突飛な発想で介護問題を解決、脚光を浴びる介護サービスの事例3
従来のイメージを覆す介護施設が注目されている。見守りシステムやICTなどの活用で「3K(きつい、汚い、危険)」は改善されつつあるものの、介護施設の入所者やデイサービスなどを利用する人の中には、「介護施設に通っていることを近所に知られたくない」「レクリエーションやゲームなどが子どもじみてつまらない、行きたくない」といったネガティブな感情を抱く人が少なくない。要介護者が増加し介護人材が不足している中、これから求められるのは事業者サイドの意識改革。利用者のニーズやスタッフの働き甲斐を尊重した施設運営や介護福祉サービスへの変革が必要だ。業界の常識を打ち破り、突飛な発想で脚光を浴びている介護サービスの事例を集めた。
カジノにはまる高齢者、「通い続けたくなる介護施設」
「通いたくなるデイサービス」と注目されているのは、関東・中部・九州地区で20店舗以上を展開する「ラスベガス(LAS VEGAS)」(※)。本場アメリカ・ラスベガスのカジノを彷彿とさせる施設だが、運営する日本シニアライフ(東京・港)は「ゲーミングの要素を取り入れた施設」と定義し、「楽しくなければ続かない」という考えのもと、利用者が自ら楽しみ、意欲を高め、そして通いたくなるようなサービスを提供している。
<ラスベガスでの1日の流れ>
- 09:00 自宅まで特別仕様車でお迎え
- 09:30 健康チェック(体温、血圧測定)
- 09:40 朝食(希望者のみ)
- 09:50 全体運動(オリジナルのストレッチ)
- 10:00 リラクゼーション(映画など)
- 11:00 部分運動(機能訓練プログラム)
- 11:05 レクリエーション(テーブルゲーム)
- 12:00 昼食
- 12:50 口腔ケア(歯磨き)
- 13:00 全体運動
- 13:10 入浴
- 13:10 リラクゼーション(談話)
- 13:40 個別機能訓練
- 14:00 部分運動(機能訓練プログラム)
レクリエーション(テーブルゲーム)では、ブラックジャックや麻雀など勝ち負けを競う。ギャンブルではなく、脳を活性化させるリハビリとして取り入れているという。施設内通貨「ベガス」を使って、1日の終わりに集計。最もポイントの高い人が表彰される。ゲームを通じて本気で喜んだり悔しがったりすることでモチベーションが上がり、認知症予防にも効果が期待できると注目されている。なぜ、このような突飛な施設を始めたのか。同社は次のように述べている。
デイサービスのレクリエーションといえば、計算ドリルに塗り絵など、テーブルで一人で行う物がほとんどでした。高齢者の男性などが、一人で塗り絵や計算ドリルを行うことなど、それだけで苦痛に感じている方も多く、やりたくないという意見も多数いただきました。ラスベガスでは、楽しく脳を活性化できるという目的に対し、もっとも適したものとして「ゲーミングの要素」を取り入れたサービスを導入いたしました。楽しくゲームを行うだけで意識せずに脳機能を活性化できる上に、コミュニケーションや自主性の点でも高い効果を発揮しています。(引用:「ラスベガスの特徴」LAS VEGAS)
利用者の声をフィードバックしてこだわった一つが、送迎車。よく見かけるデイサービスの送迎車は、白地のボディに施設の名称が明記されているが、ラスベガスでは一見デイサービスの送迎車とは思えない黒塗りのワゴン車を用意している。特に男性の利用者に多い「デイサービスに通っていることをあまり近所に知られたくない」という声を反映している。その他、従来の介護施設でよく聞かれるさまざまな不満(例:いつも決まった時間に決まったものを食べさせられたり決まった運動をさせられるのが苦痛、など)に着目した食事、機能訓練、お風呂などにも細やかな配慮が施されている。
こういった配慮は実際に施設の利用者の心を掴んでいる。「黒塗りのハイヤーに乗ることに憧れてラスベガスの入所を決めた」という男性、「娘に勧められて通い始めた。麻雀は生き甲斐」という麻雀経験がこれまで無かった女性、「ラスベガスに行くことはストレス解消」など、利用者の声は実にポジティブ。大病で両足を失い自宅に引きこもっていた男性も通うようになり、今や生き甲斐に。同社がコンセプトに掲げる「通い続けたくなる介護施設」が見事に体現されている。家族の介護をしている家族にとっても、ラスベガスの存在は心強い。自らの意志で介護施設に通うことで、家族の介護負担も軽減されているという(参考:テレビ朝news , 2023.3.5)。
そして何といっても特筆すべきは、要介護度の改善率。同社によれば、要介護認定後から2年後の維持率・改善率は、東京都杉並区(※)が35%に対しラスベガス利用者はなんと81%。驚異的だ。(※)平成22年4月 東京都杉並区の要支援・要介護の全員 10,249名
自ら通いたくなるデイサービスは、認知症患者増加の抑制、老老介護の負担軽減、要介護者の引きこもり、介護者となりやすい妻や子どもの離職率低減などの社会問題解決に大いに貢献しそうだ。以下動画はラスベガス内の様子。
介護士はマッチョ、人材不足を解決
高齢化の進展に伴い要介護者が増える一方で、介護の仕事は「キツい」「給料が安い」といったネガティブなイメージも付きまとい、慢性的な人材不足に陥っている。介護問題の中でも特に問題視されている喫緊の課題だ。
「マッチョ×介護」で人材不足の解消や新しい介護福祉のあり方を推進しているのは、東海地方で訪問介護をはじめ約20の事業所を運営するHIDAMARI GROUP(運営:ビジョナリー)。同グループは福祉業界初となるフィットネス実業団を持つ。その名も「セブンシーズ」。現在は8名が選手として登録し、介護の仕事をしながら数々の大会で活躍している。そんなフィットネス集団がなぜ介護なのか。代表の丹羽悠介氏によれば、フィットネス競技はお金がかかる上に、競技で生計を立てる手段はトレーナーくらいしかないと言う。ただ、トレーナーの数は飽和状態で、それだけでは生活できない人が増えているようだ。
「彼らがセカンドキャリアに不安なく競技に集中できる環境を作ることで、フィットネス競技をもっと盛り上げていきたい。そんな思いも“マッチョ×介護”の発想にはありました。選手たちは正社員として介護の現場で働きながら、フィットネス大会に向けて日々鍛錬している。就労時間は8時間ですが、そのうち6時間が介護の仕事、2時間が筋トレに割り当てられます。また、特殊雇用手当として毎月2万円のプロテイン代を支給。大会の出場費や交通費も会社負担で、彼らの夢をバックアップしています」(引用: ORICON NEWS「プロテイン代の支給も…“マッチョ×介護”で人材不足を改善 飽和状態のフィットネス業界の課題解決も担う」)
美容業界の道を歩んでいた丹羽氏だが、紆余曲折を経て介護福祉業界に踏み込んだ理由をこう述べる。「この業界は女性が多いことに気づきました。体力が必要な仕事のため、このままでは業界に限界がきてしまう。業界イメージや仕組み自体を中から変えていくことで、男性ももっと活躍できる業界にできるのではないかと可能性を感じました(同社HPより)」。
介護職は、移乗や入浴などで繰り返し介助を行ったり中腰など不自然な姿勢で作業をすることが多いため、腰痛になりやすい。介護労働安定センターが介護事業を行う事業所で働く人を対象に「仕事における悩み・不安・不満」を調査したところ、1位「人手が足りない」、2位「仕事内容のわりに賃金が低い」に次いで3番目に多かったのが「身体的負担が大きい(腰痛や体力に不安がある)」(令和3年度介護労働実態調査)。腰痛は介護職の職業病だ。介護職に就くのは圧倒的に女性が多いことや、体力・筋力が衰えている中高年層が多いことも、この結果の背景にあるだろう。
だがマッチョ介護士なら、日々体を鍛えているので人を抱き抱える力が十分にあり、介助時の力の入れ方や体の使い方も熟知している。腰を痛めたりする心配がない。被介護者である利用者にとっても、筋力がある介護士に介助をしてもらうのは安心だ。女性利用者は「軽々持ってくださる。だからすごく安心です」と、テレビ取材に答えている(テレビ愛知「5時スタ」2022年11月放送)。
マッチョ介護士にとってこの職場は「自分の夢を実現できる場」でもあり「自分の強みを活かせる場」。施設利用者にとっては「体力・筋力が安定している介護士に介助をしてもらえる安心感」がある。双方にとってメリットのある施設運営を実現した同社の手法は、その発想力のみならず、介護士のサステナブル性ある働き方を仕組み化した点も評価できる。介護業界のイメージや介護士の仕事のイメージを覆す、注目の好事例だ。以下動画はマッチョ介護士の仕事やトレーニングの様子。
完全プライベート、オーダーメイドの訪問介護サービス
日本のほとんどの高齢者は介護保険制度の枠組みのなかにあり、要介護者の多くは高齢者施設に入居し、病院で最期を迎えるというのが一般的。しかし実際には約7割が「自宅」で最後を迎えることを希望している(厚労省「人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書」2018.3)。
このギャップに着目し、「住み慣れた場所で、安心して最期まで暮らす」という選択を可能にする介護サービスを提供しているのが、アメリカでスタートしたホームインステッド(自宅での介護)を日本で展開しているホームインステッド・ジャパン(運営:伸こう会)。公的な制度を利用しない完全プライベートの訪問介護サービスで、公的保険では対応できない日常生活の様々な困りごとを支援する。例えば、買い物、庭の手入れ、食事の準備、掃除、美容師やネイリストの手配などだ。
伸こう会代表の足立聖子氏はこれまで施設運営に携わりながら、利用者の多くが、本人の意思よりも家族に負担をかけたくないという理由から施設に入所するという状況に疑問を感じてきたという。「例えば認知症の患者の場合、自分の気持ちを周りにうまく伝えられず、中には施設を抜け出してまで家に帰ってしまう人もいて、施設側では対策としてアラームをつけてみたりベッドセンサーで見守ってみたり。家族にとっては安心かもしれないが、本人にとっては幸せではないのでは」と。また、「施設に入居するとスタッフや入居者など周りにたくさん人がいるものの、スタッフはいつも忙しくしているし、たくさんの人に囲まれていても孤独を感じるという声を聞いたことがある」という。そんな中で出会ったのが、要介護者やその家族の個々のニーズに答える「パーソンベースケア」という理念にもとづくホームインステッド。世界13か国で展開している。
ホームインステッドは公的保険外訪問介護サービスなので、自費。そのため利用者の多くはオーダーメイド介護にこだわる富裕層だという。大衆性には欠けるが、公的介護保険サービスと比べて「柔軟性」があることが最大のメリットだ。要介護者や高齢者の生活には、予期しない出来事が突然起こることが少なくない。公的介護保険サービスではケアプランに則って決められた内容や時間の中でしかサービスを提供できないが、ホームインステッドでは、契約した時間帯の中で柔軟に利用者の要望や困りごとにに対応できる。24時間365日、問い合わせに対応してもらえるのもありがたい。
「不」に着目した介護サービスの開発
突飛でユニークな施設の取り組みや訪問介護サービスの差別化事例を見て、介護業界の従来の固定観念やイメージが払しょくされた人は多いのでは。今回取り上げた3事例に共通しているのは、介護業界や社会が見過ごしてきた問題に真摯に目を向け、”介護される側”と”介護する側”のニーズやウェルビーイングを重視している点。健常者や特に若年層向けの一般的なサービスであれば当たり前のように重視される「不(不満・不安・不便・不快)」の解消が、介護領域ではいかに軽視されてきたのか、痛感した人も多いだろう。
要介護者の増加を背景に介護ニーズは年々高まっており、デイサービス(通所介護事業所)で見ればその数は10年前と比べて1万施設も増えている。一方で、コロナ禍と物価高で介護事業者の昨年の倒産は過去最高の143件に(東京商工リサーチ「2022年老人福祉・介護事業の倒産状況」)。過当競争の時代に入ったことが理由の一つとして挙げられる。
そんな中で長く生き残っていくことができる介護サービスは、利用者や働き手のニーズを的確に掴み、ウェルビーイングな生き方・働き方の提供を実現しているところだろう。究極のゴールは、個別化医療やパーソナライズ商品・サービスと同様のコンセプトで個々人に最適な介護サービスを提供することだが、まずは、高齢層の男女を一括りに捉えることをやめ、年代別・男女別の「不」の解消を目指した発想でも十分だ。本稿で2つ目に取り上げたラスベガスは、パチンコ、カジノゲーム、麻雀など特に男性に人気の高いレクリエーションが豊富にあるため男性の利用者が目立つが、反対に、女性のニーズに応えたレクリエーションを企画できれば、他施設との圧倒的な差別化を図れるかもしれない。ちなみにラスベガスで既述のレクリエーションが多いのは、デイサービスで男性の利用者が少ないことに疑問を感じた同社代表の森氏が、男性も通いたくなるデイサービスを作りたいと思ったからだという(参考:介護のみらいラボ「「カジノ×介護」で楽しく通える!デイサービス・ラスベガスとは|気になるあの介護施設」2022.12.26)。現在の繁盛ぶりを見ると、この発想は見事に男性陣に刺さったようだ。
長生きするのは女性の方で、介護保険を利用している人も女性に圧倒的に多く約7割に上る(厚労省「令和3年度介護給付費等実態統計」)。介護福祉の領域においても、女性特有の課題やニーズに目を向ける必要性は十分にある。
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