介護分野におけるICT化の必要性と導入のメリット、活用事例
超高齢社会で人手不足が今後さらに顕著になっていく介護業界の対応策として、国は医療・介護業界でのICT活用を積極的に推進。未だに「手作業と紙文化でアナログな業界」というイメージが強い介護業界だが、画期的なICTの導入が増え、3Kのイメージが払拭される未来がようやく見えてきた。介護業界を救う救世主は外国人労働者だけではない。国外の人手に頼る前に、まずは介護業界におけるICTのメリットや事例を参考にICTで解決できる道を模索してみてはどうだろう?ICT導入にあたり課題もあるものの、享受できるメリットは大きい。
目次
介護分野でICT活用が進む背景
介護分野におけるICT活用とは
ICT(Information and Communication Technology/情報通信技術)とは、メールの送受信やSNSでのやり取り、スマートスピーカーといった「人と人」「人とモノ」のコミュニケーションに関わるコンピューターの使い方、情報伝達・共有によるコミュニケーションへの活用法を指し、情報・知識の共有を主な目的としている。
昨今では医療や教育、農業や地方創生といったあらゆる分野でICTの活用が促進されており、その波は介護業界にも。他業界に比べてやや遅れ気味ではあるものの、業務効率化やサービスの質の向上のため介護分野のICT化が推進されている。
例えば「関連情報の記録による見える化」「データの蓄積」「タブレット端末の活用による作業効率化」「見守り機器・介護ロボットの導入」などだ。国・業界レベルで取り組みが始まる介護分野のICT活用と言えば、CHASEが挙げられる。CHASEは科学的介護(科学に裏付けされた介護)の実現に向け政府が2020年度の本格運用を目指しているデータベースのことで、「Care, Health Status & Events」の略。利用者の心身状態や介護サービスの介入状況、起こった変化に関する情報を収集するもので、介護領域におけるサービスの質と効果について科学的裏付けとしてのエビデンス構築を目的としている。
CHASEを理解する
介護分野でICT活用が必要とされる理由
介護分野の課題は、「人材不足」「人口構造の変化」「社会保障費」の3つが挙げられるが、ICTを導入することによって、これらの課題を解決する可能性が期待されている。
理由1:人材不足を解消できる
平均給与が低く依然としてネガティブなイメージが強い介護職は常に人手不足。人材確保のために賃金を上げたくても、介護報酬が抑えられているためそう簡単に賃金を上げることもできないという構造がある。職員の賃金を上げるための制度(厚生労働省「介護職員処遇改善加算」)があるものの、適用となるための要件を満たすにはそれなりのコストがかかるため、利用しない介護事業所も多い。一方でICTを積極的に活用することで生産性を向上できれば、利益が向上し賃金を上げられる可能性を期待できる。
理由2:人口構造の変化への対策
国内の65歳以上の人口は増え続けており、総人口に占める割合は2040年には35.3%と予想されている。反対にこの層を支える側の人口はどんどん減っていくため、介護サービスの需要がこれまで以上に高まるのは必至。その時までにICTによる業務のマニュアル化が十分に進んでいれば、事業者が介護施設を展開するハードルは低くなる。また政府はマルチタスク型の介護職の仕事をICTの活用によって分散化することで、介護業界におけるシニア層の雇用を広げたい狙いもある。人口構造の変化に対応した雇用機会拡大の糸口にできることが期待される。
理由3:社会保障費の増大をカバー
介護業界にICTを導入するにはコストがかかるが、結果的に事業のコスト削減につながるメリットがある。例えば人件費は介護ロボットの活用で改善が可能。また情報の管理や記録を介護ソフトで賄えば、業務時間の削減となり、結果として残業代のコストカットにつながる。超高齢社会である日本では社会保障費が増大しており、その背景には介護を要する人口の大幅な増加が関係している。ICT導入効果としてコスト削減を実現できれば、社会保障費の増加を食い止めるきっかけとなるかもしれない。
介護分野におけるICT活用のメリットと導入の課題
一見メリットだらけに思えるICT活用だが、導入状況は進んでいるとは言い難い。人手不足や資金不足が問題視される介護業界にとってICT機器を導入するハードルは決して低くなく、スタッフの再教育など、合わせて取り組まなくてはならない課題は山積み。ICT活用によるメリットを生かすためには、こうした課題解決への取り組みを同時並行で行うことも求められてくる。
ICT活用のメリット
多岐にわたる介護業務を効率化し、人の負担や精神的ストレスを軽減する
- <例>
・見守り機器の導入により、見守りにかかっていた時間を削減できる
・クラウドでの情報共有で、いつでもどこでも資料を確認できる
・記録システムの導入により、手書きによる各連絡・共有事項の転記にかかる作業量を軽減
・事務所に寄らずとも手持ちのタブレット端末で記録・提出することで、ホームヘルパーとして働く訪問介護員の直行直帰が可能になる
離職率の低下や介護人材の確保といった人手不足における問題を緩和
- <例>
・スタッフの教育にタブレットや動画を活用することで、教育時間の短縮や進捗状況の管理を容易に
・情報共有やクラウドで作業内容を「見える化」し手順を明確にすることで、個々の不要な業務を減らし、少ない人数でも業務をこなせる
生産性の向上
- <例>
・売上や介護施設の稼働率予測、コスト管理をICTで実践することで、施設運営の生産性を向上できる
・介護サービスの計画から実行、結果までの記録業務をデータ化し、一括管理する
情報共有がスムーズになる
- <例>
・介護記録やその他書類の作成、伝達にかかる時間を削減
・記録データを介して担当者間の引き継ぎがスムーズに
・医療機関や薬局といった外部関係者との連携がスムーズ
データを蓄積し、確認・分析ができるようになる
- <例>
・介護サービスの分析・フィードバックにより科学的根拠に基づいた介護が可能になる
コミュニケーションの活性化
- <例>
・スタッフが必ずタブレット端末をもつことで、スタッフ間の情報共有やコミュニケーションが活発になる
・利用者に対する悩みや問題を、いつでもどこでも話し合うことができる
課題
システム導入のコストがかかる
インターネット環境整備の費用、デバイスの購入、セキュリティ対策費など
ICTの活用に懐疑的な従業員を納得させる必要がある
対人サービスである介護職にマニュアル的なICTを導入する必要性は感じられないという意見もある
日々の業務が大変でICTを導入する余裕がない
導入にはコストだけでなく時間と労力も要するため、ある程度のゆとりが必要になってくる
ICTの導入がかえってスタッフの負担となる場合も
介護福祉系の学校でICTに関する教育過程はまだなく、テクノロジーへの苦手意識が強いスタッフは多い
事業者サイドの学びも必要
ICTを使いこなすための学習はスタッフだけではない。事業者サイドも、ICT導入の検討にあたりリテラシー向上に努める必要があり、また、導入したICT機器の使い方を学ぶ必要がある。
介護分野におけるICT活用の事例
まだまだ数は少ないものの、実際に介護分野におけるICT活用は広がってきている。比較的コストが低いタブレット端末から、コストはかかるがリターンの大きい介護ロボットまで、それぞれの導入事例をチェックしながら、その導入効果について紹介。
見守り機器の導入事例
“医療・介護特化型”をコンセプトに看取りまで行っているサービス付き高齢者向け住宅「わらい〜和楽居〜」では、睡眠見守りセンサー「まもる~の」を導入。「まもる~の」はベッドのマットレス下に設置したセンサーと連携し、利用者の睡眠から離床、部屋の環境までを的確に察知。介護スタッフは別室にいながら複数人の在室状況をモニタリングできる。
- <導入結果>
・定期巡視の必要がなくなったため、スタッフの肉体的精神的負担が軽減された
・利用者による最適な介助タイミングがデータで推測できるようになり、サービスの質が向上した
・データを活用することで新しいスタッフでもベテランスタッフと同等のケアを行うことが可能になった
タブレット端末の活用事例
特別養護老人ホーム「千松の郷」は、職員の業務負担軽減策として「絆 介護情報タブレットシステム」を導入。高齢者介護システムである「絆 介護情報タブレットシステム」では、記録データの登録や介護記録情報の閲覧をいつでもどこでもタブレット上でできる。またキーボードを使わない音声入力や、介護記録に有効なカメラ入力と、タブレット機能を活かした効率的なデータ入力も可能。
- <導入結果>
・職員の労務改善につながり現場の負担が3分の1は軽減された
・業務時間が短縮したことで入居者に寄り添う時間が生まれ、サービスの質が向上した
・カメラ入力によって入居者の皮膚トラブルや拘縮の状態なども詳細に記録できるようになった
介護ロボットの活用事例
ICTの導入と合わせて介護業界でよく検討されるのが、介護支援ロボットの導入。パナソニックが提供する「リショーネPlus」は車椅子とベッドが一体となった離床アシストロボット。これまではベッドから車椅子への移乗介助は2人で利用者の身体を直接抱えて行う必要があったが、リショーネ Plusはベッドの半分が電動リクライニング型の車椅子なので、利用者を移動させる時は、車椅子になる部分をベッドから分離するだけ。ボタンひとつで車椅子が分離されるのでスタッフ一人で移乗介助できる。反対に車椅子からベッドへ移乗する際際は、車椅子をベッドに押し込むだけ。作業負担軽減だけでなく時間も大幅に短縮できる。
- <導入結果>
・スタッフ一人で移乗や離床が可能となったため、介助支援のケアスタッフを呼ぶ必要がなくなった
・以前は二人で担当していた移乗介助が一人でできるため、他の業務に充てる時間が増えた
・離床機会や時間が多くなったことで、ふさぎがちだった利用者が居室から出るようになった
・移乗や離床は大変な作業のため利用者の家族はスタッフに遠慮していたが、頼みやすくなった
ICT導入での“見える化”による新たな課題
ICT導入が広がってはいるものの、導入した先での課題もある。それは「見える化」に成功したことで、これまで気付かなかった小さな変化や異常もデータとして現れるようになったことだ。ケアスタッフは利用者の情報を事細かに知ることができるが、その情報のどこまで介入すべきかは、各事業所、さらには各スタッフに委ねられている。介護業界にICTが普及した時、それによって得た情報をどのように精査し、どこまで対応していくかが今後の課題となるかもしれない。
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