コト消費・モノ消費・トキ消費とは?企業事例を紹介
「コト消費」へと主戦場が移った日本市場。さらに最近は、「コト消費」になびかない女性消費者は「トキ消費」へと移り始めている。「所有に興味を示さない」「SNS上では積極的に情報シェアを行うが、購入はしない」「欲しいものがない・わからない」「(新しい商品・サービスを探すのが面倒だから)現状の商品・サービスに不満があるけど買い替えはしない」、そんな今どきの女性消費者に振り向いてもらうために、コト消費、モノ消費、そして新たな消費活動であるトキ消費を理解したい。
「コト消費の基礎知識」
経済産業省のレポートは、コト消費の必要性を以下のように説いている。
わが国では、人口動態の変化による総需要の減少や、社会の情報化・高度化により消費の成熟化が進み、モノやサービスの国内市場はより厳しいものとなってきている。このような市場環境においては、消費者(買手)が支払う対価として、機能的な価値を提供するだけでは十分ではなく、より直接的に顧客が満足感や高揚感を得られる、情緒的な価値を提供することが求められる。(引用:経済産業省「平成27年度 地域経済産業活性化対策調査」)
コト消費とは
コト消費とは、「商品やサービスの購入により得られる“経験”を重視した消費傾向」のことを指し、特別な時間や体験、思い出などに価値があるとする。具体例としては以下の項目。
- 旅行
- 習い事や資格取得
- 趣味
- 飲食
- パーティー
- 快適な空間で過ごす時間
- エコな活動やボランティア活動
など
コト消費以前の傾向は「モノ消費」
コト消費に対し、モノ消費とは「モノ(商品)を所有することに価値を見いだす消費傾向」のことを指し、商品・サービスそのものの機能に価値を見い出す。2000年前半ごろから「コト消費」が広まり始め、消費傾向は「モノ消費<コト消費」へと変遷している。
コト消費が広まった背景
なぜ、モノ消費からコト消費へと消費傾向が変化したのか。コト消費が広まった背景は主に以下4つの要素が挙げられる。
- 国内市場における消費の成熟化が進んだこと
- 消費者が生活に必要なモノをすでに所有している状態になり、モノの価値だけでは選ばれにくい時代になったこと
- 幸せや生活の充実を「精神的充足感」に求めるようになったこと
- インターネットの普及により価値基準が多様化。特にSNSの普及で体験をシェアすることに価値を見出すようになったこと
モノがまだ少なかった時代は、生活者の暮らしを豊かにするテレビやクーラー、自動車、冷蔵庫、洗濯機、テレビなどは市場に投入すればすぐに売れ、「商品・サービスそのものの機能が価値」と捉えられていた。高度経済成長期~バブル期は「モノ消費」全盛期で、多くのモノを所有することこそ、幸せの象徴・成功の証・頑張ったご褒美と捉えられていた。ブランド品や高級車、宝飾品など高額な物への消費が活発だったバブル期はまさにそれらを象徴している消費傾向が見られ、企業は「機能的価値」さえ提供していれば売れる時代だった。
ところが、モノやサービス、情報などあらゆるものが過剰供給状態にあり、すでに多くのものを持っている今の生活者は、極端な表現をすると「欲しいものが特にない」「欲しいものが分からない」状態。富裕層に関して言えば「お金の使い道がない」という声も聞く。さらには若い層を中心に「断捨離やシンプルライフなど、いかにモノを増やさないか?」に考え方がシフトし始めている。 50~60代以上の中年層は早々と「終活」を開始し、手元にあるモノを次々に処分し、生前整理を行うのが最近のトレンドだ。
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モノからコトへのシフトは顕著
ジェイアール東日本企画が実施した以下の調査結果からは、モノからコトへのシフトが顕著に進んでいることが分かる。モノの所有には消極的である一方で、コト消費には高いニーズがある様子がうかがえる。
年齢層別の平均消費性向の推移データ 20~30代は低下幅大
所得に占める消費支出の割合を示す「平均消費性向」の推移データ(消費者庁「若者の消費」)を確認すると、全体が低下傾向にはあるが、特に「25歳未満」「25~29歳」「30~34歳」の低下幅が大きい。
消費意欲の低下が確実に進む中、女性消費者たちに単純な方法でモノを売ることは容易ではない。前述の通り、市場の成熟化や消費行動・価値観の変化が「モノが売れない時代」の要因と言えるが、長引く節約志向も当然大きく影響しており、2019年10月の消費税10%引き上げはさらなる国内消費の冷え込みを招くだろう。そこで有効なのが、コト戦略を基点にしたマーケティング戦略。まだ「コト消費」マーケティングに着手していない企業は、消費税増税も見据えた対策急がれる。
企業のコト消費事例
コト消費に重点を置いたマーケティング戦略は大手企業での施策が目立ち、中小企業はまだ着手していない印象が強い。企業動向を定点観測していると、商品・サービスの単純なリリースやキャンペーンで関心を惹こうとするよりも、「行ってみたい」「買ってみたい」「利用してみたい」気持ちにさせる仕掛け、つまり「コト消費」を提案するケースの方が話題性は高く集客に成功しているようだ。コト消費に力を入れることは新規顧客獲得だけでなく、リピーター(ファン)の獲得にもつながっている。企業各社の取り組みを見てみよう。
【蔦屋書店】本を売るだけでなく、さまざまな体験ができる空間を提供
コト消費の成功事例として度々取り上げられるのが蔦屋書店。一般的な書店は本を陳列販売しているだけだが蔦屋書店はコト消費を促す仕掛けを散りばめており、カフェ、ラウンジ、トラベルカウンター、ペンの名入れサービス、クリニックなどを併設している。来店者は蔦屋書店に行くだけでさまざまな体験ができる。
【ヤッホーブルーイング】ビールを売るだけでなく、ビールのある生活を提案
クラフトビールのメーカーとして多くのファンを持つヤッホーブルーイングの人気を支えるのは「商品=機能性価値」だけではない。同社は年に1回、ファンと同社のスタッフたちが交流するアウトドアビッグイベント「超宴」を開催しており、イベントではワークショップ、音楽ライブ、料理などさまざまなコンテンツを用意。毎回大きな盛り上がりを見せている。
他にも「早く帰れる夜をふやそう」というキャッチフレーズのもと、「定時退社協会」を立ち上げるなど、同社のおもしろい取り組みは多くのファンを楽しませている。
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【キッコーマン】ワインを売るだけではなくweb上でアッサンブラ―ジュ疑似体験を提供
キッコーマンが2018年11月に開始したのは、ワインの新しい楽しみ方を提案する体験型サービス「ワインブレンドパレット」。アッサンブラージュとは、ワイン原酒を複数組み合わせてブレンドすることを指す。世界の多くのワイナリーで行われているが、専門知識を要するため一般の人はなかなか体験できない。ワインブレッドパレットでは、そのアッサンブラージュをウェブ上で疑似体験できるようになっており、ECサイト上でさまざまな原酒からアッサンブラージュに使うものを選び、それらのブレンド比率を決める。ウェブ上で創作したオリジナルブレンドのワインは1本単位で製造され、後日郵送で届けられる。
【明治】チョコを売るだけではなく、チョコの新しい楽しみ方を提案
明治はVRやビジュアライズドテイスティングでカカオやチョコレートについてさまざまな体験ができるチョコレート体験型施設「Hello,Chocolate by meiji」を2018年11月19日(月)にオープン。VRを使ったカカオ産地ツアーや、映像・音響とともにチョコレートの香味を体感できるビジュアライズドテイスティングを提供する。施設での体験を通してチョコレートに関する理解を促進するとともに、五感を活用することでチョコレートの新しい楽しみ方を提案する。
年々注目度が高まっているヘルスツーリズムもコト消費の提供だ。一般的な旅館やホテルは、「宿泊+食事+温泉」のみを提供するが、ヘルスツーリズム型プランでは、運動プログラムやヘルシーな食事など、「宿泊しながら健康になる」ための健康プログラムを組み込んだプランにすることで、新しい体験や感動、楽しみを提供する。
コト消費戦略を取り入れることで消費者の囲い込みができるだけでなく、競合他社との価格競争や、これ以上の高品質化(アップデート)が難しい「機能性向上による激しい競争」をせずにすむ利点も大きい。
コト消費の次に来る消費傾向「トキ消費」とは?
ただ、コト消費が急速に生活者の間に広まり各社がコト消費マーケティングを取り入れるようになったことで「ありきたり感」が蔓延し始めていることは否めない。そこで「コト消費」の次の消費スタイルとして注目を集め始めているのが、博報堂生活総研が新たに提案する「トキ消費」だ。
トキ消費とは
トキ消費とは、同じ志向を持つ人とその時間や場所でしか味わえない盛り上がりを共有することで楽しむ消費行動のことを指す。SNSやスマホの普及に伴い、コト(体験)に関する情報が氾濫し始め、消費者はコト体験に既視感を得るようになった。特別感や貴重さが薄れたことで、消費者たちがコト体験の次に価値を見出すようになったのが、トキ消費だ。博報堂生活総研によるとトキ消費の主な特徴は以下3つだという。
- 非再現性:同じ体験は二度とできない
- 参加性:参加することが目的になっている
- 貢献性:貢献していることが実感できる
トキ消費の例
トキ消費は、ハロウィンや音楽フェス、サッカーFIFAワールドカップなど同じような趣味を持つ人が集まるイベントや、コラボカフェやファンミーティング、オンラインサロンなど好きなものがテーマになっている場所が該当する。博報堂生活総研による以下の事例はトキ消費を理解しやすい。
酒井:例えば、アイドルグループ「ももいろクローバーZ」の活躍が挙げられます。彼女たちは武道館での単独ライブや「NHK 紅白歌合戦」に出演するという目標を掲げて、ファンと一緒に成長していく姿勢を打ち出して、徐々に人気を獲得するようになりました。まさに同じ“トキ”共有しようという姿が共感を得たのです。
中島:同じように、宮崎駿監督の映画「天空の城ラピュタ」のテレビ放映時に、タイミングを合わせてTwitter上に「バルス!」と投稿して一緒に盛り上がる“祭り”も当てはまるでしょう。その他にも、ハロウィンに仮装して渋谷のスクランブル交差点で見知らぬ人とハイタッチを交わす行動、クラウドファンディングで公開に結びつけた映画『この世界の片隅に』も「トキ消費」と言えます。(引用:HAKUHODO「コト消費」では説明できない。博報堂生活総研が新たに提案する「トキ消費」とは?)
フリマアプリ「メルカリ」のライブ配信は、出品者とファン(または購入者)がリアルタイムで交流ができ、ファンが画面を通してスタンプやメッセージを送ると、出品者から「〇〇ちゃん、メッセージありがとう!ぜひ買ってね!」などと話しかけてもらえる。人気の出品者の場合、同時に200人以上がライブ配信を視聴しているのだから、その中から自分だけに話しかけてもらえる体験は特別な感動がある。ただの購入者としてではなく、ファンとして出品者の活動を応援していることも多く、これもトキ消費の一つと言える。
モノ消費、コト消費、トキ消費 を使い分ける
3つの消費スタイルをご紹介したが、決して「モノ消費」を基点にしたマーケティング戦略がNGというわけではない。自社商品・サービスのフェーズ、ブランドイメージ、顧客層などによって戦略を使い分ける必要がある。スマートスピーカーを例に考えてみよう。今までの市場にはなかった商品・サービスで斬新性が高い場合は、「機能性」のみで売り込んでいく、つまり「モノ消費」基点のマーケティング戦略が有効。実際スマートスピーカーは、登場当時は斬新性の高さから注目度が高かった。しかし各社から類似商品が登場すると「機能性」だけをアピールして売ることは当然難しくなる。
そこで「コト消費」を基点にしたマーケティング戦略が必要になってくる。例えば、スマートスピーカーのある暮らしを住宅メーカー&自動車メーカーと協業し、ドライバーやその家族に1カ月間体験してもらうイベントはどうだろう。「海辺の豪華別荘とベンツが1カ月間、あなたのものに!スマートスピーカーがあなたの暮らしを豊かに彩ります」と題したイベントへの参加を通じて、スマートスピーカーに関心を持ってもらうという仕掛けだ。
しかしやがていつかはイベントのインパクトは薄れ、既視感が蔓延すると消費者の興味関心をひけなくなる、つまり消費意欲を刺激することがだんだん難しくなる。そこで次に必要になってくるのは「トキ消費」を基点にしたマーケティング戦略だ。
あるいは、上記のように3段階を踏まずとも、「コト消費」と「モノ消費」をセットにした戦略も考えらえるし、「コト消費」と「トキ消費」をセットにした戦略も考えれる。大事なのは「単純に広告を出して売る」だけのマーケティング戦略ではなく、今の生活者の消費スタイルにあわせたマーケティング戦略の発想だ。
今の女性消費者が大事にしている”コト”を理解する
消費意欲が低下している女性消費者たちに自社商品・サービスに関心を持ってもらうには、彼女たちの興味関心がどこにあるのかを確認しておきたい。
8つの新しい価値観
コト消費、トキ消費で女性消費者の関心を惹き付けるのに、ジェイアール東日本企画の調査結果「生活者の新しい8つの価値観」が参考になる。
豊かな暮らしに最も重要だと思うコト・モノ
消費者庁が実施した「消費生活に関する意識調査」の「豊かな暮らしに最も重要だと思うこと・もの」からは、「コト消費」重視型の消費傾向・価値観傾向が見られる。
- 若年層ほど「家族や友人とのつながり」「時間」を重視
- 年齢の上昇とともに「健康」を重視する割合が急増
- 結婚、出産、家や車の購入などライフイベントが増えることで消費が活発になる20~30代は「お金」を重視する傾向が一時的に高くなるが、ある程度のモノが手元にそろってくる40代を境にお金の重要度は低下する
中間層女性と富裕層女性
なお、女性の興味関心ごとは、その女性が歩んでいるライフコースによって大きく異なる。女性マーケティングを専門とする当社ウーマンズの分析ではライフコース視点で女性を分類した場合、「20~70代の中間層女性」は20クラスター、「富裕層女性」は8クラスターに分類される。詳細はレポート「20~70代の中間層女性・富裕層女性のクラスター」に掲載しているのでご参照頂きたい。
訪日観光客もコト消費へ
観光庁が発表した訪日外国人消費動向調査によると、2018年の累計訪日客による旅行消費額(2019年3月発表)は4兆5,189億円で過去最高を更新した。
国籍・地域別の訪日外国人旅行消費額と構成比
訪日外国人旅行消費額の費目別構成比
訪日外国人旅行者の消費額を費目別で2017年と2018年を比較してみると消費動向の変化が見られる。
- 買物代が減少
- 娯楽等サービス費が増加
- 飲食費が増加
中国人による爆買いは落ち着きを見せ、訪日観光客によるインバウンド消費もモノ消費からコト消費へと消費傾向がシフトし始めている。国内客による国内消費だけでなく、訪日観光客による消費を今後更に盛り上げ、集客力を上げるためにも新たな“打ち手”として、コト消費やトキ消費のマーケティングが必要だ。
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