思春期の「健康関連QOL」に性差、その要因を明らかに
本稿は、東京西徳洲会病院小児医療センター小児神経科の秋谷進医師による寄稿記事です。健康に関連するQOLを意味する「HRQOL」には、性差があることがわかっています。今回は、思春期のHRQOLに焦点を当てた研究論文を解説します。
思春期のHRQOLに性差
みなさんはQOLという言葉を聞いたことはあるでしょうか。QOLとはquality of lifeの略で日本語では「生活の質」という言葉になります。簡単にいうと私たちが生きている上で満足感を感じている状態を生活の質が高いという意味で「QOLが高い状態」と言い、心身の健康が損なわれたり、生きていてつらいことが多い状態を「QOLが低い状態」と言います。古くから医療の分野でもよく使われる言葉です。このQOL、実は男女で差があることがわかっています。最新の研究では、健康に関連するQOL=「HRQOL(health-related quality of life)」は、思春期に性差があり、女性のスコアは男性より大幅に低いことが報告されているのです。今回はそのような差がなぜ生まれるのか、そして、その差を減らしてHRQOLを向上させるにはどのような方法が考えられるかについて記載された論文を紹介します(Hyunjeong Shin, Songi Jeon, Inhae Cho. Factors influencing health-related quality of life in adolescent girls: a path analysis using a multi-mediation model. Health and quality of life outcomes. 2022 Mar 24;20(1);50. doi: 10.1186/s12955-022-01954-6.)。
思春期の女性のHRQOLに影響する5つの要因
韓国の高麗大学 Korea University 看護学部のシン・ヒョンジョン氏らは、思春期の女子生徒のHRQOLに関与している要因を調べるため、韓国の中学や高校に通う女子生徒295名を対象にアンケートを実施しました。得られた回答を分析した結果、以下の内容が思春期の女性のHRQOLに影響を与えていることがわかりました。
①月経に関連する健康状態
月経の時期にはさまざまな体調の変化があります。体調の変化があったり、精神的に不安定になることもあります。そのため月経関連の要因が男女のHRQOLの差を生み出しているのです。
②社会的支援
男性と女性には社会的な地位の差があったり、月経の有無など肉体的な差もあります。これらにたいして周囲が理解しており社会的な支援が充実しているかどうかにより、HRQOLに大きな差がでます。
③睡眠の質
睡眠の質は男女共にHRQOLに関連する事項ですが、女性の場合には月経など男性にはない要因も絡んでおり睡眠の質に変化が生まれやすいと考えられます。
④食習慣
男女とも思春期にはボディーイメージなどの変化があり、食習慣は変化しやすくなっています。特に女性には過度なダイエットなどで大きな食習慣の変化などを引き起こすことがあり、これらがHRQOLに大きな影響を与えます。
⑤うつ病
うつ病は実は女性に多いので、男女のHRQOLに差ができる要因となっています。女性に多いのは月経、妊娠、更年期など女性ホルモンの変動に関する時期で、今回の研究では月経がうつ病に関わる大きな要因となっています。
社会的な支援や早期介入が重要
男女の健康問題を考える際は、月経は外すことのできない大きな要素となっています。月経によって体調が悪化したり睡眠の質が落ちたり、うつ病になりやすくなったりと、健康に大きな影響を与えます。そのため、月経については単なる体の周期的な変化と捉えるのではなく、社会的に支援を行うことが重要であると、研究チームは指摘しています。特に近年は女性の社会進出が進んでおり、女性がこれらの問題で活躍できなくなることを防ぐことは、社会全体にとって利益をもたらす可能性が大きいのです。
睡眠、食事については思春期の学校教育が大きな影響を与えるため、男女とも学校での教育(食育や規則正しい生活を送る習慣を身につけるための指導)を適切に受けることで、思春期のみならず、生涯の健康リスクの回避につながります。よって、研究チームは、この研究結果は早期介入の重要性を示唆しているとしています。睡眠障害やうつ症状の訴えはHRQOL低下に大きな影響を及ぼす前駆症状になると考えられるため、より健康的なライフスタイルを実現するためには、学校教育などにおいて身体的管理のみではなく、心理面の健康も視野に入れた支援を行なっていくことが重要だとしています。
知見活用にあたり注意すること
ただし、この論文は韓国の研究で、その中でも特定の地域のみを対象にしています。そのため他の国でも完全に一致するとまでは言えないため、他の地域や人種などにおいての研究なども検討比較する必要があります。ただし、月経やうつ病といったHRQOL関連の要因は韓国以外の国や地域でも共通の問題であり、似た傾向が他の国でも見られることが予測されます。また、アンケートによる自己申告方式であることには留意が必要です。被験者の主観が大きく入るため、より客観的なデータを集めた研究などが今後行われることが望まれます。
医師になってから知った女性の健康問題、HRQOL向上に向けた支援が必要
今回は女性のHRQOLに関連する要素を調べた研究を紹介しました。これまでの報告では、戦前の女性は月経回数は生涯で50回程度でしたが、現代の女性は約9倍の450回とも言われています。思春期の月経のみならず、子宮内膜症は、月経のたびに症状が進行していくと考えられています。 すなわち、月経の回数が多くなるほど、子宮内膜症になる可能性が高まり、また、症状が悪化していきます。私は児童精神科医として月経前症候群 PMSや月経前不快気分障害、PMDDの診療を始めてから、医師でありながらその事実を知りました。男女の差を正しく理解して社会的支援や学校教育での支援を行うことで、社会全体の幸福度を向上させられるということが本研究では示唆されました。今後さらなる研究が行われ、男女のQOLの差を無くすことに本論文の知見が活用されることが望まれます。
【提供】秋谷進
東京西徳洲会病院小児医療センター 小児神経科医師。1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。金沢医科大学研修医、2001年、国立小児病院小児神経科、2004年6月、獨協医科大学越谷病院小児科、2016年、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科を経て2020年5月から現職。専門は小児神経学、児童精神科学。
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