日本独特の避妊事情 〜男性主体の性行為と、弱い立場にならざるを得ない女性たち〜
【世界避妊デー】
若い女性が人知れず公衆トイレなどで出産し、挙句の果てに赤ちゃんを殺害・遺棄するという悲劇が後を絶たない。これらの事件に共通しているのは、意図しない突然の妊娠による不安と焦りを1人で抱え込み、精神的に追い込まれた末に至った犯行であることだ。「怖くて誰にも相談できなかった」「言ったら彼に逃げられると思い言えなかった」「家族には知られたくなかった」「どうすれば良いかわからず日に日に焦りが募った」「中絶するお金がなかった」など、公判で語られる彼女たちの心境を知ると、誰もが複雑な想いに駆られるのではないだろうか。
先日もあるニュースが物議を醸した。愛知県で昨年6月、男性の同意を得られず中絶手術を医療機関に断られ続けた当時20歳の女性が、公衆トイレで出産し赤ちゃんの死体を遺棄したという事件で、懲役3年執行猶予5年の有罪判決を言い渡された。これを報じた読売オンラインの記事(配信:Yahoo!ニュース)には2,000件を超えるコメントが寄せられ、「女性が痛ましい」「男性が罪に問われないのは不条理」「男は捕まらないの?」「女にだけ犠牲を強いる日本」「中絶に男の同意は不要だ」など、女性を擁護する声があふれた。
妊娠は男女によって成立するにも関わらず、意図しない妊娠をした場合は身体的・精神的負担は女性側のみが負うことになり、場合によっては経済的負担までもが女性にかかり、殺人・遺棄という精神状態にまで追い込まれてしまうこともある。意図しない妊娠は圧倒的に女性が深い傷を負うのだ。
9月26日は「世界避妊デー」。意図しない妊娠を減らすことを目指す国際的キャンペーンが各国で行われる日。日本の避妊事情について理解を深めよう。
目次
人工妊娠中絶、日本の実態
人工妊娠中絶の定義
人工妊娠中絶とは、胎児が母体外において生命を保持できない時期(妊娠満22週)に、人工的に胎児と附属物を排出すること(母体保護法)」と定義されており、「妊娠の継続または分娩が、身体的・経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」「暴行・脅迫によって、または抵抗・拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの」の場合に、母体保護法指定医が実施することができる。なお、妊娠満22週を過ぎると中絶手術は受けられなくなる。
男性の同意
中絶手術にあたり相手の男性の同意は “絶対必須”ではない。婚姻関係がある男女の場合は原則として配偶者の同意が必要だが、配偶者が不明な場合・その意思を表示することができない場合、そして、未婚であれば必要はない(前述の愛知県の事件について各メディアは「22週を過ぎるまでの間に女性が男性の同意を得られず、医療機関に断られ続けたために中絶手術を受けられなかった」と報道しているが、本来であれば同意は必要なかった。男性の同意を求める医療機関が存在するのは、中絶後に男性とのトラブルや訴訟などのリスクを回避するためだという)。
人工妊娠中絶の件数は減少
国内の人工妊娠中絶の件数は年々減少しており、昭和30年は年間で117万件であったのが、徐々に減少し近年は15万件前後で推移している。これは避妊をする人が増えたこと、避妊の確実性が上がったことが要因と考えられている。なお令和2年の人工妊娠中絶件数は、145,340件だった(令和2年度の人工妊娠中絶数の状況について,厚労省)。
今の日本の避妊実態、何が問題?
人工妊娠中絶そのものが違法だったり、児童婚の慣習がある国や医療へのアクセスが難しい貧困国と比べると、日本の女性は避妊を選択・実施できる社会環境にいるため、いわゆる「からだの自己決定権」に関する状況は比較的良い方だ。だが日本は日本で、特有の問題が存在する。
問題1:避妊方法の選択は男性が主体、女性は受け身
男性用コンドームによる避妊が主流の日本では、女性が妊娠のリスクを負いやすい。装着の意思が男性側に大きく依存するため女性自らの意思では避妊を確実に実施することができない上に、コンドームが破れたり膣内で外れてしまうなどのリスクがあるからだ。一方で女性のピル服用が一般に広く普及している欧州では、女性自身も主体的に避妊をコントロールする意識があるため、避妊は”男性任せ・ 男性次第”という感覚があまりない。避妊において女性が弱い立場になりやすいのは、男性用コンドームが主流の日本ならではの問題なのだ。
さて、日本の女性たちの避妊方法がわかる調査結果があるので見てみよう。日本家族計画協会が20〜60代の男女を対象に性行為について調べたもので、その中で「現在の避妊方法」を聞いている(ジャパン・セックスサーベイ2020)。以下は20〜60代の女性に聞いた結果をランキング化したもの。圧倒的に多いのは「コンドーム」で、年代別の集計を見ても全年代で1位だった。
- コンドーム… 50.4%
- 膣外射精法… 16.7%
- 経口避妊薬・ピル… 2.7%
- 基礎体温を測る… 1.7%
- オギノ式避妊法… 1.3%
- 膣内を洗う… 1.0%
- 不妊手術… 0.5%
- 子宮内避妊具(IUD/IUS、リング)… 0.3%
- 殺精子剤(錠剤、ゼリー・フィルム)… 0.1%
- その他… 1.9%
- 避妊はしていない… 37.7%
問題2:性行為中に、女性が男性に遠慮
男性の避妊意識が低いことや、避妊したいことを女性が男性に言いづらいことも、意図しない妊娠を引き起こす要因として問題視されている。女性は避妊を希望するも男性に遠慮をし、「コンドームをつけて」と言えないのだ。ヤフー知恵袋や発言小町などの大手質問サイトには、「嫌だと言ったのに、彼が無理矢理コンドーム無しで膣外射精をした。妊娠していないかとても心配…」「嫌だったけど何度も彼に懇願されて、結局許してしまった…。今、生理がこなくてすごく不安…。後悔している」といった投稿が散見される。避妊に非協力的な男性をパートナーに持った女性は、性行為中も性行為後も、次の生理がやってくるまでの間ずっと不安を抱え続けているのだ。
実際にこんな調査結果が出ている。ルナルナが女性を対象に実施した避妊に関する調査(対象:10〜50代女性7,640名,2018年)で、「妊娠を望んでいない時の性交渉時に、パートナーがきちんと避妊しなかったことはあるか?」と聞いたところ、「ある」と回答した女性は5割を超えていた。
- パートナーが避妊しなかったことがある… 52.1%
- パートナーが避妊しなかったことはない… 38.0%
- わからない… 9.9%
続いて「避妊に失敗したと不安になった経験があるか?」と聞いた質問では、「ある」が6割にも上る結果となった。
- 不安になった経験がある… 60.9%
- 不安になった経験はない… 39.1%
調査ではさらに踏み込んだ質問もしている。「パートナーが避妊を怠った時の対処法」を聞いたところ、次の結果に。約半数は避妊するように相手に伝えているものの、3割は「避妊してほしいと言い出せず、そのまま受け入れている」ことが明らかに。男性への遠慮から避妊の意思を貫けない女性たちの複雑な心境が浮き彫りとなった。
- 1位:避妊をするようにきちんと伝える… 45.7%
- 2位:避妊して欲しいと言い出せずそのまま受け入れる …33.8%
- 3位:あまり気にしない …13.9%
- 4位:自分で避妊する …5.4%
- 5位:その他 …1.2%
問題3:女性の低い避妊リテラシー
女性たちの避妊リテラシーが低いことも、意図しない妊娠を引き起こす要因の一つだ。避妊に関する正しい知識がない女性が多い。例えば前述した調査結果を改めて見てほしい。20〜60代女性の避妊方法として2位にランクインしているのは「膣外射精法」。膣外射精法は不確実な方法なので、有経かつ妊娠を希望しないのであれば本来は避けるべきだが、一般的な避妊法として認知・選択されているのだ(ただし、膣外射精法を実施しているのは、「膣外射精をしていれば妊娠はしない」という誤った知識を持っている女性だけとは限らない。上述の通り男性への遠慮から仕方なくこの方法を選択している女性も含まれると考えられる)。
そもそもの問題は、避妊の選択肢を知らなかったり、知っていたとしてもその方法を選択しないなど、避妊リテラシーが十分ではないことだ。ルナルナが避妊方法の認知率と実施率を女性たちに聞いたところ、以下のファインディングスが得られた。
- 避妊方法としてほぼ全ての女性が認知していると言えるのは「男性用コンドーム」と「ピル」で、それ以外の方法については認知率が低いことが判明。避妊方法の選択肢について知識が乏しいことが明らかになった
- 実施している避妊方法として最多は「男性用コンドーム」で、それ以外の方法で避妊する女性は少数。認知率と実施率には大きな乖離があることも判明した
知っていても選択しない避妊方法の代表例が、ピルだ。上記のグラフを見てもわかる通り、認知率は男性用コンドームとほぼ同等にも関わらず使用率は驚くほど低い。これは各所の調査でも明らかにされており、医療・ヘルスケア業界では広く知られている事実だ。
国際比較の調査があるので見てみよう。国連がまとめた避妊薬の使用に関するレポート(Contraceptive Use by Method 2019)で、その中に国別のピルの使用率が記載されている。欧州と東アジアの国を複数ピックアップしたのが以下。欧州は東アジアと比べピルの使用率が高いことがわかる。日本はわずか2.9%にとどまる。
- 中国… 2.4%
- 日本… 2.9%
- 韓国…3.3%
- 香港… 6.2%
- フランス… 33.1%
- フィンランド… 32.1%
- オランダ… 32.7%
- ドイツ… 31.7%
- ポルトガル… 30.9%
- アイルランド… 29.1%
- ノルウェー… 25.6%
日本でピルが普及しない理由の一つが、副作用を心配する女性が多いことだ。避妊のために薬を飲むという考えを持っている人が少なく、ピルを服用しているとしても、その目的が避妊以外である場合が多い。「生理痛の軽減」「生理不順の改善」を目的にした服用は「避妊」を上回っていることが調査でも明らかになっている(ルナルナ,2014)。また「性行為を毎日するわけではないのに、”時々”のために薬を”毎日”飲むのは抵抗がある」という声も聞かれる。薬害を気にする女性からしたら、確かにもっともな意見だ。
ピルは人によっては副作用があり、さらには、当然のことだがコストもかかる。日本は薬の継続服用に抵抗を感じる人が多いことも考えるとピルの一般普及は一筋縄ではいかないが、「避妊を男性任せにしない」「避妊・妊娠のコントロールは女性自身でもできる」という視点を女性たちに持たせて選択肢を広げるという意味では、ピルの周知はやはり必要だ。
問題4:「最後の避妊手段」へのアクセスが困難
避妊の最終手段となるアフターピル(緊急避妊薬)へのアクセスが難しいことも、意図しない妊娠を引き起こすとして問題視されている。アフターピルとは避妊に失敗した後に緊急的に服用する避妊薬のことで、72時間以内(あるいは120時間以内)の服用により体を妊娠しない状態にする。「最後の避妊手段」とも呼ばれており、妊娠を希望していない女性が避妊に失敗した時に最後に頼れる救世主的存在だ。
だが、このアフターピルの入手は決して手軽とは言えない。医師の診察が必要な上に、ピルの購入は1〜2万円と高額だ。特に経済的余裕がない学生や貧困状態にある女性にとってハードルはかなり高い。また、医療機関が閉まっている休日・夜間に服用の必要が生じた時や、医療機関から遠い場所に住んでいる場合にも困難が生じる。72〜120時間以内の服用という制約がある中で医師の診察を必須とするのは、女性にとって実に大きな不安材料となる。ちなみに世界を見渡すと約90カ国では薬局での購入が可能で、かつ、数百円〜5,000円程度と、日本と比べると安価だ(#緊急避妊薬を薬局でプロジェクト調べ)。アフターピルへのアクセスにおいて、日本は世界から大きく遅れを取っているのだ。
ちなみに、この状況改善に向けた国による取り組みは、この4年で検討、停滞、検討再開という流れを辿っている。2017年に厚労省が薬局での販売(スイッチOTC化)に関する検討会を実施したが、アフターピルの悪用・乱用の懸念や、薬剤師が専門知識を有する必要があるなどを理由に否決された。だがその後、市民団体による働きかけにより、検討会の再開が今年6月に決定した。可決されれば医師の診察を受けなくても薬局で購入できるようになる。
避妊問題やSRHR、なぜ今?
避妊に関する社会問題は各国の慣習や法によって異なり、本稿で見たきた通り、日本には日本特有の問題が存在する。だがそれよりも問題だったのは、女性のSRHR(性と生殖に関する健康と権利)に関してこれまで活発な議論が進められてこなかったことだ。SRHRについて初めて世界で言及されたのは1994年と随分と昔になるが、日本で行政や医療者以外の人にも知られるようになったのはごく最近。ここ1〜2年ほどだ。
なぜ今になりSRHRへの社会的関心が急速に高まったのか?それはSNSの普及、女性の活躍推進、女性の健康経営、生理・フェムテックブームなど、女性を取り巻く様々なトレンドが近年になり連続的にやってきたことで、女性たちが声を上げやすい環境になったことが理由として挙げられるだろう。特に生理・フェムテックブームによる影響は大きく、アクティビストや女性起業家らが積極的に意見を発信するすようになったことで、生理・更年期・妊活・性・生殖・子どもの性教育など、これまでタブー視されてきた領域の話をオープンに語れる空気が醸成されてきた。変革期がようやく到来したのだ。
先進国である日本にいるとSRHRを日常的に意識することは少ないが、冒頭で記した事件が後を絶たないのは避妊を取り巻く社会的問題が解決されていないからであって、実は日本人にとっても身近なトピックなのだ。
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