【特集】なぜ、これだけ啓発しても女性は動かない? 乳がん検診から見る7タイプの行動変容の壁
健康のために必要だとわかっていても、人は必ずしも行動するとは限らない。この「わかっているのに動かない」を変えようと、健康施策を設計する側は、つい「まずは正しく理解してもらおう」「健康への関心を高めてもらおう」と考えがちだ。だが、そんなに力まなくても、実はもっとシンプルに人は動くのではーー? そんな仮説を起点に、10月の特集では「人が自然と動くデザイン」に着目。乳がん領域で長年蓄積されてきた知見や企業などの取り組み事例を手がかりに、どうすれば健康に目を向け、行動してもらえるのかを全4回で探っていく。思わず目を留めてしまう啓発、健康行動を日常に組み込む仕掛け、モノ・空間・情報を通じたアプローチからは、健康・美容領域の商品開発やマーケティングにも応用できるヒントが見えてくる。
その前段となる第1回では、乳がん検診の未受診者と受診者11タイプのクラスター分析から、「受診しない人」と「受診する人」の行動心理をひも解く。そこから見えてきた、7つの「行動変容の壁」とは?
特集!全4回でお届けする「健康啓発×デザイン」
- ■なぜ、これだけ啓発しても女性は動かない? 乳がん検診から見る7タイプの行動変容の壁(◀︎今回はココ)
- ■どうすれば「関心」を持ってもらえる?世界の乳がん啓発に学ぶ、無関心を突破するクリエイティブ
- ■「知っている」で終わらせない 乳がん啓発に学ぶ、健康・予防行動を日常に組み込む仕掛け
- ■健康との接点は「デザイン」で変えられる? モノ・空間・情報から考える新しいアプローチ
目次
早期発見が重要、それでも乳がん検診受診率は目標に届かない
まずは、乳がんの現在地を確認しておこう。乳がんは、女性が罹患するがんの中で最も多く、2023年の罹患数は10万2762人。罹患率は30代から上昇し、40代で急増。45~49歳で一つ目のピークを迎えた後、50代前半で低下し、再び上昇して70~74歳で最大のピークを迎える。
乳がんは、他のがんと比べると生存率が比較的高い。がんと診断されてから5年後の生存状況について、がん以外の死亡の影響を調整した「5年相対生存率」は、乳がんが89.7%で、皮膚がん(95.0%)、甲状腺がん(94.8%)に次いで3番目に高い(2018年診断例)。しかし、進行度によって予後に大きな差があり、早期の段階ほど生存率は高くなるため、早期発見・早期治療が重要になる。
早期発見の重要性が指摘されているものの、40~69歳女性の過去2年間の乳がん検診受診率は51.0%にとどまる(厚生労働省「国民生活基礎調査の概況」2025)。2010年の39.1%から着実に受診率は上昇しているものの、国が「第4期がん対策推進基本計画」で掲げる目標「がん検診受診率60%以上」には、届いていないのが現状だ。
受診率は年代別でも顕著な課題が見られ、40代(53.3%)、50代(50.4%)60代(39.2%)と、年齢と共に低下する(厚生労働省「乳がん検診について」2025)。
なぜ受けない、なぜ受ける? 女性4700人から見えた乳がん検診の行動心理
検診の重要性は長年にわたり繰り返し伝えられている。それでも受診しない人がいる一方で、受診行動を起こす人もいる。その違いはどこにあるのか。2026年に公表された、全国の40~75歳女性4700人を対象とした厚生労働科学研究から、「受診しない人」と「受診した人」の行動心理を見ていこう。(厚生労働科学研究費補助金(がん対策推進総合研究事業)分担研究報告書 「なぜ乳がん検診を受けないのか? 全国調査からみえた行動阻害要因の可視化」佐藤章子 東北公済病院乳腺外科)。
未受診理由は「自分は大丈夫」「検査への不安」「いつでも受診できる」
まずは、「なぜ受けないのか?」から。調査対象4700人のうち、乳がん検診を受診したことがない女性は734人。受診しない理由で最も多かったのは、「自分なりに乳房を観察し問題がないから(23.4%)」。次いで「検査の苦痛の程度が分からず不安だから(22.3%)」「心配な時はいつでも医療機関を受診できるから(22.1%)」が続いた。このほか、「経済的負担になる(17.3%)」「がんとわかるのが怖い(14.3%)」と、受診を妨げる理由はさまざまだ。
こうした未受診理由の多くは、これまでも指摘されてきたものだ。では、「受けない理由」がわかれば、受診を促すための良策は何か見えてくるのだろうか。この研究ではさらに踏み込み、734人を一括りにせず、心理・社会的な特徴から「どんな人が受けていないのか」を捉える分析を行った。
女性が動かない「7つの壁」、未受診者をタイプ別に分析
では、乳がん検診を受けていない女性は、どのようなタイプに分かれるのか。研究班が未受診者734人の受診しない理由をもとにクラスター分析を行ったところ、7タイプに分類された。最も多かったのは「動機希薄型」で46.2%と半数近くを占めた(各タイプの特徴を枕詞で入れたい)。次いで「コスト懸念型(17.6%)」、「後回し型(11.2%)」、「自己完結型(8.9%)」、「リスク低認識型(8.4%)」、「検診不信型(4.2%)」、「不安回避型(3.4%)」だった。
- 動機希薄型 46.2%
- コスト懸念型 17.6%
- 後回し型 11.2%
- 自己完結型 8.9%
- リスク低認識型 8.4%
- 検診不信型 4.2%
- 不安回避型 3.4%
最多の「動機希薄型」は、検診を強く拒否しているというより、受診の優先順位が低いことが特徴だ。研究班は、このタイプに対しては、リマインドの強化や予約導線の簡素化、夜間・休日枠の拡充、ワンストップ化など、強い説得や働きかけをしなくても自然と受診行動につながるよう、環境や仕組みを工夫する「ナッジ的介入」が有効と考察している。次いで多い「コスト懸念型」は、費用負担が主な障壁となるタイプで、自己負担のあり方や企業・自治体による補助、インセンティブ設計の再検討が必要としている。3番目に多い「後回し型」は、将来的な受診意欲が比較的高いタイプで、研究班は、個別の受診勧奨や柔軟な予約枠の設定が効果的と推察している。
さらに「検診不信型」「自己完結型」「リスク低認識型」「不安回避型」については、リスクの認識や心理的な障壁が強く影響するため、単なる情報提供だけでは不十分と指摘。ブレスト・アウェアネスの普及やがん教育、検査過程の可視化、痛み軽減策やプライバシーへの配慮、医療者との信頼関係の構築など、心理面にも配慮した働きかけが必要としている。
7つのクラスター分析から見えてくるのは、「検診を受けましょう」と一律に呼びかけるだけでは、受診を妨げるそれぞれの障壁を解消できないことだ。検診の必要性を感じていないのか、費用が障壁なのか、受けようと思いながら先延ばしにしているのか、不安や不信があるのか。受診しない背景によって、必要な働きかけは変わる。研究班も、受診率向上には一律の啓発ではなく、対象者の特性に応じた介入と制度設計を組み合わせる必要性を指摘している。
受診者の8割が「動機不明型」、行動を促したのは何か?
一方、乳がん検診を受診した女性は、何をきっかけに行動したのか。研究班は、受診歴のある3907人についても受診動機を分析した。複数回答で最も多かったのは「早期発見・早期治療のため(45.1%)」で、次いで「検診費用補助があったから(34.9%)」、「身近な人のがん罹患(21.7%)」、「自治体からの案内(16.8%)」、「職場・地域からの指導(14.4%)」、「受診しやすい会場(13.6%)」などが挙がった。さらに、これらの受診動機をもとにクラスター分類を行ったところ、受診者は4タイプに分類された。
- 動機不明型 80%
- 制度・環境誘導型 18%
- 個別受診勧奨型 1%
- 意義理解型 1%
意外なのは、「動機不明型」が80%と圧倒的に多かったことだ。研究班はこの結果について、多くの受診者は強い内発的動機によって行動しているというより、制度や環境によって受動的に受診している可能性があると指摘する。さらに、「動機不明型」が多い背景として、乳がん検診の意義を十分に理解した上で主体的に行動することだけでなく、職域検診や自治体からの案内、定期的な通知など、受診につながる制度的な導線が機能している可能性を挙げている。
ここから見えてくるのは、健康行動を促すには、本人の意識を高めることだけが正攻法ではないということだ。「検診の重要性を理解してもらう」だけでなく、案内が届く、費用補助がある、受診しやすい場所があるなど、自然と行動に移せる環境づくりの重要性が見えてくる。
ただし研究班は、こうした制度的な支援が届きにくい層(非正規就労、無職、育児・介護負担、移動困難など)が取り残される可能性や、制度の変更によって受診率が変動しやすい点も指摘している。誰もが無理なく受診できる環境を、いかに整えるかも重要になる。
こうした「行動しやすい環境をどうつくるか」という視点は、ヘルスケアの商品やサービスにも応用できる。「なぜ利用しないのか」だけでなく、実際に利用した人が「何をきっかけに行動したのか」を分析すると、認知や理解を促すだけでは見えてこない、行動につながる仕掛けを発見できるかもしれない。
「動機」が弱くても、人は動く?
今回の研究から見えてきたのは、乳がん検診の受診を妨げる「行動変容の壁」は一様ではなく、人によって異なるということだ。未受診者は7つのタイプに分類され、最も多かったのは「動機希薄型」。一方、受診者では「動機不明型」が8割を占めた。つまり、受診しない人に強い拒否感があるとは限らず、受診する人も、必ずしも明確な動機を持って行動しているとは限らない。こうした結果は、健康行動を促す上で、本人の意識や意欲を高めることだけが最適解ではない、という示唆を与えてくれる。
強い動機づけがなくても、行動しやすい環境を整えることで行動を後押しできるとすれば、環境以外にはどんな働きかけが人を動かすのだろうか。そんな視点から、次回の第2回は「クリエイティブ」に着目する。健康への関心が薄い人でも、思わず目を留めたり、誰かに話したくなったり、行動したくなったりする――。海外のユニークな乳がん啓発から、人を巻き込む「伝え方・見せ方」のヒントを探る。
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