【2022年トレンド⑥】デジタルの“負”に商機、デジタルウェルビーイング
ウーマンズが毎年2月に発表する恒例の「女性ヘルスケア市場のトレンドキーワード」。2022年は7つのキーワードを発表した(下記)。本稿では「デジタルウェルビーイング」について解説。
近年のヘルステックブームに加えコロナ禍による生活様式の変化により、デジタル化はヘルスケア業界でも急速に進んでいる。デジタルを駆使したマーケティングが活発化し、オンライン診療、ネット通販、オンラインでのコミュニケーション、VR旅行など、消費の利便性はこの1年で格段に高まった。
だがデジタル化による恩恵を受ける消費者がいる一方で、デジタルデバイド問題、ネット依存、ゲーム依存、ネットいじめといった、デジタル時代ならではの社会問題は取り残されたまま。そこで注目されているのが、「デジタルウェルビーイング」。デジタルに“依存”するのではなく“共存”する道を探る、という概念が広まり始めている。国内では、“スマホ依存”を逆手に取り“スマホ共存”を前提にしたヘルスケアアプリも登場。どうやら、デジタルウェルビーイングの視点を持つと新たな商機の発見にもつながるようだ。
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- 関心層にも無関心層にも、意識させないヘルスケア
- 病気と共生する時代へ、商機は3次予防ソリューション
- 自宅で簡単・本格的に、2次予防ソリューションが活況
- マジョリティは高齢者、エイジテックの急伸
- デジタルの“負”に商機、デジタルウェルビーイング(◀︎今回はココ)
- 加速するアクティブ・エイジング
目次
デジタルウェルビーイングとは?
デジタルウェルビーイングとは、デジタルと良好な関係を築きながら心身の健康や幸福を構築・形成することを指す。心身の健康や幸福を崩さないようデジタルと上手に付き合っていこうという捉え方もあるが、どちらかというと、デジタルを適切に使いこなすことでメリットを最大限に享受して心身の健康・幸福度を高める、というポジティブな側面が強調される。
スマホやパソコンの使用を一定時間断って過ごす「デジタルデトックス」が流行ったことがあるが、これは、スマホ中毒やSNS疲れなどデジタルの負の部分に着目し、デジタルと物理的・精神的に距離を置くという”行動”そのものを指していたのに対し、「デジタルウェルビーイング 」は、”心身の健康・幸福”と”デジタル”のバランスを取りながら共存を目指す。
この言葉が使われ始めたのは2018年。グーグルが開発者向けに開催したイベント(Google I/O 2018)の中で、デジタルウェルビーイングの必要性に触れながら、同社開発のOSであるアンドロイドに新たに搭載するデジタルウェルビーイングの機能を紹介したことで、世界的に注目されるようになった。
それまで心身の健康を壊す悪者と見られていたデジタルの提供者であるビッグテック企業自らがこの社会課題に向き合ったインパクトは大きく、業界に新しい風を吹き込んだ。
各所の定義・解釈
デジタルウェルビーイングを一言で説明するなら、広義では「デジタルとの共存」だが、細かい定義や解釈は各所や専門家によって多少異なる。それぞれがどのように言語化しているのか、参考になる記事があるので紹介しよう。デジタルウェルビーイングに特化した英国のバーティカルメディア「digitalwellbeing.org」は、ユネスコやグーグルなど各所のデジタルウェルビーイングの定義34事例を集めている(2022年8月時点)。
その中からいくつかの事例を以下にピックアップしたが、要はいずれも、「デジタル利用によるデメリットを排除して、メリットを享受する」ことを中心に据えており、具体的には「デジタル利用が心身の健康を害さないこと」「デジタルを利用することで、健康・人間関係・ワークライフバランス・生活の安全性・労働生産性などが良好な状態になり幸福度が高まること」を目指している。
- デジタルメディアの使用による、中長期的な人間の幸福の向上と改善(ユネスコ)
- デジタル技術が自分の意図をサポートしてくれたときに達成される満足の状態 (Google)
- デジタル技術が安全性、人間関係、または精神的および身体的健康に悪影響を及ぼさないようにする(OpenLearn)
- 身体的および精神的な健康をサポートするポジティブな方法でテクノロジーを使用する (Qustodio)
- デジタル技術の使用を伴うすべての活動を考慮して、総合的に健康的な生活を送る能力。たとえば、ソーシャル メディアの健全な使用、ネットいじめやその他の虐待行為の防止など(100ED)
- デジタルウェルビーイングは、通信やセンサーなどの情報技術が、人々の健康で長生きするのに役立つ方法にまで及ぶ (ポーツマス大学)
- デジタル環境における個人の健康、安全、人間関係、ワークライフ バランスの管理 (デジタル ウェルビーイングのためのデザイン思考)
- 健康を促進することを主な目的としたデジタル体験の概念化、設計、開発。つまり、ネガティブな影響を軽減し、ポジティブなデジタル体験を通じて人間が繁栄できるように設計することを目的としたテクノロジー(Claudia Daudén Roquet , Corina Sas)
- 個人、家族、および組織がデジタル技術を使用して、注意散漫、依存、健康などのデジタル技術の悪影響を経験することなく、生産的に働き、社会的関係を促進し、バランスの取れた方法で健康的な生活を維持できることを意味する(イ・ウチン,キム・ジェジュン) (引用:What is Digital Wellbeing? A List of Definitions)
デジタルウェルビーイングが必要なのは誰?
デジタルウェルビーイングはネットやデジタルデバイスを用いるあらゆる人にとって必要なものだが、特に必要なのは子どもと高齢者。デジタルとうまく共存できないことで、健康被害のみならず家族や友人との人間関係の悪化や社会的問題も引き起こしている。
子ども:ネット依存による問題
子どもにおけるデジタルウェルビーイングでは、ネット依存による心身の問題や家族的問題・社会的問題の解消に焦点を当てるべきだろう。
今の小学生・中学生・高校生のネット利用率はほぼ100%に近く(小学生96%,中学生98.2%,高校生99.2%。令和3年度 青少年のインターネット利用環境実態調査)、ネット利用で用いるデバイスの最多はスマホ(70.4%)。次いでゲーム機(61.2%)、テレビ(47.8%)、自宅用のパソコンやタブレット(46.4%)、学校から配布・指定されたパソコンやタブレット(43.1%)と続く。今や子どもたちにとっても、ネットは大人と同様に生活必需品だ。
子どものネット利用率の上昇で指摘されるようになったのが、ネット依存。医学的な定義は定まっていないが、国立病院機構 久里浜医療センターでは、「ネットの過剰使用が認められ、それにより明確な体・心の問題(低栄養、体力低下、骨密度低下、睡眠障害、感情をコントロールできない、うつ状態)が生じている、あるいは、明確な家族的・社会的問題(家族関係の悪化、遅刻、不登校、成績不振、退学)が生じている場合を”ネット依存”と診断し治療を始める」という(参考:NHK「ネット依存症とは?問題点や健康への影響、原因と対策について」)。
厚生労働省研究班によると、国内のネット依存が疑われる中高生は93万人に上ると推計されており(2017年)、コロナ禍によるオンライン学習や在宅時間の長期化で、依存傾向はさらに強まる可能性があると言われている。ネット依存による健康被害や家族的・社会的問題の誘発をどう回避すべきか、子どものデジタルウェルビーイングは急務だ。
高齢者:デジタルデバイド、ネットリテラシー
一方で高齢者におけるデジタルウェルビーイングでは、デジタルデバイドの解消やネットリテラシーの向上に焦点を当てる必要がある。
高齢者のネット利用率は年々上昇しており、特に60〜70代においては広く浸透している(60代のネット利用率は82.7%,70代59.6 %,80歳以上25.6%。令和3年版 情報通信白書)。とはいえ、通販でのオンライン決済に不安を感じたり、スマホやネットに苦手意識がある人が未だ大多数だ。ネットやスマホ・パソコンの利用による恩恵を十分に受けていないため、高齢者のデジタルウェルビーイングは不十分だと言える。
高齢者や超高齢社会による社会課題をテクノロジーで解決する「エイジテック」が今世界的に注目されているが、エイジテックの開発に乗り出すなら、ソリューションとしての機能的役割の追求のみならず、デジタルウェルビーイングの徹底した配慮も必須だ。
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デジタルと人間の良好な共存を実現、企業事例
ここで一つ、「デジタルとの共存」をシンプルに実現したサービス事例を紹介しよう。ネットサービスを開発するギジン株式会社(宮城・仙台)は今月、入眠をサポートするゲームアプリ「さわって眠れる睡眠アプリ – 睡眠観測」をリリースした。参考にしたいのは開発の着眼点で、スムーズな入眠や快適な睡眠のためには「睡眠前にスマホを触らない」が定説の中、同アプリは眠りながらスマホを触らせる仕様にしている。謳い文句は「スマホを触って撫でるだけでいつの間にか眠ってしまいます」。使い方はこうだ。
- 自分好みの世界観や音楽を選択
- ゲーム開始(以降は無料体験版で提供している夜空の世界観でゲームをする場合の手順)
- 目を閉じながら指で画面を撫でる(画面を見る必要はない)
- 流れ星が音と共に画面内の夜空に出現する
- 画面を撫でている指が流れ星をキャッチするとスコアが上がる
- 3〜5を繰り返していると自然と眠りにつく
開発者は「寝る時はスマホを手放す」という常識に疑問を感じ、スマホを触りながら眠れるアプリを開発しようと、目を閉じながらスマホを触る使い道を模索。たどり着いたのが、入眠に最適なゲームだった。
今までは、寝るときにはスマホを手放すことを当たり前に思っていました。本来、スマホをさわっている時間は、誰に気を使うこともなく、リラックスしているはず。癒やしの時間を与えてくれるのがスマホなのに、なぜ眠るときに手放すのか?
もしかして目を閉じてスマホをさわる使いみちが開発されていないからでは?目を閉じながら楽しめるコンテンツがあれば、睡眠導入に役立つアプリが作れるかもしれない。(source)
これこそ、デジタルウェルビーイングの定義である「デジタルと人間の良好な関係作り」を起点にしたサービス開発だ。デジタル利用によるデメリットを排除しつつ、デジタル利用のメリットを享受できるUI/UXを実現している(以下は同アプリ紹介動画)。
デジタルウェルビーイングに取り組む他の事例は、「デジタルウェルビーイング」の生みの親であるグーグル。アンドロイドOSを搭載するスマホに、デジタルウェルビーイングのための様々な機能を備え付けている。他、以下の記事ではヤフーと講談社の取り組みも取り上げている。
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デジタルウェルビーイングは、CSR?商機?
デジタルウェルビーイングに取り組むべきは、SNSのプラットフォーマー企業やテック企業だけでなく、ネットショッピング、アプリ、ネット広告、オンラインコンテンツを提供する全ての企業だ。極論、自社のHPを持っている企業であれば考えるべきだろう。
ただ、どのような視点でどのような機能・UI・UXを組み込んでいくべきなのかは、前例となるロールモデルが少ないので発想は難しいかもしれない。まずは前述で紹介したアプリ開発者のように、ネット利用によるデメリットに着目したり常識を疑ってみるところから始めてみてはどうだろう?デジタルウェルビーイングはCSRの観点から取り組もうとする動きが目立つが、新たな商機につながるかもしれないし、ユーザーのLTV向上に寄与するかもしれない。
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