健康行動促進の仕掛け方がうまい企業の啓発キャンペーン事例(国内編)

【乳がん月間】
女性がんの中でも特に大々的な啓発キャンペーンが展開されるのが、乳がん。乳がん月間の10月になると世界中で工夫を凝らしたキャンペーンが繰り広げられ、日本でもピンクリボン運動が広く社会に定着し、企業各社による啓発も年々活発化している。

が、日本の啓発キャンペーンは海外と比べると地味でクリエイティビティに乏しく、ライトアップ、リーフレット制作、市民講座、ウェブの特設ページ開設、スタッフがピンク色の洋服を着用ーなどといった施策が一般的で、どの会社・団体・自治体も似たり寄ったり。PRやCSRの観点から”とりあえず何かをピンク色にしておこう”という程度の浅い取組みも見られ、啓発本来の目的である”女性の行動変容促進”を真剣に考えているとは言い難いのが正直なところ。

うわべだけの通り一遍の啓発では、女性たちを動かすのは当然のこと難しい。ヘルスリテラシー向上も大切だが、健康行動が起きる環境づくりこそ啓発では重要だ。そこで、今月の乳がん月間をテーマにした連載第2回目では、企業が実施している乳がん啓発事例をご紹介。「これなら女性を動かせる!」と編集部の目に止まった事例をピックアップした。いずれも地味なキャペーンだが、「行動変容を起こすための仕掛け方」という点では参考になるはず。

試着室で啓発(ビームス)

時に、ヘルスケア業界にどっぷり浸かっている企業より、業界外の企業の方が発想がシンプルかつ柔軟で啓発が上手い。その好事例の一つが、アパレルのビームス。

ビームスは10月1日から月末まで、国内138店舗の397の試着室に設置している鏡のそばに、乳がんのセルフチェックガイドを掲出する。試着室で着替えるタイミングを狙ったもので、「着替えているついでにセルフチェックしてみようかな」を促す。セルフチェックをするために試着室に長時間こもるのは客の立場からすると気がひけるが、密室かつ洋服を着脱する最中に目に入るので、胸を触るきっかけとしては好条件の環境だ。2017年に始めた取り組みで今年で4回目となる。

【出典】ビームス

試着室内での啓発に加え今年は、セルフチェックガイドをパッケージに掲載した入浴剤も配布する。自宅でのお風呂タイムにセルフチェックを促す啓発アイテムで、ミソはパッケージごと浴室内に持ち込める仕様にしていること。どんなに忙しい女性でもお湯に浸かっている間であれば目も手も暇なので、じっくり読ませられる上に、「胸のチェックしてみようかな」という気にもさせやすい。

よく見かける紙製のリーフレットや冊子では、浴室内に持ち込んでも濡れてすぐにダメになる。脱衣所での壁掛けを想定したリーフレットもたまに見かけるが、こちらも啓発効果としてはさほど大きくはないだろう。どんな女性であれ誰もが何かしらのタスクに追われ忙しい日々を送っている。脱衣中にリーフレットが目に入ったとしても、入浴前にじっくりセルフチェックをする人ははたしてどれくらいいるだろうか?入浴後は入浴後で、スキンケア・ボディケア・ヘアケアに忙しく、小さい子どもと一緒に入浴をする母親であれば、入浴後は子どもの世話に忙しく、自分のセルフチェックどころではない。脱衣所での壁掛けリーフレットも、行動変容促進施策として「妙案!」と言うにはちょっと物足りない。

一方で同社の2つの啓発施策は、どちらも地味ではあるものの女性たちがセルフチェックの行動を起こしやすい現実的なタイミングを狙っている。「日常生活のどんな瞬間に入り込んで啓発するのが効果的なのか?」その視点の持ち方が参考になる事例だ。

【出典】ビームス

【出典】ビームス

 

公衆浴場で啓発(しあわせピンクリボンの湯)

セルフチェックの行動が起きやすいタイミングを狙った上手い啓発事例でもう一つ参考になるのが、「日本列島しあわせピンクバスプロジェクト」による「しあわせピンクリボンの湯」。業務用入浴剤の開発・製造を手がけるヘルスビューティー(愛知・名古屋)が、先代の社長を癌で亡くしたことを機に立ち上げたプロジェクトで、参加施設は乳がん月間に合わせて湯をピンク色に染める。

公衆浴場という特性上、友人や家族と連れ立ってくる人は多い。ピンク色の湯が入浴中の会話のネタになり、一緒にセルフチェックにトライする女性もいるだろう。ちなみに、この湯をピンク色に染めているプロジェクト専用商品は6つの東洋ハーブを含んでおり「美バストに導くエキス」として訴求。「乳がんやセルフチェックには無関心だが、美容ゴトには関心がある層」も、これなら反応して自身の胸に関心を向けるかもしれない。”美バストケア”という乳がんとは別の切り口からも胸に関心を向けさせる点が、効果的な啓発手法として参考になる。

【出典】しあわせピンクリボンの湯

【出典】日本列島しあわせピンクバスプロジェクト

同プロジェクトは2018年に始まり、昨年までに396の施設が参加。今年で4回目の開催となる。以下の写真は今年のプロジェクトに参加した、スーパー銭湯極楽湯の様子。

【出典】極楽湯

【出典】極楽湯

 

未受診理由「痛み・恐怖」に着目した啓発(光文社)

次にご紹介したいのは、検診受診の啓発事例。30代女性を読者に抱える人気女性誌VERY8月号(光文社)に掲載された啓発記事「まったく新しい乳がん検診、試してみました(pp.222-223)」で、マンモグラフィーに抵抗があり検診を受けていないという同誌の女性ライターが、無痛MRI乳がん検診を受診するという趣旨。

一般的な乳がん検診では胸をメディカルスタッフに見せたり触られる上に、マンモグラフィを受ける場合には、乳房を検査機で平たく圧迫する必要がある。中には痛みに耐えられず涙をこぼす女性も。「見せる・触られる・痛い」というイメージがある乳がん検診に抵抗や恐怖を感じる女性は決して少数ではない。実際に乳がん検診を受診しない理由を聞いた調査では、2割の女性が「検査の痛みを避けたいから」と回答している「女性の将来への備えに関する調査,2018」auのほけん

一方で無痛MRI乳がん検診は「痛みなし、見られない、被曝しない」が特徴で、検査着を着て、MRIで15分間ほどうつ伏せで寝ているだけで撮影が完了する。これまで検診受診に抵抗を感じていた女性たちにとって救世主のような検査方法だ。この無痛MRI乳がん検診機器「ドゥイヴス・サーチ」を開発した放射線科専門医で医学博士の高原太郎氏によると、「ドゥイヴス・サーチで乳がん検診を受けた人の7割が『一度もマンモグラフィを受けたことがない』『3年以上マンモグラフィを受けていない』方で占められている(引用:VERY)」とのこと。「痛くないなら検査に行ってみようかな」と思わせる、画期的な機器だ。

さて、この素晴らしい機器を紹介する同誌の記事で参考になるのは、女性が検診を受診しない理由の一つである「痛み・恐怖」に着目し、「受診の壁」を取り払っている点だ。検診受診の啓発というと、乳がん罹患率や好発年齢をリーフレットに掲載し恐怖や危機感を煽るといった手法が多く見られるが、未受診の壁となっている「痛み・恐怖」への不安が取り除かれない限り、そこがネックになっている女性たちは動かない。

啓発キャンペーンで行動変容を促すには、データから女性たちの心理や行動背景を読み解いた上で実直な施策を考えるというマーケティング思考が必要不可欠だ。女性の不満・ニーズを起点にした啓発方法を取ったVERYは、さすが人気女性誌。

 

未受診理由「多忙」に着目した啓発(J.POSH)

女性たちが乳がん検診を受けない理由に着目した啓発事例を、もう一つ見てみよう。乳がん啓発に取り組む認定NPO法人J.POSHが毎年、全国の医療機関と協力して実施しているJ.M.S(ジャパン・マンモグラフィー・サンデー)という取組みで、毎年10月の第3日曜日を「乳がん検診を受けられる日」としている。子育て・介護・仕事・家事などで忙しく、平日に検診に行きにくい女性を対象にしており、今年は378の施設が実施する(10月8日時点)

【出典】J.POSH

【出典】J.POSH

乳がん検診を受診しない理由として「忙しい」を挙げる女性が多いことは、各所の調査で明らかになっている。ワコールが行なった年代別調査では(「乳がん検診大調査,2017」調査対象20〜60歳以上女性)、特に働き世代・子育て世代・ローン世代にあたる40〜50代が忙しさを理由に受診していないことが判明。この世代は乳がんの好発年齢であり、本来であれば検診受診が最も必要な女性たちだ。J.POSHの取組みは、こういった「時間的制約による未受診問題」に着目した現実的な啓発施策だ。

 

 

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