【特集】本人のやる気に頼らない、日常の中で健康行動を促す5タイプの仕掛け方 ~JT、イオン薬局、大阪市などの事例から考察~
健康の重要性をわかっていても、行動に移すとは限らない。では、健康への関心が薄い人にも行動を起こしてもらい、さらに継続してもらうには、どんな工夫が必要なのか。「健康啓発×デザイン」をテーマにした本特集第1回では、乳がん検診の受診・未受診者の行動心理から、人を動かす動機や障壁の違いを探った。第2回では、無関心な人を振り向かせる世界のユニークな啓発動画を取り上げた。続く第3回は、日常生活の中で健康行動を後押しする5タイプの仕掛け方に着目。国内外の事例から、マーケティングに応用できる、健康啓発や行動変容施策のデザインのヒントを探っていこう。
特集!全4回でお届けする「健康啓発×デザイン」
- ■なぜ、これだけ啓発しても女性は動かない? 乳がん検診から見る行動変容の壁
- ■どうすれば関心を持ってもらえる?世界の啓発に学ぶ無関心を突破するクリエイティブ
- ■「知っている」で終わらせない 乳がん啓発に学ぶ、健康・予防行動を日常に組み込む仕掛け(◀︎今回はココ)
- ■健康との接点は「デザイン」で変えられる? モノ・空間・情報から考える新しいアプローチ
本人のやる気に頼らない、健康行動を促す5タイプの仕掛け方
【生活習慣に組み込む】いつもの入浴時間を乳房の健康に目を向ける時間に、100カ所の銭湯で啓発(日本対がん協会)
お風呂に入りながら、自分の身体の変化に気づく。そんな日常の習慣に着目したのが、日本対がん協会による乳がん啓発だ。2026年9〜10月、都内100カ所の銭湯で、乳房の普段の状態を知り変化に気づく「ブレスト・アウェアネス」を呼びかけた。中野区の人気銭湯「松本湯」を期間限定で「気づきの湯」とし、ほか99カ所でも啓発動画やポスターの掲出、冊子・ステッカーの配布などを展開。動画には、乳がん経験者で元SKE48の矢方美紀さんが出演した。
入浴は、乳房を「見る・触る・感じる」機会でもある。健康への関心が薄い人も、銭湯を利用したり自宅で入浴する中で、乳房の健康を意識するきっかけを得られる。いつもの入浴時間を、身体の変化に目を向ける時間へと変える。場所の特性と健康行動を巧みに結びつけた取り組みだ。
【楽しさを入り口にする】スポーツ×文化で4万人超を巻き込む乳がん啓発(イタリア)
乳がんへの関心がなくても、「皆で楽しみながら一緒に走りたい」「美術館に行きたい」が動機になって参加できる。そんな仕掛けで人を巻き込むのが、イタリア・フィレンツェで2003年から続く乳がん啓発イベント「CORRI LA VITA」だ。26年9月の開催には4万4000人超が参加。フェラガモが手がけたピンク色の公式Tシャツを着て、今年も、大勢の参加者が市内をランニングやウォーキングで巡った。このTシャツは美術館などの無料入場パスにもなっているのが特徴で、スポーツと文化体験を楽しみながら、乳がんについて考える機会にもなる。参加動機が健康以外にあっても、イベントへの参加そのものが運動の機会になる点も参考になる。会場にはマンモグラフィー検診や栄養相談などの機会も用意。
健康を前面に押し出さず、参加したくなる楽しい体験を入り口に、健康への気づきや行動につなげる設計が特徴だ。
【参加のハードルを下げる】買い物ついでに5分クイズ、家庭にも啓発を持ち帰らせる(イオン薬局)
女性のがん部位別死亡数で第1位の大腸がん。早期発見に重要である検診の受診率は、2025年国民生活基礎調査によると女性46.2%、男性50.9%と女性の方が低く、いずれも国が掲げる目標の60%を下回っている。
大腸がん検診への関心を高めようと、今年2月、イオンリテールが展開するイオン薬局289店舗で参加型の啓発イベントが実施された(ブレイブサークル運営委員会が支援)。来店客が店内に掲示された4枚のポスターから答えを探し、5問のクイズに挑戦する仕組みだ。参加は無料・予約不要で、所要時間は約5分。買い物や処方待ちの合間に気軽に参加できる。解答用紙には検診の受診状況や今後の受診意向を尋ねるアンケートも設け、受け身の情報接触を、自ら考える体験へと変えた。さらにユニークなのが、参加者に配布する景品だ。大腸がん検診の情報をイラスト入りで印刷したトイレットペーパーで、持ち帰った後も自宅のトイレで検診について学べるようにした。
店内を巡りながら気軽にクイズに挑戦できる仕組みで、啓発イベントへの参加のハードルを下げ、検診への理解を促す。さらに家庭にまで啓発の接点を広げ、一度きりのイベントをその後の日常生活にもつなげた点が参考になる。
【行動の手間を取り除く】検査キットを自宅に届け、予約不要で受診を後押し(大阪市)
検診を受けた方が良いとわかっていても、予約や検査キットの取り寄せが面倒で、つい後回しにしてしまう。そんな行動の壁を取り除こうと、大阪市が実施しているのが「ナッジを活用した大腸がん検診事業」だ。2026年度は、市の国民健康保険加入者のうち、直近3年間に大腸がん検診を受けていないなどの条件に該当する約2万2800人を対象に実施している。
最大の特徴は、対象者からの申し込みを待たず、検査キットを自宅に直接送る点だ。取り寄せも検診日の予約も不要で、自宅で便を採取し、区の保健福祉センターやショッピングモールなどの検診会場に持参するだけで受診できる。費用は300円。受診までの手間を減らし、行動に移しやすい環境を整えている。
21年9月〜22年3月に実施したモデル事業では、勧奨対象者3816人の8割以上が、過去5年間に一度も大腸がん検診を受けていない長期未受診者だった。それでも対象者全体のうち1737人が検査キットを提出し、受診率45.5%を達成した。
健康行動を促すには、本人の健康意識や行動意欲に働きかけるだけでなく、行動を妨げる手間を取り除く視点も重要だ。「受診してください」と呼びかけるだけでなく、受診しやすい環境そのものをつくる。行動科学を実際の制度設計に取り入れた事例だ。
【習慣化を後押しする】仲間の頑張りを原動力に、チーム参加でアプリ継続率7倍(JT)
筋トレやダイエット、勉強、語学学習。始めてもなかなか続かない習慣の定着を、仲間とのつながりを通して目指すJTの習慣化アプリ「Habee」。友人や同じ目標を持つ利用者とチームをつくり、日々の達成を写真やコメントで報告し合い、互いに応援する仕組みだ。累計30万ダウンロードを突破している。
「続けたくなる体験」をデザインしている点が特徴で、これまで、利用者の声や行動データをもとに改善を重ねてきた。ベータ版公開後、アプリを開くこと自体が習慣にならないという課題が判明。そこで仲間の達成をリアルタイムで通知し、アプリを開くきっかけをつくった。さらに、投稿への反応が継続を後押しすることから、称賛や共感を互いに伝え合う50種類以上の絵文字を開発。「きっかけ、行動、祝福」のサイクルを設計した。単独で取り組む利用者と比べ、2人以上のチームに参加した利用者の30日後のアプリ継続率は約7倍という。
仲間の頑張りが目に入ったり、自分の行動にも仲間から反応が返ってくるという、”続けたくなる”環境をつくる。こうした習慣化を支える体験設計が評価され、2026年度グッドデザイン賞を受賞した。
健康啓発を生活者の体験から考える、5事例に共通する設計思想
5つの事例に共通するのは、本人の健康への関心や意志だけに頼らず、生活者が自然に関われる接点を設計していることだ。普段の生活習慣を活用する、楽しさを入り口にする、参加や受診の手間を減らす、仲間とのつながりで継続を促す。いずれも、健康行動を自然に後押しする仕掛けが、日常のさまざまな場面に組み込まれている。5事例が示すのは、健康啓発を「何を伝えるか」という情報発信の観点にとどめず、「どこで、何と結びつけ、どう行動につなげるか」という、生活者の視点や体験からも捉える重要性だ。
最終回となる次回の特集第4回では、これまで考えてきた健康啓発のデザインを、具体的な実践の現場から掘り下げていく。デザインの力で、医療や健康への関心、さらには人々と医療との関わり方をどう変えられるのか。その可能性を見ていこう。
女性ヘルスケア白書2026 市場動向予測レポート
2026年度の女性ヘルスケア市場を予測する「女性ヘルスケア白書2026年度版 市場動向予測 ~健康トレンド・業界動向・女性ニーズ~」を発行しました。これまでにBtoC企業、BtoB企業、自治体、医療機関、マスメディア、教育機関など、さまざまな業種の方に広くご活用いただいている、恒例の人気レポートです。新規事業の企画・開発、マーケティング設計、販売戦略における意思決定にご活用ください
【編集部おすすめ記事】
■低いBSE実践率、乳がんによる死亡を減らすアプローチ 教育を受けた働く女性を調査
■乳がん治療中のQOL維持、意識・行動・費用の実態を調査(20〜69歳)
■乳がんの状況 〜罹患率・死亡率・生存率〜
■女性のがん5年生存率、部位別で明らかに 初の全数集計 厚労省
■世界の健康啓発に学ぶ、無関心を突破するクリエイティブ ブラックユーモア1.5億回再生


























