令和時代に人気のメンタルケア、共通項は「個性を発揮できるオリジナルの体験」
「五月病」の言葉の通り、5月は心身の不調が現れやすい時。1年の中で特に自殺者数が多く、昨年の月別自殺者数の最多は5月。男女合わせて2,174人だった(厚生労働省「令和4年中における自殺の状況」2023.3.14)。自分自身や家族など他者へのメンタルケアニーズが高まる時期だ。
メンタルケアは、リフレッシュ、リラックス、ストレス解消、自己肯定感を高めるなど、心のケアを目的にしたヘルスケア行動。一般的に実践されているのは「休息・睡眠」「運動」「趣味の実施」「買い物」「旅行」「誰かに相談」「自己啓発本を読む」など。手軽に実施できるものや気分転換になるものが人気だ。厚労省のウェブサイト(こころもメンテしよう 〜若者を支えるメンタルヘルスサイト〜)の中でも、メンタルケアの方法として「体を動かす」「今の気持ちを書いてみる」「腹式呼吸をくりかえす」「『なりたい自分』に目を向ける」「音楽を聞いたり、歌を歌おう」「失敗したら笑ってみる」という、手軽にできる6つの行動が推奨されている。
こういった方法は確かにメンタルに良い影響をもたらすことが知られているが、ビジネス視点では少々具体性に欠け、製品・サービス開発への落とし込みができそうでできない。加えてこういった類のメンタルケアは個々の健康意識によるところが大きいため、実行性はもとより継続性においても期待しづらい。メンタルケアのニーズは確実に高まっているものの、一体どんなモノ・コトなら、女性たちの購買意欲を掻き立てられるのか?
そこで編集部が、今女性たちの間で人気を集めている具体的なメンタルケアの方法やサービスをリサーチした。令和時代ならではのメンタルケアとは?トレンドを追った。
目次
人気のメンタルケア、6選
「リフレッシュ」「リラックス」「充足感」「開放感」「疲労回復」「自己肯定感の向上」「意欲向上」の点で評価されているモノ・コトをデスクリサーチしたところ、「個性を発揮できるオリジナルの体験」ができることが共通項として浮かび上がってきた。最近は個々の好み・希望・体質等に合わせてパーソナライズされたオリジナルアイテムやサービスが人気だが、どうやらこれらの購入や利用は、結果的にメンタルケアにも繋がっているようだ。
アート:「既製品を購入」より「自ら創作」
アートによるメンタルへの好影響は広く知られており、アートを用いた心理療法を意味する「アートセラピー」は、心療内科や介護施設、発達障害の子どものケアに取り入れられている。「抑圧された感情の解放」「思考の整理」「自己肯定感を高める」「リカバリー」といった効果があることから(※)、この概念をベースにしたメンタルケアが健常者の間でも受け入れられている。(※)参考:アートセラピスト事業を行うクエスト総合研究所
■アートジャーナルセラピー
その一つが「アートジャーナルセラピー」。アートジャーナルとは、コラージュして作る日記やアルバムのようなもので、ノートにお気に入りの写真や雑誌の切り抜きを貼り付けたり、イラストを自由に描く。それによるメンタルケアを図るのが「アートジャーナルセラピー」。画像・動画共有サイトのPinterestが今年発表した2023年のトレンド予測(Pinterest Pedicts 2023)で「アートジャーナルセラピー」が選定されたことでも話題になった。同社によれば、音楽療法やライティングセラピーなどクリエイティブな方法によるメンタルケアに昨今注目が集まっており、特に「アートジャーナルセラピー」のキーワード検索は急上昇しているとのこと。特にZ世代とミレニアル世代のニーズが強いと分析している。
人気の理由は、自分の好きな世界観を自由に創り出せる満足感。無心で自己表現に没入することでストレス解消やリフレッシュにもつながる。自分好みの世界観作りと言えば、Instagramや最近だとメタバースなどのオンラインサービスが王道だが、あえてオンラインから離れ、現実世界で手間をかけて作りあげるのがミソ。デジタルと一定距離を置くことで心身の回復を図るデジタルデトックスの側面がある点も、「アートジャーナルセラピー」が人気の理由だ。Pinterestで「アートジャーナル」の世界をのぞいてみよう。
■アートバー
関東と関西に5店舗を構えるアートバーは、ワインとおつまみを楽しみながら絵の描き方を学べるアートスタジオ。このスタイルは欧米発祥の「ペイント&シップ」というアクティビティで、絵描きとお酒を組み合わせることで気持ちが開放的になり、絵の初心者でも抵抗なくキャンバスに向き合えるという。出来上がった作品は、自宅に持ち帰って飾ることもできる。
2016年にオープンした当初は、ワインと絵画を組み合わせるというアートジャンルが日本ではまだ知られていなかったため、理解されず集客に苦労したが、利用客のポジティブな口コミが広がり徐々に人気を集めた。客は女性が圧倒的に多く、年齢層は幅広い。どんな感想が寄せられるのか同店に取材したところ、「カラフルな絵の具がパレットの上で混ざっていく様子を見ているだけでリラックスする」「キャンバスで筆を走らせる音や色が混ざっていく音に癒される」など、創作中に五感で感じたリラックス効果を挙げる声が多いとのこと。
一般的な絵画教室とは異なり、絵の描き方の正解を用意せず個々が自由に描ききることをゴールにしていることから、のびのびと作品作りに没頭できる点も、大きな魅力のようだ。「自己肯定感が上がった」「ポジティブな気持ちになれる時間だった」という声が上がるのは、絵画を教える講師が、客のあらゆる感性や描き方を褒めて肯定するからだという。以下はアートバー内の様子。和やかで楽しそうな雰囲気だ。
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アーティストの既製の作品よりも価値があるのは、自らの個性を発揮して創作したオリジナルの作品。個性が好まれる時代のトレンドを象徴する事例だ。
フレグランス:「既製の香り」より「自ら選ぶ香り」
美容業界では化粧水やシャンプーなどのパーソナライズアイテムが話題になっているが、同様にフレグランスもパーソナライズが人気上昇中。
■香水
例えば、自分好みに調香できる香水。「オリジナル香水」や「カスタム香水」と呼ばれている。自分の”推し”をイメージして調香する「推し香水」を自作できることや、友人や恋人などの好みに合わせた香水が作れるといったオリジナルギフトに適した点も、人気の理由。店舗スタッフが客の好みをヒアリングし調香するスタイルもあれば(FINCA)、自分自身で調香体験を楽しめるスタイルも。店によってはボトルやキャップも選べたり、ラベルに入れる文字も自由に入れられる(LE LABO)。以下のInstagramは、ニューヨーク発のフレグランスブランドLE LABO。ラベルに名前やメッセージを自由に入れられる。
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香りもボトルもラベルも自分好みのアイテムに仕上がることで、香りによる癒しやリフレッシュ感は倍増。既製品よりも効果を感じやすく、商品そのものへの愛着も強く湧く。オリジナル香水を購入した女性たちの口コミには、「理想にしていた香りの香水ができた。嬉しい」「においも色も名前も全部自分で作ったから愛着が湧く」「香水は人によって好き嫌いがあるからギフトとしては難しい。でも、贈る相手と一緒に調香したから安心して渡せた」など、オリジナル香水ならではのメリットを評価する声と合わせ、「香水を良い香りと思ったことがなかったが、自分で作った香水は何度かいでも心が安らぐ」「自分好みの香りに完全一致しているから、気晴らししたい時に最適」「気持ちの切り替えができる」「気持ちが整う」「今までにない自分を引き出してくれる」といった、メンタルへのポジティブな効果を評価する声が並ぶ。
■ファブリックミスト
衣類用のファブリックミストや柔軟剤の香りをカスタムできるサービスも登場している。
<日東電化工業:kako -家香->
表参道ヒルズ、伊勢丹新宿店、グランスタ東京などの主要商業施設で店舗展開している人気のコスメブランドOSAJI(日東電化工業)は2021年7月、新業態として、オリジナルのホームフレグランスを自分で調香できる専門店「kako -家香-」をオープンした(東京・台東)。ワークショップを体験した女性たちからは、「普段使わない神経を研ぎ澄ます新鮮な体験だった」「嗅覚に集中した時間だった」「自分で調香した香りが好きすぎて幸せ」など、調香体験そのものを評価する声が。
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<ライオン:by me>
ライオンも香りのカスタマイズサービスの提供を開始した。今年1月、暮らしの香りをカスタマイズするという新習慣を提案する新ブランド「by me」を立ち上げ、専用ECサイトを開設した。柔軟剤や、衣類やカーテンなどに用いるファブリックミストなどの香りを自分好みに調香するというもの。
香りは、ECサイトに掲載している情報を参考に自分で選択するか、あるいは、サイト内のAI診断でおすすめされる。注文すると、無香の柔軟剤が入ったボトルと、選択した香りのエッセンスが詰められたボトルがセットで届く。洗濯する時に都度、柔軟剤投入口に柔軟剤とエッセンスを入れるだけ。
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最近は香水を始めフレグランスの使い方が変化しており、”他人に向けて香らせる” よりも ”自分自身に香らせる” 使い方が増えているという。オリジナル香水が人気を集めたり、香りをカスタマイズできる業態やブランドが登場しているのは、他者にどう思われるか?よりも、自分の心地良さを優先しようとする昨今の意識変化が関係しているのだろう。
チェアリング:「既製の場所」より「自ら選ぶお気に入りの場所」
チェアリングとは、持ち運び用の折り畳みチェアを屋外に設営し、風景を楽しんだり読者や飲食などの自分時間を楽しむこと。コロナ禍の外出不便や感染不安から、公園や海山で非日常やリラックスを叶える手軽なアウトドアとして人気に火がついた。コロナが落ち着いてきた今もなお人気は衰えず、今年のゴールデンウィークもチェアリングを楽しむ人は多かった。各SNSで「#チェアリング」が投稿され、インスタグラムでの投稿数は3.9万件に上る。(以下動画は2021年に放映,TBS)
人気の理由は、キャンプのように大掛かりな準備や移動が不要で、ちょっとしたスペースさえあれば実践できる手軽さ。自宅の庭や近所の公園など徒歩圏内で楽しむ人も入れば、自転車や電車で少し遠出する人も。本格派はツーリングやドライブで海や山まで。チェアリングに適した場所を探す過程にも、チェアリングの魅力があるようだ。
整備された既製のキャンプ場の場合、設営場所の範囲が決められている上に、週末や大型連休であれば人で混み合い、のんびり落ち着いた時間を楽しめないことも。だがチェアリングであれば場所を選ばないため、自分のお気に入りの場所や混雑していない場所で簡単に設置可。落ち着いた時間を過ごせるのでリラックス効果は高い。
2018年頃から1人でキャンプを楽しむソロキャンプが流行り「ソロキャンプ女子」が注目されたが、それよりもさらにお手軽感の高い方法だ。屋外での女子会でもチェアリングが活躍。40代向けの女性誌『STORY』も、チェアリングの実践例を記事で取り上げている(ご近所で恥ずかしくない【スニーカー&スポサン】は?チェアリング実例6選,2023.3.2)。
従来のアウトドアの主役と言えばテントやバーベキューだが、今は折りたたみチェア。心地良いチェアリングのニーズに応えようと、多機能のチェアが続々と登場している。オンラインモールの楽天市場で「チェアリング」を検索すると、オットマン付属のチェア、日焼け防止のパラソル付属のチェア、あぐらをかけるよう座面を低くしたチェア、折りたたみ式のリクライニングチェア、バックパックと一体化したチェアなど、多様な屋外チェアがズラリ。
チェアリングはコロナ禍での新しい集い方やリラックスの手段として人気を集めたが、何よりも、その時々の気分に合わせて自分だけのオリジナルの空間で安らげる点が高く評価されている。手軽なリラックス方法として、今後広く定着していきそうだ。
人気の条件は「個性を発揮できるオリジナルの体験」
既製品の購入や既製サービスの利用、あるいは既成概念に則った行動では、もはや充足感は得にくいのだろう。一方で個性を発揮できるオリジナルな体験を通じたモノ・コトは、喜びや満足度が大きい分、メンタルにプラスの影響が働きやすいようだ。
そもそも、既製の品・サービス・概念よりもオリジナルの品・サービス・概念が好まれるようになったのはなぜなのか?背景にはDE&Iの広がりや、モノ・コトが溢れ既製に魅力を感じなくなってきたことが大きいが、電通によれば、コロナ禍による生き方・働き方の多様化により、自分の興味関心ゴトに邁進できる環境になったことが関係しているとのこと。同社が昨年末に実施した消費者の意識調査によれば、「他人の評価とは関係なく、自分が良いと思ったことに没頭することが楽しい」と考えている人は83%、「流行っているものや世の中のトレンドに乗り遅れたくない、とは思わない」人は75%で、「他者」よりも「自分がどう思うか?」を重視する人がマジョリティであることを、新しい意識トレンドとして突き止めた(電通「心が動く消費調査」20〜74歳の男女3,000名,2023.2)。オリジナルの体験そのものやオリジナルの体験を通じて入手する品・サービスは、こういった「他者の目を気にするよりも自分らしさを楽しみたい」ニーズを満たしてくれるため、人気が高いのだろう。それによる高い充足感が、自肯定感の向上や、リフレッシュや疲労ケアにつながっていると考えられる。
メンタルケアを訴求した製品・サービスの開発では、エビデンスに過剰にこだわる必要はさほどなくて、もしかしたら、購入や利用を通じて充足感が上がるか否か?を追求する目線の方が実はキーファクターになるのかもしれない。「既製」から抜け出し、「オリジナル性」の付加に力を注いでみては?
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