科学的介護とは?官民の取り組み事例
超高齢社会で介護現場の人手不足が深刻化し、層の厚い団塊世代が後期高齢者となる2025年問題への懸念が高まる中、最新技術を用いた新しい介護サービス「科学的介護」が注目されている。最新AIや緻密なデータベースの運用によって回復や機能の向上を目指すことのできる介護だ。科学的介護は現在の介護現場や要介護者にとってどのような恩恵をもたらすのか。その効果や実践例と、科学的介護の持つ可能性を探っていきたい。
目次
科学的介護とは?
科学的介護とは
自立支援・重度化防止の効果が科学的に裏付けられた介護のこと。個々の状態に合わせた効果的な介護サービスを提供することで、要介護状態からの悪化防止・改善を目的としている。介護予防や、要介護状態からの悪化を防止・改善させるための先進的な取り組みをしている地域やサービスを提供している事業者はあるものの、狙った結果がどの程度得られているのか、あるいはどのようなリスクがあるかなどについて科学的な検証に裏付けられた情報は乏しい。
そこで、科学的介護の実現に向けてまずは「どのような状態に対してどのような支援をすれば自立につながるか」を明らかにするエビデンスの蓄積が必要とされている。
CHASE 2020年度より導入
このエビデンスの蓄積を目指して厚生労働省により構想されたデータベースが「CHASE」。2020年度からの本格的な運用を目標に介護現場に導入される。介護DBやVISITなど既存のデータベースとともに、その二つが関与していない介護領域をカバーして介護現場の体系的な情報収集を図る。
- 介護DB(介護保険総合データベース)
介護保険法に基づき平成25年度より厚生労働省の管理下で運用が開始される。要介護認定データや介護レセプトデータを保有している - VISIT(通所・訪問リハビリテーションの質の評価データ収集等事業によるデータベース)
質の高いリハビリテーションの提供を目指して行われるリハビリテーションマネジメントの情報を格納している。計画書やプロセス管理表が中心
科学的介護がもたらす効果
1.介護技術の標準化
確立されたデータが少なくこれまで経験と感覚で行われてきた介護サービスは、エビデンスのもと治療選択を行う医療分野とは異なり、一定レベルの介護サービスを行うための標準化がなされていなかった。しかしデータベースによるエビデンスの蓄積と、最新AI技術を駆使した介護技術の可視化が行われることで、介護技術の標準化が達成できると考えられている。
医療におけるエビデンスベース
2.介護現場の負担軽減
介護技術の可視化によって個々に合わせた対応が可能となる。科学的裏付けに基づく介護は、認知症などの行動・心理症状に対するケアプログラムとしても活用され、症状の視覚化が行われる。それらデータから症状の根幹に潜む背景や要因が判明するため、より効果的で効率的な対策を練ることができる。介護現場の負担軽減につながることが期待される。
3.介護費用の削減
社会医学分野の研究者、筒井孝子教授は科学的介護についてこう述べている。
「科学的に裏付けられた介護」とは、「利用者の状態像ごとの標準的な心身機能の変化」 よりも、機能の維持・向上を図ることのできる介護(=パフォーマンスの高い介護)のこと。(引用:兵庫県立大学大学院 経営研究科「「科学的に裏付けられた介護」 を基盤とした 介護サービスの適正化」p.4)
心身機能の変化よりも機能の維持・向上を目指す科学的介護は、要介護レベルの維持または引き下げにも繋がり、結果的に介護費用の削減につなげることが可能となる。
4.自立支援の促進
政府による未来投資会議で提示された「自立支援介護」が本格的に目指されることになる。科学的介護のもと収集されたエビデンスの活用により、まだ要介護レベルの低い要介護者の自立支援を促進できる。
科学的介護の実現に向けたこれまでの動き
科学的介護の実現が掲げられてからこれまでの経緯と今後の流れは以下の通り。
- 【2017年6月】
「未来投資戦2017」の中でソサエティ5.0に向けた具体的施策として「科学的介護の実現」を目指すとし、科学的介護に必要なデータを収集・分析するためのデータベースを構築する方針が示された - 【2017年10月〜2017年12月】
厚生労働省が「科学的裏付けに基づく介護に係る検討会」を設置。科学的に自立支援等の効果が裏付けられた介護サービスの方法論を確立し普及していくために必要な事項や、エビデンスの蓄積に必要な収集すべき情報の領域(※)について検討を進めた
(※)栄養、リハビリテーション、(主に介護支援専門員による)アセスメント、介護サービス計画(ケアプラン)、利用者満足度、リハビリテーション以外の介入の情報など - 【2018年1月】
「要介護認定情報・介護レセプト等情報の提供に関する有識者会議」が開かれ、データヘルス改革における基盤として科学的介護データ提供用データベース構築等事業への予算案がまとめられた - 【2018年3月】
介護領域のエビデンス構築のために新たにデータを収集するデータベース「CHASE(Care, Health Status & Events)」 のデータ収集項目を策定。「研究利用の重要性」と「データ利用の可能性」を考慮し設定された項目は265項目に上るが、介護現場へのフィードバックや過去のデータとの連結などを重ねて、随時バージョンアップしていくこととされた - 【2018年6月】
「未来投資戦略2018」で、次の方針が示された。
・自立支援等の効果が科学的に裏付けられた介護を実現するため、高齢者の状態、ケアの内容などのデータを収集・分析するデータベースの運用を平成 32 年度に本格的に開始する。これにより、効果が裏付けられた介護サービスについては、次期以降の介護報酬改定で評価する。
・センサー等で取得できるものも含め、更なるデータ収集/分析については、介護事業所等の負担も考慮し、技術革新等の状況を踏まえ総合的に検討する。
- 【2019年1月】
厚労省の老健局長を支出負担行為担当官として「科学的介護データ提供関連サービスに係るシステム構築業務一式」の入札公告がなされた - 【2019年度中】
夏までに新たな介護データベースとなるCHASEの初期仕様が固められる。また実際の介護現場での実験的なモデル運用が行われ、その結果を受けての改良案が議論される予定 - 【2020年度〜】
データ収集、データベース分析などCHASEの本格的な運用を開始し、科学的介護サービスが国民に提示される予定
科学的介護の実践例
ここからは科学的介護の実例と成果を4つ紹介。
1.「5つのゼロ」と「4つの自立支援」推進(全国老人福祉施設協議会)
「科学的裏付けに基づく介護に係る検討会」にオブザーバーとして参加している(公社)全国老人福祉施設協議会(全国老施協)は、科学的介護を通じ「5つのゼロ」と「4つの自立支援」を推進し活動をしている。
<5つのゼロ>
- おむつゼロ
水分ケア・食事改善・歩行訓練などの総合的ケアによりトレイでの自然排便を促し、おむつの利用をなくす - 骨折ゼロ
施設内の環境整備・転倒因子排除に取り組むことで、高齢者の寝たきりの要因となる骨折をなくす - 胃ろうゼロ
適切なアセスメントと専門職との連携により、本人・家族も望まない胃ろうをなくす - 拘束ゼロ
高齢者の尊厳を損なう拘束をしない - 褥瘡(じょくそう)ゼロ
苦痛と重大な感染症を引き起こす褥瘡をなくす
(出典:全国老人福祉施設協議会)
<4つの自立支援>
- 認知症ケア
認知症の原因疾患別特徴を踏まえたケアの実践で、根拠に基づいた認知症ケアをすすめる - 看取りケア
これからの多死社会において、特養は地域社会のセーフティネットを目指す - リハビリテーション
機能訓練は生活リハビリを中心に行い、寝たきりの生活などで起こりやすい心身機能の低下「廃用症候群」への対策を徹底する - 口腔ケア
歯科医師や歯科衛生士など、歯科専門職との連携・協働でADL、QOlを高めるアプローチに取組む
(出典:全国老人福祉施設協議会)
2.“見守るエアコン”で科学的介護(パナソニック)
パナソニックは、超高齢社会の日本において介護現場の厳しい現状とQOLの向上を求める時勢を受け、「エアコンみまもりサービス」と呼称されるIoTとAIを使った新しい科学的介護サービスを発案。高齢者や介護施設に向けて提案されたそのサービスでは、施設職員の負担を軽減し重大な症状の早期発見や入居者一人一人に合わせたQOLの向上が可能となる。特徴は以下。
- 介護スタッフの負担軽減
センサーが室内の状態や入居者をモニタリング。施設職員は訪室せずともPC画面で全室の状態を一目で把握することができる。異常が起きた場合のみ限定的に訪室することが可能となり、夜間業務の効率化を目指すことができる - センサーを使った介護サービス
エアコン本体のセンサーで部屋の温度や湿度を確認し、急激な気温の変化に合わせて遠隔操作で対応することができる。また同様に備え付けられた高精度のルームセンサーで入居者の生活リズムや睡眠状態までを正確に感知することができるため、認知症に見られる不眠や昼夜逆転の傾向も早期発見が可能 - プライバシーの尊重
センサーのみでカメラの無いみまもりサービスであるため、入居者のプライバシーを守りながらその状態をしっかりと把握することができる
導入前、導入後でどのような変化があったのか?同社は「IoT/AIを活用した 科学的介護の実践報告」との中で以下の事例を紹介している。
事例1:自立支援に繋がったケース
- 【導入前】
1日2食で運動もせず、重度の便秘に悩まされていた入居者 - 【導入後】
夜間にほぼ覚醒しており昼夜逆転が起こっていたことが判明
・デイサービスの利用を開始し自発的な運動を実施するようになった
・睡眠時間が週に+7時間改善
・便秘も解消され、1日3食を食べられるようになった
事例2:施設職員の負担軽減に繋がったケース
- 【導入前】
17室全室を2時間ごと計5回巡視し、訪室とその記録だけで1日219分費やしていた - 【導入後】
睡眠リズムの見える化により訪室が必要な部屋と必要な頻度を把握し、夜間巡視を適正化
・訪室は5室のみ、回数も2回に減少
・残りの12室はみまもりシステムのみでの安否確認に切り替わった
・訪室とその記録、システムでの安否確認を含め費やす時間が101分に削減された
・訪室以外も含めた夜間業務の効率化が行われた
3.クローズアップ現代(NHK)〜“科学的介護”最前線〜
科学的介護の登場による認知症ケアへの新たな可能性について言及しているのはクローズアップ現代(NHK)。感情の振れ幅が大きくその要因が瞬時には判断しづらい認知症では、科学的介護による“見える化”が鍵となる。番組内では認知症の人をケアするときの適切な視線を学ぶ方法として、バーチャルリアリティーの活用を紹介している。
バーチャルリアリティーで「視線・距離・傾き」の3項目を判定することで介護技術を”見える化”する取り組みだ。他にも認知症の行動・心理症状として挙げられる徘徊や暴力、うつなどに対しても症状の視覚化を図るケアプログラムが紹介され、改善に向かった実例が取り上げられた。「行き過ぎた自立支援」など懸念される課題も取り上げ、科学的介護の可能性と問題の総括的な内容がまとめられている。詳細は以下で確認できる。
- 「認知症時代に希望 “科学的介護”最前線」(NHK「クロースアップ現代」)
4.竹内理論(竹内孝仁)
国際医療福祉大学大学院の竹内孝仁教授は、介護関連の団体で研究・活動を続けている科学的介護提唱者。「水分・食事・排便・運動」を中心としたケア、いわゆる「竹内理論」が知られている。竹内氏が持つ肩書は以下。
- 介護予防・自立支援パワーリハビリテーション研究会会長
- 日本自立支援介護学会学会長
- 日本ケアマネジメント学会理事
- 富山・在宅復帰をすすめる研究会会長
(参考:国際医療福祉大学大学院「教員紹介」)
認知症の正体を大胆にも〈単なる脱水〉と定義した以下書籍では、水分摂取をボケ予防の最大の鍵として紹介している。身体的活動力や意識レベルの低下を促す脱水症を危険視し、1日1,500ccの水分摂取の習慣を取り入れることで認知症の回復と予防を目指す。詳細:水をたくさん飲めば、ボケは寄りつかない
認知症の改善を「水分・食事・排便・運動」を中心としたケアで行う竹内理論についてまとめられている一冊。「脱水症を引き起こす水分不足」「体力の低下や注意力散漫をもたらす食事の不足」「精神状態を左右する便秘状態」「活動力の向上や維持を担う運動量」、これら4つの柱の改善をもって認知症対策を行うことを提言している。詳細:ボケの8割は、「水・便・メシ・運動」で治る
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