乳がん検診受診率の日米差「日本5割未満・米国7割超」、日本語・英語のSNS投稿4.6万件から見えた受診の壁
本稿は、たちばな台クリニックの秋谷進医師による連載記事です。10月の乳がん月間に合わせ、今回は「乳がん検診受診率の日米差」に着目します。一般的なアンケート調査よりも生活者の本音を探りやすいSNSを分析することで、受診の障壁が国によってどう異なるのかを探った研究報告を解説します。
目次
乳がん検診の受診率、なぜ日本は低いのか
人生に大きな影響を及ぼしかねない病気のひとつが乳がんです。がんは乳がんに限らず、早期発見が重要だという認識は広く浸透しています。それにもかかわらず、乳がん検診の受診率は米国で70%を超える一方、日本では50%未満(日本の乳がん検診受診率は2022年で47.4%)にとどまっています。日本では、乳がん検診を受ける人が今なお少ないのが現状です。では、なぜ日本では乳がん検診の受診が広がらないのでしょうか。その背景を探る手がかりとして、Xに投稿された4万件を超える声を分析した日本の研究が報告されています。そこからは、受診をためらわせる理由の一端が見えました。
日本人を乳がん検診から遠ざけたのは「お金」より「痛み」と「怖さ」
名古屋市立大学などの研究グループは、日本語と英語のSNS投稿を比較し、日本では乳がん検診が「痛み」「怖さ」「予約」と強く結びつき、受診を妨げる要因になっていると示しました。これに対し、英語圏では「費用」が障壁になっていました。特に日本で際立っていたのが、マンモグラフィに伴う「痛み」です。日本語投稿では19.3%が痛みに触れていたのに対し、英語投稿では5.0%でした。検診の必要性は理解していても、痛みへの不安が予約の手前で足を止めさせる。日本では、そうした心理的ハードルが受診率の低さに影響している可能性があります。
研究背景:検診をためらう本音に着目
乳がん検診は早期発見につながる重要な手段ですが、日本では受診率の低さが課題となっています。これまでも様々なアンケート調査が行われてきました。しかし、アンケートだけでは、「痛くて受けたくない」「怖くて予約に踏み切れない」といった率直な感情を十分に捉えきれない可能性があります。そこで研究チームが着目したのが、日常の本音が表れやすいSNSでした。日本語と英語の投稿を比較し、乳がん検診を妨げる要因の違いを調べるとともに、日本語の投稿については、検診前後の感情の変化や、マンモグラフィと乳房超音波検査による違いも分析しました。
研究方法:日本語・英語のSNS投稿4.6万件を分析
研究チームは、2025年にXへ投稿された乳がん検診関連の投稿を収集しました。集めた投稿は7万6955件にのぼりましたが、広告や報道、重複した内容を除いたうえで、最終的に4万6823件を分析対象としました。日本語は3万27件、英語は1万6796件でした。さらに生成AI(LLM Gemini)を使って、それぞれの投稿に「痛み」「恐怖」「費用」「予約」などの要素が含まれるかを判定し、あわせて投稿全体の感情が肯定的か否定的かも調べました。
研究結果:日本は「痛み」、英語圏は「費用」
結果はきわめて対照的でした。英語の投稿では、ネガティブな要因として最も目立ったのは「費用」で、7.4%を占めました。「痛み」は5.0%でした。これに対し、日本語の投稿では「痛み」が19.3%と際立っていました。「怖さ」への言及も英語圏より多く、さらに「痛み」「怖さ」「予約」が互いに強く結びついていたことも特徴的でした。検診の前後で気持ちがどう変わるのかという点でも、興味深い傾向が見えてきます。日本語の投稿を検診の前後で分けてみると、その傾向はさらに鮮明になります。受診前には「予約」が40.9%、「怖さ」が19.4%にのぼりました。受診後も「痛み」への言及は15.6%と高く、印象として残り続けていました。受診前は痛みを想像して不安になり、受診後は実際の痛みが記憶に残る。そうした流れが、次の受診への足取りを重くしているのかもしれません。検査方法による差もみられました。超音波検査だけを受けた場合、痛みに触れた投稿は5.0%でしたが、マンモグラフィを併用すると18.2%まで増えました。マンモグラフィの痛みや不快感が、検診全体の印象を強く左右していることがうかがえます。
注意点:SNS投稿は国民全体を代表しない
ただし、この研究結果だけで、日本で乳がん検診を受けない最大の理由が痛みだと言い切ることはできません。また、Xの利用者は日本人全体をそのまま映しているわけではなく、特に強い不満や痛みを感じた人の声が集まりやすい可能性があります。さらに、英語投稿もそのまま米国人に限られるわけではありません。研究では位置情報による絞り込みをしていないため、英語圏の投稿には米国以外の人も含まれています。
乳がん検診に必要なのは「受けたくなる工夫」かもしれない
乳がん検診の受診率を上げようとすると、どうしても「啓発を増やすべきだ」「検診の重要性をもっと伝えるべきだ」と考えがちです。けれども、必要性を理解していても「痛そうだから受けたくない」と感じているのであれば、情報提供だけでは十分とはいえません。
筆者自身、医師である友人を何人かがんで亡くしています。なかには体調の変化や病気の兆候があったにもかかわらず、「仕事が忙しい」などの理由で受診が遅れ、見つかったときにはすでに病状が進んでいた人もいました。筆者自身は、1型糖尿病を抱えており、内科や眼科、歯科に定期的に通いながら病気と向き合っています。日頃から医療と接しているからこそ、体の異変を見過ごさず、早めに受診することの大切さを強く感じています。
米国では個人にかかる医療費の負担が大きく、病気が進行した場合の経済的な影響も重くなりやすいため、異変があれば早めに受診しようと考える人が少なくないとされます。一方の日本は、世界的に見ても充実した医療保険制度があるため、少ない自己負担で医療を受けやすい状況にあります。その反面、国全体でみた医療費は増加を続けており、保健医療制度を維持するために、医療費の増加をどう抑えるかが大きな課題になっています。だからこそ、病気の兆候があるなら早めに医療機関を受診することが大切だと、私は日頃から強く感じています。そう考える筆者にとって、検診を妨げる心理的な壁に光を当てた今回の研究は、非常に興味深いものでした。
研究者らは、日本で受診率を高めるには、乳房の状態に応じて圧迫の方法を工夫し、痛みを減らすことや、予約に伴う負担を軽くすることが重要だと指摘しています。こうした工夫を通じて、どうすれば「また受けてもよい」と思える検診にできるのかまでを考える。日本の乳がん検診には、そうした視点も求められているのかもしれません。
参考文献:
1.Mitsuo Terada, Rie Kawabori Tahara, Yumi Wanifuchi-Endo,et al.Social Media Discourse on Breast Cancer Screening Barriers in Japanese and English: Cross-Sectional Infodemiology Study.J Med Internet Res.2026 Jul 31:28:e97772.
2.内閣府.令和6年度男女共同参画社会の形成の状況.
【執筆】秋谷進
小児科医・児童精神科医・救命救急士。子育て経験に基づいたエッセイ『児童精神科医二十五年目のエッセイ』著者。他、書籍多数。朝日新聞先生コネクトなどで連載中。たちばな台クリニック小児科勤務。1973年東京都足立区生まれ、神奈川県横浜市育ち。1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。金沢医科大学研修医、国立小児病院小児神経科、獨協医科大学越谷病院小児科、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科、東京西徳洲会病院小児医療センターを経て現職。過去の記事一覧はこちら。

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