ジェンダーニュートラルの導入メリット・相性・動向予測(連載Vol.3 最終回)

【連載Vol.3】
性差による違いに着目した医療(性差医療)、ヘルスケア(性差ヘルスケア)、美容(性差美容)の研究が進み、フェムテックに代表されるように性差に主眼を置いたヘルスケアソリューションの上市が相次ぐ中、これに逆行しているようにも見える概念「ジェンダーニュートラル」の波。牽引するのはファッション業界やラグジュアリーブランドだが、航空業界やテーマパーク、パブリックスペースなど、業界問わず導入が進み、ヘルスケア界隈だと美容業界が積極的。特に今年は活発化している。

さて、この新潮流「ジェンダーニュートラル」。性差に着目した考え方が加速しているヘルスケア業界と相性は良いのだろうか?新施策として自社での導入に迷う企業の声もチラホラ聞かれるようになってきた。そこでウーマンズラボ編集部がこの答えを探るべくリサーチを実施。全3回の連載でお届けしている。今回はその最終回。ジェンダーニュートラルの定義(Vol.1で解説)や商品・サービス事例(Vol.2で紹介)を見てきたところで、本連載のテーマである「ジェンダーニュートラルはヘルスケア業界と相性が良い?」の結論に迫っていきたい。

ジェンダーニュートラルの導入メリット

そもそも、商品をジェンダーニュートラルに切り替える、あるいは新たに開発するメリットはなんだろう?ヘルスケア業界外にも通づる項目もあるが、改めて考えてみよう。

新しい層への訴求

ジェンダーニュートラル商品の最大の強みは、幅広い層へアプローチが可能になること。”女性”という特定の性に限定しないことで、男性や性的マイノリティの人々もターゲットに据えることができる。男女共用の意味でワーディングされているシェアドコスメのように、カップルの使用を想定した訴求も可能だ。

リブランディングのチャンス

ジェンダーニュートラル商品への切り替えや開発は、リブランディングを図る絶好のチャンスにもなる。ジェンダーにおけるニュートラな考えを社外に表明することで、会社やブランドの印象が変わるのはもちろん、SDGsに取り組む「社会に優しい企業」「今ドキの企業」と認知してもらえるだろう。

加えてジェンダーニュートラルなパッケージデザインやクリエイティブへと舵を切ることで、ブランドが醸し出す世界観も刷新できる。ジェンダーニュートラルの商品で採用されるデザインは中性的でシンプルなものが多く、現代人が好むミニマリズム思考ともマッチするので、結果的にトレンド感溢れる世界感を表現できるのもメリット。

メンズコスメのテスト販売

女性向けに開発・販売をしてきた企業・ブランドが、メンズコスメへの本格参入を前に、既存商品をもとにジェンダーニュートラルにスイッチしてテスト販売するのもありだろう。購入者や他社・他者からの評価を参考に、メンズコスメ参入の決断に向けたエビデンスが取れる。スムーズな開発にも着手できるだろう。

ギフト需要をつかめる

ジェンダーニュートラル商品はギフトとして選ばれやすいのもメリット。特に需要が大きいと考えられるのは、女性から男性への贈り物。例えば、ちょっと気の利いたおしゃれな化粧品アイテムをギフトに選びたい時、女性にとって男性向け商品を選ぶのは難しい。そもそも男性向け化粧品が世の中に少ない上に、あったとしても、口コミ評価や男性の中でのブランドイメージがよくわからないので、良し悪しの判断ができず購入のハードルとなる。

だが商品がジェンダーニュートラルであれば手に取りやすく、また、オシャレ。贈り先の相手から「センスがある」といったポジティブな評価も得られそうだ。

 

ジェンダーニュートラルと相性が良いヘルスケア商品

次に、ジェンダーニュートラルと相性が良い商品について考えてみよう。時代の流れから見てヘルスケア商品は性差への配慮がある方が優位。そんな中、あえてジェンダーニュートラルにする意味はあるのか?「ジェンダーニュートラル=誰にでも。それでは訴求が弱くなる」と考える人もいるだろう。なんでもかんでもジェンダーニュートラルに、と考えるのではなく、相性の良し悪しは見極めたい。ここからは相性が良い商品を見ていこう。

悩みが深刻ではない人向けの商品

ジェンダーニュートラルが適切なケースとしてまず挙げられるのは、若い人を対象にした基礎化粧品で、例えば化粧水、美容液、洗顔パウダー、リップケア、ゴマージュ、ボディローションなど。若い人は美容・健康悩みがまだ多くは出現していないため、シミ・シワ・たるみ改善などといった機能性を商品に強く求めないからだ。もちろん個人差はあるので一概には言えないが、市場性を考えるなら、まずは10代・20代の人々をターゲットに据えるのが適当だろう。シェアドコスメとしてカップルのユーザー獲得も期待できる。

年齢問わず男女ともに愛されているブランドもある。オーストラリアの化粧品ブランド「イソップ」は、あらゆる年齢・性別・肌タイプを対象にしており、スキンケア、ヘアケア、ボディケア商品を取り扱っている。日本では36の直営店を展開しており、ジェンダーニュートラルなデザイン、世界観、香りが人気。深刻な肌悩みを改善したいと考える”機能性重視派”よりも、ブランドが放つ世界観に魅了されているファンが多い印象だ。

 

 

この投稿をInstagramで見る

 

Aesop(@aesopskincare)がシェアした投稿

パーソナル対応ができる商品

AIなどデジタルを駆使したパーソナライズアイテムを提案できる健康・美容商品も、ジェンダーニュートラルでの訴求と相性が良いだろう。個別の悩み・体質・肌質に個別対応できるので、単純に性差に着目したものよりも、訴求力は絶大だ。

 

その例が、862万通りの中から自分の肌環境や目指す肌に適した基礎化粧品が提案されるAPEX(POLA)で、AIとビッグデータの解析により導き出される。この強大なパーソナライズの特性を強みに、同ブランドは「性差」よりも「個性」に着目をしており、今年始めに次の提唱をした。「一人ひとりの肌を見つめ続けるパーソナライズドサービスブランド『アペックス』。男性女性問わず肌には一人ひとり個性があり、『性差』よりも『肌個性』に合ったケアが重要であることを改めて提唱いたします引用:POLA

 

性差への着目が不要の商品

性差の概念が重視されない男女共通の問題や、性差研究が進んでいない領域(あるいは、急いで研究を進める必要がない領域)も、ジェンダーニュートラル商品として謳いやすいだろう。例えば、

  • メイクアップ(例:アイライナー、ネイルカラー、ネイルケア、口紅)
  • 衛生関連(例:感染対策、空気清浄機)
  • 福祉用具・介護用品(例:シルバーカー、車椅子、杖、モーターベッド、介護食品)
  • スポーツ関連(例:ヨガマット、バランスボール)
  • ボディケア化粧品(例:浴用石鹸、ハンドソープ、ボディシャンプー、入浴剤)
  • ヘアケア(例:染毛剤、整髪剤)
  • フレグランス化粧品(例:香水)
  • 口腔ケア(例:審美歯科、歯磨き剤)
  • 睡眠環境・住宅関連

健康・美容サービス

エステ、スパ、ヨガ、ピラティス、リラクゼーション、ヘルスツーリズムなどの健康・美容サービスは女性を対象にしているケースがほとんどだが、女性特有の健康問題(例:生理,妊娠・出産,更年期)を訴求した内容に絞らなければ、ジェンダーニュートラルのサービスとして提供できるだろう。カップルや家族での利用ニーズも取り込める。

ギフト商品、ご当地商品

前述の通りジェンダーニュートラルはギフト需要をつかみやすい。特に需要が見込めるのは女性から男性へのギフトであると記したが、ご当地商品の土産需要もつかめるはずだ。例えばご当地コスメ。ご当地コスメは大手ブランドやヒットしている人気化粧品と比べると機能性が劣るイメージがあるので、ジェンダーニュートラルの視点からも訴求する方が、トレンド感も相まって訴求力を上げられるかもしれない。

 

結論:自社でもジェンダーニュートラルを導入した方がいい?

全3回の連載でジェンダーニュートラルについて考えてきたが、リサーチを実施したウーマンズラボ編集部としては「なんでもかんでも容易にジェンダーニュートラル化するのはNG。性差の概念を念頭に、自社商品との相性を見て決めるのが良し」が結論だ。

生殖系ビジネス(例:生理・妊娠・出産関連のビジネス)は言うまでもないが、男女の身体的特徴に配慮した設計の方が商品力を上げられるケースはやはり多々ある。例えば「ジェンダー別構造」を採用したアシックスのGEL-NIMBUS (クッション性に優れるスポーツシューズのシリーズ)は、性差への配慮があることで商品の特徴がより強く切り出されている。ジェンダーニュートラルな商品開発は不向きであることがわかる事例だ。

女性の方が長生きをする、女性の方がうつ病患者数が多い、女性は50代前後でアラフィフクラシスに陥りやすい、不定愁訴の有訴者率が男女間で異なる、高齢期になると女性の方が障害を抱える割合が高くなるなど、女性は女性特有の健康問題があるので、基本的にヘルスケア業界では性差の概念は念頭に入れるべきだ。だが本項で見てきた通り、商品の特性や自社のITリソースによっては性差への着目が不要な場合もあるので、自社商品との相性、事業戦略、リソース、ターゲットの一般ニーズ・ヘルスケアニーズ、対象とする疾患・不調次第で、ジェンダーニュートラルの導入を決めるのが良いだろう。

ジェンダーニュートラルの思考が世界的に広がっているので、「うちの商品もニュートラル化すべきでは!?」とつい焦ってしまうが、ヘルスケア業界においてはさほど気にすることはない。2000年代に入ってようやく性差医療が始まり性差ヘルスケアの研究やビジネスが進み始めたところなのに、このトレンドにむやみに乗ってしまっては、元の木阿弥。このトレンドは冷静に見極めよう。

とは言え、ジェンダーニュートラルの思考は急速に広がっている。性差着目型のヘルスケア商品と、ジェンダーニュートラル着目型のヘルスケア商品。この2極化が世界的に進んでいきそうだ。

 

 

【編集部おすすめ記事】
【連載Vol.1】新潮流「ジェンダーニュートラル」、ヘルスケア業界と相性は良い?
【連載Vol.2】「ジェンダーニュートラル」の最新動向、ヘルスケア商品・サービス事例
今時の女性ヘルスケアマーケティングがわかる、おすすめの「ジェンダー」書籍3選
女性差別の例 〜日本・世界の男女格差/ジェンダー問題の現状〜
「LGBTQ+」のヘルスケア市場規模と、特有の健康課題

PAGE TOP
×