【今注目の健康概念vol.1】近未来の新市場、空間×ヘルスケア
WHOが定義する健康とは、「単に疾病がないとか、虚弱でないということではなく、身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であること(※)」。あらゆる人々がこの状態に到達できるよう、これまでに健康づくりに関する様々な手法や考え方が、WHO・医療・健康業界により提唱されてきた。例えばPHC(プライマリ・ヘルス・ケア)、ヘルスプロモーション、予防医学、SRHR、スマートヘルスなどだ。
一般には聞き慣れない言葉もあり(あるいは聞いたことがあってもなんとなく朧げな理解であったり)、さらには各所が次々に新語を生み出すため、特にどの概念に注視すべきか迷うビジネスパーソンも多いのでは?そこで、世界や国内で提唱されている中でも特に今、ヘルスケア業界がキャッチアップしておくべき健康・ヘルスケアに関する概念を連載でお届けしていきたい。新商品の企画・開発からプロモーションまで、様々な場に応用できる発見やひらめきがあるはず。(※)1946年,Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
空間の整備によるヘルスケア
空間とヘルスケアを組み合わせた概念が、昨年から注目されている。日経BP総合研究所は「空間×ヘルスケア」を、野村総合研究所は「空間デジタル・ヘルスケア」を提唱している。前者は2030年の実現を目指したスマートヘルスケア構想で、後者は少子高齢化社会とCOVID-19の対策を目的にした空間衛生の整備を指す。
空間ヘルスケア
日経BP総研が運営するwebメディアBeyond Healthが提唱するのは「空間×ヘルスケア2030」。健康で幸福な人生100年時代を可能にする社会を目指し、住宅・オフィス・商業施設・駅・道路・モビリティー・学校など、人々が生活を営むあらゆる空間を、予防や健康増進につなげようという構想だ。
いったい、どういう構想なのか?住宅を例に見てみよう。同構想によれば2030年の未来の住宅は、次のようにオートマチックにヘルスケアができる。
風呂場や脱衣所、階段の手すりなど、あらゆる場所がセンシングやスクリーニングのデバイスになります。脈拍、体温、血糖値、酸素濃度など様々なデータが、本人が意識することなく採取されていくイメージです。スクリーニングだけでなく、例えば、顔の画像から肌の状態や自律神経活性の程度なども分かります。(引用:Beyond Health「目指すは空間×ヘルスケアの社会実装」)
もう少し具体的に見てみよう。Beyond Healthの記事内に、未来の住宅の姿をイラストで描写しているのでぜひそちらをご覧いただきたいのだが、そちらに描かれているのはこんな住宅だ。住宅内の随所で健康状態が計測・分析される。
- 階段の手すり:触れるだけで、体温などが計測される
- 食卓テーブル:食事の内容を把握して、カロリーや栄養素などを分析・アドバイスをしてくれる
- 床:転んでも怪我をしない新しい床材
- 便器:尿や便から健康状態をチェック
- 浴室:非接触センサーで、心拍・呼吸・血圧を検知し、生活習慣や血圧に応じて最適な湯温や入浴時間をレコメンド
- 洗面所の鏡:洗顔や歯磨きをしている間に、肌状態をチェック
2030年には薬局の社会的立ち位置や機能も変わっているという。現在の薬局の「薬の相談や受け渡しの場」という定義を超え、健康に関するデータ収集の場・コミュニケーションの場・ヒーリングの場に再定義され、具体的には、未来の薬局ではこんなことができるようになる。
- 店舗入り口:通り抜けるだけで体温・心拍・血圧などが測定され、花粉やウイルスも除去される
- 店内:ロボットが薬のピッキング作業
- 店内:個室内に設置された睡眠カプセル内に寝転がり、部屋全体に映し出されたプロジェクションマッピング(星空やビーチなど)を眺める。その間にバイタルデータを分析
と、このようにあらゆる場所で健康状態が自動計測されたりヘルスケアができるのが、「空間×ヘルスケア2030」が描く未来だ。
ここまで全てのことが自動計測されてしまうのはさすがに抵抗もあるが、普段通り生活しているだけで健康状態を管理したり、健康状態の変化に気づかせてくれるという点では、実に便利でありがたい。一人暮らしをしている高齢の親の見守りに最適だし、認知症の家族を自宅に残したまま安心して外出することもできるようになるかもしれない。健康行動を起こさない無関心層の行動変容促進のきっかけにもなるだろう。
この構想では、2030年を目標に学校・オフィス・施設・駅・道路などにおいても「未病の改善」に資する空間にしていきたい考えで、これを社会実装していくための取り組みとして今は、ウェブやセミナーなどを通じた情報発信の他、プロジェクト(ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト)を立ち上げ、異業種が連携するオープンイノベーションの場を創出している。
先月には、「空間×ヘルスケア2030」を社会実装へつなげていくためのロードマップを提示・解説した書籍「見え始めた近未来の新市場、空間×ヘルスケア2030」を発売。テクノロジーを活用することでどのような空間ヘルスケアを実現できるのか?について先読みすることができる。
この構想実現には、業界・業種の枠にとらわれないあらゆるプレーヤーの共創が求められており、多くの新しいビジネスチャンスが眠っている。未来の新しいヘルスケアの形に備え、ぜひ一読してみては?
空間デジタル・ヘルスケア
野村総研が提唱するのは、「感染症を引き起こすウイルスが広がりにくい安全な空間を、テクノロジー(デジタル)を使って効率よく整え、空間の状況を利用者にわかりやすく伝えている状態の実現」。COVID-19により生活者の間で生まれた新たなニーズを調査で明らかにしたことで、今後は新しい空間づくりが必要だと唱える。
鉄道・バス・飛行機・新幹線などの公共交通機関やショッピングセンターなどの施設といった自宅外の空間における課題について、本調査を実施した佐野則子氏(野村総研)は次のように考察している。
従来の移動空間に対するニーズは、混雑がなく、振動が少なく、心地よく過ごせること。建物空間であれば、建築資材などによる健康被害がない、温度や湿度などの快適さでした。一方、コロナ第2波収束期の2020年9月にアンケート調査を行ったところ、鉄道(新幹線以外)の車両内については回答者の8割強の人が、駅ビルについては7割強の人が「手による接触」「利用ルール」「混雑」「換気」「消毒」の5項目すべてに高い不安を感じていました。これらは、空間における課題です。(引用:NRI JOURNAL2021.3)
とは言え、今のこのパンデミックが収束すれば、人々の空間に対する不安やニーズは無くなるのでは?これについて同氏は次のように述べている。
確かに、新型コロナウイルス感染症の収束によって不安が一時的に解消される側面はあります。ですが、感染症を引き起こすあらゆるウイルスを根絶しない限り、感染症の波とそれに伴う不安は繰りかえし起こる可能性があります。今回のコロナ禍をきっかけに、リモートワークを含めて新しい生活様式や、感染しにくい行動をとろうという意識変容が生まれ、生活者は変化しています。さらに日本は少子高齢化社会に突入し、人手で行う感染対応は持続可能とは言えません。デジタルなどのテクノロジーを活用して、ウイルスが持ち込まれても、広がることができず、自然に消えていく仕掛けや仕組みが必要です。(引用:NRI JOURNAL2021.3)
同氏が述べる通りパンデミックが収束しても、生活者の感染不安・危機意識は、従来よりは高いレベルで維持されていくと考えられる。ウーマンズラボ編集部でも女性生活者への継続的なインタビューを実施しており、昨年よりは女性たちの危機意識は多少低下している印象はあるが、それでもやはり、他人が触ったものや大勢が集まる密室などについては依然として敏感だ。
同氏のもう一つの指摘、「日本は少子高齢化社会に突入し、人手で行う感染対応は持続可能とは言えません」にも頷ける。パンデミックとは異なる視点から生まれる衛生ニーズも踏まえると、空間デジタル・ヘルスケアの需要は確実に伸びそうだ。
本件提唱の元となった調査結果や、COVID-19対策としてすでに海外で実施された空間デジタル・ヘルスケアの事例は、以下に掲載されている(PDFファイルで閲覧可)。
- 鉄道等利用における「空間デジタル・ヘルスケア」(知的資産創造2021年1月号)
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