低いBSE実践率、乳がんによる死亡を減らすアプローチとは?一定水準の教育を受けた働く女性を調査 インド

本稿は、東京西徳洲会病院小児医療センター小児神経科の秋谷進医師による寄稿記事です。研修医時代に、同じ研修医で友人の女性を乳がんで亡くしたことから、乳房自己検査「BSE」の重要性を強く感じるようになったと言います。そんな問題意識から、今回はBSEの論文を選定。古くからあるBSEの低い実践率に対し、どのようなアプローチが適切なのか?インドの研究論文を解説します。

自分で乳がんを調べる乳房自己検査「BSE」

日本人女性に最も多いがんである乳がん。2021年予想の罹患数は94,400人となっており、死亡数は14,400人となっています。女性に限った場合、癌の中で死亡数も罹患数もトップになっているのです。日本人女性の9人に1人が乳がんとなっており、乳がんの早期発見は社会にとって重要な課題となっています。乳がんの発見のためには様々な検査が行われていますが、医療機関で実施するような検査だけでなく、自分で自分の胸を調べる乳房自己検査「BSE(Breast digital Atlas Breast self-Examination)」という方法があります。日本と同じように乳がんによる死亡が多いインドでこのBSEについての研究が実施されています。今回はインドで行われたBSEの研究についての論文をご紹介しますSamarth Kalliguddi, Sahithi Sharma, Chaitali A Gore.Knowledge, attitude, and practice of breast self-examination amongst female IT professionals in Silicon Valley of India.J Family Med Prim Care. 2019 Feb;8(2):568–572. doi: 10.4103/jfmpc.jfmpc_315_18.

 

実践率が低いBSE、適切なアプローチを探るための研究を実施

研究が実施された背景

乳がんはインドの女性における癌死亡の主要な原因の一つとなっています。乳房自己検査(BSE)は乳がんの検査方法として簡単で費用対効果が高く、安全でプライバシーの守られる方法であると注目されています。実際、早期診断される乳がんの多くは自分でしこりに気づくことによるものです。そのため多くの人が正しくBSEを行うことで乳がんの死亡率は低下するのではないかと考えられています。

BSE自体は古くから方法が確立されているのですが、様々な理由から実施する人が少なかったり、実施したとしても方法に誤りがあったりする状態でした。以前の研究ではBSEが正しく行われていない原因として、単純にBSEの実践を忘れてしまう、時間の不足、無知、恐怖/不安、および教育レベルの低さといったものが挙げられていましたが、まだ十分なデータとは言えず、BSEが適切に実施されるようになるにはどのようなアプローチが必要かを知る必要があります。そこで今回の研究が実施されました。

研究の方法

インドのシリコンバレーとよばれるバンガロールには多くのIT企業があり、たくさんの女性従業員が働いています。今回の研究ではその女性従業員から被験者を選定しています。一定水準の教育を受けていて、乳がんについてある程度知識があると考えられる集団で今回の研究を実施する、という意図がありました。18歳以上の女性IT専門家356人を対象に、質問紙を用いてBSEに対する知識、行動、実践の3項目を評価しました。

<知識スコアの分類(30点満点で評価)>
・25-30点…良好な知識
・15-25点…普通の知識
・0-15点…知識なし

<行動スコアの分類(65点満点で評価)>
・50-65点…良好な行動
・31-50点…妥当な行動
・13-26点…不良な行動

<実践スコアの分類(35点満点で評価)>
・21-35点…良好な実践
・21点未満…不良な実践

結果

調査の結果、全参加者の60%以上が18-28歳で、全員が大学卒業以上の学歴を持ち、乳がんについて基本的な知識はありましたが、質問紙によるBSEに対する知識スコアは平均18.17±2.90で、十分な知識を持つ者はわずか0.5%でした。態度スコアは平均27.07±8.14であり、約68%がBSEに対して否定的な態度を示しました。実践スコアは平均19.11±5.08でした。

分析により、知識と態度には相関がなく(ρ=-0.087)、態度と実践(ρ=-0.243)、知識と実践(ρ=+0.204)には相関が見られました。また、年齢は知識・実践と正の相関、態度とは負の相関を示しました。特筆すべき点として、良好な態度スコアを示した女性のうち、実践スコアも良好だったのはわずか4人であり、知識不足がBSEの実践を妨げる要因となっていることが示唆されました。

他、国際比較や先行研究との比較、今後必要なアプローチなどについて、以下が示されました。

  • 今回の乳がん自己検査(BSE)に関する研究結果では、先行研究との比較でインドのIT専門家女性の知識・実践レベルは、他の研究と比較して相対的に高いことが示されました。
  • 国際的な比較では、マレーシアの事例では政策的支援により態度スコアが高く、イランの医療従事者では高い知識と前向きな態度を示しながらも、実践率は低い状況でした。
  • 世界的な傾向として、BSEの認識と重要性の理解は比較的高いものの、実際の実践率は低く、特にブエア大学(カメルーン共和国)の調査では、88%が重要性を認識しながら、定期的な実践は3%にとどまっていました。
  • 研究結果は、BSEに関する健康教育プログラムの緊急な必要性を示唆しています。

 

乳がん罹患で医師になれなかった研修医時代の友人

ブレスト・アウェアネスは、『乳房を意識する生活習慣』です。 女性が乳房の状態に日頃から関心をもつことにより、乳房の変化を感じたら速やかに医師に相談するという考えがあります。研修時代の私の女性の友人は、乳房に異変を感じていたものの研修医の忙しさを理由に、医師であるにも関わらず受診をしませんでした。異変に気づいて半年たった時点で受診しましたが、すでに乳がんは進行しており、あっという間に病気は彼女の命を奪っていきました。研修医のまま、彼女は医師になれませんでした。異変に気づいた時点で受診していれば、未来が変わっていたかどうかはわかりませんが、医学生の当時は、「若年女性の乳がんは進行が早く攻撃的な乳がんの割合が高いため、予防や早期発見が重要」ということまでの知識はなく、もっと積極的に学んでいれば彼女を救えたかもしれないと、今でも自分の至らなさに思い悩んでいます。

BSEは有用であるものの、まだまだ広まっていないのが現状です。今回の研究のように一定水準の教育を受けた女性でもBSEに対する知識が薄く、実践に至っていないのが現状のようです。日本の研究でも、乳がんのセルフケア率の低さを示す論文があり、2019年に青森県で20歳以上の一般女性を対象にアンケート調査を実施し206名を分析したところ、乳房セルフチェック実施割合は59.2%であり,そのうち定期的実施は17.0%と低かったことが示されています。乳がんを減らすためのBSEの啓発活動などを行なっていき、個人個人が乳がんを早期発見することが重要と言えるでしょう。

【提供】秋谷進

東京西徳洲会病院小児医療センター 小児神経科医師。1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。金沢医科大学研修医、2001年、国立小児病院小児神経科、2004年6月、獨協医科大学越谷病院小児科、2016年、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科を経て2020年5月から現職。専門は小児神経学、児童精神科学。

 

 

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