Age Techのビッグウェーブがやってくる! 世界が注目する急成長市場

国内の女性市場では、クロステックの中でも今は特にフェムテックに関心が集中しているが、世界に目を向けるとエイジテック(Age Tech)が黎明期を迎え、盛り上がり始めている。今後半世紀で急速に進展する世界的な高齢化を背景に需要は一気に拡大すると見られ、もう間もなく、日本でもエイジテックという言葉が業界で活発に流通する気配だ。高齢女性の健康問題に特化したフェムテックの登場も相次ぐだろう。ビッグウェーブに備え、まずはエイジテックの概要についてサクッと理解を深めよう。

エイジテックとは?

市場規模は2.7兆米ドル、エイジテックの定義

エイジテックとは、「高齢者×テクノロジー」のこと。高齢者の生活や健康をサポートするテクノロジーや、高齢化社会・高齢社会・超高齢社会における課題を解決するテクノロジーを指す。

背景にあるのは、今後半世紀で急速に進展する世界的な高齢化。国連のまとめによると、65歳以上人口比率は2015年の8.2%から2060年には17.8%にまで上昇し、先進地域、開発途上地域、ともに高齢化が急速に進む。世界の平均寿命も延伸し、女性は73.31歳(2015年)から80.64歳(2060年)へ、男性は68.53歳(2015年)から76.29歳(2060年)にまで延びる。

この世界的な高齢化と寿命延伸により、高齢者を支える医療・介護・商品・サービスの需要は近年急速に高まっている。加えて高齢者のネット利用率が年々上昇していることもエイジテックの急成長を支えており、2025年には2.7兆米ドルの市場へ成長するとの試算も出ている。

エイジテック、4つのカテゴリー

もう少し具体的にエイジテックをイメージできるよう、カテゴリー別にどんな商品・サービスがあてはまるのか見てみよう。参考:’Age-Tech’: The Next Frontier Market For Technology Disruption

①高齢者自身が購入する商品・サービス

  • 【ターゲット】
    自分自身で購入・利用する高齢者
  • 【商品・サービス例】
    スマホ、タブレット、歩数計測などの運動アプリ、食事管理アプリ、血圧測定ができるスマートウォッチなどのウェアラブル、ビデオチャット、オンライン診療、家電製品の遠隔操作、ホームアシスタント、ホームセキュリティ、AI健康住宅、など

②高齢者のために社会や企業が購入する商品・サービス

  • 【ターゲット】
    医療機関、介護施設、自治体など
  • 【商品・サービス例】
    介護ロボット、AIによる認知サポート、遠隔見守り機器、治療データ、オンライン診療、など

③高齢者と若年層の間で利用される商品・サービス

  • 【ターゲット】
    高齢者と、子・孫世代などの若年層
  • 【商品・サービス例】
    ソーシャルギフト、ビデオチャット、ホームアシスタント、など

④将来の高齢者(現時点での若年層)が購入する商品・サービス

  • 【ターゲット】
    若年層
  • 【商品・サービス例】
    将来の健康リスクに備えた健康管理デバイス、遺伝子検査、など

エイジテックとフェムテック

今のところ各国のフェムテックは、生理・妊娠・出産・産後・更年期を対象にしているものが主流だが、高齢女性を対象にしたフェムテックへの期待も高まっている(そのうち、この領域はエイジ・フェムテックと呼ばれるようになるかもしれない)。

高齢女性特有の健康問題というと例えば、子宮下垂・子宮脱、萎縮生膣炎、骨粗鬆症、卵巣がん、肥満、生活習慣病、高齢うつ、低栄養などがあるが、今はまだこれらを対象にしたフェムテックをそう多くは見かけない。今後はエイジテック企業が高齢女性に特化したプロダクトの開発に乗り出すか、あるいはフェムテック企業が着目することになるだろう。

 

エイジテックに求められる要素

急成長を始めたエイジテック。だが、高齢化という社会課題に沿った最先端のテクノロジーさえ搭載すればこの時流に乗れるわけではない。開発者側の自己満足的なプロダクトでは、高齢者の心を掴むのは難しい。受容性のあるエイジテックに仕上げる条件は何なのか?企業側に求められる要素と、ユーザー側の高齢者に求められる要素、それぞれを確認しておこう。

開発者側(企業)が配慮すべきこと

エイジテックのユーザー拡大に向け開発者が配慮すべきことは何か?ニューヨークやロンドンで活動するベンチャーキャピタリストのドミニク・エンディコット氏は、次の3つを重要原則として挙げている。

A:「高齢者向けの商品・サービス」と思わせない設計をすること(高齢者は高齢者をターゲットにした商品を購入したくないので)

B:精巧な機能。でも直感的に操作できるユーザーエクスペリエンスを提供できること

C:パーソナライズ(年齢を重ねるにつれ人は健康・収入・富の差が大きくなるため、商品・サービスを各クラスター特有のニーズに適応させることが重要)source

 

ドミニク氏の挙げた3原則は、高齢者をターゲットにしているプロダクトであればどれも外すべきではない重要な要素だが、BとCは各社が持っている技術力で対応は可能だろう。日本市場の場合、特に意識すべきはAの「高齢者向けの商品・サービスと思わせないこと」。世界観・デザイン・サービス設計への配慮は、最も見落とされがちだからだ。

プロダクトデザイン、パッケージデザイン、商品紹介を掲載するホームページのデザイン、テレビCMや新聞広告で表現する世界観や言葉遣い、サービス設計などが、”いかにも高齢者向け”というものでは、とりわけ女性に「欲しい」「自宅に置いておきたい」と思わせるのは難しい。色が地味、デザイン性に欠ける、安っぽい世界観、フリー素材を多用したサイトなどが、”いかにも”のわかりやすい例だ。

ターゲットが高齢者になると、途端に、企業のデザインへのこだわりは薄らぐ傾向があるが、今の高齢者は気持ちも体も若い。若年層向けと同じくらいのエネルギーを注いで、デザインや世界観にこだわるべきだろう。(高齢者の心身が若返っていることがわかるデータは、以下の記事に掲載)

ユーザー側(高齢者)がすべきこと

ユーザー側となる高齢者自身にも努力は求められる。デジテルスキルを身につけることと、新しいことに好奇心を持ち続ける精神だ。開発者がいくら年齢を感じさせないデザインを採用したり直感的に使える設計をしても、そもそもユーザー側に多少のデジタルスキルがなければ、苦手意識も相まって、購入や利用を諦めてしまう。苦手意識を払拭するだけでも操作性は幾分か快適になるので、デジタルに対し高齢者自身も常に好奇心を持ち続けるべきだろう。

そしてもう一つ高齢者に求められるのは、エイジテックの開発に積極的に参加することだ。これを提唱するのは前出のドミニク氏。

エイジテックは、高齢者の自律的な生活や健康維持・増進をサポートするものだが、同時に、テクノロジーへの過度の依存や誤用は、人間性を奪うケアに繋がったり、新しい形の人種差別やネグレクトを生み出す可能性もある。テクノロジーが安全に設計・展開されるためには、高齢者の開発への積極的な参加が必要。source

 

これは実に鋭い指摘で、開発者も心得ておくべき重要なポイントだ。クロステック業界全般に言えることだが、開発者はとかく最先端のテクノロジーを追求しがち。だがそれだけでは、依存や誤用によってはユーザーの精神状態に悪影響を及ぼしかねないというのが同氏の指摘だ。具体的にどんなことが起こるのかは現時点では明言されていないが、スマホやゲーム依存で若年層や子どもの心身に悪影響が出ることが知られているように、今後は介護ロボットや認知サポートを行うAI・VRが、高齢者特有のデジタル健康被害を引き起こすこともあるかもしれない。その一つの予防策として、高齢者に開発段階で参加・協力してもらうのは良案だろう。

 

エイジテックの事例

最後にエイジテックの事例を見てみよう。海外で話題の高齢者向けVRと、経産省主催のJHeC2021(ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト)でグランプリを受賞した国内の事例をピックアップ。

高齢者を対象にした話題のVR

若者向けのVRアプリが多い中、高齢者をターゲットにしたVRアプリが最近話題を集めている。米国の高齢者団体AARPが開発したVRアプリ「Alcove(アルコーヴ)」で、開発の目的は、家族・社会のつながりを維持・促進することで高齢者の社会的孤立や健康への悪影響を防ぐこと。

ヘッドセットを装着すると、自宅や屋外で人と交流したりバーチャル旅行を楽しめる。運動プログラムも充実していて、ガイド付きのヨガ、筋トレ、瞑想、呼吸法の練習など様々だ。バーチャルペットと遊んだり、クラシック音楽を聞くこともできる。

圧倒的な没入感で高齢者もすっかりハマるようだ。ユーザーレビューの評価は高く、子どもが「高齢の母に使わせたい」という声も。

このVRアプリ「アルコーヴ」は、前述のエイジテック4つのカテゴリーのうち「①高齢者自身が購入する商品・サービス」と「③高齢者と若年層の間で利用される商品・サービス」に当てはまる事例だ。(プロダクトの詳細は以下記事に掲載)

中高年に多い喉頭がん、声を取り戻すウェアラブル

声を失う原因になる喉頭がんは、50代以降で急激に増える。喉頭摘出後は声帯を失うが、特殊な機器や訓練によって多少は声を取り戻すことはできる。だが、いずれの方法にもデメリットがあるため、術前と同様のQOLを取り戻すまでには至らない。

そこに着目したのが、東大発ベンチャーの研究チームが開発したサイリンクス (経産省主催JHeC2021グランプリ受賞)。サイリンクスはAIを用いた独自のアルゴリズムを用いて過去のユーザーの元の声を解析し、その声を再現する振動パターンを作り出す。従来の方法よりもより人に近い声を発生でき、さらには、首に巻きつけるだけのウェアラブルタイプによりストレスフリーな設計を実現した。

注目したいのは、ファッション性あるデザイン。見ての通り若者が首にかけているヘッドフォンのような見た目で、街中で奇異な目で見られることはまずない。「いかにも高齢者向けのデザイン」と思う人はいないだろう。実際に初期のプロトタイプを患者に見せた時は、「こんなデザインでは着けたくない」という声が上がったという。そこでチームにデザインエンジニアを迎え、現在のデザインにたどり着いた。ユーザーの反応は格段に上がったという。

サイリンクス は前述のエイジテック4つのカテゴリーのうち、「①高齢者自身が購入する商品・サービス」に当てはまる事例だ。(プロダクトの詳細は以下記事に掲載)

 

エイジテックの課題

テクノロジーが高齢者や社会にもたらす好影響は計り知れない。疾患予防、健康維持・増進、社会的自律をサポートするエイジテックが充実すれば、健康寿命の延伸かつ平均寿命との差が縮小され、高齢期のQOLは大幅に向上する。家族の介護のために離職する人も大幅に減るだろう。今は「長生きはリスク」と言われ長寿をネガティブに見るきらいがあるが、エイジテックのある未来は、きっと誰もが安心して長生きできる社会になっているはずだ。

だがテクノロジーばかりが先行し、高齢者自身ばかりかその家族など若い世代までもが使いこなせないレベルのエイジテックでは誰も恩恵を受けることはできず、結果的にPMFに到達できない。ある調査では、スマホやパソコンを使いこなしている若年層ですら急速に進化するテクノロジーについていけないと感じる人がいることがわかっており、高度なテクノロジーをいかにうまく社会実装させていくかは、開発者側が熟慮すべきマーケティング課題だ。

 

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