医療観光、2020年の市場規模5,500億円へ 日本の取り組みと課題
前年比8.7%増の3,119万2,000人で最高記録を更新した、2018年の年間訪日外国人の旅行者数(日本政府観光局より,2019年1月16日発表)。同時に増えているのが、日本の高度な医療サービスを受けることを目的に訪れる外国人だ。これら医療目的の渡航は「医療観光」「医療ツーリズム」「メディカルツーリズム」と呼ばれ、今後の新たな成長産業として期待されている。2020年には市場規模が5500憶円と見込まれる医療観光について網羅的に解説。
国内外で広がる医療観光とは?
医療観光とは?
医療観光とは外国で治療や検診などの医療サービスを受ける医療目的の渡航のことで、「医療ツーリズム」「メディカルツーリズム」「国際医療交流」「医療渡航支援」とも呼ばれている。言葉の使い方が複数ある理由は以下のような経緯がある。
日本には「国民皆保険制度」があり、医療は「産業」ではなく「社会保障」の側面が強い。(略)同じ政府の戦略にもかかわらず、産業として推進したい経産省は“積極的”だが、国民の医療を第一に考える厚労省は“慎重”と立場が分かれることになった。こうした考えの違いから、「医療ツーリズム」という単語自体も「商業主義を連想させる」として各方面で使われなくなり、「国際医療交流」「医療渡航支援」といった言葉に置き換えられていった。(引用:Yahoo!ニュース特集「誰のための医療か――沸騰する「医療ツーリズム」の光と影」)
医療観光には、医療費以外にも次のようなコストがかかるため総コストは高額になりやすく、富裕層が主に利用している。医療観光は長期滞在になりがちであることも、総コストを押し上げている。
- 本人、同伴者の渡航費用
- 本人、同伴者の滞在費用
- 現地での観光アクティビティ
など
インターネットの世界的普及や国際間の交通網の発達も手伝い、医療観光は世界で広がっている。日本政策投資銀行の報告によると、世界約50国で医療観光が実施されているという(日本政策投資銀行 産業調査部「Monthly Overview 進む医療の国際化~拡大するアジアの医療ツーリズム~」)。医療観光が本格的に世界で登場し始めたのは1990年代にさかのぼる。
国際的な医療ツーリズムが本格的に登場したのは1990年代。米国では費用が安く、待機時間のない診療を求めて南米へ向かう医療ツーリストが出現した。中東の産油国では富裕層が先端医療を求めて欧米へ向かうが、2001年の同時多発テロで欧米の入国審査が厳しくなると、渡航先を経済成長が目覚ましいアジア諸国へ切り替えた。こうした世界の流れを受け、日本も2010年、成長戦略に「国際医療交流」を盛り込み、受け入れへ舵を切っている。 (引用:ビジネス+IT「医療ツーリズム、徳島県が「ピンチをチャンス」にできなかったワケ」)
医療観光の目的
国によって外国人に提供する得意な医療サービスは異なる。以下の医療を求め、医療ツーリスト(利用者)は各国へ渡航する。
- 【メキシコ】歯科治療、美容整形
- 【ブラジル】減量治療、美容整形
- 【米国】最先端の医療技術
- 【ドイツ】医療ツーリズム先進国
- 【南アフリカ】美容整形
- 【ドバイ】最先端医療
- 【韓国】美容整形、人間ドック、がん治療
- 【台湾】高度先進医療(生体肝移植、心臓手術など)、人間ドック、美容
- 【シンガポール】がん治療、心臓病、整形外科
- 【タイ】心臓、がん治療、整形外科、神経内科
- 【マレーシア】美容整形、代替治療
(参考:日本政策投資銀行「進む医療の国際化~医療ツーリズムの動向~」)
日本の医療観光が外国人から評価されている点は主に「高い医療技術」「安心」「国全体が安全」「スタッフの対応が良い」。中国人のある会社経営者は、PET(陽電子放射断層撮影)検査を受けるために日本へ医療観光で訪れ、このようにコメントしている。
「日本を拠点にビジネスをしている中国人の友人から、こちらの健診センターの評判を聞き、受診を決めました」(略)「中国にも最新の設備を整えた病院はあります。ただ、待ち時間がとても長く、検査の精度もいまひとつで、がんを見つけられないことも多い。その点、日本の医療技術は高品質。検査も非常に細かくていねいに見てくれますし、スタッフも親切で安心感があります」(引用:Yahoo!ニュース特集「誰のための医療か――沸騰する「医療ツーリズム」の光と影」)
医療観光のメリット
医療ツーリストが医療観光に求めていることは以下。
- 自国にはない最先端の医療技術
- 自国より品質の良い医療
- 医療を受けるまでの待機時間が短い
- 自国よりも割安で医療を受けることができる
(参考:日本政策投資銀行「進む医療の国際化~医療ツーリズムの動向~」)
医療観光とヘルスツーリズムの違い
「医療観光」に似た言葉に「ヘルスツーリズム」がある。医療観光やメディカルツーリズムも、広義ではヘルスツーリズムといえるが、考え方としては以下のように分類される。
ヘルスツーリズム
- 【定義】
健康×観光 - 【内容】
温泉、スパ、森林、食材など地域の資源を活用した、健康維持・増進のための旅行プランを提供 - 【対象】
主に国内旅行者 - 【目的】
国民の健康寿命延伸、旅行による健康増進へのきっかけを生み出す - 【認証】
ヘルスツーリズムの品質を見える化する「ヘルスツーリズム認証制度」がスタート。経済産業省「健康寿命延伸産業創出推進事業」の一環
医療観光(メディカルツーリズム)
- 【定義】
医療×観光 - 【内容】
日本の高度で安心・安全な医療技術を売りに、医療サービスを盛り込んだ旅行プランを提供 - 【対象】
治療・健診・検診を目的に訪日する外国人。医療観光の概念として、訪日外国人のうち、観光など医療以外の目的で訪日中に病気・怪我で受診する外国人はこの中に含めない - 【目的】
国際貢献、日本の医療の国際展開(アウトバンドの取り組み)。医療渡航者の受け入れは、国内でより高度な医療機器・サービスを導入する契機となり、国内の高度な医療サービスの発展につながる(参考:経済産業省「外国人患者の医療渡航促進に向けた現状の取組と課題について」)
- 【認証】
(1)海外からの日本の国内の渡航受診者の受入実績のある病院を「JIH(ジャパン インターナショナルホスピタルズ)」に認証する認証機関MEJが、経済産業省との連携により2016年に設立される。海外からの日本の医療サービスの渡航受診促進を図ることを目的に海外へ情報を発信・支援する
(2)外国人患者受入れ医療機関認証制度(JMIP)。多言語による診療案内、異文化・宗教に配慮した対応など、外国人患者の受入れに資する体制を評価する制度。厚生労働省の支援事業として運営
ヘルスツーリズムとは?
医療観光の市場規模、2020年
医療観光の国内市場規模は5,500億円
日本政策投資銀行の試算による国内の医療観光市場の動向は以下の通り。
- 日本に医療観光で来日する外国人の人数は2020年で年間43万人
- 医療観光の市場規模(観光を含む)は5500億円
- 経済波及効果は2800億円
(参考:日本政策投資銀行「進む医療の国際化~医療ツーリズムの動向~」)
日本の医療観光に対する需要
日本の医療観光を利用したいと考える外国人は3タイプと想定される。
- 日本の高品質の検診・健診を求める新興国富裕層
- 日本の最先端の医療技術を求める世界の患者
- 低コストの医療を求める米国など先進国のツーリスト
(参考:日本政策投資銀行「進む医療の国際化~医療ツーリズムの動向~」)
医療観光推進における、日本の取り組み
日本における医療観光推進における取り組みが本格的に動き出したのは2009年。経済産業省は「サービスツーリズム(高度健診医療分野)研究会」を設置し、とりまとめを発表。厚生労働省は「医療ツーリズムプロジェクトチーム」を立ち上げ。観光庁はインバウンド医療観光に関する研究会を設置するなど、2009年より動きが活発化。その後の取り組みを見てみよう。
2009年:JCIの認証
JCI(Joint Commission International)とは、1994年に米国の病院評価機構から発展して設立された、医療の質と患者の安全性を国際的に審査する機関。日本では2009年に亀田メディカルセンターが認定され、現在28の医療機関が認定されている(2019年4月現在)。
医療滞在ビザ(医療滞在査証)の解禁(2011年)
一定の経済力がある人を対象に、6ヶ月の滞在を可能とする医療滞在ビザの発給が始まった。現在は滞在期間は1年までに延長され、外国人患者の病態を踏まえて決定される。医療滞在ビザで利用できる医療サービスは、日本の医療機関が指示する全ての行為。
- 人間ドック
- 健康診断
- 検診
- 歯科治療
- 療養(温泉湯治などを含む)
(参考:外務省「医療滞在ビザを申請される外国人患者等の皆様へ 」)
医療滞在ビザが解禁され、医療滞在ビザ発給件数は年々増えている。2016年の医療滞在ビザ発給件数は1307件で、2012年比で62%の増加。
2011年:JMIP(外国人患者受入れ医療機関認証制度)の認証
外国人が安心・安全に日本の医療サービスを受けることができる体制を構築するための制度で厚生労働省の支援事業として運営されている(公式HP「一般社団法人 日本医療教育財団 外国人患者受け入れ医療機関認証制度」)。多言語による診療案内、異文化・宗教に配慮した対応など、外国人患者の受入れに資する体制を評価し認証する。「外国人患者受入れ医療機関認証制度の認証取得後の受入れ対応状況に関する調査(厚生労働省)」では、外国人患者受け入れ医療機関の取り組み事例、認証取得効果、課題などを確認できる。
2016年:JIHの認証
渡航受診者の受入実績のある病院を「JIH(ジャパン インターナショナルホスピタルズ)」に認証する認証制度(運営:一般社団法人Medical Excellence JAPAN)。2019年2月時点でJIHに認証されている医療機関はこちらに掲載。世界から日本への医療観光促進を図るため、認証した病院を世界へ情報発信するとともに、認証病院の医療国際展開を支援している。日本への医療観光の認知向上に向けプロモーションを実施している。
ベトナムは、日本への医療渡航者数は少ないものの、医療渡航者数の増加が顕著である。近年の経済成長に伴い、日本への医療渡航の潜在的ニーズがあると考えられる。(略)医療渡航業者だけでなく、一般市民も対象として、日本への医療渡航を広く認知させることを目的に旅行博へ出展した。一方、中国は日本への医療渡航者数が一番多い国である。JIH、AMTACを紹介し、日本への適切な渡航の流れを訴求するため、医療渡航従事者が多く集まる医療渡航博へ出展した。(引用:一般社団法人Medical Excellence JAPAN「平成29年度医療技術・サービス拠点化促進事業」)
「平成29年度 医療技術・サービス拠点化促進事業報告書」では、医療観光促進における調査報告を確認できる。
2016年:訪日外国人旅行者受け入れ可能な医療機関の選定・公開
観光庁は日本滞在中に不慮の怪我・病気になった外国人の対応として、全国の医療機関をリストにして公開 。
なお、今のところ認証医療機関がリスト化されているのは「JMIP」「JIH」「観光庁による選定」による3種があるため、医療機関としては「どこに認証されるのが良いのか?」ということになると思うが、厚生労働省に「医療観光で、最も推奨されている認証は3種のうち結局どれになるのか?」確認したところ「3種のうち、『この認証機関が一番』」ということは特段ない」とのことだった。
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ジャパンメディカル&ヘルスツーリズムセンター設立
JTBグループは、2010年にジャパン・メディカル&ヘルスツーリズムセンター(JMHC)を設立。事業内容は以下。
- 訪日外国人患者と国内医療機関・健康増進施設をつなぐプラットフォームの運営
- メディカルツーリズム実施のための通訳翻訳、医療滞在ビザの身元保証等業務
- 国際化を目指す国内医療機関、健康増進施設のための支援業務
医療観光に特化したビジネス展開
日本医療観光(東京・中央)は、医療観光、健康診断、治療、美容整形、医療通訳派遣、医療翻訳、VIP観光が専門。富裕層に特化したネットワークを中国全土で構築している。
健康診断・治療の医療コーディネート
シップヘルスケアホールディングス株式会社のメディカルツーリズムを専業とした子会社、メディカル・ツーリズムジャパン(北海道・札幌)。事業内容は以下。
- 日本の医療機関向けの国際化の支援
- 外国人患者の治療コーディネート
- 外国人の健康診断コーディネート
- 日本と国外の医療機関の国際医療交流協定のマッチングコーディネート
- 日本国外への日本式医療展開等の国際医療コーディネート
医療コーディネート
日本エマージェンシーアシスタンス(東京・文京)は、日本の医療機関での受診・治療を希望する外国人患者向けに以下サービスを提供。
- 医療機関の紹介
- 来日から帰国までのサポート
- 医療滞在ビザの取得サポート
- 滞在中、24時間コールセンターでサポート(英語、中国語、ロシア語)
- 通訳、翻訳
- 日本の医療機関への支払い代行
- 来日せずに日本の医療機関のセカンドオピニオンを受けられるサービス
医療観光の問題点・課題
最後に、医療観光における問題点・課題をまとめて終わりにしたい。経産省がまとめた報告書「外国人患者の医療渡航促進に向けた現状の取り組みと課題」の中で、医療機関の受け入れにあたっての問題点・課題を調査している。受入れ課題として、人手不足や外国語対応を課題に挙げる医療機関が多い。
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