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世界で解明が進む性差、「ジェンダーペインギャップ」の研究で女性特有の痛みが明らかに

本稿は、たちばな台クリニックの秋谷進医師による連載記事です。前回に続き今回は、世界各国で進む痛みの研究報告を紹介しながら、「ジェンダーペインギャップ」の実態を深掘り。痛みの性差に焦点をあてたソリューションが求められます。

世界で研究が進む、男女間の痛みの格差

痛いのって、ほんとイヤですよね。誰しも「人生の中でなるべく経験したくない」ことの1つが痛みではないでしょうか。では、女性の人生と男性の人生でどちらが「痛み」を経験しやすいか知っていますか?また男性と女性、どちらの方が痛みに対して敏感なのでしょうか。前回は、男女間に存在する痛みの違いをナラティブレビューで明らかにした2021年の研究報告を紹介しましたが、女性側の研究が遅れていることから、世界的に知見が蓄積されていないことが課題として浮かび上がりました。そこで今回は、2022年以降で発表された各所の研究報告を徹底リサーチしてみました。すると、痛みの性差研究が各所で進められていることがわかりました。ジェンダーペインギャップについて、多様な視点から明らかにした各研究報告をご紹介します。

 

痛みを経験しやすいのは「女性」

男性と女性、どちらが痛みを経験しやすいのかというと、実は女性です。2021年に報告された、欧州19カ国の25〜74歳の男女27,552人の調査によると、痛みを訴えた女性の割合(62.3%)が男性(55.5%)より高かったことがわかっています。特に背部・首の痛みに最も差が出やすく、次いで手や腕の痛み、脚の痛みも女性の方が経験しやすいことが明らかになりました。また、女性が経験しやすい痛みは筋骨格系の痛みだけではありません。

  • 片頭痛
  • 月経困難症
  • 線維筋痛症
  • 関節リウマチおよび変形性関節症
  • 過敏性腸症候群
  • 神経障害性疼痛

といった内臓や神経に伴う痛みも女性の方が経験しやすいといわれています。人生の中で痛みに直面しやすいのが女性というのは、女性の方が「損」している気分になりますね。

<参照>
Kweku Bimpong,Katie Thomson,Courtney L Mcnamara,et al.The Gender Pain Gap: gender inequalities in pain across 19 European countries.Scand J Public Health. 2022 Mar;50(2):287-294.
Gendered pain: a call for recognition and health equity. EClinicalMedicine.2024 Mar 7:69:102558.Lancet誌 EClinicalMedicine

 

痛みに敏感なのも「女性」

しかし、そういうと「女性の方が生理痛や出産も経験するし、痛みに対して強いんじゃないの?」という声も聞こえてきそうですが、実は、痛みに敏感なのも女性なのです。片頭痛や過敏性症候群などの多くの疼痛に関する症候群が、女性ホルモンと関係していることがわかっています。また、痛み自体の閾値(どのレベルの刺激から「痛み」として感じるか)も女性の方が低いことがわかっています。つまり、同じレベルの刺激でも女性の方が痛みを訴えやすいということですね。これは、脳の機能を見る「functional MRI」を用いた実験でも明らかにされていて、「女性はちょっとした痛みでも訴えてしまう」のではなく、本当に女性の方が「痛みを感じやすい」のです。女性の方が繊細というわけですね。痛みに敏感なのにもかかわらず、男性の人生に比べて女性の方が痛みを経験しやすいというのは、なんとも不憫な話だと思いませんか?これが「痛みのジェンダー格差」と呼ばれる「ジェンダーペインギャップ」の正体です。

<参照>
Michelle D. Failla,Paul A.Beach,Sebastian Atalla,et al.Sebastian AtallaGender Differences in Pain Threshold, Unpleasantness, and Descending Pain Modulatory Activation Across the Adult Life Span: A Cross Sectional Study. J Pain. 2024 Apr;25(4):1059-1069.

 

女性の痛みの方が無視されやすい

そんな「ジェンダーペインギャップ」の現状にも関わらず、女性の痛みの方が無視されやすいという研究結果があるのです。由々しき事態ですね。例えば2022年に行われたアメリカの研究では、胸痛を訴えて救急外来を受診した若い女性患者(18~55歳)は、男性に比べて心臓発作の可能性の評価を受けるまでの待ち時間が29%長いことが明らかになっています。さらに、女性は心電図検査を受ける可能性も低く、入院もせず、急性冠症候群の管理薬を処方される可能性も低いことがわかりました。さらに、女性は男性に比べて、救急隊の緊急優先度が低く判断されることや、経皮的冠動脈インターベンション(PTCA:狭心症や急性心筋梗塞の原因となる狭くなった冠動脈をカテーテルで広げる治療)ができない病院に搬送される可能性が高いことがわかりました。こうした現状が「心臓発作を正しく治療してもらえるか」に対する性差につながっています。男女平等とは言えない痛みに対する性別による偏見が、女性の心筋梗塞の治療成績を男性より低くしているのです。こうした現状はただちに是正されなければなりません。

<参照>
Darcy Banco,Jerway Chang,Nina Talmor,et al.Sex and Race Differences in the Evaluation and Treatment of Young Adults Presenting to the Emergency Department With Chest Pain. EClinicalMedicine.2024 Mar 7:69:102558.

 

「ジェンダー・ペイン・ギャップ」を正しく理解することとは?

ここまで見て「女性はつらい現状なんだな」ということはわかったと思いますが、それだけでは真に「ジェンダーペインギャップ」を理解したとはいえません。まずは3つのポイントを押さえましょう。

①男性と女性にはホルモンや脳の仕組みに違いがあることを知る
女性は月経周期に伴ってエストロゲンなどのホルモンが変動し、その影響で痛みを感じやすくなる時期があります。また、fMRI(機能的MRI)を使った研究では、同じ熱刺激を与えても、女性の方が痛みを司る脳の前帯状皮質や島皮質がより強く反応することがわかっています。この仕組みを知ると、女性が痛がるのは決して周囲の気を引きたいからではなく、「本当に痛みを感じている」という理解につながります。

②社会的な理解は痛みにも影響を与える
「男は痛みを我慢すべき」「女は感情的に痛がる」といった社会のイメージは、痛みの伝え方にも影響を与えます。言いにくくて我慢してしまうと、本当は痛みが強いのに見落とされることもあります。痛みは身体だけでなく、メンタルヘルスや育った環境にも左右されることを忘れないようにしましょう。

③自分で痛みを伝える術を身につける
実は前述の論文では、「痛みの症状をはっきりと具体的な言葉にして周囲に伝えることで、痛みにまつわる男女差が緩和された」ことも明らかにしています。痛みの起こった日付や時間、強さ(100点満点で何点か)をノートに記録する「痛み日誌」をつけると医師にも正確に伝えやすくなりますし、医師にも伝わりやすくなりますね。もちろん、「痛み=薬のコントロール」だけではありません。それだけでなく、理学療法士や心理士など、さまざまな専門家を利用することで、痛みにより良くアプローチすることができます。いつも「うまく痛みの表現ができないな」と思ったら、痛みを伝えられる術を練習するのが有効です。

 

ジェンダーペインギャップの正しい知識と理解を日本に

ジェンダーギャップ指数でも明らかにされているように、日本ではジェンダーギャップが大きな課題となっています(※)。お互いを尊重し合える男女平等の関係を築くことが、幸せな社会形成につながると私は考えています。

頭痛持ちの私の指導医は、鎮痛薬を飲んで痛みを堪えて勤務していましたが、その頭痛の原因は実は脳腫瘍でした。指導医の主治医も、「いつもの頭痛だろう」と鎮痛薬の処方のみで検査をしなかったのでした。「女性は痛みがあっても当たり前」「女性はみんな痛みに堪えて生きているんだから、休むなど持ってのほか」こんな考えは間違っています。痛いのは男性も女性も一緒です。痛みがあるなら男性も女性も休養することです。まず、ジェンダーペインギャップの正しい知識と理解を日本に!と強く願います。

(※)世界経済フォーラム(World Economic Forum:WEF)は2025年5月、「The Global Gender Gap Report 2022」を公表しました。その中には、各国における男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数(Gender Gap Index:GGI)がありますが、日本は146カ国中118位です。以下が2025の主要国のランキング。GGI値は0が完全不平等、1が完全平等となる。

内閣府男女共同参画局のジェンダー・ギャップ指数の国際比較.2025より

【画像】内閣府男女共同参画局のジェンダー・ギャップ指数の国際比較.2025より秋谷氏が作成。

 

【執筆】秋谷進

 

小児科医・児童精神科医・救命救急士。たちばな台クリニック小児科勤務。1973年東京都足立区生まれ、神奈川県横浜市育ち。1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。金沢医科大学研修医、国立小児病院小児神経科、獨協医科大学越谷病院小児科、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科、東京西徳洲会病院小児医療センターを経て現職。

 

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