女性ホルモンと歯の関連をライフステージごとに分析、思春期・妊娠期・更年期における特有のリスクを明らかに
本稿は、東京西徳洲会病院小児医療センター小児神経科の秋谷進医師による寄稿記事です。歯周病が全身の健康に影響することは近年徐々に認知されてきましたが、実は、女性ホルモンも歯の健康に影響することがわかっています。女性特有の健康課題として、ライフステージ別の影響を分析した研究論文を解説します。
女性ホルモンと歯の関係を明らかに
近年、歯周病が全身の健康に与える影響が注目されていますが、実は女性ホルモンも関係していることをご存じですか?今回は、女性ホルモンと歯の関係について、最新の論文を紹介しながら、私自身が診療の現場で見てきた経験についてもお話していきます。
インドのシバー学院歯学部歯周病学部門のRamanarayana Boyapati氏らが、思春期、月経、妊娠、更年期など、女性ホルモンの変動が大きい時期における歯周病への影響について、既存の研究を網羅的にレビューしたところ、女性は生涯を通じ、様々なライフステージにおいて女性ホルモンの変動により歯周病リスクが高まる可能性があることがわかりました。研究成果は、2021年10月に、学術誌の「J Midlife Health」に掲載されました(様々な女性のライフステージにおける女性ホルモンが歯周病に与える影響について/Ramanarayana Boyapati, et al. Influence of Female Sex Hormones in Different Stages of Women on Periodontium. J Midlife Health. 2022 Jan 20;12(4):263–266.)。
女性ホルモンがどのように歯に影響するのか
そもそも女性ホルモンがどういうものか知っていますか?女性ホルモンには大きくわけて、エストロゲンとプロゲステロンの2種類があります。
- エストロゲン:妊娠の準備や、女性の体の発育を促したり、肌の調子を整えたり、自律神経のバランスを整える
- プロゲステロン:妊娠を維持したり、体温を上げたりする
という働きをしていますね。女性ホルモンといえば子宮や卵巣だけに影響を与えそうですが、実は歯肉にも影響を与えています。例えば、エストロゲンは細菌の増殖に関わらず歯肉の炎症を促します。一方、プロゲステロンは歯肉と歯周組織の血管分布に影響を与えることがわかっています。そして、女性のライフステージによってエストロゲンとプロゲステロンのバランスは大きく変わってきます。そのため、女性ホルモンのバランスによって「歯周病になりやすい時期」は決まっているのです。
ライフステージによって変わる女性ホルモンと歯周病の関係
では、ライフステージによって女性ホルモンはどのように変わり、歯周病と関わっていくのでしょうか。論文では、女性ホルモンの変動が特に大きいライフステージごとに、歯の健康への影響について分析しています。
■思春期
思春期は子どもから大人に変わりゆく時期。プロゲステロン、エストロゲン両方が上昇していきます。それに伴って、歯の環境も歯肉が腫れぼったくなったり、出血しやすくなってきます。そのため、思春期になると、それまでよりも歯周病になりやすくなります。思春期に伴い月経がやってくると、月経周期による歯への影響がはじまります。一般的にエストロゲンは、月経周期に伴い排卵前にピークになり、月経の前には低下します。一方、プロゲステロンは月経前にピークに達します。このプロゲステロンが高くなる時に歯肉と歯の周囲の組織の炎症が最も強くなるので、月経周期のはじめに歯が痛くなりやすく、時間の経過とともに治まって行くことが多いです。
■妊娠期
母親の歯周病が妊娠の結果に大きく影響するのはよく知られた事実です。これは歯周病菌が血液を通じて胎盤に到達し、炎症を引き起こすためと言われています。したがって、早産などを防ぐために妊娠中に歯周病治療をした方がよいのではないかという論文があるほどです。また、女性の中には低用量ピルを使用する方もいると思いますが、実はピルは歯周病のリスクがあります。長期に低用量ピルをのむとエストロゲン・プロゲステロンが体外から過剰供給される分、歯肉の炎症が起こりやすくなると言われているのです。女性は色々な事情で低用量ピルを内服されると思いますが、歯の健康も考えた上で、低用量ピルの服用の有無を判断するのが望ましいですね。
■更年期・閉経
更年期になるとエストロゲンは急激に下がってくるとされています。実はエストロゲンの急激な低下はあごの骨にも影響をおよぼす「原発性骨粗しょう症」のリスクです。そして骨密度の低下により、歯周病の進行にも影響があるとされています。エストロゲンが過剰なのもリスクですが、急激な低下も歯周病のリスクなのです。また、唾液の分泌量が減少し、口腔内が乾燥するという変化も起こる可能性があります。そのため、閉経後の女性は口のトラブルが多く発生しやすくなります。更年期になると、歯周病、虫歯、口腔乾燥症、味覚異常などの症状を訴えることもあるでしょう。
このように、ライフステージによる女性ホルモンの変化が、歯の健康に大きく関わっていることがわかったのです。
診療の現場で見た患者の事例
歯の健康が女性ホルモンに大きく関わっているというのは驚きですよね。今回紹介した、思春期に起きる「思春期性歯肉炎」は、ホルモンバランスの影響を受けて起こる傾向があり、歯磨きがきちんとできている方でも起こりうる歯肉炎です。思春期は体が大人へと変化する時期でホルモンバランスが急激に変わるため、体のいろいろな部分に影響が出ます。歯肉(歯茎)もその一つです。
この記事を書いている私自身は児童精神科医ですが、20年ほど前に、思春期に歯が抜け落ちてしまい不登校になった小学生の診療を経験したことが何度かありました。医学部では「歯」について学ぶことはなく私自身に専門知見はなかったため、彼女たちの歯が抜けたのは、友達間での外食が増えることや怠惰により歯磨きの衛生管理が不十分なことが原因だと考えていました。知り合いの小児科医にも相談しましたが、同様の考えでした。しかし、あまりにもそのような子どもの診療が続いたため、歯に関する論文を調べました。すると、日本語の論文は見当たらなかったものの、英語で「思春期性歯肉炎」の論文を見つけることができました。
そこには、通常は歯周病を引き起こす原因菌ではない「Prevotella intermedia」という歯周病菌が、女性ホルモンが豊富な環境を好む傾向があること、そして、その菌は、ホルモンバランスが変化することで活動性を増して「思春期性歯肉炎」を引き起こす可能性があることが書いてありました。
歯が抜けた彼女たちはきっと、歯肉炎で歯が抜け落ちたことで、ご家族や友人から歯の衛生管理について厳しく言われた、あるいは言われることが不安だったのでしょう。「思春期性歯肉炎」は思春期の子どもの20%に認められるという報告もあるため、歯が抜けたのは思春期特有の疾患であることを説明したところ、彼女たちは皆、安心していました。
歯科医の友人からは、思春期の歯肉炎を予防するためには、毎日の歯磨きをしっかり行い、歯磨きのみならず歯間ブラシを使うことや、定期的に歯科医で定期検診することで、早期発見と早期治療が可能になるとアドバイスを受けました。
この学びは、小児科医局の仲間たちからも褒められました。医師として思春期性歯肉炎の子どもを支えるばかりでなく、私のような医師を頼りにしてくれている子どもたちにも支えられているのだと実感した、医師人生で貴重な経験でした。
【提供】秋谷進
東京西徳洲会病院小児医療センター 小児神経科医師。1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。金沢医科大学研修医、2001年、国立小児病院小児神経科、2004年6月、獨協医科大学越谷病院小児科、2016年、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科を経て2020年5月から現職。専門は小児神経学、児童精神科学。
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