エビデンスベースとは?科学的根拠の重要性と事例

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エビデンスベース」という言葉がビジネスシーンで使われることが多くなってきている。従来から医療の現場ではエビデンスに基づく医療(Evidence-Based Medicine(EBM))が重視されてきたが、最近では政策立案においてもエビデンスを求める動きが強まっており、内閣府は2019年度新規予算事業からエビデンスに基づく立案「Evidence-Based Policy Making(EBPM)」を推進する。BtoB商品のマーケティングや消費者へのプロモーションでも、エビデンスが重視される流れが今後さらに強まると考えられる。

エビデンスベースとは?

エビデンスベースの意味

エビデンスベースとは「根拠に基づいた」という意味で、英語では「evidence-based」と表記する。「evidence」は「根拠」や「証拠」、「based」は「基づく」という意味。日本では「エビデンスベースド」、あるいは「エビデンスベースト」と表記することもある。

医療現場でエビデンスベースが重視される背景

医療現場では「Evidence-Based Medicine(EBM)」が提唱され、従来から活用されてきた。一部の医師の個人的で偏った経験を根拠にした臨床判断を行うのではなく、多くの人間を対象に行う医学研究(疫学研究)の成果を重視して臨床判断を行うのがEBMだ。

EBMが世界的規模で注目されるようになったのは、次のようなことが影響している。

  1. 科学的な根拠に基づいた臨床判断の必要性に対する医療者側の意識が高まってきたこと
  2. 患者や家族がインターネットを利用して医療情報を入手しやすくなったことにより、医療の内容・質に対する患者側の意識が高揚してきたこと
  3. インターネットを利用して、コクラン共同計画などのエビデンス・データベースから、質の高い臨床研究の結果を効率よく入手できるようになったこと
  4. 臨床疫学や統計学の進歩により、根拠となる臨床研究のデザインや方法論、妥当性・信頼性を判断するため基準が整備されてきたこと
  5. 医療の標準化と効率化を求める行政側からの要求が高まってきたこと
    引用:公共社団法人日本理学療法士協会「EBMとは」

 

EBMは、このような社会の要求と技術革新を背景にしているが、EBM自体の有効性・効果を証明するエビデンスは乏しいとの指摘もある。医療の標準化と効率性はEBMの本来の目的ではないものの、EBMが医療の質向上と医療費の削減の両面に貢献できるかどうかについて議論がなされている。

EBMに求められること

京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学の中山健夫氏はEBMを次のように解説している。

「最善の根拠」を基に、それに「臨床家の専門性(熟練、技能など)」、「患者の希望・価値観」、「(個々の)臨床の状況」を考え合わせて、より良い医療を目指そうとするものです。決して臨床家の専門性を否定して、「根拠」となる研究論文だけを頼りにするものではありません。「根拠」を基に、患者さんやご家族が医療者と話し合いながら治療方針を決めていきます。(引用:厚生労働省委託事業「EBM(根拠に基づく医療)普及推進事業Minds」)

 

また同氏は、エビデンスは一般論として参照にしつつも、患者の個別の状況や医療の行われる場の特性も考慮する必要があると言及する。

EBMは「最善の根拠」を基に、それに「臨床家の専門性(熟練、技能など)」、そして「患者の希望・価値観」を考え合わて、より良い医療を目指そうとするものです。近年、この3つの要素に「個々の患者さんの状態や置かれている環境」が追加されました。肥満している糖尿病の患者さんでも、変形性膝関節症を持っていたら(併存症)、膝の痛みのため、一般的には勧められる運動療法を行うことが難しい場合もあります。同じ患者さんでも地域の診療所と大学病院、または医療制度の異なる日本と米国では、期待される医療、行われる医療は変わってきます。今日では、このような視点から、研究の成果である根拠(エビデンス)やそれをまとめた診療ガイドラインを一般論として参照しつつ、患者の個別の状況や、医療の行われる場の特性も考慮して、より良い医療を考える必要があると言えます。(引用:厚生労働省委託事業「EBM(根拠に基づく医療)普及推進事業Minds」)

 

EBMの広まりに対し、看護現場におけるEvidence-Based Nursing(EBN=エビデンスに基づく看護)に関しては、情報が少ないという課題がある。EBNは、患者に対して最善のケアを提供する手段であり、看護熟練者の経験と知識に基づいて行われてきた従来のケアに代わり、最善の科学的なエビデンス(根拠)を活用して個々の患者にとって最善のケアを提供しようとするもの。「エビデンス」「患者の意向」「臨床経験」「資源」の4要素を総合的に判断して最善のケア内容が決定される。看護現場でも、EBNが重視されるようになっており、例えば1998 年から雑誌「Evidence-Based Nursing(BritishMedicalJournal 社)」が発刊されているものの、いまだ多くは医学関係のもので、看護に関する論文は数少ないと指摘されている。

エビデンスをつくる主な4つの試験

エビデンスをつくるためには主に以下4つの試験がある。

  • ランダム化比較試験
    RCTと略されることもある。対象をランダムに選び、介入(薬・検査・看護など)を行うグループ(実験群)と介入を行わない群(対照群)に分け、評価を行う方法
  • コホート研究
    ある集団(コホート)を追跡し、コホート内の人々の間で喫煙、運動、食生活などのイベント発生がどのように異なるのかを調べ、その違いでその後どのような経過をたどるかを見る方法
  • 症例対照研究
    症例(患者)と「なるべく性別や年齢、住所などが似ている、病気でない対照」の2群を選び、過去にその病気の要因となる状況にどれくらい当てはまっていたかを調べる方法
  • 記述的研究
    「この患者さんにこのような治療を行ったら回復した」といったデータを記述する方法

さらに試験の用い方で「エビデンスレベル」が以下のように変わってくる。この「エビデンスレベル」とは、信頼の程度とも言える。エビデンスレベルは1が最も高く、5に移行するにつれ信頼の程度が低くなる。

  1. 1つ以上のランダム化比較試験
  2. 1つ以上の非ランダム化比較試験
  3. 1つ以上の分析疫学的研究(コホート研究や症例対照研究)
  4. 症例報告などの記述的研究
  5. 患者データに基づかない専門家・委員会の報告や意見
    引用:看護ネット「エビデンスがある」とはどういうことか?(聖路加国際大学運営)」

 

政治・教育のエビデンスベースの取り組み

政治におけるエビデンスベース

エビデンスベースの取り組みは政治でも進展している。「Evidence-Based Policy Making(EBPM)」と呼ばれるもので、「根拠に基づいた政策立案」と訳される。

2018年12月7日に閣議決定された「平成31年度予算編成の基本方針」では、「各省庁は全ての歳出分野において行政事業レビューを徹底的に実施するとともに、証拠に基づく政策立案「Evidence-Based Policy Making(EBPM)」を推進し、予算の質の向上と効果の検証に取り組む」とされている。これを踏まえ、内閣府本府では2019年度から、新規の予算要求において次のような取り組みを実施している。

  1. ロジックモデル(以下図参照)の作成
  2. ロジックモデルへのアウトカム指標の記載
  3. 推進室によるロジックモデルの公表
  4. 定量的なアウトカム指標が困難な場合の代替指標と理由の記載
  5. 各部局による検証
  6. 各部局による推進チームへの検証報告、その公開
  7. 事業実施の見直しや継続予算要求は検証結果を踏まえる

 

EBPMには、政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化した上で合理的根拠(エビデンス)に基づくものにしていくという考え方が込められている。政策効果の測定に重要な関連を持つ情報や統計等のデータを活用したEBPMの推進は、政策の有効性を高め、国民の行政への信頼確保に資するものと考えられている。

教育におけるエビデンスベース

教育現場でもエビデンスベースが進んでいる。「Evidence-Baced Education(EBE)」といわれ、科学的根拠に基づいた教育政策のことを指す。教育現場では教育者の経験に依拠した根拠のない教育が行われることがあるとの指摘もされる中で、データを収集して分析し、根拠に基づいて得た知見から教育を実践することを目指す。多忙な教育現場でエビデンスベースを実現するために、教育者と研究者が協同して進めるなど、組織的な取り組みの必要性が高まっている。

EBEの研究者として著名な中室牧子氏は、欧米の教育におけるEBEの状況を次のように語っている。

アメリカでは、教育政策では、実験ベースのエビデンスが示される必要があるという考えが広く浸透しており、無数の社会実験が実施されています。アメリカでは現代の教育政策の法律的支柱といわれるNo Child Left Behind法(落ちこぼれ防止法)の中で、「教育に科学的根拠のある研究」をという言葉が100回以上も繰り返し用いられています(引用:慶應義塾大学中室牧子研究室)

 

また、日本のEBEの課題についてもこう話す。

日本の教育政策には、事後的に定量的な政策評価が実施されなかったがために、子ども手当やゆとり教育などのように流行が廃れるかのように終了し、しかもその政策にどのような効果があったのか(あるいはなかったのか)、いまだにはっきりしないものがたくさんあります。私は経済学の「効果測定」(Impact Evaluation)と呼ばれる手法を用いて、教育政策の効果測定を実施することに関心を持っており、多くの自治体や学校と共同研究を実施しています。「教育に科学的根拠を」―これは教育にかける1円のお金を生きたお金にする試みです。少子化が進み、日本の財政状況が悪化するなかでは大変重要な考え方です。(引用:慶應義塾大学中室牧子研究室

 

エビデンスベースをマーケティングに活かす

マーケティングにおけるエビデンス

マーケティングにおいてもエビデンスを活用する取り組みは広がっている。科学的根拠を示すことで、分かりやすく、信頼性のある商品価値を顧客に伝えることができる。

エビデンスベースのマーケティング戦略 「JINS」「キリン」

エビデンスベースのマーケティングを取り入れているJINSとキリンの取り組みを見てみよう。

例1.JINS

眼鏡チェーン店「JINS」のブルーライトをカットする商品「JINS SCREEN」。同品のプロモーションにおいて、ブルーライトを発するメディアに接触する時間が近年急増していることやその影響を論文を用いて解説している。さらには同社の「JINS SCREEN」のブルーライトカット率についても欧州統一規格である「EN基準」を用いていると説明。

こうした手法を評価する声がネット上に投稿されている。

JINSがマーケティングで絶対に外さないポイントのひとつがエビデンスです。具体的には科学的な根拠に基づく実証された効果を、目に見える数字として提示をしながら訴求をしていくマーケティングですね。JINS PCの商品を説明したページを見てもらえればその意味合いは伝わると思います。医療の世界では科学的根拠に基づく医療としてのEBM(Evidence-Based Medicine)は基本になっていますが、JINSのそれは言わばEvidence-Based MarketingとしてのEBMですね。(中略)エビデンスの有無で商品に対する信頼度、そこから生じる説得性というものは大きく違ってきますからね(引用:「伊藤友紀の『ビジネス・リフティング365』」)

例2.キリン

2つ目の事例はキリンの「キリンフリー」。キリンは「キリンビール事業方針」において、エビデンスマーケティングを積極的に採用することで「商品を通じて、分かりやすい根拠・裏づけのある価値をお客様に提案していく」としている。背景に「分かりやすい商品に対するニーズへの高まり」があるとしている。成功例として、2009年に発売したノンアルコール・ビールテイスト飲料「キリン フリー」を挙げている。キリンフリーでは、ノンアルコール飲料に対して顧客ニーズが高い「車の運転は問題ないのか?」を想定し、警察庁科学警察研究所の論文を参考に運転シミュレーターでの実験を実施。「キリン フリー」を飲んでも運転能力に影響がないことを確認している。

 

エビデンスベースは必要不可欠なのか?

最適な治療法を検討するエビデンスベースの考え方は、看護ケア手法や教育の在り方、政策立案手法にまで広がってきている。こうした流れは最終的には消費者へ波及することにつながり、商品選択で科学的根拠を求める意識がこれまで以上に消費者の間で高まると考えられる。

企業サイドで見ると、商品の価値提案において科学的な根拠を示せる論文を集めたり、自社で研究の実施、統計データをマーケティングに利用する活動が特にヘルスケア業界を中心に急速に広まっている。

一方でエビデンスベースの手法が広がるにつれ、課題も指摘されるようになってきた。エビデンスは意思決定に至る材料の一つでしかなく、あまりにエビデンスを重視しすぎて、医療現場の医師や教育現場の先生の経験則を軽視や排除するものではないという観点も強調されるようになった。

ビジネスシーンにおいても、エビデンスベースは絶対的である、とも言えない。「サプリメントを購入する時の重視点は何か?」という調査で「エビデンス」と回答した女性は27.8%で7位となっており、企業が思うほどエビデンスを重視しているわけではない様子がうかがえる。

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エビデンスを重視するが故になかなか事業を開始できないというケースも少なくない。例えばヘルスツーリズム。エビデンスを得るために時間とお金をかけたものの集客に苦戦し、結果、日の目を見ることなく自然消滅することが割と頻繁にある。反対にエビデンスを得ていないのに、集客に成功し、さらにはヘルスケア効果をしっかり実感させて客を満足させている人気のヘルスツーリズムもある。ヘルスケア業界においては、当然エビデンスは重視されるべきだが、エビデンスが必ずしも求められているのか?と俯瞰して考えることも必要だ。

 

他、エビデンスを活かそうにも、活用すべきデータの集積が進んでいない、さらにはデータの解析や理解は簡単ではなく、そうした専門知識を持つ人が少ないといった問題も指摘されている。程よくエビデンスを取り入れる“ちょうど良いバランス”が必要なのかもしれない。

 

 

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