高まる「リカレント教育」ニーズ 事例と課題
人生100年時代に突入し、社会人の「学び直し(リカレント教育)」に関心が集まっている。生涯にわたり教育と就労を交互に行う教育システムのことで、国も積極的にリカレント教育を推奨している。教育機関だけでなく民間企業もリカレント教育のためのプログラムを提供しており、今後リカレント教育は広く定着していくと考えられる。一方で、リカレント教育において他先進国と比較すると出遅れている日本では課題も多い。リカレント教育の現状と事例、課題について解説。
目次
リカレント教育とは
リカレント教育が注目されている背景
リカレント教育とは社会人の学び直しのこと。人生100年時代における職業生活の長期化の中で、義務教育後も年齢にとらわれずに生涯にわたり学び直し(=生涯学習)を繰り返すことで、個々が主体的にキャリアアップを目指したり、スキルアップすることが必要になってきている。人生を100年とするならば、定年後約40年生きることになる。生涯現役で働き続けることは、心身の健康に良いことに加え、老後の経済面の不安払拭にもつながる。また、働き方の多様化や、以前のような終身雇用制度の終焉も、社会人の「リカレント教育ニーズ」を後押ししている。
2016年に政府が発足した「人生100年時代構想会議」では、「リカレント教育の充実」を挙げており、同会議で安倍首相は次のように述べている。
リカレント教育は、人づくり革命のみでなく、生産性革命を推進する上で、鍵となるものです。リカレント教育の受講が職業能力の向上を通じ、キャリアアップ・キャリアチェンジにつながる社会をつくっていかなければなりません。リカレント教育を進めるため、労働者の時間的余裕を確保するとともに、受講の際の負担軽減制度の大幅拡充を図ります。(中略)働き方が変わる中で、企業内教育にのみ人材育成を期待するのは限界であります。教育機関、産業界、行政が 連携してリカレント教育を進めてまいります。(引用:首相官邸「人生100年時代構想会議」)
国は、国内の高齢化や人口減少を踏まえ、労働力を確保することや社会の急速な変化に対応できる人材を確保したい狙いがあり、学び直しのための給付制度「教育訓練給付制度(厚生労働省)」も整えている。
リカレント教育登場の歴史と、欧米との違い
リカレント教育はスウェーデンの経済学者レーンによって提唱され、1970年代にOECD(経済協力開発機構)で取り上げられたことで、世界的に知られるようになった。先進国を中心にリカレント教育は広まっているが、各国によって取り組み状況は異なる。
欧米は、本来のリカレント教育の概念に近い取り組みが進んでいます。もともと欧米の労働市場は流動性が高く、キャリアアップのために社会人になってから教育機関で学習するシステムを取り入れやすい状況にありました。欧米のリカレント教育は、仕事をし始めてからも、学習機会が必要となった場合は、比較的長期間にわたって正規の学生として就学することを推奨しています。個人の職業技術や知識を向上するために、フルタイムの就学とフルタイムの就労を交互に繰り返すことができます。(略)リカレント教育の取り組みの具体例としては、スウェーデン、フランス、イタリア、ベルギーなどの有給教育制度、アメリカのコミュニティカレッジなどが挙げられます。(引用:ビズヒント)
一方、日本のリカレント教育には以下のような特徴がある。
日本では、高度経済成長期を経て社会的に長期雇用の慣行があるため、社会人になってから教育機関にもう一度戻って学習するというというシステムは馴染みにくい状況となっています。仕事に必要な技術や知識は、キャリアを中断して外部で学ぶのではなく、就職した企業内で習得していくのが通例です。そのため、日本ではリカレント教育の概念が諸外国よりも広義に解釈されており、企業で働きながら学んだり、仕事でなく生きがいのために学んだり、学校以外の場で学んだりする場合も含む言葉として使われています。(引用:ビズヒント)
リカレント教育の効果
「人生100年時代の人材と働き方(内閣府)」では、リカレント教育の効果を以下としている。
- 労働者の生産性上昇
- 賃金上昇
- 非就業者の就業確率上昇
- 専門性の高い職業に就く確率上昇
他、以下もリカレント教育の効果として挙げられるだろう。
- 専門性を身に着けることによる生きがい、やりがいの創出
- 脳機能低下の予防
- 新たなコミュニティ参加による、(特に定年後の)孤独化防止
- 豊かな人生の創出
以前は、プレゼンテーションをするにも調べる人、図や文章を書く人、ポスターにする人などがいたわけですが、今や1人で何役もこなす時代。自分で作品を作りSNSで発表し、販売することまで可能です。リカレントで重要なのは、学び直しによって「自分の価値を高める」という視点。今の仕事に軸足を置きながらも、新しい分野の知識や能力を積極的に磨いて、できることを増やしていくとよいでしょう。それが他人との違いになり、強みになるはずです。(引用:CITY LIVING「人生を豊かにするオトナの学び直しリカレント教育」)
高まるリカレント教育ニーズと市場規模
「リカレント教育の概念の広がり」「人生100年時代の到来で『人生100年を生き抜く力』の意識の高まり」「働き方の多様化」「会社に対する忠誠心より自分自身の生きがいを重視した職業選択、という価値観の広がり」など、キャリアや自分自身の気持ちを重視して転職をしたいと考える人は増えている。企業に所属せずフリーランスの道を選んだり起業する人が増えていることも、リカレント教育の需要を後押ししている。
年代別の転職意向
年代別の転職意向を見ると、若い人ほど転職の意向が高い。一方で40~69歳の中高年層に関しては6割以上が転職意向はないとしている。
女性の「学び直し」に関する調査結果
働く女性を対象に実施した「学び直しをしたいと思うか?(ソフトブレーン・フィールド調べ)」の調査では、66%が「学び直しをしたいと思う」と回答。男性と比較して女性は特に「やりがい重視」「(収入アップよりも)好きを仕事にしたい」ニーズが強い。好きを副業にして副収入を得る「パラキャリ女性」は2018年頃から話題になっている。すきま時間を使って、企業にアドバイスを行うスポットコンサル「ビザスク」は、「自分の知見をお金にかえられる」とのことでビジネスパーソンの間で人気の副業として知られている。学び直しにより活躍の場を広げる女性は今後増えていくだろう。
1.学び直しをしたい?
2.学び直しのきっかけ
3.学び直しのジャンル
4.学び直しの方法
自己啓発に関する国内市場規模
能力向上を目的とした自己啓発に関する市場規模は9,049憶円と推計されている(共同通信が三菱UFJリサーチ&コンサルティングに依頼した調査)。1989年推計と比較すると約30年間で約3倍に拡大しているという。
リカレント教育の現状と例
人生100年時代の学び場
人生100年時代における学び場は、大きく「教育機関」と「企業」に分類される。
ワーカーの学び直しの状況
学び直しを行ったワーカー(正社員)の割合は約5割で、実施方法は「ラジオ、テレビ、専門書、インターネット等による自学、自習」。利便性が高い通信教育は5位で19.4%。
学び直しで重視するカリキュラムは以下の通り。最先端の内容や幅広い知識習得よりも、専門性を深めることを求める人が多いことが分かる。
大学
リカレント教育を受けることができる大学は多数ある。以下は一例。
企業
民間事業からも、リカレント教育プログラムが登場。
リカレント教育の課題
最後に、リカレント教育の課題を「個人」「企業」「大学」の視点から確認したい。
個人の課題
時間と費用面でのハードルが高い
断トツ1位は「仕事が忙しくて余裕がない」。2位の費用面の課題に関しては教育訓練給付制度の活用を検討してみるのも手。
社会人になってから大学で学び直しをする人がそもそも少ない
大学への25歳以上の入学者割合を見ると、日本はOECD平均値より低く、日本はわずか2.5%。日本独特の雇用スタイルであった「終身雇用制度」「長期雇用」の影響が大きいのかもしれない。終身雇用制度社会においては、学び直しをする必要性・緊急性が低いからだ。しかし今は「終身雇用制度」「長期雇用」の時代は終わりを迎え、それに伴い社会人側の考え方も変化している。学び直しを選択する社会人の増加は「これから」だ。人生100年時代を生き抜くには、何歳になっても自主的に学び続ける(=生涯教育)姿勢が個々に求められる。
企業の課題
企業が学び直しを認めない
学び直しをしたい従業員に対する企業側の対応が十分ではない点は大きな課題。「従業員が大学等で学ぶことの企業の対応」を見ると、約7割が「認めていない」と回答。理由は「本業に支障をきたすから」。他国と比較して学び直しの割合が著しく低いのは、企業の「学び直しを認めていない」が関係していそうだ。
また、「自己啓発に対する処遇変化」を見ると約半数弱(41.7%)の企業が「反映されない」と回答しており、そういった処遇が従業員の自己啓発(リカレント)に対するモチベーション低下を招いている可能性がある。
「大学で学び直し」という発想がない
リカレント教育の場として大学を活用するケースは少なく、その理由を企業に聞くと「大学で学び直しする発想がない」が約40%。学び直しにより本業に支障をきたすと心配になる企業の声は多いが、働き方の多様化や人材不足、人生100年時代における生涯現役ニーズなどの社会背景を考えれば、企業は従業員の学び直しにをサポートしたい。結果的に、採用強化や自社の持続的成長、労働生産性向上につながり、企業側のメリットも大きい。
大学・大学院の課題
「人生100年時代の人材と働き方(内閣府)」は日本のリカレント教育は不十分と指摘している。「大学等が重視するカリキュラムと社会人・企業が期待するカリキュラム」を見ると、大学が重視しているカリキュラムと社会人が期待するカリキュラムに大きなずれがあることが分かる。大学側は一方的なカリキュラム提供を行うのではなく、社会人のニーズを知り、そのニーズに応えたカリキュラム編成が求められる。ビジネスの実務経験がある教員を増やすことも、ニーズを反映する解決策の一つとなるだろう。
リカレント教育を広めるために必要なこと
リカレント教育を広めていくためには、企業のマーケティング活動と似た発想・取り組み・環境整備が必要だ。ポイントは以下4つ。
- 【ニーズを知る】
教育機関は社会人の多様化したリカレント教育ニーズを反映したカリキュラム編成を行う - 【環境を整える】
企業も従業員の学び直しニーズを知り、学び直しをしやすい環境づくりや支援を行う - 【PR】
教育機関、企業は社会人へ「学び直し」について積極的にPRする(認知度向上) - 【”その後” を見せる】
企業と教育機関は、学び直し後の、“受け皿” “道筋” を明確に明示する
社会人がリカレント教育に求めているのは年齢・ライフステージで異なることも理解しておきたい。例えば、20~30代ならキャリアアップを目的とした転職を繰り返すことを前提とした実践的なカリキュラムを求めるが、高齢者の場合はこれまでのスキルをより深堀した上で再就職し長期雇用されることを望むだろう。結婚して出産した女性は、育児重視の生活をするためにギグワークとして働くスキルを習得できるカリキュラムを求めるかもしれない。離職して専業主婦になった女性は、子育てや介護が一段落した段階で、再就職することを目的とした再就職支援に重きを置いたカリキュラムを求める。生き方と働き方の多様化でリカレント教育のニーズも多様化していることを前提に、教育システム・支援制度などを整えていくことが今後の重要施策となっていくだろう。
リカレント教育に関する資料
- リカレント教育の拡充に向けて(文部科学省)
- 「人生100年時代の社会人基礎力」と「リカレント教育」について(経済産業政策局)
- 教育訓練給付制度(厚生労働省)
- 専門実践教育訓練給付金に関するよくあるご質問(厚生労働省)
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