フェムテック企業が1年後も生き残るために備えるべき事 〜デジタルヘルスが未だに普及しない理由から考察〜

ガートナー社が提唱する有名な概念「ハイプ・サイクル」でいうと、国内のフェムテックは今「黎明期」を過ぎ「過度な期待のピーク期(フェムテックへの期待が最も高まる時期)」に入るところ。この考えに従うなら、ここからは期待と現実とのギャップから世間の関心が失われていく「幻滅期」に入り、フェムテック業界は厳しい淘汰が始まる。

この状況で生き残るには、フェムテック企業は今から何に備えておけば良いのか?その参考になるのが、フェムテックの一歩先を行く「デジタルヘルス(※)」。というのも、今デジタルヘルスは「幻滅期」の真っ只中で、普及・拡大が思うように進んでいないからだ。そんな課題先進業界であるデジタルヘルスの課題から、フェムテック企業が学べることは多い。1年後も生き残っているために、今から備えておくべきこととは?

(※)デジタルヘルスとは、AI・IoT・ビッグデータなど先端のデジタル技術を活用した健康管理・医療・介護関連の製品・サービスのこと。またはその概念。広義ではフェムテックも内包する概念ではあるが、デジタルヘルスの言葉が先行して登場したため、本稿ではあえて「デジタルヘルス」と「フェムテック」は切り分けて考えていきたい。

デジタルヘルスとフェムテックの現在地

ハイプ・サイクルとは?

ハイプ・サイクルとは特定の技術の成熟度や社会への適用度を示す技術評価の概念で、テクノロジー領域をメインにリサーチを行う米国企業のガートナー社が提唱している。例えば、ブロックチェーン、AI、5G、量子コンピュータなど、様々なテクノロジー技術が今どの時期にあるのかを示しており、同社はこの全体像をまとめた「ハイプ・サイクルマップ」を、毎年発表している。

【出典】日本のハイプ・サイクル(ガートナー,2020年)

ハイプ・サイクルは5つの段階で構成されており、同社が定義している各段階の内容を要約すると次のようになる。

<1.黎明期>

ある技術・概念が生まれる時期。新製品などがメディアで報道されることで注目されるようになり、世の中の関心が高まり始める。

<2.「過度な期待」のピーク期>

メディアによる報道や業界での盛り上がりから、その技術・概念への期待が最も高まる時期。流行期とも言える。過度な興奮から非現実的な期待ばかりが先走ることも。参入企業が増え成功事例も出てくるが、多くは失敗に終わる。

<3.幻滅期>

過度な期待と現実とのギャップから、世間の関心が急速に失われていく時期。PMFに到達できず撤退する企業が増え、取り上げるメディアも急減する。

<4.啓発期>

プロダクトの改善や資金力で幻滅期を乗り切った企業が、技術やプロダクトの利点や適用方法を世間に発信・宣伝していく時期。

<5.生産性の安定期>

技術やプロダクトの適用可能な範囲が明確になり、また関連性が広がることで世の中に広く受け入れられるようになる時期。技術は安定して進化し、これまでの投資が確実に回収されていく。

デジタルヘルスは「幻滅期」

ハイプサイクルを理解したところで、いよいよデジタルヘルスの現在地を改めて確認しよう。ガートナー社が発表した最新のハイプ・サイクルマップによると(2020年)、デジタルヘルスは現在「幻滅期」に位置付けられている。

【画像】日本のハイプ・サイクル(ガートナー,2020年)

【画像】日本のハイプ・サイクル(ガートナー,2020年)

デジタルヘルスの歴史を振り返ると、この言葉が国内のメディアで登場したのは2000年に入ってから(編集部調べ)。デジタルヘルスのトピックを専門に扱う「日経デジタルヘルス(日経BP)」の創刊は2014年で、特にこの頃から、業界紙やビジネス誌がプロダクト事例を紹介するようになり、言葉そのものの認知も広がり定着した。

だが最近は以前と比べて世間の関心が少々落ち着いているのは、肌感としてあるだろう。理由は単純に「デジタルヘルスに目新しさがなくなり“映え”しなくなったため、取り上げるメディアが減った」という見方もあるが、ハイプ・サイクルの視点で専門的な見方をするなら、「デジタルヘルスが『幻滅期』に入ったから」ということになる。要はデジタルヘルス誕生当時の期待と、社会実装期に入ってもなかなか普及・拡大が進まないという現実のギャップが表面化してきたということだ。

これについてはすでに各所が指摘をしており、例えば2018年に開催されたデジタルヘルスの国際的カンファンレンス「Week of Health and Innovation」では、ヘルスケア領域におけるテクノロジーが進化する一方で、社会実装が進まない現実のギャップについて議論がなされた。その原因として大きいのが、実装における多大な労力と時間で、中には導入から定着までに17年を要した事例もあるという参考:富士通総研

上記は2018年の議論だが、それから3年経過した今もさほど大きな進展は見られていない。国内の最新の現状については後述する。

フェムテックは「過度な期待のピーク期」

では次に、フェムテックの現在地について考えてみよう。ハイプ・サイクルマップ上にフェムテックが記載されていないので、こちらについてはウーマンズラボ編集部の視点となるが、女性ヘルスケア市場を定点観測している限りでは、国内のフェムテックは昨年までが黎明期。今年になり「過度な期待のピーク期」に入ったと感じている。

昨年まではベンチャーを中心に限定的に盛り上がってきたが、今年になり大手企業も続々と参入。生理ブームの後押しもあり、今年はマスメディアがこぞってフェムテックを取り上げるようになった。女性誌でも頻繁に特集に組まれ、テレビ番組、百貨店のポップアップストア、オンラインイベントなど、女性たちの目に留まる機会は格段に増加。まさに「過度な期待のピーク期」の段階だ。おそらくこの状況は年内いっぱい続くだろう。だが来年以降は徐々にマスメディアの報道も落ち着き、「幻滅期」に入っていくのではと読んでいる。

 

デジタルヘルス、なぜ普及しない?

経産省は先月、国内外のデジタルヘルスのサービス事例と現状の課題をまとめた研究報告書を公表した第四次産業革命時代におけるヘルスケアサービス分野のデジタルトランスフォーメーション等に関する調査研究。これを見ると、デジタルヘルスの普及・拡大を阻んでいる要素が各所に存在し複雑に絡み合っていることがわかる。問題は単純ではなく、普及拡大への道のりはやはり遠そうだ。

国内外のデジタルヘルス事例

デジタルヘルスの課題を確認する前に、同書がサービス事例として取り扱っているデジタルヘルスの領域を確認しておこう(以下)。なお事例は医療系と介護の領域に絞られているだが、デジタルヘルスに該当するのはこれだけではないことは注意しておきたい。ここに記載はないが例えば、生理・食事・運動・睡眠管理といったライトな健康管理系アプリや、スマートウォッチなどのウェアラブブルデバイスもデジタルヘルスに分類される。

<報告書に掲載されている事例>

  • メンタルヘルスの発症予防・重症化予防、モニタリング
  • 慢性疾患患者の治療アプリ(糖尿病、ニコチン依存症、不眠症、メンタルヘルス、疼痛ケア)
  • COVID-19 関連(行動記録・健康管理、健康モニタリング、感染情報可視化、ウイルス情報提供、フィットネス)
  • 個人の健康関連データ(PHR)の共有、医療・健診・処方薬等データ連携
  • AI問診等による患者振り分け・初診時の効率化
  • AI画像診断等の医療行為サポート
  • 医療MaaS
  • 訪問介護マッチング(人材・サービス)
  • 見守り
  • 遠隔介護・リハビリ
  • 業務支援
  • 介護系メディア
  • 移動・交通・外出支援
  • 社会とのつながり、生きがい、趣味
  • 保険関連サービス
  • フィンテック

デジタルヘルスの普及・拡大が進まないワケ

では、いよいよ本題に。なぜデジタルヘルスは普及・拡大が進まないのか?この理由を探るため、同研究では、この領域で実際に開発をしているベンチャー企業、そして、ユーザー側になる医師・介護事業所などにヒアリングを実施(※)。それぞれの立場でそれぞれが特有の課題を抱えていることが明らかになった。立場別に課題を見ていこう。(※)同研究においては一般消費者へのヒアリングは実施されていないが、本来は、一般消費者個々もデジタルヘルスのユーザーとなる。

<開発者側の課題:ベンチャーの課題>

  • ベンチャー側が提供したい機能と医師側のニーズがマッチしていない
  • 医師ごとにニーズは異なるものの、リソース面から多様な声を拾うのが難しいため、結局、ベンチャー側が提供したいと考える機能を実装することになる
  • 新たな治療法の場合、販売前にまずは医師への周知が必要
  • 薬事承認・保険償還のプロセスに時間がかかり、ベンチャーでは資金的体力がもたない
  • 患者データを個人同意の上で収集しサービス開発に活用する場合、データ取得コストが大きくかかる
  • ベンチャーにとって医療機関への営業コストは高い
  • 開発した新サービスが保険償還されても、ユーザー側(医療機関)での知名度がない。製薬であればMRの営業により医療機関側が「一度使ってみようかな」となるが、ベンチャーにはそのようなリソースもない
  • 資金調達が十分にできていない事業者が多い(特に介護領域では成功事例が少なく、投資家からの出資が少ない)
  • 資金不足・人材不足から、サービスの認知向上のための活動に十分な投資ができない
  • 訴求するためのエビデンスや実績が不足している

<ユーザー側の課題:医療機関の課題>

  • よくわからないベンチャーのサービス導入には抵抗感がある
  • ベンチャーからのプッシュ型営業が高頻度でやってくるため、必要なものの選別ができず、検討を先送りするのが現状
  • ベンチャーから「お試しで使って」と営業されるが、実際に患者を診ながら使ってみないとわからないところもあり、判断は難しい
  • 先進的なものを取り入れたとしても、安心して患者にサービスを提供できる保証がない
  • 医師の関心事は、デジタルサービスよりも目の前にいる患者
  • サービスによっては、もともとある院内システムとの接続費が発生するためコストがかかる
  • サービスの導入によりオペレーションが変わるのは、現場のスタッフにとって負担。しかも、うまくワークするかどうかは実際に導入してみないとわからないのが懸念点
  • そもそも、日本の医療機関のIT化が遅れている

<ユーザー側の課題:介護事業所の課題>

  • 中小零細規模の事業所が多いため、サービスを導入するだけの資金が十分にない
  • サービス導入を判断できるだけの人材・能力が不足している(それ以前に、そもそも人材不足)
  • 介護従事者・利用者・利用者家族のデジタルリテラシーが低いため、導入が困難
  • サービスを導入できるだけの十分なインフラが整っていない
  • サービスを導入しても、現場のオペレーションが改善されない(介護業界はいまだに電話・ファックス・紙の文化であるため、デジタルサービスを導入しても定着しない)

<ユーザー側の課題:自治体の課題>

  • デジタルヘルスのサービス導入に積極的な自治体がそもそも少ない
  • サービスを知らない自治体が多い
  • サービス導入に対するインセンティブ付与のルール変更を検討するにも、エビデンスが少なく難しい

 

フェムテック企業が今から備えるべきこと

ハイプ・マップ上で「幻滅期」に位置付けられている通り、デジタルヘルスは高い話題を集めてきた一方で、課題が山積み状態。本稿では、デジタルヘルスの恩恵を特に大きく受けるはずの医療業界と、反対に、DX化が最も遅れていると言われる介護業界における課題を見てきたが、この状況はフェムテックを始めその他のデジタルヘルス(スポーテック、フードテック、エイジテックなど)においても同様に指摘できるだろう。

最新技術の面ばかりが先行してスポットライトを浴びるも、実際の社会実装や継続的な売上確保までに至れるのは、ほんの一握り。業界特有の事情・文化・デジタルリテラシー・モチベーションが障壁になることもあれば、消費者個々の現実的な生活にフィットせず話題の割には売上につながらない、なんてことはざらにある。新製品・サービス発表から社会実装まで時間がかかれば今度は技術が古くなり、スピードが重視されるクロステック業界では致命的な問題を抱えることになる。こういったことが、「幻滅期」で見られる期待と現実のギャップだ。

遅かれ早かれ、今後フェムテック業界にもやってくるこの「幻滅期」。今から何にどう備えておけば良いのか?本稿で見てきたデジタルヘルスの現在の課題から考察できるポイントを、最後にまとめておきたい。すでにフェムテックに参入した企業も、これから参入を検討している企業も、以下の課題は常に頭に入れておこう。

  • 開発後のマーケティング・営業・PRコストの計画と確保(人・資金の確保)
  • 知名度を上げ、社会的信頼を高める(PRの強化)
  • 十分なエビデンスの取得
  • フェムテックや女性の健康問題に関する啓発活動で、市場全体の需要を高める
  • 不必要に営業コストをかけないために、マーケティング戦略を十分に練る
  • 医療者や女性の健康問題に精通した専門家とチームアップで開発・マーケティングに取組む
  • ユーザー(医療機関、法人、女性消費者など)と積極的に交流し、現実的で受容性あるプロダクトを開発する
  • ユーザーが所属する業界やコミュニティの、特有の文化・環境・デジタルリテラシーなどを事前に確認しておく

 

 

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