられます。また、カフェイン摂取量と認知機能について、「どれだけ摂取すればどれだけ防げるのか」についての明確な関係は、この研究では明らかになっていません。

 

医師として中毒死に直面、カフェインには健康効果も健康リスクも

カフェインには「脂肪燃焼効果」や「血行促進効果」があり、コーヒーには、強い抗酸化作用を持つポリフェノールの一種である「クロロゲン酸」が含まれ、抗酸化作用により、老化の原因として考えられる活性酸素の発生を防ぐことに役立ちます。そのような健康・美容効果を期待して飲んでいる人も多いでしょう。

一方で、コーヒーは世界中で愛飲されているものの、中に含まれるカフェインは、5グラムの摂取で重篤な副作用が発生し、7グラムの摂取で致死量に至るとされています。医療現場ではカフェイン中毒によって中毒死する報告もあり、実際に私も医師として、高校受験のためにカフェインを常用していた中学生の中毒死を経験しました。口にするものですから、メリットに目を向けるばかりでなく、デメリットに目を向けることも重要であることを理解していただきたいなと思います。

今回はカフェイン摂取が高齢女性の認知機能低下を予防する可能性があることを示した研究を紹介しました。特に、1日のカフェイン摂取量が中央値(約261mg)を超える女性では、認知症や認知障害のリスクが26%低下するという結果が示されました。カフェインには不健康なイメージもあるかもしれません。実際に、カフェインは不適切に多量に取ってしまうと、不眠や不安などの副作用を引き起こします。しかし適切に摂取することで、今回の研究で示された認知症予防などさまざまな良い効果があります。今後は、より幅広い対象者での研究や、カフェインの摂取源による効果の違いなど、さらなる研究が期待されます。

 

【執筆】秋谷進

 

小児科医・児童精神科医・救命救急士。たちばな台クリニック小児科勤務。1973年東京都足立区生まれ、神奈川県横浜市育ち。1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。金沢医科大学研修医、国立小児病院小児神経科、獨協医科大学越谷病院小児科、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科、東京西徳洲会病院小児医療センターを経て現職。

 

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