「入院中にアルバイト」「感情を洗い流す石鹸」… 医療×デザイン思考に学ぶ、健康を目的にしない健康づくり

デザインするのは、モノの色や形ではなく、人が動きたくなる理由——。医療にデザイン思考を持ち込み、行動変容の新しいアプローチを考える「Street Medical(ストリートメディカル)」は、楽しさや幸福感を入口に、健康につながる行動や体験を生み出そうという試みだ。入院患者が院内でアルバイトをする仕組みや、育児の疑似体験、感情を解き放つ石鹸など、その発想から生まれた企画は実にユニーク。10月末に都内で行われたイベント「Street Medical Talks 2026」の取材から、人の気持ちに働きかけ、行動を生み出すデザインの可能性を探った。

医療にデザイン思考を、人が自ら動きたくなる仕掛けづくり

医療を暮らしの中へ。そんな発想から生まれたのが、再生医療の分野で国際的に活躍する研究者、武部貴則氏が提唱する「Street Medical(ストリートメディカル)」だ。病院での治療や健康指導にとどまらず、医療にデザインの視点を取り入れることで、日常生活の中に健康づくりのきっかけを生み出そうという考え方だ。健康の重要性を正面から訴えるのではなく、楽しさや幸福感を入口に行動を促す「ハピネスドリブン」を重視している。

その理念を実践する学びの場が、武部氏が学長を務める「Street Medical Labo」だ。スクール事業を手がけるLook at People(東京・渋谷)と、横浜市立大学の先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センターが共同運営し、同社代表の沼田努氏が理事長を務める。一般的な医学・医療教育とは異なり、デザイン思考を活用してヘルスケアの課題解決に取り組むのが特徴で、講義とグループワークによるプロトタイプ制作の2軸でカリキュラムが構成されている。スクールでの学びの中心は、色や形といった視覚的なデザインではなく、人の行動を促すアイデアや仕掛けを考えることだ。

★理事長 (1)

【撮影】編集部(イベントの冒頭で、Street Medical Labo の設立背景やスクールのカリキュラムを説明する沼田氏)

 

受講生の顔ぶれは多彩だ。医師や理学療法士、看護師などの医療従事者、企業勤務者、建築士、デザイナーなど、異なる専門性を持つ人たちがチームを組み、約半年間かけて企画を練り上げる。修了時の企画発表会では、「ハピネスドリブン」「独自性」「社会性」「拡張性」の4つの観点から評価される。新規性や面白さだけでなく、必要とする人がいるか、継続・普及できる仕組みになっているかも問われる。

【写真提供】Street Medical Labo(企画発表を行った受講生や講評者)

 

健康につながる行動を生み出す、ユニークなアイデア

2026年10月31日に都内で開催された企画発表のイベント「Street Medical Talks 2026」。今回は、日本医療研究開発機構(AMED)との初の共催となり、6チームがそれぞれの企画を披露した。講評には、武部学長のほか、AMEDの勝井恵子氏、ピーペック代表理事の宿野部武志氏、日本総合研究所の山本尚毅氏、フリーキャスターの町亞聖氏が参加した。

入院中にアルバイト、「誰かの役に立ちたい」が離床のきっかけに

全チームの発表を聴講した参加者による投票で「ストリートメディカル賞」に選ばれたのは、入院患者の自発的な離床を促す「はたらく入院ボックス」。作業療法士や、広告代理店のアートディレクターらが考案した。離床とは、ベッドから起き上がり、座る、立つ、歩くなど、ベッドを離れて活動すること。回復期病院では、入院中の活動量低下による筋力や認知機能、日常生活の自立度の低下を防ぐため、入院患者に離床を促すことが重要だ。しかし、患者が自ら進んで身体を動かすとは限らず、自発的な離床をどう促すかが課題となっている。

Street Medical Labo

【写真提供】Street Medical Labo(「はたらく入院ボックス」を企画したチームによる発表)

 

そこでチームが企画したのが、「働く」という体験を通じて、患者に自発的な離床を促す仕掛けだ。院内でできる簡単な仕事の内容を記した「求人カード」から、患者自身が取り組みたい仕事を選ぶ。医師の許可を得て仕事に取り組むと、報酬としてコインがもらえ、そのコインで景品を手に入れられるという流れだ。「誰かの役に立ちたい」「自分の強みを生かしたい」という気持ちを、身体を動かす動機に変えようという発想だ。講評では、入院中も誰かの役に立ち、社会とのつながりや自分の役割を持ち続けられる点などが評価された。

 

手洗いで感情をリリース、オノマトペの石鹸でメンタルケア

講評者による投票で「ゲスト賞」に選ばれたのは、感情をリリースする石鹸「WASHAWAY」。若年層で増えるメンタル不調を背景に、仕事などで嫌なことがあったとき、同じ出来事を何度も思い返してしまう「ぐるぐる思考」に着目したもの。建築士、看護師、理学療法士、医師からなるチームが考案した。

【撮影】編集部(会場に設置されていた、「WASHAWAY」の概要をまとめたポスター)

 

帰宅して手を洗う時に、「今日1日どうだった?」と自分に問いかけ、その日の出来事や感情を振り返る。そして、「イライラ」「しくしく」などのオノマトペが書かれた石鹸から今の自分の気持ちに合うものを選び、ぐるぐるした気持ちを泡と一緒に洗い流す。帰宅後の手洗いを、気持ちを整理する時間に変えようというアイデアだ。特別な時間や場所を設けることなく、誰もが日常的に行う習慣を心のケアの接点に変えた発想が特徴だ。

【撮影】編集部(「WASHAWAY」のプロトタイプ。石鹸の表面に「シクシク」「しくしく」「イライ」などのオノマトペが掘られている) 

 

「産後をぶっつけ本番にしない」、産前の育児体験

サービスデザイナー、医師、学生などで構成されたチームが考案したのは、産前のカップルに向けた育児体験サービス「Be Family」。出産後の育児生活を疑似体験し、パートナー同士で役割分担や外部支援について考えるきっかけをつくるアイデアだ。チームが育児経験者13人に行った調査では、12人が夜間の育児対応を母親がほぼ一人で担い、11人が産前に具体的な役割分担を話し合っていなかった。さらに、調査対象となった夫婦は、いずれも産後に関係が悪化したという。こうした現状を踏まえ、出産前から育児の負担を実感し、二人で準備や対策を話し合える機会をつくろうと考えた。

★産前 (1)

【写真提供】Street Medical Labo(「Be Family」を企画したチームによる発表)

 

ぬいぐるみの首に取り付けた小型スピーカーから流れる赤ちゃんの泣き声に合わせ、スマートフォンアプリに表示される「抱っこする」「おむつを確認する」などの育児タスクに取り組む。また、疑似体験で感じた負担や気持ちを記録し、後から二人で振り返ることで、育児の役割分担を考えるという仕組みだ。二人だけでは対応が難しい場合には、産後ケアや家事代行などの外部支援につなげることも想定する。育児の大変さを疑似体験で体感し、産後の暮らしを具体的にイメージしてもらうとともに、周囲に助けを求める”受援力”を育む狙いだ。

 

孤食、大人のアレルギー、親子のコミュニケーションにも着目

このほか、一人暮らしの人の孤食に着目した「トランジットキッチンサービス」も発表された。家電メーカーや医療機器メーカーの勤務者、医師らが考案した店舗型サービスで、仕事帰りに気軽に立ち寄り、用意された食材や調理家電を使って料理を楽しめる。料理を楽しむ体験を通じて、人との交流が自然と生まれる場をつくろうというアイデアだ。

大人のアレルギーに着目した「アレとも」は、当事者の体験を共有する口コミサイト。社内報や社員食堂など、働く人が日常的に接する場所を情報との接点にすることで、大人のアレルギーへの気づきや相談につなげようという仕掛けだ。

親子のコミュニケーションをテーマにした「いろだより」は、自宅のトイレ内でその日の気持ちを色のテープで記録するツール。言葉では伝えにくい感情を色で表現し、互いの気持ちを知るきっかけをつくる。日常の何気ない場所に、親子が気持ちを伝え合う仕掛けを組み込んだ。

 

 

人が動きたくなる体験を、社会で使われる仕組みへ

発表された6つの企画に共通するのは、楽しさや幸福感といったポジティブな感情や人とのつながりを大切にしながら、医療や健康に関わる課題を、遊び心ある体験によって解決しようとしている点だ。既存の発想に捉われない、自由で独創的なアイデアが目立った。医療従事者や企業人、デザイナーなど、異なる専門性を持つ人たちの視点が交わったことも、発想の広がりにつながったのかもしれない。

もっとも、発表された企画はいずれも構想段階にあり、実用化に向けては検討すべき課題も残る。スクールは、デザイン思考を通じて新たなアイデアを生み出すことに重点を置いた学びの場であり、具体的な収益モデルの構築や事業化までを目的とするものではない。今回の発表を起点に、企画を社会で実際に活用していく際には、運用体制や収益性なども含め、継続的に機能する仕組みへと発展させていく必要がある。例えば「はたらく入院ボックス」の講評では、病院スタッフの運用負担や作業の確保が論点となった。講評者からは、院内だけで完結させず、外部事業者の仕事を取り入れる案も示された。患者が利用したくなる仕掛けに加え、医療現場で無理なく継続できる運用設計も欠かせない。

健康のために正しい知識を一方的に教え込んだり、行動を求めたりするのではなく、本人が価値を感じる体験を通じて、自然と健康につながる行動を生み出す。生活者の気持ちや価値観を起点に、医療のあり方や健康づくりを捉え直すこうした視点は、従来のヘルスケアの枠組みを広げ、新たな商品・サービスを生み出すヒントになりそうだ。

 

 

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