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女性の長期病欠は男性より多い、発生率を性別・原因別に分析 勤労者10万人の職域多施設研究で

本稿は、たちばな台クリニックの秋谷進医師による連載記事です。前回の「性ホルモンと認知症の関連」に続き、今回のテーマは「働き世代の長期病欠」。女性の方が男性より長期病欠の発生率が高く、また、年代によって原因が異なることを明らかにした研究報告を解説します。

長期病欠は企業の生産性に影響

同僚が怪我や病気などで長期間休みとなり、人手不足に悩んだ。そんな経験をした人は多いのではないでしょうか。また、自分がそのような長期病欠をした経験がある、という人も少なくないでしょう。仕事に一緒に取り組んでいる人が長期病欠すると、進行中の仕事がうまく回らなくなったり人手不足が顕在化するなど、様々な問題が起こります。長期病欠(LTSA:Long-term sickness absence)は個人の健康や経済的状況に影響を与えるだけでなく、所属する企業の生産性にも大きな影響を与えます。そんな長期病欠をできるだけ減らすためには、長期病欠がどのような理由で発生しているのか、また男女や年齢によって長期病欠の発生理由が異なるのかを調べる必要があります。そこで今回は、長期病欠についての研究をご紹介します。日本健康危機管理研究機構(JIHS)の谷山祐香里氏らによるJournal of Epidemiology誌、2025年5月の報告です。Yukari Taniyama, Shohei Yamamoto,Yosuke Inoue,et al.Incidence rates of medically certified long-term sickness absence among Japanese employees: A focus on sex differences.J Epidemiol. 2025 May 17.

 

長期病欠はなぜ起きる?

研究背景:労働者の長期病欠の実態を明らかに

長期病欠は、個人の健康状態だけでなく、企業の生産性や社会保障制度にも影響を与える重要な問題です。この研究は、日本の労働者における長期病欠の実態を明らかにし、性別や年齢による違いを詳細に把握することを目的に行われました。性別による長期病欠のパターンの違いを理解することで、より効果的な予防策や管理方法の開発に貢献することを目指しています。

 

研究方法:国内16企業10万人の長期病欠、発生率を性別・原因別に調査

研究は2012年4月から2022年3月までの10年間、関東・東海地方に本社がある16社の勤労者約10万人を対象にした職域多施設研究Japan Epidemiology Collaboration on Occupational Health Study(J-ECOH)を対象に実施されました。長期病欠を「30日以上の病気による欠勤」と定義し、各事業所が記録を続けました。病欠の原因は国際疾病分類第10版(ICD-10)に基づいて分類され、性別・年齢別に全原因および原因別の発生率が計算されました。

 

研究結果:女性は男性の1.25倍、長期病欠の可能性

10年間の追跡期間の間に、女性161,513人年(人年=参加者数×観察期間)、男性730,391人年のうち、女性で1,866件、男性で6,518件の長期病欠が記録されました。女性は男性よりも全原因において長期病欠の発生率が高く(女性:10,000人年あたり115.5件、男性:10,000人年あたり89.2件)、特に20代・30代の若い女性でその傾向が顕著でした。この差は主に、若年女性において精神疾患、腫瘍性疾患、妊娠関連疾患による長期病欠の発生率が高いことが関係していました。一方、高齢になると、女性は筋骨格系疾患や外傷・外因による長期病欠の発生率が男性より高くなる一方、循環器系疾患による長期病欠の発生率は男性より低くなることがわかりました。研究結果をわかりやすく、以下の表にまとめました。

女性の長期病欠は男性より多い、発生率を性別・原因別に分析

【表】長期病欠の傾向を筆者が作成

 

研究から得られた知見:若年女性にはメンタルヘルス、高齢女性はケガのリスク

今回の研究から、長期病欠の発生率は性別や年齢によって大きく異なることが明らかとなりました。特に若年女性は、青年期から成人期への移行期におけるメンタルヘルスの変化に加えて、妊娠に関連する疾患が出現する時期も重なっているため、長期病欠のリスクが高いといえます。職場でのメンタルヘルス関連の対策を充実させたり、妊娠中の体の変化について企業側が理解し、それらに対する支援を拡充させることで、若年女性の長期病欠を減らすことにつながると考えられます。

また当然ですが、年齢が上がるとさまざまな疾患のリスクは上がってしまいます。この研究では、高齢になると女性は怪我による長期病欠が多くなることが示唆されています。これは、女性は閉経後に骨粗鬆症のリスクが男性に比べて上昇することなどが関連していると思われます。高齢になると怪我のリスクが上がることを理解して、職場環境や業務内容を検討する必要があると言えるでしょう。一方、高齢の男性では、循環器系の疾患や生活習慣関連の疾患での長期病欠の発生率が女性より上がります。職場での健康診断を確実に行い、これらの疾患が軽いうちに医療機関の受診を推進したり、職場での健康管理プログラムを開発することが重要だと言えるでしょう。

 

女性の「仕事と家庭の両立」を成立させるために知っておくべきこと

日本においては「育児・家事は女性がするもの」という考えが、依然として根強く残っています。家事・育児は身体的にも精神的にも大きな負担を伴う責任のある仕事ですが、その「見えない労働」が現代社会の中で軽視されがちなのが、問題なのだと考えます。女性の「仕事と家庭の両立」を成立させるには、家庭や仕事における分担が必要です。そして何よりも、この研究で明らかになったように、女性の長期病欠が多いという現状をまず多くの人が理解することが重要ではないでしょうか。私の同僚の女性小児科医でも、家庭、育児そして小児科医の仕事を両立させようと努力した結果、燃え尽き症候群となり、小児科医を病欠するどころか辞めていく例が多いです。長期病欠の現状について理解することが、これからの社会の在り方を考えるきっかけになると考えます。

【執筆】秋谷進

 

小児科医・児童精神科医・救命救急士。たちばな台クリニック小児科勤務。1973年東京都足立区生まれ、神奈川県横浜市育ち。1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。金沢医科大学研修医、国立小児病院小児神経科、獨協医科大学越谷病院小児科、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科、東京西徳洲会病院小児医療センターを経て現職。過去の記事一覧はこちら

 

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