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医療現場でも軽視される痛みの性差、「ジェンダーペインギャップ」とは?

本稿は、たちばな台クリニックの秋谷進医師による寄稿記事です。今回のテーマは、「痛みの性差」。痛みの感じ方や反応は男女間で根本的に異なるものの、男性と比べ女性の研究が遅れていることから、女性の痛みは医療現場でも軽視されているといいます。痛みの男女格差「ジェンダーペインギャップ」について、その実態や問題点について解説します。

痛みに性差、医療現場でも軽視される「ジェンダーペインギャップ」

医療の現場では、「痛み」という訴えに対応するのが難しい場面がよくあります。というのも、痛みの感じ方は個人差が大きく、同じ怪我や病気であっても訴える内容が人によって異なるからです。さらに、痛みは客観的に数値化しにくい症状の一つです。たとえば、転んで小さな傷ができた場合でも、強い痛みを訴えて涙を流す人がいる一方で、「まったく痛くありません」と平気な様子の人もいます。このように、「痛み」は評価が難しい症状だといえるでしょう。

最近の研究では、女性と男性とで痛みの感じ方に違いがあることがわかってきています。加えて、「痛みの経験」「痛みの訴え方」「医療現場における扱われ方」などにも性差が存在します。このような男女間の格差は、「ジェンダーペインギャップ」と呼ばれています。今回は、ジェンダーペインギャップについて詳しく検討した研究を紹介します。イタリアのOpusmedica、Roberto Casale氏らが2021年3月にPain and Therapy誌に報告された研究です。Roberto Casale,Fabiola Atzeni,Laura Bazzichi,et al.Pain in Women: A Perspective Review on a Relevant Clinical Issue that Deserves Prioritization.Pain Ther. 2021 Jun;10(1):287-314. doi: 10.1007/s40122-021-00244-1. Epub 2021 Mar 15.

 

ジェンダーペインギャップの実態を明らかに

研究の背景と目的:過小評価される”女性の痛み”への理解

慢性疼痛は、世界中で多くの人が抱える重大な健康問題のひとつです。生活の質(QOL)を低下させるだけでなく、社会参加の制限や労働生産性の低下といった、個人だけでなく社会全体にも大きな影響を与えることが知られています。特に女性は、男性よりも慢性疼痛を発症しやすいことが数多くの研究で示されています。しかし現実には、「女性は痛みを大げさに訴える」といった無意識のバイアスや、歴史的なジェンダー観、生物学的な違いへの理解不足などが重なり、女性の痛みに対する訴えはしばしば軽視されてきました。本研究の目的は、こうした女性の痛みの過小評価を是正し、女性に多く見られる疼痛疾患について、医学的・社会的観点から包括的に検討し、理解を深めることにあります。

 

研究方法:医学論文や政策文書、患者の声から共通点を考察

この研究では、実験や統計的な解析ではなく、「ナラティブレビュー」という手法が用いられました。ナラティブレビューとは、あるテーマに関して発表済みの文献や報告書を幅広く読み込み、そこから共通点や傾向、問題点を整理・考察する方法です。本研究では、女性の痛みに関する理解を深めるために、医学論文に加え、政策文書、患者の声、社会的背景を論じた資料なども対象とされています。「なぜ女性の痛みは軽視されやすいのか」「どのような病気に女性の慢性的な痛みが多く見られるのか」「医療現場ではどのような対応がされているのか」といった疑問に対し、既存の知見をもとに分析が進められました。

 

研究結果:神経学的に痛みの性差が明らかになるも、遅れる女性の研究

ナラティブレビューの結果、女性に特有の疼痛疾患や症状が、医学的に十分理解されておらず、結果として診断や治療の開始が遅れるという実態が明らかになりました。たとえば、線維筋痛症、偏頭痛、関節リウマチなどは男性より女性に多く見られますが、これらの疾患に対して「心因性」や「過剰反応」といったラベルがつけられることが多く、痛みが正当に評価されていないことが示されました。

さらに、疼痛に関する臨床研究や動物実験では、男性や雄の動物を対象にしたものが多く、女性の身体的特徴やホルモンの影響などを考慮した研究は不十分であることが問題視されました。これにより、女性の痛みのメカニズムについての科学的理解が大きく遅れているのです。加えて、神経学的な観点からも男女の違いが明らかになってきています。たとえば、女性では「プロラクチン」、男性では「オレキシンB」といった異なる神経伝達物質が、痛みの伝達や調整に関わっている可能性があることが動物実験により示唆されています。これは、性別によって痛みの感じ方や反応が根本的に異なることを意味しています。

 

研究から得られた知見:性差視点とエビデンスに基づく痛みの治療を

かつては「女性は痛みに弱い」「感情的に訴えているだけ」といった偏見が医療の現場に存在していましたが、本研究は、女性の痛みが生物学的にも社会的にも多くの複雑な要因によって構成されていることを改めて示しました。近年、男女の身体構造やホルモン、神経系の違いに関する研究が進むことで、ようやく女性の痛みが科学的に評価され始めています。今後は、医療者に対する教育の中で、ジェンダーに関する視点を取り入れること、また性差に基づく医学的理解を深めることが重要です。単に偏見を取り除くことにとどまらず、科学的根拠に基づいた治療と、公平な医療提供が実現されることが期待されています。

 

女性と男性のどちらが痛みに強いのか論争

さて、今回の「ジェンダーペインギャップ」に関する記事作成は同僚看護師からの提案で始まりました。私が頭痛外来で、「30代女性の5人に1人が片頭痛患者であり、そして片頭痛患者の8割が女性なんですよ」と患者さんに話しているのを聞いた看護師が、「女性ばかりが痛みがあるなんておかしい。そして女性は痛みがあって当然だと思われているから痛みを女性の上司に訴えて休むことができない」と、声を荒げて私に訴えてきました。でも、男性は出産の痛みに耐えられないと一般的に言われているのだから、「男性の方が痛みには根本的に弱いのではないか?」という疑問から論文を調べ上げました。ですが結局、今回ご紹介した最新の論文が結論づけていたのは「女性に関する研究が進んでいないため、『ジェンダーペインギャップ』に関してはこれからの議題だ」ということで、痛みの性差は示唆されたものの、女性側の研究の少なさから、はっきりと断言するまでには至りませんでした。次回は、複数の論文から今までに分かっている「ジェンダーペインギャップ」の知見についてまとめたいと思います。

 

【執筆】秋谷進

 

小児科医・児童精神科医・救命救急士。たちばな台クリニック小児科勤務。1973年東京都足立区生まれ、神奈川県横浜市育ち。1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。金沢医科大学研修医、国立小児病院小児神経科、獨協医科大学越谷病院小児科、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科、東京西徳洲会病院小児医療センターを経て現職。

 

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