女性活躍から10年、法令対応は「義務」から「戦略」へ 「個の力」を最大化し、イノベーションを生む土台の作り方
本稿は、企業の健康経営と労働安全衛生を20年以上にわたり支援するさんぎょうい株式会社が、実際の支援現場で見てきた実例をもとに解決策を示す連載記事です。今回のテーマは、昨年の女性活躍推進法の改正で新設された「女性の健康課題への対応」。女性活躍推進から10年が経過した中で積み残された課題を踏まえながら、企業が女性の健康課題に対応する意義について理解を深めていきます。
目次
女性活躍推進から10年、改善されたことと積み残しの課題
2025年は、女性活躍推進法が成立してから10年が経ちました。女性活躍推進法が制定された背景には、日本で急速に進む少子高齢化と労働力不足という深刻な危機感があります。働く意欲や能力があるにもかかわらず、出産や育児などのライフイベントを機にキャリアを断念せざるを得ない女性が多く、その力を社会全体で活用しきれていない現状を変える必要がありました。
そこで、女性が職業生活において個性と能力を十分に発揮できる社会を実現することを目的に、2015年に女性活躍推進法が制定されました。国や自治体だけでなく企業に対しても、女性の採用や登用に関する数値目標や行動計画の策定・公表を義務付け、女性が働きやすく、かつ活躍し続けられる雇用環境を整備することを狙いとしています。
この10年で、女性の就業率はかなり向上しました。出産や育児のために女性の就業率が低下する、いわゆるM字カーブの底は浅くなり、多くの女性が結婚・出産後も働き続けることが当たり前になってきました。出産後も就業を継続している割合は、2015年から2019年に出産した妻では約7割に達しています(国立社会保障・人口問題研究所 2021年6月調査)。
その一方で、政府が掲げた「2020年代の可能な限り早期に女性管理職比率30%」という目標に対し、2024年時点でも民間企業の課長相当職以上の女性比率はおおむね1割強にとどまっています(帝国データバンク等の調査より)。「なり手がいない」「ロールモデルがいない」という現場の課題は10年前から根強く残ったままです。そして、日本の男女間賃金格差(男性を100とした場合の女性の賃金水準)がOECD諸国の中でも際立って大きい状態が続いています。この格差の背景には、「同一労働における不合理な賃金差」もさることながら、より大きな要因として、女性管理職比率の低さや、職種・雇用区分の偏り(女性が給与水準の低い職域に集中していること)、勤続年数の男女差といった「構造的な歪み」があります。
「量的拡大」から「質の向上」へ、変化する女性活躍の論点
こうした「構造的な歪み」という積み残された課題に向き合い、解決への動きを加速させるため、2025年、女性活躍推進は法改正を機に、「数値目標の設定」から「実効性のある環境整備」へとそのフェーズを本格的に移行させ始めました。特筆すべきは、女性活躍推進法の改正単体ではなく、働き方の土台となる「育児・介護休業法」や「年収の壁対策」がセットで動いた点にあります。具体的には、主に以下の3つの改革が、フェーズの移行を構成しています。
①女性活躍推進法の深化
企業に「男女間の賃金格差や管理職比率の見える化」を義務付けるとともに、「女性特有の健康課題への配慮」を指針に明記して、これらを『個人の問題』ではなく『経営課題』として取り組むよう促す。
②育児・介護休業法の改正
「小1の壁」対策やテレワーク活用の努力義務化によって、キャリアを断念せずに柔軟に働ける物理的な時間を確保。
③税・社会保険改革
就業調整の原因となる「年収の壁」という構造的な課題にメスを入れることで、働く時間をセーブせざるを得なかった状況からの脱却を後押し。
これら3つの改革が連動することで、キャリアを断絶させずに働き続けるための支援体制が重層的に進化しました。それに伴い、女性活躍推進の目的も変わりつつあります。これまでは少子高齢化に伴う「労働力の確保」が主眼でしたが、今後は、一人ひとりの能力を最大限に活かす「人的資本経営」や、多様な視点から新しい価値を生む「イノベーションの創出」へと、その重心を移していくことになるでしょう。
こうした外部環境の変化を受け、企業もまた、女性活躍を「法令対応」から「経営戦略」へと昇華させる必要があります。改正法への対応として形式的に数値目標を掲げ、計画表を埋めるだけでは、本質的な変化は生まれません。重要なのは、開示された数値を単なる「結果」として眺めるのではなく、組織のどこに課題が潜んでいるのかを解き明かすための「手がかり」として、戦略的に活用することです。
法改正で新設「女性の健康課題への対応」、狙いは3つ
2025年の女性活躍推進法の改正に沿って、政府が策定する総合的な指針である「基本方針」に新たな視点が追加されました。それが、「女性の健康上の特性への留意」と「職場での理解促進」です。なぜ今、国はあえて「健康」を重要項目に格上げしたのか。そこには、制度や数値だけではカバーしきれない、女性活躍の「見落とされた課題」への危機感があります。その狙いは、次の3つです。
「ライフイベント」への対応に加え、「心身の土台」への支援へ
これまで「女性活躍支援」というと、育児や介護といったライフイベントと仕事の両立を図るための支援(時短勤務や休業制度など)が中心でした。しかし、女性がキャリアを継続する上で直面する壁は、ライフイベントによる時間的な制約だけではありません。月経に伴う不調や、更年期障害、女性特有のがんなど、ライフステージごとに変化する「自身の身体的な課題」も大きな壁となります。今回の改正は、支援の対象を「制度や環境」の整備だけでなく、「働く女性の身体」そのものへ拡大し、キャリアの継続を底支えする狙いがあります。
「見えない不調(プレゼンティーイズム)」による損失の回避
キャリア形成のプロセスにおいて、健康課題は「見えないブレーキ」の原因になります。本人が離職や欠勤をしていなくても、生理痛や頭痛、更年期の症状を我慢して働くことで、パフォーマンスが著しく低下している状態(プレゼンティーイズム)は、企業にとって隠れた損失です。「やる気はあるのに、体がついていかない」という理由で、管理職への昇進を諦めたり、キャリアの歩みを止めてしまったりするのを防ぐ。健康への配慮は、人材のポテンシャルを最大限に引き出すための「人的資本への投資」と位置づけられています。
制度から風土への深化
今回、特に「職場での理解を深める」と基本方針に明記された点が重要です。例えば、「生理休暇」という制度自体は何十年も前からありますが、取得率は極めて低いのが現状です。それは、生理休暇を「言い出しにくい」と感じたり、申請することで「サボりだと思われるのではないか」という不安を当事者に抱かせたりしてしまう職場の空気が、活用の壁になっているからです。
こうした空気の背景には、周囲の社員が無意識のうちに抱いている歪んだ見方や思い込み、すなわち「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」が潜んでいます。例えば、上司や同僚の間に「生理は病気ではないのだから、多少の不調は我慢すべきだ」といった思い込みや、「個人の健康課題を職場に持ち込むのはプロ失格だ」といった無意識の決めつけがあると、それらが知らず知らずのうちに言動や態度に現れ、「ここでは理解してもらえない」と心理的な壁となって当事者に伝わってしまうのです。
制度を用意するだけでは十分ではなく、それが実際に活用されるための風土が伴わなければ、課題は解決しません。今回の改正は、男性管理職や同僚も含めた「職場全体のヘルスリテラシー」を高めることが、女性が無理なく活躍し続けるための、不可欠な土台であることを明確に示しています。
法令対応を「自社を強くする武器」に変える
女性活躍推進法の施行から10年。これまで見てきたように、この法律が企業に求めているのは、単なる「数合わせ」や、形式的な「福利厚生の拡充」ではありません。
行動計画の策定において分析が求められる「4つの基本項目(採用・継続勤務・労働時間・管理職比率)」、そして従業員数101人以上の企業へ開示義務が拡大された「男女の賃金差異」。これらのデータを自社の現状を映し出す「センサー」として使い、組織内部に潜む「歪み」や「キャリアが停滞している原因」を特定すること。そして、「健康上の特性」への配慮を通じて、社員一人ひとりが最大限にパフォーマンスを発揮できる土台を整えること。これらはすべて、外部環境が変化する中で、企業が優秀な人材を確保し、勝ち残っていくために不可欠な「経営戦略」そのものです。
改正法への対応を経て迎えた2026年は、女性活躍が「数を増やす」から「構造を変える」へと実質的にシフトする、重要な転換点となります。「法律だからやらなければならない」という義務的な”受け身の姿勢”から、「自社の弱点を見つけ、組織を強くするための武器」として活用する”戦略的な姿勢”へ。このパラダイムシフトができる企業こそが、性別を問わず選ばれ、成長し続ける組織へと進化していくはずです。まずは自社の「数字」と「風土」を、新しい視点で点検することから始めてみてはいかがでしょうか。
こちらの記事も合わせてお読みください。女性特有の健康課題について「職場での理解を深める」ことの、意義や方法について詳しく解説しています。
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【提供元】 さんぎょうい株式会社
産業医、臨床心理士、保健師、看護師、管理栄養士、理学療法士、社会保険労務士など、医療・健康のエキスパートによるチーム体制で、企業の労働安全衛生と健康経営を20年以上にわたり支援しています。本連載では、当社がこれまで蓄積してきた知見を元に、「健康経営」「両立支援」「女性活躍」に関する実践的な情報を、実際に企業支援の現場で見てきた多様な実例と解決策を取り上げながら紹介していきます。本稿で触れた、真の健康経営へ組織文化を変革を推進するためのサポートについては、こちらへお問い合わせください。産業医の紹介や、健康経営の認定サポート、女性の健康経営も併せて提供しています。
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