何がインプラント失敗を招くのか?絶えないトラブル報告
歯を欠損しても、天然歯と変わらない見た目と機能の回復をのぞめる「インプラント」は、これまでの歯科治療のデメリットをくつがえす画期的な治療法の一つとして登場した。しかし2007年にはインプラント手術により死亡したという症例が発生。国民生活センターへの相談は絶えず、インプラント治療の危険性は今なお拭いきれていない。
目次
インプラントとは?
見た目と機能の回復が見込めるインプラント治療は、機能性の高さからニーズは高まりつつあり、インプラント治療を提供する歯科医院は増えてきている。
人口歯をあごの骨に埋め込む治療
一般的に呼ばれている「インプラント」とは、「歯科インプラント」のこと。歯科インプラント治療とは、虫歯や歯周病、外傷などで失われた歯の代わりとして人口歯根(人口の歯の根=デンタルインプラント)を顎の骨や顔面の骨に埋め込み、その上に人口の歯を設置する治療を指す。詳細は以下動画の解説が分かりやすい。
歯を損傷した場合、歯根が残っていれば“差し歯”で対応することができるが、なければ“入れ歯”や“ブリッジ”という治療法が選択肢となる。一般的に、入れ歯は歯が多数欠損した場合や支えとなる歯がない場合に行い、ブリッジは失った本数が1~2本の場合に行う。
治療費は抑えられるものの入れ歯は取り外し可能で固定が強くないため、その分噛む能力は劣ってしまう。ブリッジは、両隣の歯に強固に接着させるため、硬いものでも自由に噛むことができる一方で、失った歯の両隣にある健康な歯を支えとするため、両隣の歯を削らなくてはならないというデメリットがある。
“インプラント”は見た目も天然歯の状態により近く、チタン製の人工歯根が骨と結合するため、天然歯と変わらない力で噛むことができる。見た目も美しく、異物感も少ないとあって、差し歯・入れ歯・ブリッジよりも患者の満足度は高い。
満足度は高いが、インプラントは少数派
補綴物(ほてつぶつ。詰めもの、かぶせもののこと)としては現在はブリッジと入れ歯が一般的で、以下図からもわかる通りインプラントを利用する人は全体的に見ても少数。インプラントの登場以降、生活者や患者の間で関心が高まったはものの、その割には実際に踏み切る人は多くないようだ。
歯科インプラント手術を実施している歯科診療所は11,311施設で2割程度だが(厚労省による2011年の調査時点)、歯科用インプラント材の生産・輸入数量は経年的に増加している。
インプラントのメリットとデメリット
入れ歯やブリッジよりも機能性が高く魅力的なインプラント治療だが、デメリットもある。誤った認識で治療に踏み切ることがないよう、厚生労働省はインプラント治療に関する情報発信を行っている。
歯科インプラント治療のメリットとデメリット(歯科インプラント治療指針より)
インプラント治療にはデメリットもある。厚生労働省が発表した、歯科医療従事者向けに作成された「歯科インプラント治療指針」の中では、メリットとデメリットがそれぞれ示されている。
- <メリット>
・よく噛むことができ、見た目も美しく仕上げることができる
・隣接する歯を削らなくて済む
・長期間にわたり良好な状態が持続するため、高い患者満足度が望める - <デメリット>
・手術が必要となる
・全身状態によっては、適応できないケースもある(心臓病、脳梗塞、重度の糖尿病など)
(参考:厚生労働省「歯科インプラント治療指針 平成25年 日本歯科医学会編」)
安全な治療の検討・選択のため、国民に向け情報発信(厚労省)
メリット・デメリットを踏まえ、厚生労働省は歯科インプラント治療を安全に受けられるよう、以下8項目を国民に向け情報提供している(平成26年)。
- 歯科インプラントは寿命がある。治療後10年で約1割のインプラントが失われる
- インプラント治療は、入れ歯よりも“噛む”機能の回復に優れ、異物感が少ないため、患者満足度が高い
- 手術を安全に行うためには、手術前にCT 検査によって顎の骨の形などを3次元的に診断しておくことが有用。インプラント治療前には、担当医にCT 検査の必要性について尋ねること
- 体質や健康状態によっては、インプラント治療を受けられない場合もある。インプラント治療には手術が必須となるため、健康状態に問題がある際は申告すること。相談するべき代表的な病気は、心筋梗塞、狭心症、喘息、肝炎(ウイルス性を含む)、 腎炎、糖尿病、骨粗鬆症、脳梗塞、関節リウマチ、金属アレルギー、うつ病、悪性腫瘍など
- 歯周病はインプラント治療に影響する。歯周病があると、治療の失敗や、インプラントを早期に失う可能性につながる。インプラント治療を受ける前には、歯周病の治療が先決
- インプラントを長持ちさせるには定期検診といったメンテナンスが必要。インプラント治療後も適切なセルフケアを行い定期検診も受けることで、インプラントを長く使うことができる
- インプラントも歯周病に似た病気にかかる。セルフケアが不十分であったり、定期的に検診を受けていないと、インプラントの周囲に歯周病に類似した病気「インプラント周囲炎」を発症する。放置しておくとインプラントを撤去しなければならないケースも起こり得る
- インプラント埋入手術にともないトラブルが発生することがある。その代表的なものは下唇のしびれ(神経損傷による麻痺)で、回復するまでに長時間かかる場合もある。万が一このようなトラブルが生じた場合は、早期に専門的な診断・治療が要される
(参考:厚生労働省「安心してインプラント治療を受けるために」)
インプラントの失敗、相次ぐトラブルで死亡事故も
近年インプラント治療では、相次いでトラブルが発生。なかには死亡事故に至ったケースもある。
70代女性、手術中に死亡
2007年、インプラント手術中に70代の女性が窒息死する事故が発生した。顎の骨をドリルで削り人口歯根を埋め込むくぼみを作る段階で、骨の下にある動脈を傷つけ大量出血を引き起こしたことが原因だった。女性は出血が止まらなくなり容体が急変。歯科医師の判断で別の病院に運ばれたが、翌日死亡した。その後女性の遺族は民事訴訟を起こし、インプラント治療の危険性が問われる発端となった。
年間のトラブル相談は年間60〜80件
国民生活センターの2019年の発表によると「危害があった」との相談は5年間で409件。これは毎年60〜80件に相当する。相談内容の概要については以下の通り。
- 契約購入金額の回答があった相談240件のうち70.4%(169件)は50万円以上の契約。46.3%(111件)は100万円以上の契約だった
- 部位のほとんどは「口・口腔(こうくう)・歯」。その内容をみると、痛み、インプラントのぐらつき・脱落・要撤去、腫れ、化膿が多くみられた
- 身体症状が1年以上継続したという相談は48.3%(102件)。さらに20.9%(44件)は3年を超えて身体症状が継続していた。また身体症状の継続期間について記載のない91.9%(194件)は、相談受付時に身体症状がある、もしくは身体症状に対する治療が継続しているというものだった
具体的な相談事例としては以下が挙げられる。
【事例1】
インプラント治療の相談に行った次の予約日にいきなり手術され、出血が止まらず入院した
【事例2】
インプラント治療のリスクが上がる骨粗しょう症の薬を服用していたが治療された
【事例3】
手術直後から痛みや痺れが生じたが経過観察とされた
(引用:国民生活センター「あなたの歯科インプラントは大丈夫ですか-なくならない歯科インプラントにかかわる相談-」)
なぜトラブルは絶えない?
トラブルが発生する要因は、歯科医師側と患者側の双方に存在する。インプラント治療のトラブル回避のためには、どちらか一方ではなく、双方にリテラシーを高める必要がある。
- 【歯科医師の問題点】
・インプラント治療に関する技術・知識が十分でない
・治療後に起こった不具合への対応が不適切なケースがある
・日常的なセルフケアや定期検診が重要な理由を知らせていないケースがある
・専門的知識や技能を有する歯科医師が、まだ少ない - 【患者側の問題点】
・情報収集ができておらずリテラシー不足
・治療前の自身の全身状態が把握できていない
・インプラント治療後のアフターケアの重要性を理解していない
歯科医が公開、実際に起きたインプラントの失敗例と要因
インプラント治療の成功率は比較的高いとされているが、失敗する原因は幅広い。啓発のため、実際の失敗例をその要因とともに公開しているホームページ(歯科医が運営)がある。
インプラントに失敗する主な原因
- ①インプラントを埋入する位置や深さが適切ではない
・顎の骨へのドリリングがうまくできていない
・インプラントと骨が結合しない
・軟組織(歯肉)不足 - ②インプラントが細菌に感染する
・患者によるメンテナンス不足
・治療を行う環境の衛生管理が十分でない
・インプラント治療前に歯周病治療を行わなかった - ③人工歯(上部構造)が外れる、破損してしまう
・咬みあわせの調整が不適切
・インプラントと人工歯を連結するアバットメントの締め付けが緩い
インプラントの失敗例と理由、歯科医がHP上で公開
「歯科口腔外科塾」では、患者の知識の向上を目指し、インプラント治療の失敗実例を写真付きで公開。サイト運営者は東京銀座シンタニ歯科口腔外科クリニックで院長を務める、新谷悟氏。歯科医療従事者のよりよい治療に向けて、症例とともに“正しい知識”と“失敗の学び”を提供している。
インプラントの成功定義
何をもって「インプラントの成功」とするのか。その考え方は歯科医によってさまざまだが、1998 年のトロント会議では以下の4点が挙げられている。
①インプラントは、患者と歯科医師の両者が満足している。
②インプラントに痛み不快感、知覚の変化、感染の兆候がない。
③臨床的に診査するとき、個々の連結されていないインプラントは動揺がない。
④機能下1年以降の経年的なインプラント周囲の垂直的骨吸収は 0.2mm 以下である。
(引用:厚生労働省「歯科インプラント治療のための Q&A」)
インプラント治療におけるトラブルを減らすために
メリット・デメリットがあることは歯科医師の間でも認識され、国も患者に向けリスク周知に努めているインプラント治療だが、今なおトラブルが続いているのが現状。医師の技量・知識向上はもちろんのこと、患者側には慎重な検討の姿勢が求められる。双方がインプラント治療の万能性や危険性だけに目を向けるのではなく、事前準備やアフターケアを含めた一つの医療行為として取り組むことが大切だ。
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