防災領域のジェンダー格差と女性ニーズ 〜健康問題・性暴力・要配慮者のケア〜
毎年9月1日は防災の日。ヘルスケア業界のビジネスパーソンが考えたいのは、防災領域の女性ニーズ。当事者にならないと気づきづらいが、災害時・避難時は健康問題や性暴力など女性特有の問題が発生する。自分・家族の年齢やライフステージによっても抱える問題は異なり、近年になり防災領域における女性への無配慮が指摘されるようになった。これまで見落とされてきた防災領域の女性視点とは何だろう?
目次
防災の日とは?
1960年に国が制定した「防災の日」は、災害(地震、津波、台風、高潮など)に関する認識を深め、災害に対処する心構えを準備する日。関東大震災(死者・行方不明者10万人以上)が1923年9月1日に発生したことから、この日に制定された。1982年以降は9月1日を含む8月30日〜9月5日までを防災週間としている。
人々の防災意識が強まったのは2011年の東日本大震災。以降、頻発する地震や大雨・台風による災害の影響から防災ニーズが高まり、災害時・避難時に使える商品・サービスの充実化が進み始めた。
防災領域のジェンダー格差
東日本大震災で、女性への無配慮が問題に
防災意識の向上と同時に新たな社会問題として関心が高まったのは、防災領域における女性への配慮。東日本大震災発生当時、避難所には国内外から様々な物資が提供されたが、女性用物資が不足しており、また、避難所内での女性への配慮が欠けていたことや女性特有の健康問題などが指摘された。生理用品、着替え場所、授乳場所、トイレ・風呂、ストレスによる月経不順などだ。
避難所における問題というと「雑魚寝でひどい睡眠環境」「プライバシーがない」「運動不足」など男女に共通した劣悪な環境が取り上げられることが多いが、よりひどい苦痛を強いられているのは女性で、ここに「災害時の安心・安全」におけるジェンダー格差の問題がある。東日本大震災女性支援ネットワークによる調査(東日本大震災「災害・復興時における女性と子どもへの暴力」に関する調査 報告書,2013)によると、震災後の避難所生活の中で、強姦未遂、のぞき、ストーカーなどが起きていたという。
・避難所で、夜になると男の人が毛布の中に入ってくる。仮設住宅にいる男の人もだんだんおかしくなって、女の人をつかまえて暗い所に連れて行って裸にする。周りの女性も「若いから仕方ないね」と見て見ぬふりをして助けてくれない。(20 代女性)
・避難所で深夜、強姦未遂。「やめて」と叫んだので、周囲が気づき未遂に防いだ。加害者も被害者も被災者だった。110番通報したので、警察官が事情聴取したが、被害女性が被害届を出さなかった。(50 代女性)
・授乳しているのを男性にじっと見られる。警察に連絡したら、巡回の回数が増やされ た。その後、授乳スペースが設けられた。(30 代女性)
・震災後に離婚した。それを知る男から、「守ってあげる」と言われて、避難所の布団 のそばにいるなどのストーカー行為を受け、トイレに逃げたりした。その後、避難所からも逃げて転々としている。(年齢不明女性)
災害・避難時の女性特有のストレス・ニーズ・困りごと
女性はその他にも様々なストレスや困りごとを抱えている。各所が実施した調査やメディアの記事、SNSをリサーチしたところ、災害時・避難時の女性特有の問題として以下のケースが挙げられることがわかった(以下は編集部視点での分類)。
<男性の存在から受けるストレス>
- 見知らぬ男性がすぐそばで寝ている
- 雑魚寝のため、寝ている姿を男性に見られる。怖くて、落ち着いて眠れない
- 男女共同が嫌で、トイレ、お風呂、着替えを我慢する
- 洗濯して干しているものを見られて気持ち悪い
- 男女共同のトイレで生理の時にナプキンを変えづらい
など
<女性特有の健康問題>
- 避難所生活のストレスで月経不順に
- 避難所生活のストレスでPMS悪化、対処に困っている
- 避難中の生理痛。薬の不足やケア(入浴やカイロで体・お腹を温める)ができず困っている
- トイレを我慢して膀胱炎に
- 妊娠中の避難。ストレスが胎児に影響しないか不安
- 出産直後での避難所生活。慣れない避難生活のストレスに加え、育児と自分のメンタルケアができず不安
- ひどい冷えで、対処に困っている。特に冷えがひどくなる更年期以降の女性で深刻
- 避難所生活のストレスで、うつ病を発症
など
<乳幼児・子どもの心配>
- ミルクやオムツの不足が心配
- ストレスや疲れ、緊張などから母乳が止まってしまうかもしれない不安
- 人前での授乳に抵抗がありストレス
- 避難所内で子どもが泣き出したり夜泣きをすると、周囲の人の目線が気になりストレス
- 授乳中の避難所生活。食事が母子ともに栄養バランスの点から十分なのか不安
- 子どもの心身のケアが十分にできず心配
- 思春期の子どもが性的被害に遭わないか常に心配
など
<その他の要配慮者のケア>
- 高齢の親や義親のケア。運動不足や栄養不足は特に深刻な問題につながるので注意が必要
- 障がいを持つ親、夫、子どもを避難所で十分にケアできるか不安
- 食事療法が必要な家族がいるが、避難所内では食事の調整が十分に対応できない
など
<自身の持病・不調のケア>
- 突然の避難で、持病・不調の対策がおろそかに。悪化しないか不安
- ストレスによる持病・不調の悪化が不安
- 乳幼児や要配慮者が家族にいると、そのケアに精一杯で自分のケアまで手が回らない
など
進む「女性視点」の活用
防災会議に占める女性委員を増やす(各自自体)
東日本大震災で女性への無配慮が浮き彫りとなったことを受け、国はその後、災害時における女性視点の活用を推進。災害時のあらゆる局面で男女のニーズの違いに配慮するとともに、防災・復興に係る意思決定の場への女性の参画を推進するよう各自治体に求め、全国的な対策が始まった。
女性の参画を推進したのは、各地域の防災会議における女性委員の割合が少ないという問題を是正するため。そもそも災害時の物資や避難所生活で女性への配慮が圧倒的に不足していたのは、防災会議を仕切る人のほとんどが男性だったことが理由として指摘されている。男性主体で備蓄や避難所設計を行うため、生理用品、着替え場所、授乳場所、性的暴力や嫌がらせから女性を守るといった女性視点が抜け落ちていたのだ。
2004年に47都道府県に調査を行ったところ、「防災会議に女性委員がいない」と回答したのは19団体で、4割の都道府県が女性委員不在のまま防災会議を進めていたことがわかった。東日本大震災の2年後には女性委員がいない防災会議は皆無となったが、それでも今なお女性が占める割合は低く、2019年時点の調査では、全都道府県のうち39の団体において、防災会議に占める女性の割合が20%以下にとどまっている(内閣府「地方公共団体における男女共同参画社会の形成又は女性に関する施策の推進状況」令和元年度)。
合わせて読みたい記事
女性視点の防災ガイドライン(内閣府)
男女共同参画の視点から内閣府は、「災害対応力を強化する女性の視点 〜防災・復興ガイドライン〜,令和2年5月」を策定した。子どもや女性の避難所での安全確保、要配慮者への対応方法、避難所の空間設計の方法などをまとめている。
写真付きの災害支援事例集(東日本大震災女性支援ネットワーク)
上述のガイドラインよりも読みやすく理解しやすいのは、東日本大震災女性支援ネットワークが発行した冊子「こんな支援が欲しかった!現場に学ぶ、女性と多様なニーズに配慮した災害支援事例集」。
被災者と言っても、性別、性自認、年齢、障がいの有無、国籍や母語の違い、家族構成や就労状況によって必要とされる支援が異なる点に着目し、東日本大震災の支援活動の事例を集めたもの。写真付きでまとめているので、防災時の現場の様子や女性の困りごと、支援策を具体的にイメージできる。こちらを見ると、(よくよく考えれば当たり前のことなのだが)防災時には多様なニーズや困りごとが発生することがわかる。
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