待ちわびたSRHR元年 「セクシャルヘルス」の潮流を女性ヘルスケア事業に活かす

人気漫画「生理ちゃん」の映画化、性教育本のベストセラーランクイン、緊急避妊薬のアクセシビリティ改善を求める抗議。世界まで見渡せば、#me too運動にフェムテックブーム。こういったヘルスケアトレンドの流れに、「女性性に関する話が最近は随分とオープンになったな〜」と感じる人は多いだろう。これらはいずれも、いわゆる“SRHR”が包含するトピックであり、女性のセクシャルヘルスを語る上で欠かせない。1994年の国際人口開発会議で提唱されてから25年、ようやく日本にもSRHRの波がやってきた。この潮流は日本女性のヘルスケア意識・行動・消費・生き方、あらゆる場面で変化を起こすだろう。SRHRの広がりを生活者レベルで見つめると、ヘルスケア企業が取り組むべきことが見えてくる。

SRHRとは?

1994年、国際的な新概念として誕生

SRHRとは、Sexual and Reproductive Health/Rights(セクシャル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)の頭字語で、意味は「性と生殖に関する健康と権利」。1994年にエジプト・カイロで開催された国際人口開発会議(ICPD/カイロ会議)で提唱された概念で、以後、世界で広く認識されるようになった。「性と生殖に関する健康と権利」のうち“健康”は、性や子どもを産むことに関わるすべてにおいて身体的にも精神的にも社会的にも良好な状態であることを指し、“権利”は、自分の意思が尊重され、自分の身体に関することを自分自身で決められる権利のことを指す。

要は、誰もが性・生殖に関して自由に選択できる権利を持ち、誰もが健康的な性的活動・生殖活動ができる社会を実現するための概念で、貧困、医療格差、男性中心主義・男性優越主義による女性差別や性暴力、性感染症、異性愛規範をベースにした性的マイノリティーへの差別など、性・生殖に関する様々な問題を解決するために掲げられた。この概念は女性のみを対象にしているわけではないが、性・生殖において特に不利益を被りやすい女性・若者・子どもが主な対象とされている。

SRHRが浸透すると世界はどうなる?

先進国である日本に住んでいると、特に男性は「性・生殖に関する選択の自由や健康…?」と、いまいちピンとこないかもしれないが、世界レベルでは児童婚、女性器切除、HIV流行、妊産婦死亡、死産・新生児死亡の問題を抱える国・地域があり、国内では性暴力、セクハラ、マタハラ、性感染症、望まない妊娠による10〜20代の人工妊娠中絶、幼児虐待、未婚女性や子を産まない選択をする女性に対する偏見、遅れている性教育といった問題がある。

だが、これらの問題が解決された社会=性・生殖に関する選択の自由や権利が浸透した社会が実現すれば、それはUHCの達成につながり(※1)、そしてSDGsの達成へとつながる(※2)。世界的にSRHRに関する取り組みが積極的に進められているのは、その先にあるUHCとSDGsの達成に大きく寄与するからだ。(※1)UHCとSDGsの関係については、厚労省のHPで詳細を確認できる。(※2)SHRHとUHCとSDGsの関係については、IPPF(国際家族計画連盟)がまとめたレポートで確認できる。

少々ややこしいので、SRHR、UHC、SDGsの関係性を図でまとめよう。次のようなイメージだ(画像はクリックで拡大可)

 

誕生から25年、SRHRはどうなった?

SRHRの概念を生んだ国際人口開発会議から25年が経過した2019年11月、ケニア・ナイロビでナイロビサミットが開催され、170カ国の政府機関、市民社会、ユース団体、企業などが参加した。25周年を機にSRHRの振り返りが行われたことで、世界・国内で改めて女性のSRHRへの関心が高まった。

世界のSRHRはどうなった?:改善進むも、課題は山積み

サミットではSRHRに関してこの25年の間に世界全体で改善したこととして「妊産婦死亡の44%減少」がを挙げ、同時に今後世界で取り組むべき項目を「ナイロビ声明」として発表した。以下はその一部。参考:国際協力NGOジョイセフ

  • 予防可能な妊娠・出産による妊産婦の死亡をゼロに
  • すべての若者が正しい知識と情報を入手し、自身でSRHRの選択ができるように
  • ジェンダーに基づく暴力と児童婚やFGMなどの有害な慣習をゼロに
  • 家族計画サービスへのアクセスが満たされない状況をゼロに
  • SRHR、ジェンダー平等などICPD行動計画を実施するための国際的予算の増
  • ICPD行動計画とSDGsおよびアジェンダ2030を達成する行動と資金調達への努力を加速し、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)実現の一環としてSRHRへの普遍的アクセスを達成

その中でも特に優先すべき課題として強調したのは次の3つ。

  • 予防可能な妊娠・出産による妊産婦の死亡をゼロに
  • 児童婚などの有害な慣習とジェンダーに基づく暴力をゼロに
  • 家族計画サービスへのアクセスが満たされない状況(アンメットニーズ)をゼロに

日本のSRHRはどうなった?:日本特有の問題が顕在化

性被害、改善されず

では、日本はこの25年間でSRHRはどう進歩したのか?減少基調が始まったタイミングに違いはあれど、性感染症全体の報告数の減少、妊産婦死亡率の低下(※2)、人工妊娠中絶数の減少、死産数の減少など、特に母子保健領域で改善が進んだ(ただし例えば人工妊娠中絶数は、減ったと言っても今なお年間で16.2万件/2018年。引き続き改善が必要だ)。改善が進んだ領域がある一方で、強姦・強制わいせつ認知件数はこの25年間で急増したり減ったりと、特に大きな改善は見られない。

(※2)日本の妊産婦死亡率は世界的に見てトップクラスの低水準。戦後までは高率だったが、1950年代から大きく低下した。

女性たちがジェンダー格差を認識

その他、SRHRにおける国内の変化と言えば、女性自身の意識が25年前よりも格段に強まったことだろう。その一つが男女格差。女性の高学歴化や社会進出によって、「ガラスの天井」「ワンオペ育児」「職業におけるエイジズム」に代表される男女格差を実感する場面が増え、それに加え近年は、世界経済フォーラムが発表するグローバル・ジェンダー・ギャップ指数によって日本の男女格差が明白に可視化されたことで、問題意識が急速に高まった。SNSの浸透で女性たち個々が自由に声を挙げられる時代になったことも後押ししている。

性教育の遅れ

日本のSRHRにおいてもう一つ認識しておくべきが、性教育の遅れ。世界と比べ日本の性教育は遅れている上にかつその内容が曖昧であることが指摘されており、例えば、具体的な避妊方法など重要な視点が抜け落ちていることが性教育における問題点として浮上している。

例えばドイツの学校では、性・生殖を生物学のように捉える教育が行われ、授業では避妊具や避妊薬が生徒たちの机に並べられ、生徒らは実際に手にとって避妊方法を学ぶという。日本と比べると随分とオープンだ。日本と諸外国との違いについてはNHKが取材記事を掲載しているので、そちらをご覧いただきたい。ドイツと台湾の例を紹介している。

性教育の遅れは、特に女性側に大きな悪影響を及ぼす。性・生殖に関する正しい知識がなければ、望まない妊娠・人口中絶、性感染症への罹患、性感染症による不妊症など、女性は心身に大きなダメージを受けることになる。望まない妊娠で出産をすれば心の準備がないまま母親になるため、子どもを虐待したり、貧困に陥るケースも出てくる。計画的な家族計画や生殖活動が妨げられることで、キャリア形成を中断せざるを得ない女性も。こういった女性側に降りかかる問題を解決するためには、計画的かつ実践的な性教育が必要なのだ。

なお、国際的な性教育の指針として性教育のスタンダード「国際セクシュアリティ教育ガイダンス(ITSE)」がアナウンスされている。以下の領域を学ぶ(日本語訳での確認はこちら

  • 関係性(家族、恋愛関係、子育てなど)
  • 価値観、権利、文化、セクシャリティ
  • ジェンダーの理解
  • 暴力と安全確保
  • 健康と幸福のためのスキル
  • 人間のからだと発達
  • 性と生殖に関する健康

 

SRHR元年2020、潮流を感じる女性トレンド

2019年後半はSRHRの重要性が世界的に再認識された年だった。前述のナイロビサミットではSRHR誕生から25年が経過し、これまでの振り返りと今後の課題が提示され、また同年9月に米・ニューヨークで開催された国連ユニバーサル・ヘルス・カバレッジハイレベル会合では、UHC政治宣言の中でSRHRの必要性が明言された。特に女性を対象にしているこの世界的なSRHRの流れは今後、国・自治体による施策、医療サービス、民間企業の商品・サービスといった形で生活者レベルにまで落とし込まれていく。その波を感じさせる動きが今年に入ってから起きている。具体例を見てみよう。

性教育本、ベストセラーに

子ども向けの性教育本が最近増えている。もちろん以前から性教育関連の書籍は発売されてきたが、特に今年は発売が相次いでいる。その中でも特に人気なのが、アマゾン書籍の「子育て」カテゴリーでランキング1位の(2020.9時点)おうち性教育はじめます」。

家族で取り組む性教育

おうち性教育はじめます 一番やさしい!防犯・SEX・命の伝え方

 

3〜10歳の子を持つ親向けに、性器に関すること、妊娠の仕組み、性関連の病気、性行為などのトピックを親子一緒に学べる内容で、購入者の評価は総じて高い。

・学校ではセックスや妊娠、避妊について教えないから、家庭での性教育は必須

・日本では、詳しく正しい知識に出会える機会がほぼ無いまま、誤った知識に触れて、その認識のまま大人になってしまっているのが現状だと思うので、(そのせいで差別や偏見などが生まれていると思うので)身近に子供が居なくても、是非とも読むのをおすすめしたいです

・「性教育」で想像する内容は、今までの人生で、なんだか触れてはいけない雰囲気で取り扱われ、友人から聞いた話やネットで知ることがほとんどでした。そこにはたくさん誤解や偏見があると気付いたのはずっと後です。息子にはこの誤解や偏見はなくていいものだと知って欲しいです。

・性教育というとアダルトなこととどうしてもリンクしてしまっていたが、それは性教育のほんの一部であり、本来は心身ともに自分や相手を大切にすることにつながるということを、まだ子どもが小さい(2歳)のうちに学べたのがとても良かった。理論だけでなく実践的であり、子供にどう伝えればいいか、具体的なセリフの文があるのがとても良かった。(引用:アマゾン)

 

スマホで学べる性の教科書、2020年6月オープン

性と生殖に関するトピックを網羅した情報サイト「セクソロジー」が今年6月にオープンした(運営:公団1moreBaby応援団)。国際セクシュアリティ教育ガイダンスに基づいた内容で、「ジェンダー」「セックス」「避妊」「中絶」「性感染症」「人権」「性暴力」「ポルノ」「インターネット」「ボディイメージ」など様々な視点から性・生殖に関することを学べる。

性・生殖に関するネット検索は恥ずかしくて調べるのは気が引けるという人は多いが、セクソロジーはそういった雰囲気がなく、HPデザインがおしゃれなので見るのに抵抗がない。性別・年齢問わずサイト訪問しやすい世界観は、性教育に対するハードルを下げている。大人も改めて知っておくべきトピックが、わかりやすくまとめられている。ぜひ一読を。

避妊のアクセシリビティ改善を、10万人が署名

今月7日政府は、緊急避妊薬(アフターピル)を薬局で購入できるようにする方針を固めたことを発表した(2021年の導入目指す)。緊急避妊薬とは性交直後72時間に服用することで妊娠を高確率で避けられるもので、性暴力や避妊に失敗した女性が使用する。

世界86カ国では医師の診察なしで購入できるのに対し、日本では医師の処方箋がなければ入手できず、さらに10,000円〜15,000円という高さ。緊急時に服用するものであるのに、医療機関の受診が必要な上に高価格であることから、誰もが手軽に対処できる方法ではない。ましてや、人工妊娠中絶が多い10〜20代女性や低所得の女性であればなおさらだ。

こういった現状に対し以前から改善を求める声は上がっていたものの進展は見られず、最近になりSNSなどで女性たちが批判の声を上げるようになったことで変化が起き始めた。セクシャルヘルスに関する活動をしているNPO法人ピルコンの染谷明日香さん、産婦人科医の遠見才希子さん、「#なんでないのプロジェクト」の福田和子さんがオンライン署名プラットフォーム「Change.org」で立ち上げた緊急避妊薬アクセス改善を訴えるキャペーンには、約10万人がすでに賛同している(現在もその人数は増加中)。ツイッターにも、「#なんでないの」のハッシュタグで投稿が集まっている。

来年から緊急避妊薬を薬局で購入できるようになるということは、女性の性と生殖に関する自由と健康が改善されるということ。避妊に関する低いアクセシビリティがこれで完全に解消された訳ではないが、国内におけるSRHRが前進したことを実感するニュースだ。

性・生殖における男女格差を指摘した記事が話題に

日本の避妊は世界的に見て遅れている上に、性・生殖について明らかな男女格差が見られる。緊急避妊薬のアクセシビリティが2020年になりようやく改善されたこともそれを象徴する事例だが、経口避妊薬についてもそうだ。男性向けのバイアグラはわずか半年で承認されたのに対し、女性の経口避妊薬の認可は、世界で最も遅く44年もの年月がかかった。これについて前述の福田和子さんが女性誌FRaUのweb版(講談社)で記事(2020.9.29)を執筆している。「日本には男女格差はない」と首をかしげる人は多いが、避妊の歴史を見れば否定はできないだろう。

 

SRHRの潮流を、女性のヘルスケアマーケティングへ

SRHRは特に途上国で必要とされるイメージを持つ人もいるが、途上国と先進国ではそもそも改善すべき領域が異なる。途上国は主に母子保健や児童婚など、女性の安全・安心・健康に重点が置かれているのに対し、高水準の母子保健を実現している日本の場合は、本稿で見たきた通り、途上国とは異なる日本ならではの改善領域がある。

妊娠・出産を機に(本当は辞めたくないのに)仕方なくキャリアを諦めて仕事を辞める女性がいること、子どもを産むことが当たり前という思考から、子を持たないDINKsやシングル女性を不思議がったり冷ややかな目で見ること、職場でのセクハラ・マタハラが解決されないこと、乳がんや子宮頸がんなど女性特有の病気に対し危機意識が低く検診受診率が低いことなどがそうだ。女性の性・生殖に関して自由と健康を求める声は、生活者レベルでこれから方々で高まるはずだ。SRHRはヘルスケア産業と密接に関わる概念。この潮流をリードしていく女性生活者に、ヘルスケア企業がどう歩調を合わせていくべきか?マーケティグ施策を今からしっかり吟味する必要がある。

 

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