「キャリアを求める女性は子を持ちたがらない」は固定観念? 働く女性の出産意欲に影響する要素が明らかに
本稿は、たちばな台クリニックの秋谷進医師による連載記事です。一般的に「仕事を頑張る女性は子どもを欲しがらない」というイメージがありますが、実際はその逆のようです。女性の出産意欲に影響を与える要素とは?固定観念を覆す、興味深い研究報告を解説します。
目次
女性の「キャリア」と「子を持つ」を両立できるのはどんな社会?
日本をはじめとして多くの国で少子化が進んでいる中、働きながら子どもを持つことの難しさが問題となっています。少子化問題を解決するために社会全体で育児支援や働き方改革が行われていますが、実際に働く女性がこれから子どもを持ちたいと思うかどうかは、社会制度だけでなくキャリアや健康、働く環境など様々な要素が影響していると考えられます。今回はそうしたキャリアと出産意欲との関係を明らかにするために、日本で行われた働く女性を対象にした研究をご紹介します。女性がキャリアを追いながら子どもを持てる社会とはどのような社会なのかという問いに、データから答えた研究となっています。神奈川県立保健福祉大学の吉田穂波氏らによる『BMC Women’s Health誌』2025年9月の報告です。なお、『BMC Women’s Health』誌は、思春期の少女から成人女性の健康とウェルビーイング全般に関する記事を扱う、査読付きのオープンアクセスジャーナルです。(Honami Yoshida,Mariko Nishikitani,Masumi Okamoto,et al.Career advancement and fertility intention among working women in Japan: a cross-sectional survey study. BMC Womens Health.2025 Sep 2;25(1):424.)
働く女性の出産意欲に影響するもの
研究背景:世界的に見て低い日本の出生率
日本は世界的に見ても出生率が低く、少子高齢化の進行が深刻となっています。合計特殊出生率が2022年1.26、2023年1.20、2024年は1.15と過去最低を更新しました。この低下は、労働力、社会保障制度や経済の安定に深刻な影響を与えています。この状況を打開するために、働く女性の出産意欲を高める必要があります。そのためには働く女性が安心して「子どもを産み、育てたい」と思える環境や条件を整える必要があります。そこで今回の研究は働く女性を対象にどのような要素が出産意欲に影響を与えているのかを整理・分析することを目標として行われました。
研究方法:出産意欲の有無別に健康状態や働き方を調査
この研究は、横断研究と呼ばれる手法で行われました。横断研究というのは、ある一時点を同時に収集・分析する研究方法です。調査対象は、女性従業員の健康と職場環境を評価することを目的とした産学共同研究「働く女性の健康スコア調査」における東京丸の内の14社の19〜65歳の女性で、正社員、非正規社員を含む従業員でした。そのうち今回の研究では、出産意欲を目的とした調査として、40歳未満の女性を対象としました。調査期間は2022年9月13日〜10月11日でした。
分析対象を、出産意欲の「あり」「なし」の2群に分けました。すでに子どもがいて、「さらにもう一人子どもを持ちたい」と思っている人も「出産意欲あり」として扱いました。調査項目には、年齢、婚姻状況、出産経験、健康状態、ライフスタイル(運動・喫煙など)、働き方(雇用形態・職種・キャリア意欲)、職場環境(上司・同僚の理解、職務エンゲージメント)などが含まれました。解析では出産意向意欲「あり群」と「なし群」に分けて、これらの項目を比較して、出産意欲に関係する要因を特定しました。
研究結果:キャリアアップが保証されていると出産意欲が高い傾向に
解析の対象になったのは1621人でした。分析の結果、都市部に住んでいることは、出産意欲に有意な関連は認められませんでした(OR:1.08、95%CI 0.92-1.27)。出産意欲のある女性は、全体として年齢が若く、既婚者が多い傾向にありました。また出産意欲のある女性は、非正規やパートタイムで働く人よりも正規職員で2倍高く(OR: 1.99、95%CI:1.30-3.05)、安定した雇用形態にあることが特徴的でした。職種別に見ると、出生意欲のある女性は、非営業職より営業職で51%高く(OR:1.51、95%CI:1.16-1.97)、非事務職より事務職で25%(OR:0.75、95%CI:0.58-0.96)低いことがわかりました。
管理職または幹部職における出産意欲では、有意差は認められませんでしたが、出産意欲のある女性は職場における昇進への意識が13%高い(OR:1.13、95%CI:1.02-1.26)という結果になりました。
すなわち全体的な傾向として、キャリアをしっかり築くことへの意欲が高い人ほど子どもを持ちたいと思う傾向があったのです。また健康状態も、子どもを持つことへの意欲に関係していました。自分の体調に自信があり、睡眠の質が高いと感じている女性は子どもを持つことへの意欲が高いという結果が得られました。自分の体調がきちんと管理できていて、生活リズムが保てていることは、出産を考える上での安心材料となっていると考えられます。
職場の環境に関して、「同僚男性が女性の体調や症状に理解を示しているかどうか」という項目では、子どもを持ちたいと考える人と、そうでない人の間で大きな差は見られませんでした。仕事への熱意ややりがいを示すワークエンゲージメントの高さも、出産意向とはあまり大きな関連を認めませんでした。つまり、職場の雰囲気や理解の有無よりも、個人の雇用形態やキャリア意識、健康状態といった個人的な要因の方が、子どもを持ちたいという意欲に深く関わっていたのです。
日本の働く女性の安定した雇用、職種、キャリアモチベーション、自信、積極的な健康管理が、出産意欲と関連しています。キャリアアップが保証されている女性は、出産の計画を立てる傾向も高まっている可能性があり、キャリア開発と家族計画を支援する職場政策の重要性が強調されています。
研究から得られた知見:「仕事を頑張る女性は子は欲しくない」は固定観念?
これまで社会には、「仕事を頑張る女性は子どもを欲しいと思わない」というイメージがありました。しかし、出産意欲のある女性は正規の正社員である可能性が高く、事務職よりも営業職に就いており、キャリアアップへの意欲が高かったという結果を示したこの研究は、その固定観念を覆す可能性があります。
日本ではキャリアアップにおける男女格差が依然として大きな問題となっています。現在、日本の管理職のうち女性が占めているのは、わずか13%であるのに対し、米国では44%です(独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT).データブック国際労働比較2024.)。
子どもが欲しいという意欲を持つ女性を増やすためには、女性の社会進出を阻んではいけないということになります。より多くの女性に昇進の継続性や雇用安定性を保障し、家庭形成とキャリアの両立を可能にする制度設計が有用である可能性が示されました。
筆者の妻や友人女性医師の意見
ここまでの結論をまとめ上げた時点で、筆者である私は、妻、友人女性医師および看護師に、「日本の働く女性の出産意向とキャリアアップには関連性があるのかな?」と、今回の論文についての意見を求めました。すると、「女性たちがキャリアで成功しようと努力しつつ育児もこなしている現状に、男性はもっとリスペクトすべきじゃない?」「もっと女性に対する尊敬と感謝が必要じゃないの?」と、まるで私が男性代表みたいに怒られてしまいました。また、「子どもを産んで育てている女性がキャリアを積んで男性を見返そうと研鑽している結果だよ」とも言われました。私には何も言えませんでした。
現状では、出産後に昇進が難しくなる「マミートラック」と称される状況に直面する女性は全体で46.6%、総合職で約4割にものぼることがわかっています(内閣府男女共同参画局.子どものいるミレニアル世代夫婦のキャリア意識に関する調査研究)。妊娠そして出産と言うライフイベントにおいて、心身への負荷に加えてキャリアの中断は人生の選択において大きな葛藤を与えることでしょう。女性にとって大きな不安やプレッシャーを減らし、安心してキャリアで成功しつつ育児もできる選択をどんどん可能にする社会のあり方が必要だと考えます。
今回の研究は、少子化対策の観点から、単に育児休暇や時短勤務というような制度を整えるだけではなく、働く女性が自分の将来に自信を持てるような働き方を支援することの重要性を示唆しています。このような社会を形成することが、日本全体の出生率の改善につながるということを示しているのだと考えます。
【執筆】秋谷進
小児科医・児童精神科医・救命救急士。子育て経験に基づいたエッセイ『児童精神科医二十五年目のエッセイ』著者。他、書籍多数。朝日新聞先生コネクトなどで連載中。たちばな台クリニック小児科勤務。1973年東京都足立区生まれ、神奈川県横浜市育ち。1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。金沢医科大学研修医、国立小児病院小児神経科、獨協医科大学越谷病院小児科、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科、東京西徳洲会病院小児医療センターを経て現職。過去の記事一覧はこちら。

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