女性のヘルスリテラシーが低いのは、なぜ?
女性の医療・健康分野の研究は歴史的に長い間置き去りにされてきたが、昨今のフェミニズムのムーブメントやフェムテックブームの到来が強力な追い風となり、各国・各社が努力を注ぎ始めている。ようやく、民間企業にまで性差医療・性差ヘルスケアの概念が浸透する気配だ。
実際に、最先端のテクノロジーを搭載した画期的なヘルスケアソリューションが次々に登場し、欧米ではフェムテックのFDA認可やCEマークの取得事例が増えるなど、流通面の整備も進んでいる。年々加速するテクノロジーの進化も後押しとなり、女性特化のプロダクトは今後加速度的に増えていくだろう。だがここにきて、フェムテック業界/女性ヘルスケア業界が直面しているのが、ユーザーとなる女性たちの低いヘルスリテラシー。特に日本人はヘルスリテラシーが国際的に見て低いことが知られている。
ヘルスリテラシーに関する調査・研究は、これまでに国内でも各所が実施してきたが、女性の健康ブームが到来した今こそ、社会や各社が対策を考えるタイミングだ。なぜ日本人は、そして女性はヘルスリテラシーが低いのか?その答えを探るヒントになりそうな研究報告をリサーチした。ぜひ、マーケティングのヒントに。
ヘルスリテラシーの定義
まずは、ヘルスリテラシーの定義の確認から。ヘルスリテラシーとは、生活の質の維持・向上のために健康や医療に関する情報を活用する能力のことで、次の3段階が知られている。
【段階1】機能的ヘルスリテラシー(基本のレベル)
日常生活における読み書き能力をもとにした、健康や医療に関する情報を理解する力。(例:医師や薬剤師から聞いた説明の内容がわかる、医薬品の説明書やパンフレットに書いてある内容がわかる)
【段階2】伝達的/相互作用的ヘルスリテラシー(「段階1」よりも発展したレベル)
健康や医療に関する情報を自分で探したり、他人に伝達したり、自分で適用しようとする力。様々な形のコミュニケーションによって情報の入手や理解を果たすため、人と上手く関わるための社会性をそなえていることを含む。周囲のサポートが得られる環境において発揮できる個人の能力であり、健康に関する情報に関心があり「自分でそうしたいと思った時に、それができる」ことが重要。ほとんどが集団のためでなく、個人のための能力である。(例:友人から健康に関する情報を受け取る。周囲からおすすめの病院を聞いた時にその病院について調べた上で納得してから行動に移す)
【段階3】批判的ヘルスリテラシー(高度なレベル)
健康や医療に関する情報をうのみにせず、批判的な視点も含めて分析し、主体的に活用できる力。その情報を日常的な出来事や状況をコントロールする上で利用し、健康を決定している社会経済的な要因について知ったうえで、社会的または政治的な活動ができる能力。(例:流行している風邪について自主的に調べ、入手した最適な予防方法や対策を社内でシェアする) (引用:ウーマンズラボ「ヘルスリテラシ―の定義と3つの段階」)
ヘルスリテラシーの詳細な定義の他、ヘルスリテラシーが重視されてる背景、ヘルスリテラシーを高める方法は、以下の記事に掲載。
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ヘルスリテラシー国際比較、日本は最下位
日本人はヘルスリテラシーが低いことが指摘されているが、国際比較で見るとどれくらいの位置にいるのだろうか?
ヘルスリテラシー・医学・看護情報・健康社会学などが専門の大学教授らが運営する健康メディア「健康を決める力(日本学術振興会の研究助成金)」が、EU国とアジアを比較したヘルスリテラシーの平均点(男女計)をランキング化している。これによると、日本は最下位だ。
- 1.オランダ(37.1点)
- 2.アイルランド( 35.2点)
- 3.ドイツ( 34.5点)
- 3.ポーランド(34.5点)
- 4.台湾( 34.4点)
- 5.ギリシャ(33.6点)
- 6.スペイン(32.9点)
- 6.マレーシア(32.9点)
- 7.オーストラリア(32.0点)
- 8.カザフスタン(31.6点)
- 9.インドネシア(31.4点)
- 10.ミャンマー(31.3点)
- 11.ブルガリア(30.5点)
- 12.ベトナム(29.6点)
- 13.日本(25.3点)
もう少し具体的に見ていこう。そもそも、ヘルスリテラシーと言っても項目は様々。日本のヘルスリテラシーが他国と比べて低いのは何なのか?ランキング1位のオランダと最下位の日本を比較したのが以下表。各項目において「難しい」と回答した人の割合(%)を示している(日本人のヘルスリテラシーは低い,2016(健康を決める力)より一部を抜粋してウーマンズラボ作成。使用しているヘルスリテラシー尺度はHLS-EU-Q47)。
項目 | 日本 | オランダ | |
ヘルスケア 入手 |
気になる病気の症状に関する情報を見つけるのは難しい | 46.1 | 7.5 |
気になる病気の治療に関する情報を見つけるのは難しい | 53.3 | 12.3 | |
急病時の対処方法を知るのは難しい | 60.9 | 13.4 | |
病気になった時、専門家(医師、薬剤師、心理士など)に相談できる所を見つけるのは難しい | 63.4 | 4.7 | |
ヘルスケア 理解 |
医師から言われたことを理解するのは難しい | 44.0 | 8.9 |
薬についている説明書を理解するのは難しい | 40.8 | 13.1 | |
急病時に対処方法を理解するのは難しい | 63.5 | 16.2 | |
処方された薬の服用方法について、医師や薬剤師の指示を理解するのは難しい | 25.6 | 2.1 | |
ヘルスケア 評価 |
医師から得た情報がどのように自分に当てはまるかを判断するのは難しい | 46.7 | 10.0 |
治療法が複数ある時、それぞれの長所と短所を判断するのは難しい | 70.6 | 30.9 | |
別の医師からセカンド・オピニオン(主治医以外の医師の意見)を得る必要があるかどうかを判断するのは難しい | 73.0 | 44.0 | |
メディア(テレビ、インターネット、その他のメディア)から得た病気に関する情報が信頼できるかどうかを判断するのは難しい | 73.2 | 47.4 | |
ヘルスケア 活用 |
自分の病気に関する意思決定をする際に、医師から得た情報を用いるのは難しい | 49.3 | 19.2 |
薬の服用に関する指示に従うのは難しい | 16.8 | 3.2 | |
緊急時に救急車を呼ぶのは難しい | 36.8 | 4.7 | |
医師や薬剤師の指示に従うのは難しい | 15.5 | 2.7 |
表の通り各項目において日本の方が「難しい」と感じている人の割合が高く、2カ国間の差も大きい。この理由について同メディアは、欧米との文化・環境の違いなどを踏まえた上で、日本のプライマリ・ケアの不十分さ、健康科学・医学系の論文へのアクセシビリティの悪さ、生活者個々のメディアリテラシーの問題、健康教育の不足などを挙げている。
ライフスコースで異なるヘルスリテラシー
興味深いことに女性のヘルスリテラシーは、ライフコースやライフステージによっても異なることがわかっている。ニッセイ研究所が20〜34歳の女性を対象に実施した調査(女性の妊活に関する調査,2019)では、ライフコース別(※1)、ライフステージ別(※2)にヘルスリテラシーの平均点を出しており、概ね次のように分類できた。(※1)シングル/DINKs/両立/再就職/結婚・出産退職/その他。(※2)未婚(交際相手なし)/未婚(恋人として交際相手あり)/未婚(結婚を意識する交際相手あり)/未婚(婚約中)/既婚/離死別。
<ヘルスリテラシーが低いクラスター>
- 未婚で交際相手がいない
- 離死別
- シングル
- 結婚・出産後に退職
<ヘルスリテラシーが高いクラスター>
- 既婚
- 未婚だが結婚を意識する交際相手がいる
- 両立(結婚し子どもを持つが、仕事もする)
- 再就職(結婚し 子どもを持つが、結婚あるいは出産の機会にいったん退職し子育て後に再び仕事を持つ)
仕事をしていたり自分の家族を持つと「健康でいなくては」という緊張感が生まれるため、健康意識が高まり、結果的にヘルスリテラシーが高まるのだろう。特に女性は結婚して家族を持つと、夫や子どもなどの健康管理を主導する役割を担うようになるため、結婚が転機となって意識変化が起きると考えられる。
上記以外にもレポートでは、ヘルスリテラシーの項目別にさらに詳細な分析をしているので、ぜひそちらもチェックを。興味深い結果が出ている。
なおこの調査で測定に使用した尺度は「性成熟期女性のヘルスリテラシー尺度(河田ら)」(詳細は記事下部に記載)。女性生殖器特有の疾患を予防・早期発見するために開発された尺度で、女性のヘルスリテラシーの測定によく使われている。女性ヘルスケアマーケティングの設計時にターゲット層のヘルスリテラシーを考慮したいなら、同尺度の活用がおすすめ。女性に限定している尺度の方が、より精度の高い設計ができる。
働く女性のヘルスリテラシー
「働く女性」のヘルスリテラシーを分析した調査レポートも紹介しよう。自社の女性の健康経営や、法人向けに健康経営ソリューションを提供している企業が参考にできる内容だ。
日本医療政策機構が、働く女性2,000名を対象に「女性に関するヘルスリテラシーと女性の健康行動・労働生産性・必要な医療へのアクセスとの関連性」を調査したところ、ヘルスリテラシーの高低が、仕事・妊娠・健康行動などと関連のあることがわかった。(「働く女性の健康増進に関する調査2018 」。対象:18歳~49歳のフルタイムの正規/契約/派遣社員・職員。測定に使用したヘルスリテラシー尺度:性成熟期女性のヘルスリテラシー尺度)
<調査結果サマリー>
- ヘルスリテラシーの高さが、仕事のパフォーマンスの高さに関連
- ヘルスリテラシーの高さが、望んだ時期の妊娠や不妊治療の機会を逃すことがなかったことに関連
- ヘルスリテラシーが高い人は、女性特有の症状があった時に対処できる割合が高い
- ヘルスリテラシーの高い人の方が、定期的に婦人科・産婦人科を受診したり、がん検診などの健康管理を実行している
- ヘルシリテラシーの低い人は、半数以上が特に健康管理をしていない
- 女性の健康について自分に合った情報選択ができる人は半数以下
- ヘルスリテラシーの高い人の方が、職務満足度が高い
- ヘルスリテラシーの高い人の方が、QOLが高い
- 月経の仕組みについて知識がある人は65%
- 子宮や卵巣の病気についての知識がある人は40%で、18〜30代で特に低い
- 定期的に婦人科・産婦人科を受診するきっかけとなった情報源の一位は「会社の健康診断時の勧め」
上記サマリーは一部で、レポートには他にも多様な視点からの調査結果を掲載している。図表を豊富に使って解説しているのでわかりやすい。ヘルスリテラシーとの関連を見ながら、女性たちのヘルスケアの実態やニーズを読み取るのに役立つ。
他、この調査ではこんなこともわかった。「学校でもっと詳しく聞いておきたかったと思う、性・女性の健康に関する教育は?」と聞いたところ、「女性に多い病気の仕組み・予防・検診・治療の方法」が最多だった。この記事を読んでいる大人世代なら実体験として頷けると思うが、この結果が示す通り、学校(小学校・中学校・高校)では女性特有の健康問題・病気・病院のかかり方などについて体型的・専門的に学ぶ機会はない。女性たちのヘルスリテラシーが低い理由として大きいのは、前述したメディア「健康を決める力」が指摘している通り、教育不足からくる知識不足と言えるだろう。
ヘルスリテラシーが低い理由
女性の健康問題やヘルスケアの重要性について、いくら企業側が一生懸命に啓発をしたりプロモーションを実施しても、そもそも、女性ユーザー自身にヘルスリテラシーがなければ、企業・商品・サービスが自分ゴト化されず関心を持ってもらえないばかりか、検索行動すら起こせない。
極論になるが、人々のヘルスリテラシーが低いままでは、日本の医療費はかさみ続ける一方でヘルスケア商品・サービスの売れ行きは鈍化してしまうのだ。実際に売上拡大における課題として、女性消費者のヘルスリテラシーが低いことを挙げる企業の声が最近強まっている。
家庭での消費決定権は女性の方が強く、また、ヘルスケア消費も女性の方が多い。これを踏まえると、男性より女性のヘルスリテラシー向上が先決。各社、業界、自治体などの積極的な取り組みが必要だ。
それでは最後に、頭の整理を兼ねて本項で見てきた内容をまとめておこう。日本全体の、そして女性のヘルスリテラシーが低い理由(あるいはヘルスリテラシーの高低に影響する要素)として挙げられるのは、次の7つだ。
- 日本のプライマリ・ケアの不十分さ
- 健康科学・医学系の論文へのアクセシビリティの悪さ
- 生活者個々のメディアリテラシーの問題
- 健康教育の不足
- 年齢
- ライフステージ
- ライフコース
補足:女性に特化したヘルスリテラシー尺度
以下は「性成熟期女性のヘルスリテラシー尺度」で、4つの領域で測定する。質問項目数は計21。
女性の健康情報の選択と実践
- 自分の体について、心配ごとがあるときは、医療従事者(医師・保健師・看護師・助産師等)に相談することができる
- インターネット・雑誌などで紹介されている女性の健康についての情報が正しいか検討することができる
- 自分の体調を維持するために行っていることがある
- 女性の健康についての情報がほしいときは、それを手に入れることができる
- 女性の健康についてのたくさんの情報から、自分に合ったものを選ぶことができる
- 医療従事者(医師・保健師・看護師・助産師等)のアドバイスや説明にわからないことがあるときは、尋ねることができる
- 日常生活の中で見聞きする女性の健康についての情報が、理解できる
- 自分の体のことについて、アドバイスや情報を参考にして実際に行動することができる
- 医療従事者(医師・保健師・看護師・助産師等)に相談するときは、自分の症状について話すことができる
月経セルフケア
- 自分の月経周期を把握している
- 体調の変化から月経を予測することができる
- 月経時につらい症状があるときは、積極的に対処法をおこなっている
- 月経に伴う心身の変化に気づいている
- 月経を体調のバロメーター(基準・目安)にしている
女性の体に関する知識
- 月経のしくみについての知識がある
- 妊娠のしくみについての知識がある
- 子宮や卵巣の病気についての知識がある
- 性感染症の予防についての知識がある
- 避妊の方法についての知識がある
パートナーとの性相談
- 必要なときは、パートナーと避妊について話し合うことができる
- パートナーと性感染症の予防について話し合うことができる
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