新潮流「ジェンダーニュートラル」、ヘルスケア業界と相性は良い?自社でも検討すべき?(連載Vol.1)
【連載Vol.1】
性差による違いに着目した医療(性差医療)、ヘルスケア(性差ヘルスケア)、美容(性差美容)の研究が進み、フェムテックに代表されるように性差に主眼を置いたヘルスケアソリューションの上市が相次ぐ中、これに逆行しているようにも見える概念「ジェンダーニュートラル」の波。牽引するのはファッション業界やラグジュアリーブランドだが、航空業界やテーマパーク、パブリックスペースなど、業界問わず導入が進み、ヘルスケア界隈だと美容業界が積極的。特に今年は活発化している。
さて、この新潮流「ジェンダーニュートラル」。性差に着目した考え方が加速しているヘルスケア業界と相性は良いのだろうか?新施策として自社での導入に迷う企業の声もチラホラ聞かれるようになってきた。そこでウーマンズラボ編集部がこの答えを探るべくリサーチを実施。全3回の連載でお届けしたい。
- V0l.1:【基礎知識解説】ジェンダーニュートラルの定義を解説(◀︎今回はココ)
- Vol.2:【事例紹介】ジェンダーニュートラルなヘルスケア商品・サービス
- Vol.3:【マーケのコツ】ジェンダーニュートラルの導入メリット・相性・動向予測
目次
ジェンダーニュートラルとは?
ジェンダーニュートラルとは、英語のgender(性別※)と、neutral(中立)を組み合わせた言葉で、社会的制度などから人々の性別を判断したり、性別による役割や物事を区別するべきではないという考え方。要は男女のいずれにも偏らないことを意味する。
「公共トイレを男女で区別して設置する」「機内アナウンスの冒頭で『レディース&ジェントルマン』と呼びかける」「履歴書や出生届などに記載する性別欄は『男性』と『女性』の2種のみ」「男子生徒の制服はスラックス、女子生徒の制服はスカート」などといった従来の社会システムは、世の中には男性と女性の2つの性のみが存在することを前提とし、かつ「男だからこうあるべき」「女だからこうあるべき」といった社会通念のもと構築されてきた。
だがこのような社会は、LGBTQ +やノンバイナリー(自身の性認識が男でも女でもない人)など、性自認や性的指向が多様な人々に疎外感を感じさせたり、「男は強くあるべき」「女性は美しくいるべき」「女性が家事・育児をすべき」といった性別役割分業やステレオタイプを生み出し、男女それぞれに生きづらさを感じさせてしまう。
このような、男女を区別した社会で構築されてきた制度・思考・慣習などを打破することで、あらゆる人々が自分らしく生きることができる暮らしやすい社会を目指す言葉として使われているのが、ジェンダーニュートラルだ。
これまでは「他人からどう見られるか?」を前提に、社会が定義してきた「男らしさ」「女らしさ」の追求が世界的な社会通念だったが、ダイバーシティの浸透から、近年は「自分はどうありたいか?」という自分軸のもと、性別よりも個性やパーソナリティを重視する「自分らしさ」を追求する人が増えている。これが、ジェンダーニュートラルの言葉が広く受け入れられるようになってきた背景として大きい。
※「ジェンダー(gender)」とは、社会的・文化的・心理的につくられる性別のこと。身体的特徴の違いから生物学的に決定される性別は「生物学的な性別(sex)」という。
マーケティング視点で理解するジェンダーニュートラル
ジェンダーニュートラルをマーケティングの感覚で理解するために、企画・開発の段階を想定して例えてみよう。例えば「男女どちらも使える化粧水を企画する」「このシャンプーは多様なジェンダーをターゲットにするので、男ウケ・女ウケのいずれに偏ることなく、中性的なボトルデザインを採用する」「この香水は男女ともに受け入れられやすい香りで調香する」など、これらは性別を特定せずあらゆるジェンダーを対象にしているので、ジェンダーニュートラルと言える。
反対に、「このシャンプーは女性向けに開発・発売する」「このシャンプはー女性向けに売るので、女性が好むボトルデザインを採用する」「この香水は女性向けに開発するので、女性が好むローズを主役に調香する」など、ターゲットの性を明確に意識した商品・サービスはジェンダーニュートラルとは言わない。
4つの同義語、今使うならどれが旬?
ジェンダーニュートラルと似た意味の言葉に「ユニセックス」「ジェンダーレス」「オールジェンダー」「ジェンダーフリー」がある。ジェンダー学に正確に則るなら、各言葉の意味には微妙な違いが存在するのだろうが、マーケティング視点で使う場合はそう大差はなく、同義語として捉えて問題ないだろう。とは言え各言葉の使われ方を比較すると、微妙な違いが見えてくる。
各主要メディア、主要企業の商品・サービス事例やPR事例、ネット上の検索ボリュームのリサーチをもとにわかったファインディングスをまとめた。以下図の検索ボリュームの違いを見つつ、ジェンダーニュートラルの導入検討時の参考にぜひチェックを。(以下図は2004年から現在までのネット上の検索ボリュームを表したもの。青:ユニセックス/赤:ジェンダーレス/黄:オールジェンダー/緑:ジェンダーフリー)
ユニセックス
男女を区別しない言葉として最も広く知られているのが、「ユニセックス」。主にファッション業界で使われ、例えば、男女どちらでも着用できる服、バッグ、アクセサリー、財布、スタイルなどを指す。一説によればこの言葉は20世紀後半から広く使われるようになったとのこと。今や、男女兼用のアイテムを指すスタンダードな言葉として定着しており、実際にネット検索ボリュームを見ると、今なお一定のボリュームで検索されている。国内ではこの20〜30年で定着した言葉でトレンド感は完全に無いが、男女兼用や性別を問わないことを訴求する言葉としては、世代問わず最も理解されやすい。
ジェンダーレス
ユニセックスに代わり新たに登場したとも言えるトレンドキーワードが、2015年頃からビジネス界で使われるようになった「ジェンダーレス」。「ジェンダーニュートラル」と同様に最近特に見聞きする機会が多く、例えば「ジェンダーレスコスメ(男女兼用のジェンダー化粧品のことで、いわゆるシェアドコスメ」といった表現で使われる。
「ユニセックス」よりもトレンド感があるので、商品・サービスのターゲットが若い人だったり今ドキ感を出したいなら、「ジェンダーレス」あるいは「ジェンダーニュートラル」を使うのが良いだろう。
オールジェンダー
あらゆる性を対象にしていることを意味する「オールジェンダー」。この言葉を使った代表的な例は、あらゆる性の人が使える公共トイレの呼称である「オールジェンダートイレ」。ウーマンズラボ編集部がリサーチした限りでは、化粧品でこの言葉を使う事例は少なく、美容業界ならやはり「ジェンダーレス」あるいは「ジェンダーニュートラル」が一般的。
ジェンダーフリー
性による社会的・文化的差別を無くそうとする考え方を指す「ジェンダーフリー」。90年代より使われ始め、内閣府も男女共同参画施策としてこの言葉の発信と推進を図ったが、この動きに政界でバックラッシュ(反発・反感)が起きたことで、「この言葉は、今後は使用しないことが適切」と言い改めたという苦い過去がある(内閣府,平成18年版男女共同参画白書/内閣府男女共同参画局,「ジェンダー・フリーについて」,平成18.1.31)。今となっては信じがたいことだが、背景にあったのは男女平等推進に対する反発で、当時のこの状況について書かれた記事を読むと、性別役割分業の固定化や男尊女卑を維持しようとする勢力によるものであったことがわかる(しんぶん赤旗「ジェンダー・フリーへの攻撃 なぜ?」2005.1.9」)。
それ以降「ジェンダーフリー」が社会的に使われる機会は激減。今現在も見かけることはあるが、当時のバックラッシュをリアルタイムで見聞きしていない現10〜30代が発信するSNSや新興企業が主に使い、主要メディアや主要企業が使うケースは滅多に見かけない。当時の行政やマーケティングに詳しく、「ジェンダーフリー」に関するバックラッシュを知っている今の中高年にとっては、あまり良い印象を持っていない人もいるかもしれない。
そんな過去に加え、かつトレンド感も特段ない昔からある言葉なので、「ジェンダーフリー」は今時のマーケティングには適さないと判断するのが賢明かもしれない。
今使うなら、旬な表現はどれ?
以上、ジェンダー ニュートラルの同義語を4つ見てきたが、意味にさほど大きな違いは見られず、あとは、各社の解釈やスタンスによる判断となるだろう。実際に各社のプロモーション事例などをリサーチしたところ、採用している言葉は各社まちまち。いずれも使われている。
ただ、PR映えやトレンド感を重視して判断するなら、若い世代を中心に定着してきた「ジェンダーレス」か、あるいは「ジェンダーニュートラル」を使うのが良さそうだ。強いて言うなら、この2語のうち新しさがあるのは「ジェンダーニュートラル」。ラグジュアリーブランドなども積極的に使い始めている。
ジェンダーニュートラルなヘルスケア商品事例
連載第1回目となる本稿では、ジェンダーニュートラルの定義、新潮流となった背景、同義語について見てきた。次回の第2回目では、ジェンダーニュートラルをコンセプトに掲げたヘルスケア商品・サービスの事例をご紹介。
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