「AIホスピタル」とは? 実現に向け採択された14の研究開発事業
未来を担う最先端技術の一つAI(人工知能)。すでに数多くの業種・業態で活用されている。医療分野では、問診票や薬の処方箋、診察での画像データなど様々なデータが蓄積されている。こうしたデータを有効活用するため、AIを用いて医療現場の課題を解決しようとする取り組みが産学官連携で進められている。その一つが、今回紹介する「AIホスピタル」である。
目次
AIホスピタルの基礎知識
AIホスピタルとは?
AIホスピタルとは、AIやIoT(モノのインターネット)、ビッグデータなどの技術を活用した高度診断・治療システムのこと。デジタル化技術を用いて医療現場から収集・統合した膨大なデータをAIで解析し、病気の進行や治療効果の予測、投薬の調整などを支援する。
同じ病気だと診断されても、患者によって疾患背景は異なる。また薬剤に対する反応も様々だ。個々の患者に合った最適な医療の提供には、画像情報や病理診断情報、ウエアラブル装置からの情報、ゲノム(遺伝子)情報を含む診療・投薬情報を効率的に収集することが求められる。
AIホスピタルでは、「ビッグデータベースの構築」「AIによるデータ解析の導入」などによって、医療現場に最適な治療法の選択を提供することを支援する。さらに医療現場における教育やコミュニケーション支援などにも活用でき、超高齢社会における医療現場の様々な問題を解決できるシステムとして期待されている。
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国家プロジェクト「SIP」の一つとして始動(内閣府)
AIホスピタルは、内閣府が主導する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の一環として2022年までの構築を目指している。SIPとは、科学技術イノベーションを実現するために創設されたプログラム。総合的・基本的な科学技術政策の企画立案と総合調整を行う「総合科学技術・イノベーション会議」が指揮を執り、基礎研究から実用化・事業化までを見据えて一気通貫で研究開発を実施。府省連携による分野横断的なプロジェクトを産学官連携で推進している。
AIホスピタルは、SIPで掲げる第2期(平成29 年度補正予算措置分)プロジェクトのうち、「健康・医療」の分野でプロジェクト化されたもの。AIやIoT、ビッグデータ技術を用いたAIホスピタルシステムを開発・構築することで、高度で先進的な医療サービスの提供と、医師や看護師の抜本的負担軽減など医療機関における効率化を実現し、社会実装することを目指している。
プロジェクト全体を指揮するプログラムディレクター(PD)は、がん研究所がんプレシジョン医療研究センター所長である中村祐輔氏。(オーダーメイド)個別化医療を提唱し、米国シカゴ大学の名誉教授を務めるなど、ゲノム医療の第一人者として知られる。
“AIホスピタルによる高度診断・治療システム”構築に向け5つのサブプロジェクトを設定
AIホスピタルによる高度診断・治療システムの構築に向けては、現在5つのサブテーマで研究開発が進められている。それぞれの概要は次の通り(参考:内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」)。
5つのサブテーマによる研究開発で高度診断・治療システムの構築を目指す
サブテーマA
【セキュリティの高い医療情報データベースの構築とそれらを利用した医療有用情報の抽出、解析技術等の開発】
臨床や画像、病理・生化学検査、ウエアラブルな装置から得られた情報で構成されるデータベース(ビッグデータ)の構築を図る。収集される機密情報に関しては、暗号化技術や秘密計算技術などを応用。サイバー攻撃を考慮し、ブロックチェーン技術の開発の利用などを検討。
サブテーマB
【AIを用いた診療時記録の自動文書化、インフォームドコンセント時のAIによる双方向のコミュニケーションシステムの開発】
診療録・看護記録、退院時サマリーなど事務的業務を簡便化するために必要な音声入力を実装する。医療現場で利用される用語の標準化、自然言語の文章の構造化などを行う。
サブテーマC
【患者の負担軽減・がんなどの再発の超早期診断につながるAI技術を応用した血液などの超精密検査を中心とする、患者生体情報などに基づくAI技術を応用した診断、モニタリングおよび治療(治療薬含む)選択等支援システムの開発】
がんなどの疾患のスクリーニングや再発・再燃の超早期診断に有用とされ、検査のための患者の負担軽減につながるAI技術を応用した血液などの超精密検査を行う。さらに、個々の患者のバイタルデータ、画像情報、活動のモニタリングも加味した、AI技術を応用した診断・判断支援システムを構築する。
サブテーマD
【医療現場におけるAIホスピタル機能の実装に基づく実証試験による研究評価】
既存の診療のためのICT技術に、サブテーマA~Cにおいて研究開発された技術、センサー機器などの実装を行い、AI技術システムによる診断システムの学習を進め、医療現場において実用化できるシステムの構築を図る。得られた結果を各サブテーマに還元し、分析アルゴリズムの修正にも役立てる。
サブテーマE
【AIホスピタルの研究開発に係る知財管理等、システムの一般普及のための技術標準化・Open/Close戦略、官民学連携のためのマッチング等に関する対応】
各サブテーマの研究成果に基づく実装を伴う普及の課題克服に取り組む。研究開発に基づく知財戦略の策定や情報活用における法的取扱い、その活用のための検討と開発、医療情報の電子情報化と活用に伴う様々な社会的な課題を対象に検討し、今後の取扱いについて一定の考え方の確立を目指す。
各サブテーマの公募で採択された14の研究開発事業
SIPは、AIホスピタル課題の推進を目的に、サブテーマごとの研究責任者(研究開発プロジェクト)の公募を、関連機関「医薬基盤・健康・栄養研究所」を通じて行った。その結果14件のプロジェクトが採択された。(参考:戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」 採択課題 )
サブテーマA
- 1.セキュリティの高い医療情報データベースの構築とそれらを利用した医療有用情報の抽出、解析技術等の開発プロジェクト
【概要】臨床情報や画像情報、病理情報、生化学検査情報、ウエアラブル装置などから得られる大量の医療等情報を網羅的、効率的かつセキュアに収集し、医療現場での利活用に有用な情報として抽出可能なデータベースのあり方を検討し、開発する。またコミュニケーションをAIによって円滑にするために「Corpus」「Thesaurus」を作成する
【研究機関】情報通信総合研究所、NTTデータ経営研究所、ヒュービットジェノミクス、PwCあらた有限責任監査法人
サブテーマB
- 2.AIを用いた医療現場向けスマートコミュニケーション技術の開発
【概要】診療録・看護記録、患者の治療に関する資料作成などの医療現場の事務的業務をデジタル技術やAIで自動化し、医療従事者の負担を軽減するとともに関連技術を開発する。その結果として、医療の質的向上や患者のQOL向上を図る
【研究機関】日立製作所 - 3.診療録テキストデータの自動構造化と音声コマンドによる医療記録の自動化
【概要】業務効率向上とデータ収集を両立する救急外来向けカルテ記載支援システムの提供を通じて、質の高い診療録データを収集解析し、診療録テキストを構造化フィールドに分類、標準化する技術を確立する。その延長で音声コマンドによる診療記録作成の効率化技術開発を行う
【研究機関】TXP Medical - 4.患者、スタッフに優しい病院になるための、AIを用いた診療時記録の自動入力化、インフォームドコンセント時の双方向コミュニケーションシステムの開発
【概要】音声・画像・センサーにまつわるデータの複数種類の処理を実行できるAIエンジンを開発し、院内会話のログ化や文章化・電子カルテなどのシステム入力簡易化、インフォームドコンセント時の補助を行うシステムを開発する。医療従事者の労働の軽減と患者とのより良好なコミュニケーションの実現を目指す
【研究機関】横須賀共済病院、9DW - 5.診療記録を用いた医師支援AIの研究開発プロジェクト
【概要】医療従事者の抜本的負荷軽減と医師と患者のより良いコミュニケーション形成に向け、IBM、GoogleなどのグローバルAIを用いた医師支援システムの性能をフィージビリティスタディし、最終的に「医師のPC入力時間ほぼゼロ」の実現を通じ、患者満足度向上に寄与する医療特化AIの実用化を目指す
【研究機関】日本ユニシス、日本アイ・ビー・エム - 6.AIを用いた診療時記録の自動文書化及びインフォームドコンセント時のAIによる双方向コミュニケーションシステムの開発
【概要】医療現場における医療従事者の負担、医師の診察・症状説明時における説明内容の理解不足に起因する患者のストレスなどを改善するため、AIを活用した電子カルテなどへの診療時記録の自動文書化や、ビッグデータの活用による患者特性や理解度に応じた適切なコミュニケーションを可能とするシステムを開発する。
【研究機関】NTTデータ
サブテーマC
- 7.内視鏡AI操作支援技術の研究開発
【概要】医師にとって時間や労力の負荷が大きい大腸内視鏡検査について、大腸内視鏡の自動挿入を目指し、AIによる適切な挿入操作を推定する技術を研究、開発する。検査時間やトレーニングの短縮、検査中の患者の苦痛低減等を実現するとともに、高度診療の提供に資する検査情報などのデータ活用を目指す。
【研究機関】オリンパス、日本電気 - 8.リキッドバイオプシーとAIを用いた低侵襲がん術後再発超早期診断システムの開発
【概要】リキッドバイオプシーとAIを用いて、がんの再発の予測モデル並びにモニタリング方法を開発し、治療成績を向上させることを目指す。低侵襲のリキッドバイオプシーを用いて、再発予測や再発のモニタリングを行い、超早期に介入を行うことで、例えば、難治性がんの一つである肝細胞癌の早期検出などを目標とする。
【研究機関】ジェノダイブファーマ、東京医科歯科大学、長崎大学 - 9.AI技術の支援を取り入れたリキッドバイオプシーによる超高精度がん診断システムの標準化・実装化
【概要】cell-free DNA、cell-free RNA(cfDNA/RNA)を用いた血液等のリキッドバイオプシーによる超高精度がん診断システムを標準化・実装化し、がんのスクリーニング、術後の腫瘍細胞残存の有無、分子標的治療薬等の選別、再発の超早期診断、抗がん剤治療の効果判定等の目的としての有用性を検証し、実装化を目指す。 - 【研究機関】ビー・エム・エル、ライフテクノロジーズジャパン、がん研究会
サブテーマD
- 10.小児・周産期病院におけるAIホスピタル機能の実装に基づく実証研究
【概要】自閉スペクトラム症や小児がんの診療のためのICT技術に、サブテーマA~Cにおいて研究開発された技術、センサー機器等の実装を行う。ウエアラブルデバイスの活用、AI技術システムによる診断・判断システムの学習を進め、より医療現場において実用化できるシステムの構築を図る。小児科領域におけるAIホスピタルの実証研究を行う。
【研究機関】国立成育医療研究センター - 11.未来型医療システムの基盤となるAIホスピタルの実装と展開
【概要】慶應義塾大学病院のメディカルAI センターが保有するICT・AI技術と、外部企業で開発されつつある技術を体系的に導入し、未来型医療システムの基盤となるAIホスピタルのモデルを構築する。このモデルをパイロット病院に導入し、一般病院、コミュニティへと連携を広げてさらなる展開を目指す。
【研究機関】慶應義塾、慶應義塾大学病院 - 12.AI基盤拠点病院の確立
【概要】大阪大学医学部付属病院と大阪臨床研究ネットワーク(OCR-net)のリソースを活用して、探索段階を終了した幅広い分野のAIシーズの検証的な実証試験と医療への実装を進める。医療過誤ゼロの安全・安心な医療、患者本位のより高度なレベルの全人的医療、プレシジョン医療等を実現するためにAI基盤拠点病院を確立する。
【研究機関】大阪大学医学部附属病院、国立循環器病研究センター - 13.人工知能を有する統合がん診療支援システム
【概要】患者固有の生体・腫瘍・社会情報に基づき、適切な治療選択肢が医師・患者双方に提示され、高度で先進的ながん医療が実践されることを目的として、「人工知能を有する統合がん診療支援システム」を開発する。がん診療連携拠点病院に展開することで、がん医療全体の質の向上と地域医療推進に貢献することを目指す。
【研究機関】がん研究会有明病院
サブテーマE
- 14. 「AIホスピタルの研究開発に係る知財管理等、システムの一般普及のための技術標準化・Open/Close戦略、官民学連携のためのマッチング等に関する対応」プロジェクト
【概要】サブテーマA~Dにおいて開発された技術を医療現場に普及させるため、医療情報の電子情報化活用に伴う様々なコスト、知的財産の課題などの社会的な課題を対象に検討を行い、課題克服に取り組む。医療情報活用基盤を通した、AIホスピタル関連技術展開のための基盤創出に向けた取り組みを推進していく。
【研究機関】PwCあらた有限責任監査法人、日本医師会総合政策研究機構、日本PFI・PPP協会
AIホスピタル機能、社会実装までの今後の動き
“出口志向”の研究開発を推進、国際競争力の強化にも貢献
SIPでは、AIホスピタルシステムの開発に関して“出口志向”の研究開発を推進することを目指している。「AIホスピタルパッケージの実用化」「AI医療機器の実用化」「患者との対話と医療現場の負担軽減を両立するAIシステムの実装化」「AI技術を応用した血液等の超精密検査システムの医療現場での実装化」の戦略方針を掲げている。
AIが医療をアシストするAIホスピタルを実用化し、パッケージとして確立することで、大量の医療情報を治療に有効に活用することが可能となる。その結果、高度で先進的かつ最適化された医療サービスを均質に提供する体制が整備できる。
これにより、個々人の遺伝的、身体的、生活的特性などの多様性を考慮した、適切かつ低侵襲の治療法・治療薬を提示できるようになる。さらにAIホスピタル実装の段階で獲得する新規技術は、医薬品・医療機器・医療情報産業の競争力強化にもつながると期待される。
SIPでは、2022年度末までの今後の達成目標として、以下の4項目を掲げている
- セキュリティの高い医療情報データベースシステムを構築し、有用な医療情報を抽出して活用する技術を開発する
- AIを診療現場へ導入することによって、医師-患者のアイコンタクト時間の延長や医療従事者の負担軽減等を実現する
- AIを利用した遠隔画像・病理診断、血液による超精密診断法等を開発する
- 複数の医療機関で「AIホスピタルシステム」導入モデルの運用を開始する
(参考:SIP 戦略的イノベーション創造プログラム 2018パンフレット)
安全な医療を維持するための大変革につながる可能性も
医療は、医学・工学・薬学・ゲノム研究などの急速な進歩に伴って、高度化、複雑化、先進化、多様化している。そのため膨大なデータを有効活用できるAIホスピタルは今後、大きな影響力を持つ存在となる。
AIホスピタルシステムは、健康寿命の延伸につながるだけでなく、治療効果の低い治療薬や治療法の回避することによる医療費抑制や、療養期間を短縮することによる労働人口の確保にも貢献できる。また研究開発された技術は、医師や看護師をはじめとする医療従事者の負担軽減の面でも有用であり、超高齢社会が進んでも安心・安全な医療を維持するための大変革につながる可能性を持っているといえる。
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